四月十日 水曜日

 2Bでは、斉藤梅子が遅刻ギリギリに教室へ入ることは、前年から同じクラスで今年の犠牲の子羊な特攻野郎より周知されている。彼女に関わりが深すぎる秀才君は、梅子が登校するあたりに姿を見せつけた挙げ句、一緒に遅刻ギリギリで教室へ入って来る。また、秀才君の相棒は、彼より前に梅子の姿を拝むことは許されていないらしく、登校時間自体は早いが教室へ入る時間は秀才君より遅い。
 サッカー部くんは一年時よりなお一層部活動に励んでいるらしく、昼練は欠かさない。ただし朝練はイベント前に必ず欠かしている。
 梅子は噂嫌いゆえ、全然そこまで考えていないが、梅子の想い人はそれはそれは有名で、間違ってもコイする野郎な目を想い人以外へ向けはしない。為に下級生の誰からも苗字先輩付けで呼ばれる事すら無かった。A高の不沈艦。それが彼の、下級生から畏怖を込めた呼ばれ方だった。これに振り向いたことはただの一度もなかったし、下級生は誰一人として秀才君に声を掛けることも出来なかった。

 坂崎とサッカー部くんが2Bへ来たのはよく言って偶然だ。前の席に座らされたサッカー部くんはともかく坂崎はどうか。ここぞという場で存在感を如何無く発揮、サッカー部くんとは一味違う管内有名人である。とはいえ本人はやはり飄々としているから、濡れ場が背後で展開されても大して気にも止めはしないだろう。
 しかし、なにもいちゃつくばかりが教室攻撃ではない、斉志はエリート校にでも在校しない限り存在自体が教室攻撃だ。それに圧倒されないのは2Bでは遼太郎、梅子、そして坂崎のみ。サッカー部くんはというと、日頃鍛えた部活での修練の成果を如何無く発揮して戴こう。これを乗り越えられれば、たとえその後の人生どんだけ冷やかされてもおちょくられても大丈夫だサッカー部くん。

四月十日 水曜日 昼休み

 ここ2Bでは、四限目終了の鐘と同時に必ず三名が速攻で教室を出て行く。
 一人目は前の人。サッカー部くんは聞く所によると一年のときからレギュラー。わたしは知らないけど、実はB市から来ているひとで、誕生日が来て十六歳になった日からバイクで通学しているんだそう。部活の朝練があるのと、わたしのように仮な部員のわけはないから登下校時間が一緒になることはなくて、サッカー部くんのバイク通学姿を見ることはなかった。
 二人目は隣の人。聞く所によるとクラスの別れてしまった柊子ちゃんと学食でお昼を一緒しているとのこと。
 三人目は我が師匠。部室へ行っているみたい。部室の鍵は西川がもう自分で持っているのだそう。あの部、二年になった今でも正式名称が分からないけど、今更訊くのもなんだし。春休み前、西川は新入部員のこと言っていたけど誰も来ない。きっと部室扉のあのへんな札が原因だと思う。だってまったく本来の部活動に関係ないもの。会長さんも副会長さんもいるけどこの二人、部室で生徒会活動を一緒にしたことないし。
 それで、今日のお昼はというと。
 机を寄せます。成田くんとわたし。一緒の椅子ではありません。わーいさすが成田くん、理性ある。昨日、どうやって言おうかなと思っていたけど成田くんから言って来てくれた。
 お箸を渡される。その瞬間の成田くんの瞳。厭々、と書いてあるような気が……。
 ううん、そんなことない、……多分。
 とにかく渡されたお箸とお弁当を。
 はい・あ~んで。
 ……。
 脱出する三人以外は多分、クラスのみんなは昨日と違って教室にいる。いてくれる。けどその場所はというと前扉周辺、つまりリーダー君のまわりを取り囲むように。リーダー君は廊下側最前列に座っていて、わたしは知らないのだけど当人曰くさっさとここに座ったのが最善の方策と前の人に言ったとかなんとか。
 とにかく脱出したひとは他にもいるとは思うけど、昨日に較べればまだ、この教室の人口密度は高いと思う。
 ぅぅ、クラスのみなさんごめんなさい、おバカなわたしにはこれが限度なんです。上に乗るのと箸一膳を止めただけで精一杯。机を離して、とか、はい・あ~んをしない、とか、まして別々の場所で食べるなんて、そんな無謀な行為わたしには無理なんです……。
「ごちそうさまでした、斉志。おいしかった」
「うん、梅子」
 お弁当箱を洗って返そうと思うのに、成田くんはそれを問答無用で持って行く。うーんと嬉しそうに。
 成田くんのおうちでは、はい・あ~んは押し倒す時間、みたいなもので……。
 ……。
 気がつくとテーブルの上は片付けられていて、わたしは裸か、パジャマでベッドに横になっておふとんを被せられているので後片付けをしたことがない。なんだかその、あのおうちではその、……なことばかりで、ソファで少しお話とかするんだけど、……。シーツとか、そもそもおうちのお掃除とか食事の支度とかもしたことない。
 ……すごく問題のあることばかりしていた、一年間。

四月十日 水曜日 放課後

 今日の放課後はすぐには部室へ行かない。部活動のないひとも、生徒全員。
 全員が、明美の携帯越しの声を校内放送で聞くのを待っている。
 去年、成田くんがMVPを取ったから、そういうのは成田くんがやるものかな、とちょっと思ったけど、やっぱりこの役目は明美が似合うと思う。
 去年はぶっ倒れてしまったわたし。今年はそんなこと、ぜーーーったいないようにしなくちゃ。
 成田くんは、この連絡係をするために、校内放送設備のある生徒会分室へ行かなくてはならないらしい。そのお顔には、
“俺、行きたくない。梅子と離れていたくない”
 と、書かれておりましたが……。
 そこへすかさず我が師匠が、成田くんに曰くありげなウィンクをした、という。わたしからは見えなかったけど。成田くんはそれで、当人いわく厭々生徒会分室へ向かった。
 校内放送から携帯越しに、明美の声が聴こえて来る。去年と同じ、違うのは管内高校生総人数だけ。今年は三〇〇二名。
「今年は倒れないぞー……」
 思わず口に出すと、
「全くだ!」
 と師匠の西川に言われてしまったー。へっへーん、だ。

四月十日 水曜日 放課後

 明美の宣言を聞いた後、組み分けのクジを引く。クラス委員のリーダー君と清里さんが生徒会室から持って来たものをそのまま引くのかと思ったら、
「よっリーダーお疲れさん! 俺達がやってやるからさ!」
 と師匠の西川が言って、結局去年と同じように、西川と成田くんがくじ引きの係、となった。そういうものなのかな。
 そのリーダー君からくじ引きを。さくっと引いて白だったらしい。去年と同じ。ふーん、そうかあ。
 リーダー君は自分がくじを引いた後、教壇に立ってこう言った。
「成田と遼太郎がやってくれるんでクジを引きながら聞いてくれ。去年は行事を確定させる為クジと教室移動と用紙記入を同時にやったけど、今年はそこまで速攻でやらなくていいだろうというんで、スケジュールが去年と変わったそうだ、気を付けてくれ。
 今日は、クジを引いたら教室移動。去年はそこで用紙記入をしたけど、今回はナシ、顔合わせだけ。
 来週の金曜日放課後が用紙記入な。それまでに、ダチとかと組がどこだったとか、競技はどれにする気だとか、情報交換をしていてくれ。その上で出たい競技を決定すること。この日も教室を移動する。赤二年は2Aへ、白二年はここ2Bへ、とかは変わらずだ。忘れるなよ」
 リーダー君の説明を聞きながら、めいめい順番にクジを引く。去年と同じ、成田くんと西川がクジとそれを記入する紙を持ってみんなに引いてもらう。
 お友達と訊きあう、かあ。土曜は午前中模試があるから、午後にでもみんなと店で……。
 と思っていたんだけど。
 そう。去年、成田くんと視線も合わさずクジを引いて、あ~んなことに……。
 ……。
 だから今年は成田くんをずっと見ていました。まじまじ……ええ、ちゃんと最初っから見ましたとも! そうしたらそうしたら……。視線が。あの瞳が。
“浮気しないで”
 と言っていて……。
 ……。
 ハイ、事前に許可を得て電話で、訊くのは女の子だけ、にします……。
 わたしはずっと成田くんをちゃんと見つめていたので、リーダー君のときは普通だったのに、前の人が白を引いたそのときの表情がなぜか、にやっ、というふうに形作ったのを確かに見た。どうも隣の西川もそうらしくて、そしてサッカー部くんがなんとなく、ぴきっと一瞬固まったような気はしたけれど。
 とにかく次はわたしなので、クジに手をやる直前まで他は全然気にしないで、斉志を一生懸命まじまじ見まして、それから箱の中にある一番上のをさくっと引いた。白。
「お、テメェ白か」
 これは西川。成田くんはというと、……穏やかに、わたしを見ていた。
 あとは窓際の列のひとが引けばいいだけ。隣の人も白だった。びっくり。柊子ちゃんと同じだったらいいのにな。
 そして残る二人。成田くんも西川も運営の筈だけど、多分あの分室へ行って作業はしないと思う。ここで引くのかな、と思っていたら、やっぱりそうみたい。
「ラス前ー、2Bの遼太郎ちゃんは、っと。お、白ね」
「白」
 最初が西川、次が成田くん。わー、今年も同じ……。
「窓側に固まったなァ白」
「クジだからな。余りの」
「坂崎って去年ナニに出たんだ?」
 師匠が隣の人に訊いていた。
「俺ゲーマーだからバレー」
「テ、テツ、俺もそうだ、助かった……」
 サッカー部くんが隣の人に縋りつくように言った。
「へー、トモってゲームやるの」
「いやそれもやるけどバレーもだ、あんなんテキトーだったがいい、もうこうなったら絶対やるぜ俺」
 ちなみにサッカー部くんは、実はバスケットとバレーとどっちにしようか悩んだそう。どっちも手を使う競技で、いつものサッカーと違うからって。
「そ。ほんじゃそれも含めてヨロシク」
「おっと俺も俺も! バレーやるぜー」
 これはリーダー君。うん、そういえば確かにそうだった。あれ、バレーと言えば相馬くんもだったような。
 ゲーマーとバレーが関係あるのかはまったく分からないけれど、隣の人と前の人って仲いいんだ。去年も同じクラスだったもんね。
 合同の組はずっと同じでいよう、って成田くん、言っていた。今年の組分けは来年に持ち越すから、ほんとに同じ組なんだ。ずっと。
 成田くんは、さっきの穏やかな表情でクジを引いていた。白って言って、それからわたしを、──あんな瞳でわたしを見る。
 ずっと、……見蕩れていると、成田くんは穏やかな表情になって。それからおもむろに視線を移す。わたしの前の人方向。
「井上、今年も世話になる」
「……了解」
 そういえば前の人も同じ白だった。始業式のあとサッカー部くんが前の席に座ったとき、成田くん、一緒に挨拶したし。礼儀正しいな、成田くん。父ちゃんとか先生とか、目上のひとと話をするときはいつも、私、なんて言うし。
 成田くんと西川はクジ引き作業をしたのに、それを生徒会分室へ返すのはリーダー君にお任せしたみたい。あとは部活。西川が先頭で、成田くんとわたしが並んでそれに続いた。

四月十日 水曜日 放課後 部室

「というわけで、本日はマジ本式雑談運営会議だ」
 ……そりゃあこの場にいるひとが、B高生徒会長さんとかD高生徒会長さんとかだったらもうそれしかないっていうのは分かるけど。もうこのふたり、勝手知ったる我が校舎って感じで平気でここまで来るし。ある意味このふたりも止められないひと達だなあ。
 止められないひと達の主目的は、雑談でも運営会議でもなく、なぜかわたしの出場競技をどれにするか、というのが話の中心になってしまった。
 かくいうわたしは成田くんに乗って、抱き締められているのでいつもの定位置にはおりません……。
「今年はあたしもサッカーをやるからな」
 明美の隣で、師匠の西川が携帯電話へ入って来るメールを元にモニターへ向かって、誰がどの組になるのかの一覧表をさくっと作っていた。みんなそれを見つめながら話をする。
「面白そうじゃん。へー、今年は朝子と藤谷の兄妹も白か」
 明美がそう言うと、
「私だけ別の組……」
 なんて和子が言う。
「全体会合の前説……白二年は私ね。あーなーた達は……一般人をやりなさい?」
「当然」
 明美が、ほんとうに当然だというかのように返事をする。西川はというと、
「チンタラ説明なんざやってらいられるか!」
 成田くんは当然過ぎると、なにも返答をしない模様……。
「さって出来ました、っと」
 西川は白組二年の一覧表をさくっと作ってさくっと印刷、いつもは成田くんが勉強に使用している小さなテーブルの上にさっと置いた。それに注目するわたし達。
「わあ、明美も白」
「そうだと言ったろーが!」
 そうだっけ。
「わー、お千代も同じ……ねえねえ、知っているひといっぱいいるよ」
 相馬くんも、木村くんも竹宮くんも、わあ、鳴海くんも片瀬くんも平松くんも……去年別で残念、って言ったひと達のほとんどが白だ。
 すごいや……。こんなのをさくっと作ってしまう西川もすごいけど、こんなふうに情報を即座に手に入れられるってすごいなあ。
「便利なんだ、メールって」
 わたしは思わず言った。
「梅子。浮気するな」
 直近で聞く成田くんの声は、いつもより低かった。
 周囲の三人は無言。
「しない。あのね、いつも連絡して貰っているでしょう? こういうのでしているの?」
「……ああ」
「そうなんだ。わたし、携帯の操作全然駄目で。ボタンとか未だに人さし指で押しているもの」
「……。今年はあたしら女子みんな、ミニサッカーをやるからな。少しはコロコロしておけバカウメコ」
 明美の声も、少し低かったような気がした。