七月二十日 実は佐々木明美の誕生日な金曜日

 本日は一学期終業式、です。午前中までちゃんと授業をやって午後終業式。それからホームルーム。通知表が渡されます。
 ……。
 当然、わたしは大師匠さまに報告義務があるわけで。放課後は部室へ。

 これで一学期もおわり。入学前は一瞬だって、こんな一学期を送ることになるとは考えもしなかった。というより、よくぞ終業式を迎えられたものだなあ、と……。
 ホームルームでは主担・副担どちらも揃う。主担は教壇の脇で椅子に座って、生徒ひとりひとりを呼び出し通知表を手渡すのは副担の役目。
 いろいろお世話になったけど。そういうひとはうんといるけど。副担にも世話になった。最初は処分を言い渡されて、けど問題児な生徒にもちゃんとしてくれて。
 これも入学前には考えられなかったこと。嬉しかった。
 とはいえ通知表なんて貰うのは全然、嬉しくない。列最後尾から、明後日なにされるか分からないひとの言葉を借りれば厭々教卓までとぼとぼ行く。
「斉藤。このあいだは済まんな」
 通知表を貰うとき副担はぼそっと呟いた。このあいだ? 済まん? なんだろう。
 次のひとが後ろに控えているので、けどハイ、なんて言うのもおかしいと思って、とにかくぺこりと頭を下げて席へ戻る。そこでちらっと中身を、見ますと……。
 ……。
 見ない振りです。知らない振りです。けどこれを報告しなくてはなりません。
 ……。

 一学期、ずっとこの席割りだった。二学期はきっと、合同みたいにくじとかあみだとかで席替えがあるんだろう。小テストの採点を除けば隣の人、勿論前の人、という順は気に入っていたけど一学期中邪魔しちゃったしな……。けどこれは不可抗力だし。別にどの席になってもいい……窓際は厭だけど。

 みんなに、じゃあ夏休み明け会おうね、って言い合って。除く隣の人。
 なんとなくその時期の直前、なにかあったような気がするけど。それこそ見ない振り知らない振り聞かない振りです。
 ……。
 絶対、絶ーーー対、……自転車通学をしようって言ってこの高校へ入ったんだから、だから……二学期も出来ればそうしたいなあ、なんて……。
 あさって言ったらその日からわたしは電車しか使えないような気がするので、考えるのはやめた。

七月二十日 金曜日 放課後 部室

「本日はマジ本式雑談大会である。ホレ出せさっさと通知表」
 西川がおっきな左手を差し出してくる。うう……。今までで一番厭な瞬間。
「……ま、二学期だな」
 はい。分かっています。あれ、けど別にこれで……雑談大会じゃなくったって。
「梅の字。俺ァ休み、管内にゃ居ねェからな」
「……は?」
「全国ホーローの旅に出る。というわけで、このあいだテメェに遠慮なく電話をしろと言ったが遠慮なくされても俺ァスーパーマンじゃねェ、呼ばれて飛び出るなんざ不可能だ。テメェのこたァテメェでやれ。いいな」
「分かった」
「ま、本来ここで餞別のひとつも戴くところだが、テメェは仮な部員だからな、大盤振る舞いだまけてやるよ」
 仮な部員と餞別はなにか関係あるんだろうか。
「……別にお礼は言わないけど、じゃあ雑談大会じゃなくたって」
「バーカ文化部は本来もう部活がねェんだよ。というわけで、とっとと帰れ」
 本式というのは確か正門が閉まるまでやる筈じゃ。
「なんだテメェ、なんか文句あんのかよ」
「ううん……あの西川、西川だから間違ってもそんなことないと思うけど、無事に帰って来てね。気を付けて」
「誰に言っているんだテメェ。さっさと帰って課題やって寝ろ」
「はい。失礼します」

七月二十日 金曜日 夜 西川宅

 遼太郎、西川父、そして斉志は久し振りに三人揃って夕食を取っていた。明日は土曜だ。遼太郎はもう、今日中に当人言うところの全国放浪の旅へ愛機のオフロードバイクで出るつもりでいる。いくら相棒と言えども弟子のアレな周期など知る由もない。
「なんだよ斉。まさかお前まだ怒ってんじゃねェだろうな」
「……」
「俺達の部は邪魔しないやつらばっかだと言ったろ。誰が爽やか海辺でデートの惚気た背中なんざ追い回すかよ。それともなんだ、よくもお前のの殺し文句を無断で聞きやがってとか言うんじゃねェだろうな。ありゃ不可抗力だ。俺様は間違っても関係ねェ」
「分かっている」
「ま、俺様は毎度のことながら狭いド田舎飛び出して、ひと回りもふた回りもデカくなって帰って来てやっからよ。お前のを連れて来るんだろこっちに」
「当然だ」
「勝手にやってろ。普通二輪しかねェのが癪だが……校則変えるんだろ」
「ああ。だから遼」
「誰がこれ以上コキ使われるかよ! 合同までだ、俺ァきっちり借り返したぞ!」
「お前はMVPじゃない」
「一票差だったろうが!」
「お前が組んだ集計プログラムだろう。入力のベリファイ、何度やった」
「くっそー大統領選挙だったらやり直しだったのに!!」
「そしたら慶が取っていた」
「あーまー確かにな。慶と言やどうなったんだ」
「話を逸らすな、遼」
「逸らしちゃいねェよ、やりゃいいんだろへーへーやりやすよ。だがな、もう金輪際コキ使われてなんかやらねェからな」
「厭だ」
「ほー、じゃ部活はどうすればいいのかなボク」
「当然そのまま続行だ。俺は邪魔するつもりなどない」
「しまくりなお前がなにを言う」
「あの部室は生徒会が乗っ取る」
「オイオイ」
「生徒会で入室出来るのは当然会長と副会長だけだ」
「コラコラ」
「勿論下らん業務は他のやつらに押し付ける」
「それじゃ邪魔しまくり続行だろうがお前」
「部室で勉強する」
「……斉。そこまで来ると冗談じゃ済まねェぜ。梅の字、避けるぞお前のこと」
「そんなことは有り得ん。なにせ俺の婚約者だからな」
「あのな……。お前の本気な集中力を間近で見せつけられて、逃げないやつなんざ一体何人いる? お前のクラスのやつ、そうやってもう何人も飛ばしているだろうが。アイもユイノーも関係ねェ。またひと悶着起こしたいか」
 斉志のクラス、1Cでは、斉志の眼光が怖くて転校して行った生徒が何人もいる。それも、梅子と同じだった五中生が中心だ。
「梅子は遼の弟子だろう」
「それがどうした」
「梅子は一学期中お前の本気を見ている。お前だってそれは認めている。そうだろう」
「……」
「俺は梅子を試すことなどしない。梅子を信じている」
「……」
「結婚すればそれも日常になる」
「へーへー副会長な。ただし俺ァなにもやらねェぞ」
「ああ、他のやつらにさせるさ」
「……なーんか引っ掛かるが……まあいい。で、慶はどうした」
「ゴネているようだ」
「なにをやっているんだかねェあいつァ……。都会の推薦話なんざ引く手数多なのに全部蹴って、受験のマークシートを勘で塗り潰して陸上部もないD高へ行ったっていうのも勿体ねェのに」
「まさか分からんわけじゃないだろう、遼」
「そらそうだけどさ。相手学校変わったじゃん」
「どうもそうだという認識がないようでな。どこへ行っているのか、程度だ」
「B高じゃ慶を持て余すだろ」
「ああ。だがこんなものは当人の自覚次第だ」
「なんでもそうだが体育会系は夏が命だろ。まさかバカンスってわけにも行かねぇっつーに……。あーまったく」
「ああ、お前が考えている通り第三者の介入は無理だ」
「だな。勿体ねェが……しゃあねえ。じゃ、俺ァ行くぞ」
「……」
「なんだ。前からいつも行っているだろうが」
「……うん」
「一学期の総括みたいになるが……まあ楽しかったさ。ちょいと騒がしかったのは予想外だったがな」
「ああ。だがそれもいい」
「まァな。ンじゃ行くわ」
「ああ。遼、気を付けて」
「誰に言っているかね」

七月二十一日 土曜日

 今日から夏休み開始。
 その前に。実は七月、結構いろいろなことがあった。
 まず、二年生は修学旅行。(仮称)マイコン部の先輩二人はあれからずーっと部室に来なくて、だから西川が言ったように餞別をくれとかは言ってこなかった。結局一学期中、この部室で逢ったひとと言えば九割方は西川、あとの一割は明日なにをされるか分からないひと。
 次に、運動部は夏の大会真っ盛り。地方大会があって、勝ち進むと夏休み、来月あたまに合宿とか、そのあと全国大会とか。その辺は、よく分からないけど。
 環は弓道部。一年生だけど選手に選ばれて、地方大会も県大会も出て個人戦は優勝。すごいっ。さすが環。
 けどわたしは応援に行けなくて……。
 ……。
 試合……っていうのかな弓道でも、は平日もあった。環は学校を公休。けど土日にする時もあって。わたしはその……明日なにをされるか、なひとには、躯が……だったので。電話で応援。きりっとした袴姿なのは、部活帰りにいつも見ていた。凜々しくて。成田くん、似合うだろうなあ。武道をやっているって言っていた。弓道もきっとやっている。
 環と成田くん、並んで射るところを見てみたいと思う。たとえどんなに現実不可能だとしても。きっと絶対間違いなく、有り得ないだろうけど。

七月二十二日 日曜日 斉志宅

 全身キスマークは勘弁戴きました。だってもしそんなことしたら家へ帰れない……。
「俺に黙って勝手にどこかへ行って浮気しないようにするから安心して、梅子」
 課題をやるんです……。わたしにしてはうんと無理のある計画なんです、あーんなにたんまり出るなんてー。それを二週間でおわらせるなんてー。
 ……ええ、もし可能でも絶対浮気出来ない程、痣を付けられました。水着のライン内ギリギリまで全部。
 成田くんからの贈り物。どう考えても既製品じゃない水着は白。間違ってもハイレグとか胸のおおきく開いたもの、じゃない。首まであるもの。半袖なんかじゃなくてよかった……。
 とにかく水着を着れば見えなくなる、という範囲全部あらん限りに痕を付けられて。これじゃ着られる服がうんと限られる。それこそ家を出られない。その上、
「俺も……お願い」
 月一回、というのを……。

「ごめん……俺、また浮かれて……」
 ……。
「俺、梅子と一緒に勉強したいけど、二人っきりでなんて理性持たない、服脱がせてそれからのことしか考えられない、それで梅子が悪く言われるなんて耐えられない」
 ……。
「これで模試まで謹慎する。俺厭々我慢する」
 ……。
「……怒った?」
 ……。

 無言で成田くんちを出ました。
 集中です。誰がなんと言っても集中です。無理なんです本当は、模試のある日までに宿題課題をおえるなんてやったことありません。
 わたしは、ついこのあいだおわった筈の期末試験を思い出しつつ、ずっと自分の部屋へ閉じ篭って一心不乱……のつもり……で課題にかじり付いた。これで、これで模試を過ぎてもおわらなかった、なんて言ったらなにされるか……。もうこの家へ戻れないかも知れない。