九月四日 火曜日

 火曜日一限目に生物、というのだけが一学期と同じだった。実にありがたい時間割り。別に次が副担の数学でも構わないのだけど。
 とにかく、わたしは朝から、ううん、あの日からとある決心をしていた。

 気合いで特技・黒板消しをご披露し、その後授業。あの背中の力を借りて集中する。そう、きっとあれが出る。これも。絶対出る。
「はい、授業おわり。教科書ノート仕舞え」
 熊谷先生が合図する。教卓から回って来た紙はこの列の一番前から順々に後ろへ。そして前の人、柊子ちゃんからその紙が渡される。名前と空欄の番号欄があるだけの紙切れ。
 無言でその欄八つを埋めた。何度も見聞きして書いた専門用語。

 十分経った。
「隣のやつと答案用紙を交換」
 ふたたび熊谷先生の合図と共に言葉も交わさず隣の人へ答案用紙を渡し受け取る。先生が黒板に答えを書き込む。満点、それが隣の人の挨拶代わり。これを受け取るべき前の人へすぐに答案用紙を渡した。
「……ふーん」
 隣の人。
「……え?」
 前の人。
 わたしは答案用紙を渡し済み、目を瞑って授業がおわるのを待った。
 全員分の答案用紙が熊谷先生の教卓に集められる。
「ほー……」
 ぱらぱら回答用紙をめくっている。
「珍しいなー」
 これで一限目はおわり。わたしは机に突っ伏した。
 ──ありがと、ね。

九月四日 火曜日

 二学期は月曜からの開始。一限目に今日の分すべての気力を使い果たした夏休みボケなわたしの頭には次の休みが長く感じる。
 久し振りに会ったみんなちょっとずつ変わっていた。約一ヶ月半会うことなかった、運動部の阿っちゃんや髪の伸びたサッカー部くん。運動部は夏で代替わりがある。もう誰も新入部員じゃない。その分、しっかりして来ているのが分かった。わたしなんて卒業まで仮のまま。ぅぅ。
 卒業まで身分を保証してくれた師匠の西川にも昨日が久し振り。髪が黒髪に戻っていて、前の茶髪は染めたものだと思うけど、そのときはパサついた印象があった。結構、ううん、奇麗な髪。襟足も前髪も長かった。細くなくてサラサラしているし、なんだか後ろ姿はちょっと見成田くん、っぽい。もっとも醸し出す雰囲気が全く全然違うからひとめで別人だって分かるけど。なんだか男っぽくなっていた。野性味が出て来ている、というか。モニターを睨む目付きが鋭くて、凄みすら感じた。随分陽に焼けて。ホーローの旅とか言っていたな、わたしには絶対無理なこと。

 ところで昨日はずっと真っ赤になっていたし、放課後はそれ全部振り解いて集中して、家に帰っても机に向ったのだけど。……あ、結構わたしってまじめ、かも……。
 やめよう、ヘタなこと考えるとあとが怖い。
 ところで二学期となれば席替えがあっていいもんじゃないの? 昨日のホームルームはあんな感じだったし、その後もタコさん続きだったからなにも言えなかった。けどみんなまでタコさんだったわけじゃない。どうして誰も席替えしようとか言わないんだろう。この席順は気に入っていたりするけど、そんなこと言ったら柊子ちゃんに失礼。けどまさか柊子ちゃんに、席替えしたいでしょなんてそんなそんな言えません。
 わたしはそれこそ待ちの状態。みんなが言い出すまで待ち。
 ……どんなもんなんだろう。

九月四日 火曜日

 二学期早々タコになった、噂嫌いの人物はともかく、ここA高では二つの噂が駆け巡っていた。
 ひとつ。今年初めての試みたるでかい行事で大宣言の末、高校生離れしたバカップルが婚約までした、という噂。これについては当事者のうち片方はともかく、もう片方へ喧嘩を売る勇気のある者は誰もいなかった。はっきり言ってあそこまで宣言したならそのくらいあって当然、別にこっちに害があるわけじゃなし。と考えてはいた。一般高校生にとっては聞き慣れぬ文字ではあったが。大昔にそういうタイトルのドラマがあった。ただし現在それを知る者はほとんどいない。いたとしても、あれは皆には内緒、という話だった。確か。とにかくこの噂が真実であることは、誰もが畏怖と共に理解していた。内状を聞いてはみたいが当事者の片割れが恐ろしい。めでたい話だ、根掘り葉掘りなど後が怖い。触らぬ神に祟り無し。誰もがそう思っていた。
 もうひとつ。それにも前件の当事者が絡むがこちらとて既に確定済みのようなものだ。先の未知なイベントをほぼ一人でやってのけた、管内でその名を知らぬ──もっともそのイベント最終日までは誰もが堅物硬派だとばかり思っていた──人物とその相棒が生徒会を乗っ取る、という噂。これについても誰も文句は言わない。そうなって害になるどころか得になることばかりだろう。あれもこれも片手間のように完璧にやってしまって、一般生徒がやることなど欠片も残るまい。楽だ。皆そう思っていた。