前説一

 本筋にはあまり関係ないが、D高の男子の制服が変更された。女子に遅れること数年でブレザータイプになった。

前説二

 遼太郎はお子様な斉志に、ちゃんと釘を刺しておいた。
「教室攻撃なんてもんがどれだけお前のにもメーワク行くか分かっているだろうな斉」
 つまり、梅子と同じクラスとなる二年生の間は、人前でひとつ机で乳繰り合うなと言っている。
 だが無駄だった。
「俺は一年待った。もう二度と待たん」
 こんなやつを説得なんざ無駄だ。そう思った遼太郎、
「勝手にしろ。俺ァ部室にでも行く。昼は絶対来るな」
「誰に言っている」
「あのなァ……」

四月八日 月曜日

 二年生の始業式は午後から開始となる。これが五限目相当。六限目はホームルームに当てられる。
 始業式の前に、まずはかばんや荷物を教室へ置いておくことになる。わたしの教室は二年B組。そこへ行くと、黒板に五十音順で席次が書かれてあった。去年と同じ。
 けど、わたしの手を引くかっこいい成田くんは、そんなのを無視して窓際最後列に座った。いいのかな。
「来て? 梅子」
 ……ここは教室だから、成田くんに乗るんじゃない。たとえおいでポーズを取られたりしても、乗っちゃいけませんよ斉藤梅子さん(十六歳)。
 成田くんがすすめたのは、成田くんの右隣の席だった。いいのかな……。
 けど、みんなもめいめい好き勝手な席に座っていた。例えば師匠の西川が成田くんの前に座ったり、同じクラスなのがびっくりのあの隣の人こと坂崎君が西川の前に座ったり、リーダー君こと荻原君が廊下側一番前に座ったり、などなど。
 成田くんが隣。そして西川が左前、というのは部室と同じ配置。けど、これが教室でも再現されるなんて、なにか新鮮。
 理系は女子が少ない。わたしの右隣はその女子だった。そうやって段々席が埋まって行って、大体これでおわりかな、と思える頃。
「元気か井上」
 サッカー部くんに向かって言ったのは、成田くんだった。
「息災だ成田。廊下側に座っていれば特に」
 サッカー部くんの声は、なんだかいつもの抑揚とちょっと違った。
「そうか。座ってくれるか」
「話が早過ぎるぞ成田」
「今年も世話になる」
「その席は相棒でもいいんじゃないのか」
「窓際がいいと言って聞かなくてな」
「そうか。なら俺の希望も聞いてくれるか」
「ああ、感謝する」
「最初から俺の話を聞く気全然ないだろ成田。俺は去年一年間真面目に勤め上げたんだ、御指名される謂れはねえ」
「井上、頼れるのはお前だけだ」
「うちの家系にハゲはいねえが、俺の代でそれをひっくり返す気はねえんだよ」
「安心しろ」
「なにをだ」
「もう全員着席している。席はそこしか空いていない」
 そう、成田くんの言うとおりだった。みんなめいめい好きなところに座っていて、空いている席といえばわたしの目の前の分しかない。サッカー部くんは、ハァ、とか、いいえぬ溜め息をついていたという。なにかあったのかな。
 そんなサッカー部くんに明るく朗らかに声を掛けるのは我が師匠。
「よっ、サッカー部! 俺ァ遼太郎でいいからな!」
「……井上だ……。遼太郎、だな。お陰で一年間よろしくだ」
 わたしもサッカー部くんになにかちゃんとご挨拶をしておいたほうがいいのかな。前のクラスも同じだったし。
 でもでも、隣にはあの成田くんがいるし……。
 と思っていたら、成田くんが。
「梅子。前の席の人は去年からのクラスメイトだな?」
「う、うん」
「じゃあ挨拶しよう、梅子。俺と一緒に」
「うん」
 いいみたい。成田くんがいいならいい。じゃあ一緒に。
『よろしくお願いします、サッカー部くん』
 そう言ったら教室中が大爆笑に包まれた……。
 なぜだろう。よく分からないけれど、分かっていることは、隣の人がシニカルっぽい笑みを浮かべ、後ろを向き、サッカー部くんに向かって、
「よ。今年もヨロシク」
 と言っていたことくらいだった。
「頼まあ……」
 サッカー部くんは、なにかを観念したかのように返事をしていた。なにかあるのかな。
 それにしても、サッカー部くんにご挨拶をしたのなら、隣の人にもご挨拶をしなくちゃいけないのかな、やっぱり。
 そう思って成田くんを見ると。
「そうか、きっちり挨拶するか」
「俺カーンベン」
 隣の人。なにも言っていないのに。
「だそうだ、梅子」
 ……なんだかうんと話が早い。男子の友達同士ってこんなものなのかな……。

四月八日 月曜日

 遼太郎は、斉志の無言の介入とはどういうものかを知っている。
 斉志は去年の授業中、己の集中力をあの騒動以来1Cで、それでも少々遠慮しつつ発揮し続けていた。爆発させたら合同での全生徒数が減るかなと思ってそれまでは多少遠慮したし、その後とてクラス全員に転校されても困るので全開になどしていない。それでも1Cの平均得点は斉志がいてなお一学年のクラス中最低だった。生徒の欠席・遅刻・早退数も最も多かった。騒動後から何人も転校生が出ていた。よって各方面から声にならぬ苦情が届いていた。学校側としてはまさか成田君その大集中をお止めなさいだの言える筈も無く、せいぜい彼女と一緒のクラスにすればちったァ遠慮してくれるかな、と考えたのが実情だ。
 自然、理系を──当然文系であっても──選択した生徒がいて当然の一年C組から今年の二年B組へは誰も来ないし行きたくない。学校側もこの意をたっぷり汲んでいるというか汲まされて、結果例の奴、田上とは教室を別に出来た。
 理系を選択した西園寺環も2Bにはいない。去年のこの時期流布したあの下らぬ噂、問答無用で永久廃止したミス・ミスターA高。それらを考えればこれまた言わずもがなだった。
 他にも個人名を上げればいろいろある。が、斉志は間違っても学校側を口でぴーちくぱーちくネチネチいびり倒すなどしなかった。よって事態をそう深刻に把握しているかどうか微妙なリーダー君は置いといて、隣の人やサッカー部くんが2Bへ来たのは果たしてどういう思惑があったのやら。ブラックリスト上位に名を連ね続けた1F男子から一人も2Bへ来ないのは訝しがられると思ったのかどうかはさておき、通称左隣の奴、が既にA高に籍を置いていないのは事実だ。
 なお、ほとんどバレバレであろうがサッカー部くんがどうしてあの席に座らされちゃったのか説明しよう。まず、女子は却下だった。あの場所は斉志と教壇の間に位置する。その背後を視界に入れる=バカ志にとっては浮気と取られかねない事態になる。つまり候補は野郎しかいない。誰がどう考えても相棒・西川遼太郎が適任なのだが、賢い相棒はこれを避けた。相棒とて自分の相棒に日がな一日お背を見つめられるなんざ勘弁だろう。隣の人だって聡いんだから犠牲の子羊になんざなりたくなかろうし、廊下側、あまつ後ろ扉直脇はちょっと結構忙しい位置だったのでもうカンベンとばかりに窓際へ移ったのだ。事態を把握しているんだかどうか分からんリーダー君はちゃんと廊下側最前列の位置を確保した。
 あの位置は、とにかく野郎が座る必要があった。なおかつ事態を把握している人物でなくちゃいけなかった。何故か? これ以上ブラックリストが増えては実に困るからである。
 よってバカ志にとっては、現在ブラックリスト最上位にいるであろうサッカー部くんが座っちゃっているという、彼にとっては実に哀しき事態になっているのだ。サッカー部くんは2Bの生徒一覧を見た時、ちっと目の前が真っ暗になったかも知んなくて、為に教室へ入るのが遅くなってしまったのだ。ああ哀れサッカー部くん。しかし彼にとっては知己のある、誰もが一目置く聡い男がナゼかフォローしてくれるではないか。実にありがたいと思っただろうが後々にはこれがおちょくられ人生の幕開けになったなどとは、現時点においてマイペース男くらいしか知らないのかも知んない。

四月八日 月曜日

 始業式をおえ、六限目はホームルーム。廊下側一番前から順に自己紹介をする。
 わたしの今年の右隣のひとは川崎智子さんと言って、去年は一年E組だったそう。わたしの方へちょこんと頭を下げて来たので、女の子だし、わたしもつられて頭をぺこりと下げた。
 わたしの今年の前の人は、
「井上知治。1F」
 これだけを言った。あれ、サッカー部くんってひょっとして、美術の時間、点のいいひとだけ張り出される美術室後ろの壁に、絵やなにかがいつもあったひとじゃあ……。
 井上って誰だっけ、って思っていたけど。このフルネーム、間違いない。いつも満点を取っていたひとだ。
 すっごーい……と声に出すとわたしの左隣のひとがどういう反応に出るかは分かっているので声には出さず、次はわたしの自己紹介の番。
「えーと。斉藤梅子、です。1Fから来ました」
 そういえば普通、自己紹介というものは、帰宅部でもなければ所属する部活動の名前を言ってもいいものだと思うけど。まさかマイコン部だと思います、仮名です、わたしは未だに仮な部員です、なんて言えるわけもなし。自己紹介はこれだけで止めておいた。
 わたしの次の列、窓際のひとの番になる。知っているひとは三人もいた。まずは隣の人こと坂崎君。
「坂崎哲也。1F」
 そういえばこのひとも選択教科は美術だったような……。
 次は我が師匠。
「西川遼太郎、1Eから来た、ヨロシク!」
 なんだかこのご挨拶、どこかで聞いたような。
 そして次はあの成田くん。
「成田斉志」
 一年の時のクラスも言うのも省いています成田くん。逆に似合うというか……かっこいい。
 それは、いいのだけれど。
 成田くん。この、自己紹介が始まる時から、ううん、ホームルームが始まったその時から、ずっとわたしの左手首を弄んでいます。右隣に座る川崎さんなんかは見えているでしょう。教壇上の主担も副担も見えているでしょう。
 でも駄目です。わたしがどうこう出来る問題じゃないんです!
 わたしは、真っ赤なタコさんになるのをどうにかこうにか堪えていた。まさか止めてなんて、言えるわけがないんです……。
 わたしは、自己紹介以外ずっと下を向いていたのだけれど。これに気付いていたのは川崎さんだけではなかった。実は真ん前のサッカー部くんも気配でなんとなく分かっていたそうで、というよりこの場の、教室の空気全体がそうだと分かっていたようで……。
 ……。
 そんなわたしと成田くんを後目に、ホームルームではクラス委員が割とすんなり決定されていた。クラス委員はリーダー君こと荻原隼人くん。もう一人の委員、清里祥子さんはサッカー部くんの前に座っている。
 リーダー君は小さな頃からよくこういった役目に就いているようで、参ったなあとか言いながら口調がなんだか慣れていた。清里さんは物静かなひと。ショートカット、額をおっきく出して細めの黒ぶちメガネがよく似合う。

 ホームルームがおわって、放課後。西川がまず教室を後ろ扉から出る。成田くんとわたしはなんとか、左手を弄ぶのは止めて頂いて(……)少し遅れて右階段を下りる。そして渡り廊下を通って右に折れ、部室へ。わたしがノック、失礼しますと入る。もう西川は席に着いていてマシンを起動している。いつもの表情、左手人さし指を口の上に当てて考え込む表情。わたしが手前の椅子へ、成田くんは奥の小さなソファへ。
 そして風を。背後からの爆風、背を向ける防御壁。風を巻いて。

「時間だ」
「はい、失礼します」

 成田くんと帰る途中、左手を弄ばれながら、こう言われた。
「梅子。俺、明日の放課後は合同の会議で部室行けないけど。間違っても忙しくなんかない。遼は本部で待機だから、ちゃんと部活して。どこかへ行って浮気しないで」
「しない、絶対しない。……運営会議?」
「うん。梅子の親友の学校まで行って来る」
「……そうなんだ」
 去年ぶっ倒れてあまり詳しくは知らないけど、成田くんはMVPだったから確かA高が音頭を取るんじゃなかったのかな。
 けどあの行事といえば明美、っていう感覚がわたしにはある。
「うん、斉志。行ってらっしゃい。気を付けて」
「うん、梅子。行って来る」

四月八日 月曜日

 県立A高のとある場所にある、正式名称も分からぬ部へ入部希望者があらわれることは無かった。理由は当然勿論絶対に部室内にいる三名の人物のうち二名が介入しまくっているからだが、残る一名は部室扉にさがる札に書かれた名称が本来の部活動にまったく関係ないから来ないんだろう、とだけ考えていた。