十月一日 月曜日 A高一年F組 早朝

 サッカー部くんは、教室内でおおよその頭数を確認して言った。
「大体集まったな」
「立ち番しとく」
「頼むわ」
「始めるべ」
「こうして朝もハヨからこそこそ集まってもらったのは他でもねえ。例の件だ」
 サッカー部くんはもうツンツン頭とは呼べなくなるくらい髪が伸びていた。伸びた分をサラっと流していて、梅子でなくとも、これはもてるな、と思えるだろう容姿ではある。
『ああ』
 あうんの呼吸は健在である。
「生徒会の介入はない。それは断言していた。だが」
「個人の介入は有り得る。そうだな、みんな」
「ああ。しかも有り得るじゃなくて、有る、だ」
「午後、体育館でハデにかますってな」
 A高の文化祭は午前の部、午後の部がある。午前の部はおもに各教室でおのおのの出し物、午後の部は第一体育館で軽音の発表会などがある。
「つまり午前中、来る」
「今回は間違いない」
「確かに文句は言えん」
「楽しいお祭りだ」
「フツーのカップルなら来てなにをしても構わん」
「ただし俺達はフツーの高校生だ」
「ああいうのは一般高校生とは呼ばん」
「悪いが、目の毒だ」
「コンヤク……」
「文化祭でまであれ見にゃならんのか?」
「けど、二学期は来ていないじゃない」
「まあ実際あれ以来ないけどな」
「今度は授業じゃない。文化祭だぞ」
「そして相手はやつだ」
「斉藤がどう言ったって、やつが実際この場に来たら?」
 皆、一様に押し黙る。
「引き剥がす……」
『無理だ』
 皆、一斉に声を揃えた。
「俺はそんな役割、ごめんだ」
「まさか女子にそんなことさせないよね」
「誰も出来ないよ」
「だが確証は欲しい」
「相手はウメコさんだよ。詮索は駄目だよ」
「勿論そんな後が恐ろしい手段は使わない」
「どうするんだ」
「決まっている。正攻法だ」
「となると、人柱が必要だな」
「勿論男では無理だ」
「そうよね」
「え・え・え。なんでみんな私を見るの?」
 柊子ちゃんはたじろいだ。
「このあいだもさりげなくやったろ」
「適任だと思うがな坂崎」
「俺知ーらない」
「っえー坂崎君、それはないよー」
 柊子ちゃんの反論は弱かった。
「もう来るって約束していたらどうする?」
 坂崎の言に、皆一様にゾっとした。
「怖いこと言うなよ坂崎……」
「じゃあ、トーコちゃんはこれが文化祭の役。今日から当日も含めて自由行動。どうだ?」
 坂崎の条件に、
「よし、その交換条件、飲んだ」
 サッカー部くんが答えた。
「えーーーー……勝手に、って。ほんとに自由行動でいい?」
「ああ。大役だからな。重責だ小松」
「ごめんね柊子ちゃん、こんな大変な役させて」
「お願い、はっきりいって小松さんしかいないって」
「そんなー……」
「相手はウメコさんだからね、すぱっと切り出すのがいいよ」
「阿っちゃんまでー……」
「フォローはするからさ。多分」
「頑張れ小松。当日まで無制限自由行動だ」
「……分かった。やるけど、今回は結果、期待しないでよね」
 柊子ちゃんは覚悟を決めた。
「ああ。質問してくれればいい。成田とは知り合いだろ」
「うん、まあ……」
「女はともかくって言っていたからな。間違っても野郎の俺達が訊くわけにゃいかんのだ」
「うん、それはよく分かる。じゃとにかく私やるから」
「頑張れー」
「負けるなー」
「後は坂崎、任せたぞー」
「やだね」

十月一日 月曜日

 こんな経緯があるとはつゆ知らず。
 文化祭のためのホームルームがありまして。
 その時、柊子ちゃんに訊かれた。
「ウメコちゃん。ずばり訊くけど、今日から文化祭までの、教室攻撃の可能性は?」
「ない」
「……ほんとに?」
「ほんとにない。生徒会のお仕事が忙しいって。だから文化祭の準備から当日まで、F組には行きませんってみんなに言っておいてって」
「そうなの?」
「うん。その、迷惑掛けてごめんなさいって」
 わたしを囲む女子はおろか、遠巻きの男子からも驚愕の声が上がる。あの成田でもそんなこと口にするのか……、という雰囲気。気持ちは分かります。はい。
「……あの、ウメコちゃんはC組に」
「行かない」
「……そう、なの?」
「うん、一回しか行ったことないし。これからも行くことない」
「……そう?」
「うん。あのねわたし、迷惑かけると思うけど、ちゃんと手伝うから。その、少しでも役に立つことがあったら、する」
「ほんとに?」
「本当。だってほら、あれ以来来ないでしょう、全然」
「マジだな斉藤」
 サッカー部くんからの質問。多分、男子代表だと思う。なにせ隣の人はこういうことを全然気に留めないひとだし。
「マジ! あのわたしはその、信用ないけど」
「分かった信じるよウメコさん。じゃ、なにやるか決めようみんな」
「遠慮無しな」
 さいごは隣の人、こういうのはさくっと言ってきます。その前のは阿っちゃん。ありがとう。
 うーんとうーんと、気を遣わせちゃっているなあ……。
 わたしもうーんとうーんとお手伝いしなくちゃ。
 ……迷惑掛けない程度に。

 クラスの出し物はほとんど速攻で決まった。喫茶店だそう。文化祭では恒例の出し物で、他の学年・クラスでもあると思う。
 実はサッカー部くんのご実家が喫茶店らしくて、サッカー部くんは平日はともかく部活がおわったあと時間のある土曜・日曜はおうちのお手伝いをしていて、コーヒーや紅茶を淹れる腕前はプロ並だとか。聞けばサッカー部くんは一年生なのにレギュラーだそう。それに比べて仮な部員のわたしって。
 入学式以来さっぱり出番のない、あの背が高い和田のお家も喫茶店経営。だからこのクラスは喫茶店。和田はお店の手伝いとかしていないからそういうこと出来ないけど、軽食の仕入れとかをお家の人に訊くとのこと。
 喫茶店の場合、一番忙しいのは飲み物を出すひと。つまりサッカー部くん。軽食は事前にある程度作り置きするけど飲み物はそうはいかない。やっても別に構わないけど、サッカー部くんはちゃんとその場で出す、って。
 軽食・飲み物を出す裏方さんは狭いスペースでやるから全員男子。女子は何人かウェイトレスさん。男もやりますウェイター。他の人は会場準備などなど。あぶれるひとは別学年・クラスを各自自由探検だそうです。前日までの準備はみんなでわいわいやる。楽しそう。
 A高が誇る生徒会さんは、いざこざでも起きない限り介入せず。合同が生徒会さんの自主運営なら文化祭は各クラスの自主運営、となる。

 裏方さんのうち、サッカー部くんと和田は任務決定。ほかの、当日一番忙しいひとたちが誰になるかは恨みっこなし、黒板にあみだくじ。実は和田だったりするクラス委員が即席でチョークで書く。女子と男子に分かれ、それぞれ二十本ずつ縦の線が引かれる。黒板の端から端まで。
 わたしも当然参加。何故か柊子ちゃんはあみだに参加していないけど……適当に選ぶ。
 それで、あーみだーくじー、とか合唱の末。
 わたしは楽じゃない役割を仰せつかったわけで。

十月一日 月曜日 改造携帯にて

 遼太郎は放課後、同じ校舎内だというのに生徒会分室へ行くのを面倒くさがって、部室から斉志へ携帯で連絡した。
「俺ァ生徒会のおシゴトなんざ一切やんねーぞ。クラスのだってかったるくてやっていられるか。午後になるまで部室にでも篭もってらァ。勝手にやってろ」
「遼。お前、は……」
「なにか言ったか」
「……いや」
「お前のはC組にゃ絶対に行かねェな」
「間違ってもな。なにをするかも知らせていない」
「マジいいのか。言わなくて」
「……ああ」
「お前のとこ、なにをやるんだ」
「喫茶店だ」
「料理出来るのか」
「……林檎とかなら、剥ける」
「そうか、じゃ手ェ切るこたテメェでもやるめえ。裏方と言っていたからな。あの合同の練習を思えば……そういやなんとか君がF組だったな。お前のこと知っているんだ、間違っても自分の首締めるよーな役割なんざ振らねェだろ」
「梅子はウェイトレスだそうだ。あみだで決めたと」
「……だったら!」
「あのクラスには世話になっている」
「教室攻撃か。実際メーワクがっているだろうからな。どこの高校生が抱き合って教室のひとつ椅子の上で乳繰り合うよ」
「……」
「ま、牽制はせにゃならんかった、そいつァ分かる。お前のに感謝しな、お前を止められるのはもう」
「遼」
 斉志の声は、少し諌めが入っていた。
「……分かった。あのクラスの連中とつるむってのも悪くないしな。全員、お前のを気にしているんだろ?」
「ああ。梅子も言っていた、あのクラスには世話になっていると」
「俺様もお前も一切介入なし、だな」
「ああ」