九月二十日 木曜日

 わたしは朝、いつもの時間に家を出た。自転車だし、信号もそんなにない田舎だから、教室への着席時間を一定に出来る。
 そんないつもの通りに、学校まであと五分というところの信号を通過したら、ぶォンという野太い音が背後からして、それがわたしを追い越し、目の前で止まった。
 わたしはびっくりして、自転車を止めた。そうしたら。
 目の前にいたのは、成田くんと西川だった。
 二人ともバイクで、ネイキッドというらしいバイクで、ヘルメットのサンバイザーを上げて、わたしを一瞬、見る。
 そしてサンバイザーを戻し、学校へと駈けて行った。
 一連の流れのような景色を、ただぼけっと見ていた。

 わたしは、別に耳には入れなかったのだけれど。
 この景色は、学校に着いたころにはもう噂になっていて、みんなすごいね、今度の生徒会は! とか、成田くんのリアシートは予約済みね! とか言っていたらしい。わたしはこういうの、耳を通り抜ける便利な体質なのでどうでもいい。
 ただ多分、放課後……来る。

九月二十日 木曜日

 放課後、渡り廊下を渡って新校舎へ。すぐ右に折れすぐ左。C組は見ない。
 ノックして扉を開け、失礼しますと一言。
 西川が先んじて指定席にいる。それには背もたれがある。もう電源は入っていた。西川の右斜め後ろへ。背もたれのない丸椅子、それが指定席。入室後すぐにモニターへ目を向ける。
 この部室へは昨日に引き続きもうひとりがいた。そのひとは背後にある小さな机を前に座っていた。間違っても学校の教科書じゃない書物を机に並べている。わたしが着席し、背を向けるひと、背後にいるひとがそれぞれの作業を開始した瞬間。
 音のない鈴の音を確かに聞いた。
 一瞬空気が凝縮し、解放される。途端白くもなく黒くもない空間にわたしは居た。
 それは鮮烈な風だった。背後から感じる熱い風。
 爆発的集中力。
 ──なんて心地よい高揚感!
 それに押されて、包まれて。
 いつもここにいたような気がした。もうずっと前からここにいた。白くもなく黒くもない空間に、ずっと前から。意識のない前から。目が覚めたときから、目を覚ます直前まで、ひょっとしたら今も、これからもずっと。
 眼前のモニターに集中した。その風すら寄せ付けない圧倒的集中力。高揚はさらに高まる。美しく澄む風が巻き合い共鳴する空間に酔い痴れた。モニターの文字がよりはっきりと、くっきりと見えたような気がした。分かるソースがある。何箇所も。
 光を感じる。風を巻いて。白くもなく黒くもない空間、そのずっと先に二人がいる。わたしを振り返る、あの同じ姿で。
 いつまでもそこにいたかった。

「時間だ」
「はい、失礼します」
 部室を出る。二人一緒。無言でわたしの左手首を弄ぶひとと一緒。
 第二体育館の下駄箱経由、靴下で中央階段下の下駄箱へ。ガラス張りの電話ボックスも経由、自転車置き場へ。バイク置き場でふたり別れた。
「気を付けて、梅子」
「気を付けて、斉志」

 高揚感はずっと続いた。家へ帰って制服を脱いで。ご飯を食べてお風呂に入ってさっぱりして。部屋に戻って、自然机に向かった。あのソースは確かこの本のあのページ。
 貪るように読んだ。

九月二十日 木曜日

 その日、正式名称も不明の上どの団体が占拠しているのかも知れぬ小さな部屋にいた三人の連絡手段も、音とは無縁だった。