年末年始

 暮れといえば紅白歌合戦。でもわたしは結果を見ずに途中で家を出る。A市の漁港にとまっている船からは汽笛が鳴らされるのを聞きながら、近所の標高百五十メートルくらいの小さな山の頂上へ登って午前零時に鐘を撞く。これがわたしのいつもの予定。
 成田くんとの話の中で、暮れ正月はどうしているのかと訊かれて、わたしはそう答えた。
 すると成田くんも一緒に山に登ろうと言って来た。
 珍しい……。
 わたしと成田くんって、逢うのは大体成田くんのお家とかわたしの家、海、学校、このあいだの旅館。そのくらいのものなのに。
 それ以外で逢うのは珍しいので、わたしはついついうんと言ってしまった。勉強の邪魔にならないといいのだけれど。
「あの、山の中を結構歩くけど……結構登るし……大丈夫?」
 と言うと、成田くんはにっこり笑ってわたしの心配を吹き飛ばしてくれた。そうよね、あの体格でわたしと較べてなんて失礼過ぎる。

 そんなわけでやって来ました十二月三十一日。午後十一時、いつもの電話ボックスで待ち合わせをしようとした。けど成田くんは、そんな夜に外で待ち合わせなんて、と言って、今日は家まで来てわたしを出迎えてくれた。
「おー、斉君やー。今年は散々お世話になったなあー。来年もよろしくやー」
 成田くんに家まで来てもらうと、父ちゃんが笑顔でこう言う。
 本当に散々お世話になっちゃった。来年からはそんなことないようにしなくちゃ。
 それから、成田くんと一緒に小さな山を登る。小さいと言っても田舎の山道。結構急勾配。獣道もあるし……。
 あれ、成田くん、そっちは獣道ですよ。どうしてそっちじゃないと言っても聞いてくれないのですか。すごく奥まで行っているんですけど……。
 ここが地元のわたしでも行ったことのないような山奥まで連れて行かれて。
 ナニをしたかなんて書かなくちゃいけないことなんでしょうか……外では見られるかもしれない、お肌に傷が付くかもしれないって言ったじゃないですか……。
「ご、ごめん、梅子。その……」
 そうですか……その手提げ鞄の中身は濡れタオルだったのですね? 拭くための……。
 そうですか……。
 わたしは躯のあそことかを拭いて貰い、獣道から従来の道に連れ戻されると一路家に向かって山を降りました。そんなことをしていたらもう今日はお正月になっていました。今日から生理が始まるって知らせているのにーーー。

 ……おこったので。成田くんを山に置いてわたしだけ家に帰りました。それから正月三が日はひたすらゴロ寝をしておりました。ふんだ。
 そのまま電話もなしで三学期を迎えようかなと思ったけど。生理のおわりには報告義務があるのでしょうがなく電話しました。ええ、厭々電話です。
 掛ければ生理の報告かと分かるでしょう。電話をした時、わたしは無言だった。
「……そんなに怒るな」
「……」
「……怒るなって言ったろ」
「……」
「……ごめん」
「……」
「……その。来年はしない」
 来年の正月は生理中らしいです。そうですか。
「今日で生理おわりました」
 と用件だけ言ってぶっつんと電話を切りました。

 切ったらすぐさまお電話が掛かって来たけどほっぽった。鳴りおわってもすぐ掛かって来た。しょうがないから厭々出てあげた。やっぱり涙声だった。報告のお電話はもうおしまい、と言ってぶっつんとお電話を切ったらやっぱりすぐさま掛かって来た。しょうがないから厭々出ると、うめこ。親父さんの許可は得た。今そっちに向かっている、家にいなかったらどうなるか、分かっているだろうなうめこ……。
 と言われてしまったーー。ひえーー、父ちゃんのばかーーー。
 居間へダッシュして父ちゃんに抗議すると、
「おおやっと起きたか梅子。斉君な、もうすぐ新年の挨拶に来るぞ。振り袖貰ったべ、それ着て待ってろって。父ちゃんな、餅つき手伝ってもらうんだー」
 ひっえーーー。どうしてーーー。なぜそんな話に、いつのまにーーー。
 わけもわからぬわたしを後目に、母ちゃんに手を引かれていつの間にか戴いていたらしい振り袖を着せられて。いつ貰ったのこんな豪華なのーーー。ご丁寧に髪の毛まで結い上げられた。
「か、母ちゃんってば」
「動かないの!」
「いやそうじゃなくて、どうしてこういう話になったのーーー」
「どうしてって。斉君がね、正月三が日とか最初は忙しいだろうからそこらへんは外して、挨拶回りも落ち着いたあたりにお邪魔したいって、前々から言っていただろ? 聞いていなかったの?」
 ひっえーーー、なんて計画的な!! じゃあ今日来ることはとっくのむかしに決まっていたってことじゃないかーーー。
 わたしはあまりにも普段の行いが悪過ぎて、こんなお白州を戴くはめになったのです。
 ──生理試験に拘らず、電話は週末必ずすること。電話代は全て一切俺が持ちます。俺が電話したら可能な限り速攻で出ること。無視は駄目。話の途中で勝手に切るな。俺の厭がることしないで梅子。
 ……。
 ハイ……。
 それと、テレビ電話に関して、なんですが……。
「テレビ電話っていうのはな梅子。相手がテレビ電話を持っていても、受ける側で映像を拒否して音声だけ通話、ってのも出来るんだ。知らなかっただろ梅子」
 ええ。全く知りませんでした。
「梅子これ持って。大丈夫だ梅子、安心していい。俺のだから。前の携帯没収」
 あ~あああ~~取られてしまったーー……。
「当然番号違うけど。まさか俺以外に掛けるわけないよな梅子」
 ひっえーー。
「まさかこれに俺以外の生物なんざ登録するわけないよな梅子」
 出来ません。
「もし俺の名前以外の番号が出たらさっさと切って。どの番号だったかすぐ報告して。大丈夫だ梅子、もう二度と掛かって来ないから安心していい」
 あ、あの、あの、あのーーー。
 確かに。
 成田くん曰くの大宣言後、わたしへ電話を掛けるおとこのひとと言えば父ちゃんか師匠の西川くらいなものになりました。
 けど。
 けどこれだと、女の子な知人友人とか、それどころか、か、家族とすら連絡が取れないのでは……。
「……わかった。しょうがない。番号は厭々元に戻す」
 ほっとした。
「けど梅子が掛けていいのは俺の許可を得てからだから。内容は必ず事前に言って。俺きっちり検閲する。親父さんだろうがおふくろさんだろうが問答無用、男は厭々遼だけ例外。間違って誰かからテレビ電話が掛かって来たら通常着信で取ってさっさと切って報告して。俺きっちり挨拶しておくから。大丈夫だ梅子、俺以外の野郎なんざこの世から全員いなくなるから安心していい」
 ひっえーーーー。
「テレビ電話で会話するに関してはたとえ梅子のお願いでも遠慮しない。俺以外としちゃ駄目だ。もししたいなんぞ言って来た奴がいたら俺にすぐ連絡して。大丈夫だ梅子、安心していい。たとえ性別種別が何であろうとそいつはすぐに」
 次の句は聞きませんでした。えらい自分。
 わたしは貴重で女の子な知人友人親友へ、テレビ電話を使っていますなんて言わなかった。言ったらどうなるか……みなさんに多大なご迷惑どころか別な意味で首を涼しくするわけにはいきません。
 だから、それはいいのだけど。
 でーーっかい問題が残っています。そのひとの名は成田くん。だってどう考えてもわたしの、……入浴中な時間帯にお電話が掛かって来るとは一体どういうことなのーーー。
 わたしは無いのうみそを掻き集め、ぐるんぐるんと回した結果、生活時間帯を変えることにしました。成田くんのお家から帰宅後ごはんを食べたら即座に一心不乱にお勉強とか、部活の復習とか、しまして、入浴は就寝直前に短時間でと致しました。
 けど。まるでそういう時間帯かと見計らったのか、掛かってきましたお勉強中に成田くんからのテレビ電話。
 これでも少しは集中して机に向かっていたので、厭々出た。
「は」「梅子!」
 よく徹る低いお声がとーーーってもうれしそうです。まるで、はい・あ~んと言いながら押し倒しそうです。
「はい。こんばんは。成田くん」
「せ・い・じ。梅子いまどこ? なにをしている?」
「……。今、わたしの部屋です。一心不乱に勉強中です」
 別に、それみよがしにハチマキなんか締めてはいないけど。中三の一年間の、落ちる落ちる落ちる~~、という、受験生特有のうらみのこもった愛用のとっくりを着用中、というのはよく分かって下さったと思います。ええ。
「……そ、う」
 とってーーーも残念そうです成田くん。そうですか。
「斉志は」
 かたい声で言ってやった。
「……俺。風呂から」
 ええ。上半身すっぽんぽんなのはさっきから分かっていました。
「梅子、……梅子その携帯、……防水なんだ」
「そうですか」
 かたい声で以下同文。
「俺のも、……なんだ。同型。だから、……」
 以下同文。
「梅子、その……。風呂、……まだ?」
 きれました。

 テレビ電話は返します。理由は勉強の邪魔になりそうだからです。え? 俺の成績そんなに心配? ですって?
 ……だったらわたしの成績をそんなに心配して下さっても、いいんじゃないでしょうか……。

冬休み

 成田斉志はささやかな男の野望を達成しようとしただけだったが、己の想い人がちょっととってもぱ~だったことを忘れていた。それを口にすればどうなるか、知らないバカ男ではない。黙って改造を施しまくった最新型テレビ電話を受け取って、元の安いだけが取り柄な、しかし密かにとある改造を施しまくった携帯を厭々返すと、その後厭々帰した想い人の家へ毎晩掛けまくって恨み言を言いつのった。するとやっぱり想い人から電話は掛かって来なくなった。すると野郎はさらに電話を掛けまくった。その顛末を、全国放浪の旅から無事帰還し土産話のひとつもしてやろうと乗り込んだ、三軒先の相棒に偶然聞き付けられると当然の如くはっ倒され、ようやっと夜な夜な電話攻めから逃れた想い人はほっと一息ついたという。
「アホかお前。もっと上手くやらんかい。そんなに観たけりゃこの俺様が今からわざわざ行ってやろう。現場からマル秘映像を実況生中継だ。ホレ駄賃。金寄越せ」
 マジ拳合戦はしばらく続いた。