夏休み某日 店

「みんなァ! 遺書は持って来たか」
 これを大声で言ったのは中井あすみ。正確に書けば中井亜隅。カレシ持ちで、わざわざ出会いの場を持たなくともいい、八月五日に穴場な海にいなかったD高の女生徒だ。
「ちゃんとあたし宛てに財産全部やりますって書いたよな」
 その場に他にいたのは、あの某日梅子の近所の海にいた女生徒全員だった。
「ダチも今日、いや、このあいだが限りだ。言いたいことがあるなら今言ってくれ。
 言わねえんなら言ってやる。よっ、最低女ども」
 女生徒全員は、誰もなにも言い返せなかった。
「こんなのとダチだったなんてな……D高のミンナ、ご免よ。あたしがちゃんと責任もって生徒会長やってやるからさ。ああ、B高のを兼任してもいいっスよ?
 ……なにがミンナで楽しもうだ。いつミンナでリンチかまそうに変えた明美!!」
「……済まん」
 明美の顔色は、常とは違った。
「で済むなら警察は要らない。タカコ。あんたあの事件現場を止められなくてなんと言った」
「……言葉がない」
「あんなクズ高生? それはあんただタカコ」
「……ああ」
「オイその他独り身オンナ。聞け。オトコに愛されるとオンナはああなる。悔しかったらオトコを掴まえろ。その質でオンナが決まる」
『……』
「ウメコは凄えやつだから、そういうオトコを掴まえたんだ。成田は王子様だもんなあ。ずっと前から嫉んでいて、言いたかったんだろシンデレラちゃんに集団で。王子がいないところを見計らって。
 ミンナのダチにもいいカラダのコいると思うけど。陰でなんて言われているか知っているだろ。そいつらも侮辱したってことなんだ」
『……』
「よくウメコこんなやつらに呼びつけられてヒーコラ来るよなあ……迎えに行くのが当然だろ。なに平然と待っているんだ」
『……』
「あんたらがやったことは、あんたらだけじゃない、他の、宣言を聞いたオンナ達全員がさぞやってみたかったことだろうよ、絶対成田のいない所で。よくもダチのあんたらが代表してかましてくれたよな。あたしはこれからあんたらが、あの騒動の時のやつらみたいなことをしたときっちり吹聴して回ってやるさ。あんたらがやったのと同じことをするだけだ。ウメコの気が晴れるまで、陰でヒソヒソ笑われていろ」
 あすみの言葉はここで切れた。彼女の背後で、ぱちんと指が鳴ったからだ。
 それに気付いたあすみは後ろを振り向く。そこにいたのは適度に日焼けした男子生徒。
「その位にしといたら」
「……。誰? あたしは中井亜隅。D高一年」
 あすみは、この男子が誰だかもう知っていた。何度かすれ違ったからだ。だが訊ね、名乗った。正式には一度もまともに会話していなかったからだ。 
「坂崎哲也。ここから五軒先にある宿屋のボンボン。買い物に来た通りすがり」
「通りすがりがなんの用さ」
「タカギの跡取りに仕入れ値九割引きして貰えるチャンスみたいだしー」
 高木の千代子は頭痛がした。
「そう? あたしは食べる気もしないけど」
「俺もだけど? 泊まり客にゃ好評なんだ、ここの和菓子」
「話がズレているな。何故止める」
「俺は現場に居合わせた。こいつらにもういいと言っていた。だからもういいんじゃないの」
「あたしは春先A高へ二度行った。あの現場には居合わせた。あんたの姿はあの時だけじゃない、病院でも打ち上げでも見たような気がするけど?」
「多分そうかも」
「だったらあんたは二度とも現場に居合わせたんだろ。前回は集団精神的暴行、今回は集団性的虐待。よくそれだけで済ませられるな」
「分かんない?」
「ハ?」
「現場の渦中の人物は、人を見る目が無いってこと」
「……アーーーーッハッハッハ!! って笑って済まされないんだよ」
「いいじゃん。どうせあんたが言わなくても、この話もどこからか漏れて、とっくの昔に噂になっている。荷担していないのなら、手は汚さない方がいいんじゃないの」
「……スッゲー、さすがだぜ。って、いやだからウメコの気が晴れないって言っているんだよ」
「さっきそいつここへ来ると言ったな?」
「どこから聞いていたんだか……ああそうさ」
「じゃそいつ、なにも言わないぜ。前回もだったけど。手え汚したくないだろうしー」
「だからあたしが言っているんだ。あたしはあいつのダチだ、汚れ役でもなんでもやってやるよ」
「そんなのは最低女に任せておけば。でないとこいつら再犯するぜ、今、これから。その為にそいつを呼びつけて、のうのうとここにいるんだろ」
「ケリは自分でって言いたいのか?」
「そ」
「付けられるやつらだと思うか?」
「俺知ーらない」
「ウメコにワビさせられてようやっと、って聞いたぜ」
「そだね」
「何故こいつらを庇う?」
「仕入れ値九割引き」
「そりゃ千代だけだろ」
「この場限りであとシマイ、じゃなくてさ。たんまり貸し作らせたら? そいつの気が晴れるずーーーっと先まで」
 坂崎はマイペースな表情をした。それを崩すことはなかった。
「……ぎゃーーーはっはっは!! よし分かった、そうするよ。あたしもイビリネタ出来るしな」
「そうすれば」
「よし。ウメコの気が晴れるまでネチネチかます」
「ほんじゃ九割引きヨロシク」
 そこで坂崎は退場した。千代子はがっくりと項を垂れた。
「というわけだ。これからもよろしくな、生徒会長二人に親友にダチ共よ。ただし再犯したら、ウメコ宛ての遺書したためな。あたしこれからデートだから? 夕方あたりにウメコに電話を入れて様子を探るだけにしといてやるよ。じゃな」

夏休み某日 店

 このあいだの海に来たメンバーで、女の子だけの集まりが店であった。わたしは母ちゃんに、タカギのお菓子を買うように言い付けられていたので買いに行ったら、お千代がタダでいいという。でもだめです、ちゃんと母ちゃんにお金を貰って来たんですから、と言ってちゃんとお金を払って来た。
 みんなは、まだ謝り足りないようで、ごめんなさいの大合唱。でももういいんだけどな、ちゃんと海でも大声であやまってもらったし。

夏休み某日

 斉志は、坂崎の携帯電話番号を当人から訊いていない。だから、タウンページに載ってある坂崎旅館へと掛けた。
「随分な御活躍だな」
「棚からボタモチ、大ラッキー」
「何故タダにしない?」
「決まってんじゃん税務署対策」
「お前程太刀回りの上手いやつはそういまい」
「あんた程自分のオンナを庇えない甲斐性無しは見たことがないね」
 それで電話は切れた。単なるマイペースなままで。

夏休み某日 斉志宅

 その日、何回目(……)かの後、成田くんがぽつりと言った。
「梅子。あのな」
「うん」
「俺、このあいだの、海のやつらに仕返ししたい」
 成田くんまで……。
「どんなのがいい? コンクリ詰めにして海に沈めてもいいよ梅子」
「うわきもの」
「……なんだと」
「うわきもの」
「……どこからそういう発想が出る」
「わたしにかくれてこそこそおおおおんなのひとに会うと言いたいのですね」
「……」
「しかもふくすうですか」
「……」
「……は~れむ、したいのですね」
「……そんな文字は俺と梅子の辞書に無い」
「じゃあなんです。わたしに黙ってコソコソ勝手におおおおおんなのひとに、しししかもふくすう、ひとりで会っちゃうって、いいたいのですか」
「……誰が言うか。……分かった。俺、厭々仕返ししない」
「しちゃったらは~れむ星人って呼んじゃうもん」
「あのな。……いいのか梅子」
「なにが?」
「仕返し。……したいだろ」
「せーいじ」
「……うん。分かった」

夏休み某日

 明美め……。どこかへ出掛けるの、別に毎度海でなくったっていいのにー。カラオケとか……うた、ヘタだけど……。
「あんたは得意分野で頑張りな。あたしはあたしの得意分野でやってやるぜ」
 得意分野……。
 がんばる……。
 ……。
「というわけで! ビーチバレーだ参加する者寄っといで!!」
 出来ません。

 その後はみんな、わいわいとめいめい騒いでいた。そんななか、わたしは明美と二人で海辺に座っていた。
「そういや、あんたって中学んときの部活は? 運動部に強制で入るんだよな、この辺の中学校」
「バレー部」
 とぉおおおおってもヘタな。
「へー、あたしもだ」
 ……なーんか、いやーーーな予感が……。
「ということはあたしとあんたって対戦したことあるんじゃないの?」
 いやな予感が……。
「あんたの姿って見たことないような」
「……明美」
「なんだよ」
「わたし、……レギュラーとか、だと思う?」
「ああ、そう言われれば」
「ベンチ入り、……なんて出来ると思う?」
「そりゃーまぁ……」
 分かって下さい、明美さん……。
「……ウメコ」
「なんでしょう……」
「サッカー、よりはコロコロ出来んよなあ?」
 ノーコメントと致します……。
「あんたなんで高校になってバレー部に入らなかったワケ?」
「……そんなことをわたしに訊くかな明美さん……」
「言いづらいと思ったらな、そういうあんたはどうなんだって誤魔化すもんだ」
「……そういえば、明美は入ったっていいでしょう、うんと上手いんでしょう。……憶えていないけど」
「あたしが覚えてんのは五中たァ激烈弱いってそれだけだ」
「……どうせ、どうせ……」
「イジケるんじゃないよ。大体、土日部活休みだから弱いんだろ。こっちァ汗水垂らしていたのによ。聞いた時ァハラ立ったね」
「……バレー部だけじゃないもん。他の部だってそうだったもん。……わたしはそれで助かっていたの! そ、それで明美はどうだったのよ」
「コーコー上がったらまた下働きなんかやりたくなくってさー」
「……ソウデスカ……もったいない。慶ちゃんもだけどね、もったいないよ。大体D高のひとってほとんど運動神経いいじゃない、みんな窓からひらって飛び出して……もったいない」
「ウチのやつらはみーんな面倒くさがりやなのさ。学校で熱血クラブ活動なんかやってられるか、ってノリで入学して来るやつが大半でね」
「あのねえ、わたしみたいなとんでもない運動音痴になってみたら、きっと部活したくなくなると思うよ」
「言ってて空しくならないかい」
「なります……」
「じゃあ、さ」
「?」
「あたしみたくパッパラパーになってみたら……おベンキョ出来る学校に入ったの、もっと自慢するぜ」
「わたしは……」
「三百番台ってか? あたしはその基準で行くと一千番台だったりして」
「……」
「較べても意味ないだろう」
「あのね」
「あ?」
「うん。そうなんだ。そうやってね、分かっているひとは、いいんだけど」
「ウメコ」
「うん?」
「あんた学校生活、楽しい?」
「うん」
「初っ端ああでか? 嘘吐け。入院するは、あたしら分かっていねえやつらに下らないことを言われるは。いいことなんかあるのかよ」
「あのー……。えっとね。まず、お友達出来ました。こーーーんなに」
「ロクでもねぇやつばっかだがな。……おう、そういやロクデナシの代表はどうしたい」
「? ???」
「遼だよ。西川」
「あのー……」
「あいつってさ、こういう浮かれた遊び場にゃー必ずツラ出ししそうじゃん。我先に暴れまくってさ」
「ああ、そうだね。そう思わないでもないけど」
「まぁ居ないやつはいい。それでェ? カレシが出来ましたってか」
「うん」
「ッカー。ノロケられちまったぜ」
「あのねえ、このふたつはわたしの人生には本来ありうべからざる大事態だったのですよ」
「なにコ難しいこと言っているんだか」
「本当だもの。今でも信じられない。夢みたい。ほっぺつねったらぽって消えちゃいそう。明美、ぽって消えたりしないでね」
「無理言うんじゃないよ、安心しな」
「よかった」
「学校ではどうだい」
「?」
「あんたは初っ端大人数に大嘘ぶっこかれて孤立無援で追い出された。そんなクラスに一人で戻れって言っちまったからな、訊きづらかったけどさ。遠慮しているといいことないから訊く。どうよ、あんたのクラス」
「みんないいひと達だよ」
「あたしは遠慮するなと言っているんだぜ」
「わたしは出て行くとき、全員に酷いことを言ったでしょう」
「ありゃマコを庇う為だろ」
「違うよ。黙らせたかっただけ。ちょっと言ったらみんな黙ったから、ざま~みろとか思っちゃった」
「……」
「そう考えたって、みんな分かったと思うよ。でもね、教室へ戻ったら、誰もなにも言わなかった。ひとことも。多分、訊きたい、言いたいって思っている、と思うのに」
「……」
「わたし卑怯だから、自分からはなにも言わないんだ」
「……卑怯じゃない」
「そうだよ。だってねえ、あれって本当だったんだから」
「違う。全部大嘘だ」
「全部本当なの。わたし環の邪魔していた。明美も知っているでしょう、環うんと美人で優しいって。わたしが纏わりついていたからなんだよ、環に友達誰も出来なかったの。それが高校にへ入ったらちゃんと友達出来ていたよ。ほんとに後悔した。あの時みんなが言っていたのは本当なんだ」
「あんたのオトコがどうのってのは間違いなく大嘘だ」
「そう思いたくなるの分かるよ。わたし見たもの、環と成田くんがね、ぴって並んだの」
「止めなそんな話」
「聞いてくれると嬉しいな」
「……じゃあ、言いな」
「それ見たらね。あああれって本当だった、だったら、もっと早く、くっつくなり、勝手にしてくれればよかったのに、わたしなんか関係ない、邪魔ばっかりして──」
「……泣くんじゃないよ」
「ででもね──」
「わかった、言いたいだけ言え、全部言っちまえ。キレイサッパリして、後はもう二度と言うな」
「うん──あの、あの環が、よよよかったねうめこって、言ってくれて、ああよかったって──」
「そうかい」
「あけみ──は?」
「よかったじゃん」
「──環と成田くんの方が良かったと思うでしょう」
「金輪際言うんじゃない」
「みんなそう思っていると思う──」
「西園寺と成田の前で言えるかそれ」
「言えばよかった──」
「殴られたいかい」
「言えばよかった──お似合いだからくっついて下さいってみんなの前で大声で言えばよかった」
「世迷事を言うんじゃない」
「今言ったら成田くんもあきれてくれるかな──」
「その前にあんたの喉を潰してやるよ」
「それで、こんなやつもう知らないってぷんってそっぽ向いてくれたら──ほっと出来るなあ──」
「それで」
「楽になれるなあ──」
「あんただけな」
「そしたらね、みんなぷんってそっぽ向くと思う、そしたらほんとに、ほんとに楽──」
「そうか。じゃあ泣きな。後は全部忘れるんだ」
「うん──」