九月五日~九月七日

 生徒会役員選挙二週間前の今日。立候補者が告示された。生徒会長・成田斉志。副会長・西川遼太郎。他の議長一名副議長書記以下二年間に渡って“ヒラ”と呼ばれる他の生徒会役員はいざ知らず、この二名の立候補を誰もがやはりとだけ思った。対立候補も無い。
 この二人にかなり関係のあるタコな人物はこの手の話に興味が無い。周囲からは二学期早々の真っ赤な話の話題はあれ以降出なかったし、放課後は部活にマジ集中していた。
 不肖の弟子は師匠より、テメェは模試前、中間と期末前一週間、いずれも試験日を含めて部活停止、これからはもう成績表は見せなくていい、テメェでやれ、文句あんのか仮な部員。と激励されていた。その言を有り難く拝聴した弟子は、入学から怒濤の半年、頭の切り替えと逃げ足だけなら結構いけるんではなかろうかと思ったとか思わなかったとか。

九月十九日 水曜日

 本日午後は生徒会役員選挙の日。みんな第一体育館へ集合、各学年クラスごとに列をなして、立候補者の演説を聞く。それから投票となる。
 議長さんと書記さんに複数候補がいたけど、あとはなし。この学校は生徒が積極的に自分の意志で立候補することはあまりなくて、生徒会のひとが勧誘してようやっと立候補してくれるという。このへんがA高は無気力主義といわれる所以。三年生などはこの場にまで参考書を持ち込んでいるひともいた。
 けれどそれもここまで。演説順も無茶苦茶に、推薦者すらいないこのふたりが壇上へ。わたしが立候補するわけじゃないからそういうの興味ないし、西川も成田くんも自分からそんなこと言わない。だからわたしも聞かなかった。けど本当に、このふたりが立候補するんだ。となると西川、部活どうするのかな。あの部は西川がいてナンボ。考えればかなり奇妙な部……。
 結論の出ない考えをしているうちに、成田くんが演説を開始した。
「1C、成田斉志だ。
 俺は別にいいやつじゃない。自分に都合のいいことを言うやつやるやつ。それがいいやつか? 違うよな。
 来月の文化祭を始め学校にはいろいろな行事がある。それに俺が全部介入する? 俺が全部やってしまう? そんなことはない。
 一番楽しいのは祭りの前だ。皆で意見を言い合って、出し合って、話し合って準備をする。そういう場を奪うことは決してない。まあせいぜいいざこざにしては大きすぎる件へは少々顔を出す程度だ。これは行事だけに留まらん。
 他はなにもしないわけじゃない。
 最高学年には関係ないが、学期数の話を。現在は一~三学期。その間模試・中間・期末試験がある。学校週五日制となってもこの日程なのは、週六日制だった以前の習慣を引き摺っているからだ。その学期数を二つに、当然試験の数も減らす。この話は、すでに教育委員会側から話がある筈だが来年からとする。
 細かいところでは高校生活のお楽しみ、修学旅行で自由時間を増やす。おざなりコースではなくクラスの別もなく、その学年同士で思い思いの時間を過ごす。ああ、二年三年の生徒には済まんがな。いくら俺でもこれ以上早く生まれるのは無理なんだ。
 全学年向けの話。この学校へは管内だけではなく生徒が来ているが、遠いやつはチンタラ電車バス通学だ。そいつらだけには留まらんがな。バイク使用を許可とする、校則を変える。
 バイクで通学するとなると事故が起こるだろう、そうしたら事故を起こしたやつのいる学校ではそれ見たことかとバイク通学を禁止するだろう。
 それはおかしい。
 事故が起きたらその生徒のみの責任とする。委細内容の大小を問わず問題を起こしたらそいつは即退学。処分は起こした当人へのみ、他のやつらには一切迷惑影響は無しだ。早い話、腕に自信のあるやつだけが乗ればいい。勿論使用用途は通学時に限らん。
 俺が今考えているのはこの程度だ。だが当選したからには必ず実行する。
 候補は俺しかいない、信任投票になる。全校生徒の挙手または拍手を以って就任決定、でも構わんが確証を得たい。俺の案に賛成の生徒は形の残るものできっちり投票してくれ。投票用紙に俺の名を記入して欲しい。満票を以って学校側を説得する。
 以上だ」
 次に我が師匠が演説開始。
「1E、西川遼太郎! こいつこの通りのやつなんで、抑えに回りまーす! なにをしでかすか分からんだろうから俺にもきっちり満票ね。だーいじょうぶ、悪いようにはせん! ヨロシク!」
 どうしてみんな、そんなに割れんばかりの拍手をするんだろう。
 そりゃあ試験の数が減るのはいいこと、だけど……。これは嬉しいこと、な筈だけど……どーして、厭な予感がするのはどーして……。
 もしわたしがもう二年生なら修学旅行は関係ないし、バイクなんて最初から無理。三年生なんて別になにもいいことない。
 みんな嬉々として投票箱へ向かっている……。満票? そんな世の中甘いわけない、だからあの、だからあの、この学校って無気力主義が徹底しているんじゃなかったっけ……

 わたしが投票箱へ向かう番となると、ずらりと並んだ箱の後側ににたにた笑って立っている面々……西川と、成田くん。う。厭な予感……
「つーわけで、テメェの投票用紙はこれだ」
 ……あーのねー。
 どうして、誰が見ても成田くんのさらさら綺麗な字で、生徒会長成田斉志、副会長西川遼太郎、投票者斉藤梅子って書いてあるの? へー西川の名前ってこう書くんだ……って違う。
「なにをボケっと突っ立っているんだテメェ。後ろの生徒様の邪魔だ、とっとと列へ戻れ」
 ……あのー……
 わ、わ、……わたしの意思は?
 と思う間もなく投票用紙は西川の手から箱へ吸いこまれ、後ろに控える1Fのクラスメイト達はこのやりとりを聞いていたであろうに問答無用でわたしを元の列へと連れ戻し(柊子ちゃーんひどーい)わたしの意思には関係なく、……A高史上始まって以来、立候補者がそれぞれひとりしかいない会長・副会長が揃って満票での当選、しかも共に一年生が、と相成りまして……。
 ……。
 みなさーん、騙されていますよー……お顔がいいひとと頭の良過ぎるひとは要注意なんですよー……。

 その日から、マイコン部(仮)の部室扉に“生徒会室本部”なる理解できない手書きの木札が立て掛けられた。誰の字かなんてもう言いません……

九月十九日 水曜日 とあるところで相棒同士のさわやかな会話

「プール新築の件はもうぶっ潰しましたって言わなくていいのか?」
「女の水着姿となれば野郎全員が見るんだがな。いいのか」
「……」
 文化祭および体育祭(通常の)には付きものの、ミスター・ミスA高コンテストは問答無用で永久廃止された。以降A高の辞書に卒業アルバムなる文字は存在しない。

九月十九日 水曜日 部室

 誰が部長か分からない、そもそも正式名称も分からないこの狭い部室内に、とある三人がめいめい作業に集中していた。
 ひとりはこの部を乗っ取った一年、西川遼太郎。当部における肩書きなし。部室扉の鍵を一式常備する。
 もうひとりはこの部に未だ仮入部扱いのままの一年、斉藤梅子。この場では最も立場が弱い。彼女に出来ることと言えば師匠兼喧嘩相手の吐き出す華麗なプログラミング・ソースを背後からただ見詰めるだけである。無駄口は許されず、本来の部活終了時まで残ることはない。
 もうひとり、これが全くこの場にいるべきでない人間、成田斉志。同じく一年。彼は入学時、勉強に集中するので部へは一切入らないと言って学校側を納得させているのでどこかの幽霊部員ですらない。
 そんな三人がなぜこの部室で一緒にいるのか。
 ひとりは間違いなく部活中。もっとも“家へ帰ってやったらどうだ”とツッコミが入ればその通りと言うしかない作業に集中している。自宅のマシンは一台二台じゃなし、そっちの方が部室に置いてあっただけの中古マシンより高性能だ。
 もう一人も部活中ではあるものの、やっていることと言えばただ画面を見詰めるだけ。メモすら取っていない。当人の特技はともかく。
 もう一人は、この狭い部室、本来は蔵書室にある、もう誰も手に取っては読まないであろう、A高史全五十一冊を読破中だ。

 時間だ。日暮れ前。
 もはや季節は初秋であるので、以前のよりも早くこの部室を出る者がいる。ひとりは斉藤梅子。なんだかんだ言って過保護な扱いを受ける彼女は、しかしこの処置に逆らえない。前科があるので、その辺を勝手にほっつき歩いて帰れない。
 もう一人は成田斉志。放課後からのこの短時間で、今日初めて手にしたであろう面白くもない本を全て読み切ったらしい。
 残る西川遼太郎は本来の部活終了時まで部室に居残る。
 部室を無言で出る二人は、一般に“管内一のバカップル”と称される。本人達は、ひとりはもう片方はバカではないと主張、もうひとりはこの名称に異を唱えたことはない。バ、のところも含めて。大事なのは噂が流れる範囲内で全員がカップルであることを知っていればいい、おまけに自分は確実に己をバカだと思っている。
 一部の人間はその通りと思っているし実際その通りである。当然、バカップルの片割れは相手がそうだなどとただの一度も思ったことはない。
 この二人は片や相手の左手首とその薬指を弄び、もう片方は部室を出て最初に向かう場所は自分の靴がある下駄箱ではなかった。

九月十九日 水曜日

「……な」
「斉志」
「あの、……どうして、マイコン部が生徒会室になっているのかな」
「俺がいる。遼も」
「生徒会室はちゃんと、その……専用の建物、が」
「……梅子」
「……はい」
「俺がいるのは厭?」
「……」
「俺の顔なんか見たくない? 俺のこと嫌い?」
「……そんなことない」
「俺のこと、」
「……好き」
「好きだ、梅子」
「うん、好き。斉志」
「梅子。あの部屋が生徒会室本部だ。その他は分室。間違ってもそっちへ行って浮気するな」
「しません……」
 あたまの良過ぎるひとを説得するのは、バカなわたしでは無理なわけで……。
 わたしが生徒会の分室、とやらに行く用事があるはずない。
 だから問題は成田くん。
 成田くんはこの分だと、正式名称も分からない謎な部室へ明日も顔を出すと思う。今日の作業だけでも、とてつもない集中力を感じた。背後に成田くん、前に西川。
 だったらきっと明日は……

九月十九日 水曜日

 そもそも何故生徒会分室は危険地帯なのか?
 梅子のこと、己が目を離した隙に勝手にどこかへ行って浮気をするに違いない、と思い込んでいるどっかの一見以下略男のみっともない嫉妬ゴコロは置いといて。
 生徒会長、生徒副会長は生徒会業務を一切する気が無い。
 が、オシゴトそのものは当然存在する。各部予算だのなんだの。どうでもいいだの押し付けろだの思っているのはプライドの高いあんちゃんたちの上っ面的言い回しで、当然やることはやらねばならない。間違ってもこの業務をこなすメンツにあんな奴らを加えてはならない。
 そんなわけで斉志と遼太郎が生徒会業務で真面目にやったのは実は人選のみだった。二人がイのイチで思い付いた人物は坂崎哲也。住んでいる所は違えど以前からちょっとした知り合い同士、その上坂崎はあの通りの人物、なんら申し分ない。だが申し分無さ過ぎてさっさと牽制された上ケンもホロロに断られた。まあある程度予測はしていた。坂崎とて野郎、当然自信家、プライドはある。斉志と遼太郎と較べてどの程度かなど下らぬ話も置いといて、いずれ二人は坂崎が自分達の風下に立つなど思っちゃいない。
 ではあるが、やるとなればそれなりに出来る者、信頼の置ける者を揃えたい。
 よってヒラなんぞと呼ばれていても議長・副議長・書記はかなりの人間ばかりだった。自分達が何一つ言わねど完璧に(とはいえ合同じゃあるまいし全部前例があるのだが)業務をこなし、成績で文句を言わせないのは勿論、性格、能力全て斉志と遼太郎のお眼鏡に叶った連中だ。早い話、大層魅力的なオトコ達揃いにしちゃったので梅子が惚れちゃわないかと思っただけである。つまりやっぱり嫉妬心のなせる技であった。副議長だけは女生徒であったが斉志も遼太郎も女は構わん、又はせいぜい浮気疑惑を掛けられたくないと思っているだけだった。この女生徒ならば梅子と知己を得させてもよかったが、芋蔓方式で他のヒラとも仲良くなられては、と思っただけだった。