元気?
 あたしは、元気になった……かな。
 あたしの名前は中野真子。お久しぶり。やっと自分の身の上を語れる心境になったばっかの十五歳。ちなみに誕生日は三月十六日。血液型はB型。
 今の所あたしの唯一の味方、かな。のウメコのガッコで文化祭があったのは知っていた。けど、行けなかった。あの時はまだ気持ちの整理がついていなかったから。
 ウメコが夏休みのあの日、周りの女共にガーガー言われたと聞いた時、あたしはその場の全員を罵倒した。何の為にあんたら集まったんだよ、あたしのせいで誰がヤバい思いしたんだよ、それをなんとかしてやろうって思って集まったのは、他ならぬあんたたちじゃんか!? って。わめくあたしを鎮めたのは女史だった。ごめんなさいと。止めるべきは年上の自分だったと。もう知んない、ちゃんとウメコにあやまれよ、出来なきゃ絶交だと啖呵を切って、ひとり先にあの砂浜から帰った。
 後で、ウメコに健康診断を受けさせるため、一週間ほど家を空けると女史から聞いた。当然だ、さっさと行って来いって言ってやった。
 けど……それであたしの事件が起きたと言っても過言じゃない。その隙にあいつ……名前なんか言いたくない、があたしのもと、つまり森下邸に入り浸った。女史がいたら追い出すとまではいかなくても、監視の目があったハズだから。多少、言いがかりかなと思わないでもない。
 女史はこの二件をあわせて、あたしに深々とワビた。ウメコにワビたあたしとだぶった。……意味ない、って意味で。

 B市に越して来たけど、B高は悪い所じゃない。同じクラスの相馬を筆頭に、成績がドンケツのあたしによくしてくれる。
 ちなみに、ここには元A高生で五中出身者が春先、何人か転校していた。そいつらに対する態度は、あたしへとは正反対、百八十度逆。相馬だけじゃない、まともな神経の持ち主揃いのここでは、誰もそいつらを相手にしなかった。完全無視。なんで高校に入った早々、同じ管内の、しかも偏差値はほぼ同等な別のガッコに転校しなきゃならないんだって、白い目で見ている。あたしもそれにならった。こいつらがあのウメコを追いつめたのかと思うと、仕返ししてやりたくなった。相馬は影では結構やっているらしい。あたしもその内やろうかな。

 生理も来て。躯も治って。
 あいつがこっちに、B高に転校して来た。けど、あたしとあいつは会わない。なぜなら。言われるんだって。あたしとあいつが会ったら、「あたしがあいつにまとわりつき、練習の邪魔をしている」って。こんないい学校でさえ。
 ……サイテー、だろ? これが現実。ウメコの気持ち、痛いほど分かる。きっとこう思われている。ウメコと成田がバカップルするたび、ウメコは成田の勉強の邪魔をしている、と言われている。
 あたしはウメコがその身に負った、中三時代の噂をよく知っている。環の邪魔者とされたウメコ。つまり、こうだ。ウメコは環の勉強の邪魔をしている。だから環は成績が万年二位なんだ。
 ……なんでも弱いモンが悪いと言われる。これが現実。

 毎日、ガッコでは勉強、帰ればメイドと忙しい。その方がよかった。いろいろ嫌なこともまぎれる。今ではやっと、オンナしか目に入れらんないあの夏の頃よかマシになって、ガッコの男にビビることもなくなった。いいやつら揃い、ってこともあるんだけどね。
 しばらく、忙しいフリして。毎日がむしゃらにやって来て。
 そんな、秋も深まった頃。……環から電話があった。

 あたしは、そう伝えて来た女史にメンチ一発、関わるなと睨みをきかせて電話を受け取った。
 環はあたしと久々に会いたい、この間の話はまだなにも進展はないけれど、途中経過を聞いてくれるだけでもいいから、話を聞いて欲しい、と言われた。
 そんな話を聞いて黙っていられるわけがない。あたしは、環の家に行くから、と女史に言って、約束を週末にとりつけ、環の家へ向かった。

「久しぶり。元気だった?」
 そういう環はもはや美少女じゃなかった。美人。ただ美人。息をのむ。どうやったらこんなド田舎にここまで似合わない美人が存在出来るのか、あたしは海の神に問い掛けたくなった。
「……まあ、ね」
 全快とは言い切れないあたし。自然言葉も鈍くなる。けど、そんなあたしに環はヨケーな詮索をかましたりはしなかった。
 環がたててくれたお茶(よく分かんないけど美味いよコレ!)を飲みながら、本題に入った。
「あのね、私……分かったの。あの人の名前が」
「へーえ」
 と、相槌を打ったはいいものの。
「名前?」
「ええ」
 誇らしげに環は言う。
「……だけ?」
「……ええ」
 環の元気は消えて行った……

 要するに。夏休み、なんと向こうから逢いに来てくれた。そこで名前を知った。遼太郎さんと呼んでもいいと言ってくれた。
 以上。
 ……。
 あのねえ……。
 あたしも、こう見えてちょっとは恋愛の修羅場をくぐったから言えるけど。なにソレ。名前だけ? かなりお話が小学生過ぎない?
 あたしのあきれっぷりに、環はフォローするかのように言った。
「あ、あの……! 私だって……告白が一番いいとは、気付いたのよ。最近になってやっと、だけれど。でもあの時はそれどころじゃなかったし、逢いに来てくれたし……約束もなにもしないで、場所だって知らせていなかったのに、でも来てくれて、それで……」
 満足しちゃった、ってか。
 さらに聞けば、放課後、一瞬だけ視線を合わせているだけの毎日。同じガッコ内にいるのに、進展はそれだけ。っていうか、進展ナシ。
 ……。
「あのねえ!」
 あたしがちょっと声を荒げると、環はごめんなさい、となぜかあたしに謝った。
「そうじゃなくて! 言いなよ分かっているんだったら。告りな! あたしだって聞いたよ、そいつ文化祭で大した声援を集めていたんだって? 誰かに盗られたらどうすんの!?」
 すると環はぽろぽろ泣き出した……

 あたしが泣かせたみたいじゃない。泣きたいのはこっちだよ、夏から。
 ……ったく、しょうがない。
「どうしてそう勇気がないんだか。まったく、聞けば両思いっぽいし、それってすっごいことなんだよ?」
 あたしと違ってさ。
「わ、私も文化祭は、聴いていたの、うた、……すごくよかった。
 けどあの人は、私よりもウメコを……!」
 へ? ウメコ?
 ……ああ、そういえば。
「なんだっけ、そいつウメコのこと好きなんじゃないかって? あのねえ、ウメコにゃ成田がいるんだ、これまた聞いたけど、文化祭で成田はウメコのためだけに歌っていたんだろ、歌上手かったって。ねえ環、そいつとウメコはカンケーないよ。切り離して考えなよ」
「でも……! 告白して、それで梅子を好きですと言われたら私……!」
「そんなやつが環の合宿所をわざわざ訪ねて来る? カンケーないよ、言っちまいな!」
「でも……」
「両思いになんなって。そしたら楽しいよ?」
「マコは、両思いになったことあるの?」
「あたし?」
 あたしは……
「誰かを好きになった事、ある?」
 あたしは……
「その人に、好意を持たれていると、思えた事がある?」
 あたしは……
「苦しいの。上手く行かなかったら、私は梅子を恨んでしまうかもしれない。苦しいの。そんな思い、した事ある?」
 あたし、は……

 はっぱを掛けるつもりが、逆に言葉を詰まらされて、西園寺家をあとにした。

 森下邸に帰って。
 あたしと女史の仲はいまだ険悪。その女史から、またしても受話器を突きつけられた。
「勿論、断ろうとしたわ。でも、いずれ解決しなくてはならない事。
 ……杉本君よ。出て……?」
 女史はあたしに電話を押し付け、部屋を出て行った。

「何の用。あたし、金輪際あんたと関わりたくない」
 あたしは早口にまくしたて、でも……コイツの言葉を待った。
 コイツは未だに日本語を上手く操れない。そんなこと、小さいときからずっと一緒のあたしがよく知っている。だから、どんな言い訳するか、聞いてみたくなった。
「マコ~~……」
 はいはい。あんたが言える名前は二文字までだもんな。例外はあのウメコただ一人。
「大したこと……言えない」
 知ってますよ。よーくね。
「来週日曜日……来て、競技場に。来るだけでいい」
 秋季大会とやらがあるんだって。
「行ってどうするんだよ。あたしなにもしないよ。彼女ヅラして応援でもして欲しい? ジョーダンじゃない」
「……しなくていい。来るだけでいい……」
 それで、電話は切れた。
 あたしは女史を呼びつけて、あいつの言ってた競技場とやらに連れて行って、と言った。

 当日、あたしは森下家ご自慢のシェフの自信作なお弁当を持って、競技場の、グラウンドから一番遠い観客席の一角にちょこんと座った。双眼鏡を持たされて。
 あいつの出る競技なんて聞かなくても分かっている。百メートル走。ただそれだけ。
 森下家ご自慢の運転手は、その競技にぴったり間に合うようにあたしを連れて来てくれたらしく、あたしはヨケーな競技を観なくて済んだ。
 双眼鏡をのぞいてみると……いたいた。髪、真っ黒。おまけに短くしてやんの。そんなことしたって許してなんかやんないって。
 位置について、用意。
 勝負は最初っから、ついていた。

 それからベントーを食って、すぐ競技場をあとにした。森下邸に戻ったら、女史がまたしてもあたしに受話器をつきつけた。誰からなんて、もう言わなかった。受けたあたしも、いちいち確認なんかしなかった。
「……なに。言われた通り行ったよ。よかったね、速かったねなんて言って貰いたい?」
「来てたの見えた。……お陰で頑張れた。うれしいぞマコ。また来て……」
「またってなんだよ図々しい。もう行かないよ、あたしとあんたは金輪際縁切った!」
「……」
 さあ、なんて言って来るかなこのバカは。
「……マコ~~」
 ひとの名前、呼んでなじりやがる。いつもの甘えんボ。
「嫌いでもいい、なんでも……来て。でないとはしれない……」
「言ってろよ。あたしがあんたのせいで、どんだけつらい目に遭ったと思う? 自分の行い棚に上げんなよ。自分ばっかいい思いして、自分のことしか考えないで、あたしのメーワク考えないで、言うことはそれだけかよ!!」
 でも、あたしはなぜか、電話を切らなかった。
「……マコ~~」
 小ちゃい頃から一緒にいた、あたしだけに分かるイントネーション。もう分かっている、コイツはあたしにワビたいんだ。でも、そんなこと今更したってしょうがないから得意分野でなんとかしたいってそれだけなんだ、言われなくても、イチイチ全部分かるんだよ!!
「また来て、マコ~~……」
「うるさいな! 大体あんた、なにアレ!? 合同ん時は相手にもっと差を付けてた。それがなにアレ、全然差がついていない、つまんない、あんたはそれしきの男!? そうじゃないだろ!!」
「分かった、次はもっと差、つける。だから来て、マコ~~……」
「ホントだな。ホントに差、つけるんだな。でないと承知しないからな!」
「分かった、もっと頑張る、マコ~~」
「なんだよ!」
 まだなにか言いたいことがあるらしいイントネーション。
「また来て三角~~」
「古いんだよアホ!!」
 そこであたしは電話を切った。

 まあ、現状はこんなとこ。
 唯一の味方、違った、環を忘れてた、二人だけの味方には、万事上手く行って欲しい。ウメコは文化祭でもバカップルしていたっていうし、問題ない。環の方は問題あり過ぎるけど、あたし告白なんてしたことないし、二の足を踏む心理は分からない。けど両思いみたいだし、あたしみたいに恋愛すっ飛ばして躯だけ、なんてのは駄目だしさ。
 けどあたしは、中途半端に相談したウメコにも、環にも、今の心境を言えない。言えやしない。

 あたしの道ってなんなのかな。血の繋がった肉親には捨てられて、他人にも捨てられて、あいつにはいいようにされ。
 あたしはなにをしたいのかな。このままずっとメイドさん? それは違う。大学? あたしにそんな学力ない。
 就職なんて、出来るのかな。なんの取り柄もありゃしないし。したいことも、見つからない。
 あんなバカでも、自分の道がある。
 あたしにはない。
 ……モーレツにハラ立って来た。大体、なんかあたしって次の競技会にも行かなくちゃいけないみたいになっちゃって、どうしてだろ。断りゃ良かったのに、あんなヤツ、どーだっていいのに。
 ……けど、あれだけ疾れるなんて、どんな気持ちなのかな……
 小ちゃいころから一緒にいたあたしとあいつ。あんなバカなのに、道がある。
 あたしにはない。なにをしたらいいか、分からない。

 まだ、進路がどうって話はない。
 けどあたしには、帰る家はないんだ。自分のことは自分で食いつながなきゃならない。まだ大丈夫、なんて言ってられない。
 ウメコは成田のお嫁さんだよね。環は頭いいし、弓道もすごいし、なにやっても食って行けると思う。
 あたしはなにをすればいいのかな。誰か教えてよ。そしたらこんな楽なことはないのに。

 誰か教えてよ、あたしの道……