小雪 部室

 今日は期末試験前のさいごの平日。期末試験は部活中断が一週間に渡るので、今日までがわたしが部活へ出てもいい日。
 なのに、西川が今日は雑談大会だと言って来た。なにかあったっけ。
「テメェ。来年のクラス分けはどうするんだ」
 ああ、来年の。
 この学校では、二年は文系と理系に分かれる。そのことを言っているんだろう。
 そういえば西川と会話するのは久しぶり。失礼しますと時間だ以外、喋ったのっていつかな……文化祭以来だから一ヶ月以上? 今までそんなことなかったな。
「文系にしようと思うんだ。わたしは理系の教科全然だめだから。特に物理なんて見るのも厭」
 そう言うと、西川は即座にマシンへと躯を向けた。
「あの、西川……」
 どうしたのかな。今日は雑談大会じゃなかったのかな。
「テメェは帰れ。本式へ戻る」
「……」
 そう言われれば返す言葉もない。すくっと立ち上がり、失礼しますと言って、かばんを持って部室を出た。

 わたしが部室を出ると、成田くんもついて来た。成田くんがわたしの左手首を持ったまま自分の下駄箱まで行って内履きを仕舞って大きな革靴を取り出す。それは履かないで、くつしたのまま渡り廊下を渡って右階段を下る。
 その途中、言った。
「あのね、……斉志」
「なに? 梅子」
「今日、店に……ショッピングモールに寄りたいの。ちゃんと日暮れ前に帰るから。……いい?」
「いいよ」
 ほっと一安心。なんてすぐに話が済んだんでしょう。
 なーんて口に出して言ったらわたしは店へ寄れないと思うので、言わないでおいて。
 成田くんは、笑顔満点、にっこり笑っていて、わたしはさらにほっとして、自転車・バイク置き場で別れた。

 わたしが店に寄ると言ったのには理由がある。
 やっぱり来年、理系へ行った方がいいのかな……。
 せっかく部活で、あんなふうに教えて貰っているのに文系へ、なんて言ったら西川はあの態度。別に西川にあんなふうにされたから、というわけじゃないんだけど……。
 やっぱり、プログラミングをやるなら避けては通れない分野だと思う。
 だから、ちゃんとわたしなんかに分かるかどうか、書店の中を彷徨し、参考書を漁ってみたりなんか、したりしていたのですが……。
 本を手に取って、パラパラと捲っていると、ほっぺに熱い吐息が……。
「な、ななななな……」
 この気配。におい。分かりますとも、誰かなんて言われなくても……。
 この時、わたしの背中には冷や汗がつつー、と落ちた。
「ふーん……。梅子そういう本を読むんだ……」
 部室では、あんな爆発的集中力を出すひとが。いまは、こーんな、甘ーい声を出すのですー……。
 甘いと言っても含みがあります。ええ、誰に分からなくともわたしには分かる。
「俺、物理とか……得意だよ? 梅子」
 得意じゃないのなんてあるんでしょうか……。
「そ、そぉ? よよよよかったね……」
「化学とか、生物とか……」
「そ、そぉ? すすすごいね……」
「梅子……?」
「はい……」
「俺、梅子に……なんて言った?」
 ……。
「覚えている……?」
「……はい」
「そう、……覚えていてくれたんだ梅子……」
「どう、いたしまして……」
「俺、なんて言ったっけ……?」
 ……。
「梅子……?」
「く。クラス、来年、同じって……」
「そう、……覚えていたんだ梅子。俺、嬉しいな……」
 ……。
「浮気しないで……」
「しません……」
「俺、理性無いんだ……」
 ……。
「梅子……、来年、文系? 理系?」
 ……。
 いつかこの質問が来るとは思っていたけれど……。
 月曜日からは期末前の部活停止期間。
 つまり今月成田くんのおうちで逢うのはもう明日だけ、ということになって、いまして……。
「ああ、明日訊けばいいのか……」
 ひえー……。
 なにに訊くというのー……。
「大丈夫だ、安心していい。梅子に訊くから……」
 ……ほんとうですか?
「一回目の時がいい? それとも二回目? いいよ俺、梅子の言う通りにするから……」
 ひっっえー……。
「梅子が行きたい、ってクラス選んで? 俺に遠慮しないで……」
 そ、それはそのー。行きたいクラスに、行きます、けど……。
「ああ、もう日暮れが近いな……。明日、早く帰さないとな……。梅子、明後日も来て?」
 ……。
「梅子……俺のこと」
「……好き……」
「じゃあ……来て? 日曜は、俺厭々我慢する……」
「……はい……」
「よかった……」