十月二日 火曜日

 文化祭前に、新校舎一階の一年C組の廊下でこんな会話があったという。
「成田。元気か」
「息災だ井上」
 その場にいたのは成田バカ志とサッカー部くんだった。
「文化祭で俺達のクラスが喫茶店やるのは知っているな。俺は裏方。あんたの婚約者一人だけじゃないが、とにかくそいつはウェイトレスをやる」
「知っている」
「さすが話が早いな、一つ頼みがある。対処してくれ」
「なにを」
「止めさせるんだよ」
「何故」
「今日は話が通らないな。どうした」
「俺の代の生徒会は要らぬ介入をしない」
「いいのか」
「ああ」
「恨むなよ」
「ああ」

十月二日 火曜日

 文化祭前の旧校舎一年F組の一部男子の間で、こんな会話があったという。
「いいってか」
 梅子がウェイトレスをやっていいのか? という1F男子の質問に、
「ああ」
 サッカー部くんが答えた。
「ホントかよ」
 サッカー部くんの短い返事には、周囲の皆は、にわかには信じられないと言ったふうである。
「俺も女にばっか重責担わせるのもなんだからな」
「格好付けんなよサッカー部」
「井上だっつの……誰が好きを好んでやつ相手に格好付けるか。ほとんど特攻隊だ」
「分かっているって」
「で、マジか」
「恨むなよと言ったら、ああ。だと」
「冷静だな」
「コンヤクだぞ。そこまでして後誰がどうするっつの」
「ま、ヨユーだろうな勉強と一緒で」
「とにかく楽しいお祭りだ。いい加減、びびんのは止めよう」
「斉藤の左隣の奴以外はな」
「全くだ。奴一人で勘弁して貰うさ」
「午前中だけだろ」
「ああ。さすがに午後までコキ使ったらな」
「俺達が攻撃食うぜ」
「ま、他にも女子はいる、協力してもらおう。ただし女はこれから文化祭まで毎日全員日暮れ前に帰せとよ」
「全員か」
「女は、だとさ」
「一人じゃなくて、だな」
「それでこっちに攻撃が来なきゃ軽いもんだ」
「全くだ。運良くメンツに坂崎が入ったからな」

十月二日 火曜日

 そんな経緯があるともつゆ知らず。

 クラス委員は和田の他にもいるけど、この文化祭だけはサッカー部くんがリーダーさんみたいになっていて。女子はさっさと帰るよう最初に言っていた。
 その、楽じゃないお役目はサッカー部くんに和田、藤原、山崎。そして隣の人。阿っちゃん、鈴木さん、中村さん、わたし。
 という、どこかで聞いたようなメンバーが相揃ったわけで。

 その場は、大変に居づらい空気となった。だってこのメンツといえば……。
 阿っちゃん以外のあの五人は、大層居づらいようだった。わたしをチロチロ見ながら、申し訳なさそうにしている。
 だから言った。
「あの、ね。……あれって、あのひと、襟首を引っ掴んだひとは、成田くんだったの」
 阿っちゃんを含めた六人組は、あれが成田くんと聞いて、大層驚いていたようだった。
 他の、サッカー部くんや隣の人はこの際置いておいて、わたしはあの時の六人組だけに語り掛けた。
「そりゃあ、やりかたは襟首を引っ掴みー、だったけど、助けたつもりだったって言っていた。あの時が初めてだったんだよ。あれが馴れ初めだったんだ」
 雪の奇麗な日。あの日は、成田くんと環、あの二人はなにか用事があってあそこにいたんだろう。わたしはただ見ていただけ、関係ない。だから、あれが馴れ初め。
 ちょっと首がいたかったけど……。
 わたしがこう言っても、六人は納得しないようだった。
「でも、そのせいでウメコさん、次の授業をさぼらされたんでしょう?」
 阿っちゃんが言う。
「ううん、そうでもないの。わたし、ついついぼけっと熊谷先生が教室へ入るのを渡り廊下から見ていてしまって。その時すぐに教室へ戻っていれば、あそこまで派手にさぼらずに済んだのに、つい図書室なんかに逃げてしまったの。わたしが悪いんだ」
「そんなこと!」
 阿っちゃんは反論する。
「いいの。あれは本当に大事な想い出だから。初めてが助けて貰ったことだから。成田くん当人にはすごくお詫びしてもらったけど、わたしはいい想い出だと思っている。
 だから、いいの」
「……よくないよ。大体、みんな謝ったの!?」
 阿っちゃんが言う。
 ──なにか罰でも欲しいか──
「いいって言ったでしょう、阿っちゃん。わたしがいいって言ったら、いいってことだと思うし。それに、謝るのはわたしの方」
「え?」
 阿っちゃんや、他の人も意外そうにわたしを見た。
「酷いこと言ったでしょう。他人に喋ることはなにもない、なんて言って突き放して。あの時、シンとなったでしょう、一瞬で。わたし、あの時ザマーミロ、なんて思っていたんだよ」
「でもあれは、D高の女の子を逃がす為でしょう?」
「違う、あの子は関係ない。わたしが、酷いこと言ったんだ」
「でも!」
「まあ、待てよ二人とも」
 わたしと阿っちゃんの掛け合いに、割って入ったのはサッカー部くんだった。
「斉藤は、成田に襟首を掴まれてこいつらから助けられたんだな?」
「うん、そう」
 わたしがそう言っても、阿っちゃん達はまだ納得しなさそう。
「今は、いい馴れ初めだったと思っているんだな?」
「そう」
 サッカー部くんの問いに、わたしが頷く。
「じゃあ、そう思おうぜ」
「うん、そう思って。わたしがそう思っているんだから。これでこの話はおしまいにして。お願い」
 わたしがそう言うと、阿っちゃんを含めた六人は、なにも言い返しては来なかった。
「大体、このメンバーで文化祭をやるんでしょう? もうすっきり、せいせいしました。あとはみんなでがんばろう? ね?」
 六人はやっぱり、居づらそうだった。でも、これで納得して貰わなきゃ。

 結局、無理矢理にだけど、納得して貰った。もういいから、って、わたしが言って。ちょっと掛け合いがあったことはあったけど、このメンバーで文化祭を切り盛りしなくちゃいけないことは、変わりないんだから。