七月四日未明 改造携帯同士にて

 西川遼太郎の改造携帯に電話が入った。待ち受け画面、および着信パターンは成田斉志。
 しかし彼は掛けたくせに、一向に喋らない。
「あのなァ斉。今何時だと思っているんだ? 電話掛けてきて無言は止めろと言ったろうが」
 彼はやっぱり喋らない。
「あーあー悪かったよ。俺が悪かった、悪ノリし過ぎた。この通り。謝る」
「……ああ」
「ワビの代わりに俺の頼み聞いてくれや。そろそろ本腰入れるからさ、部活お前のの面倒を見ろ」
「……」
「出来るだろ当然。安心しろ、邪魔はしねェ。狭い個室で二人っきりだ。ヤりまくれ。で学校側にバレろ。この場合、誰が一番立場弱いか分かっているな斉。もう合同なんざ来年までねェぞ」
「……」
「とにかく今回は俺が悪かった。だがな斉。俺は間違いも言っていねェ。なにかあったらきっぱり身ィ引くと言ったろお前の。お前のガキな欲望の末ユイノーなんざパァなのも間違いねェ」
「……」
「大体な、そういうのがいると言った相棒まで浮気者扱いか? 確かに聞かなかったことにしろとは言ったがな、俺ァ休みいつもいねェだろうが。
 お前が浮気がどうの言うのは分かるさ、最初が最初だ。だがな、お前のだって充分目一杯気にしているんだ、お前がマジ嫉妬したらどうなるか分かっているんだからな」
「……」
「俺を見くびるな斉。この分野でお前にどうこう言われる覚えはない。たった数時間とはいえ本気でやっているんだ、それでこっちの話がどうにかなるとでも思っているのか? もしそうならそれまでだ。ンな下らねェもんきっぱり辞めたらァ」
「……」
「お前もだぞ。違うか」
「……違わない」
「まー今回は俺が悪かったからな。校内走り回りなんざもうご免だ。さって寝るか……あれ?」
「なんだ」
「なんでお前、こんな時間に電話して来るんだ?」
 時刻はすでに七月四日だった。
「まさか試験明けの疲れ切った体力無しをこーんな時間まで起こしていたなんてこたァねえよな斉」
「……」
「いいさ、なにせ俺様が徹底的に悪い。なんだったら今から殴られに行ってやるか? お前“は”体力あり余っているからな、安心しろ。ワビの代わりに今度はノーガードだ。殴り放題だホレホレ」
「……」
「もし今の今まで……まあそんなこたァ万に一つもねェだろうが……誰かを起こしていたんだとしたら。
 俺を疑うな斉。二度は無い」
「……」
「復唱しろ」
「……ごめん」
「おお、クソして……もう起きてろ!」
 ──まったく、こりゃ同情するぜ梅の字のやつ。

七月四日~七月六日

 その週のうちに期末の結果は張り出された。一位、成田。二位、西園寺。
 うんとうーんとほっとした。
 実はこの結果でなければ夏休みは一日も行きません、と言うつもりだったのだけど。ちょっと日がずれていたら……どうなっていただろう。
 あとは部活時、お師匠さんへご報告。
「……ま、夏休み明けの模試だな」
 はい。分かっています。学年順位は、二百二十番、だった。
 夏休み、遊び呆けるなとも言わないで。これだけでもう西川は画面に集中する。
 圧倒的集中力。
 その背中が好き。父ちゃんの背中とはまた違うけど、絶対言葉でどうこう言わない。
 背中だけで──超えてみせろよ。

七月七日 土曜日

「梅子、俺のこと……嫌い?」
「す・き」
「このあいだ、俺……梅子遅くまで起こした。ごめん」
「ううん……。あの、斉志だって」
「俺はいい」
「その……わたしこそ」「梅子」
「……はい」
「好きだ、梅子」
「うん……好き」
 わたし、あんなことしたのに。今日は朝からとっても穏やかな成田くん。
 ……と思ったんだけど……思ったんだけど……。

 お昼、ベッドの上で食べました。ベッドの上ではい・あ~んです。
 ……。
 起きられませんでした……。
「年に一度だなんて俺絶対我慢出来ない」
 ……そうでしょうとも。
「俺、七夕が一番厭。まさか年イチがいいだなんて言わないだろうな梅子」
 絶対言えません。

七月八日 日曜日

「梅子。二日連続だけど俺絶対遠慮しない」
 ぅぅ、なにも言えない……。いつ遠慮していなかったの、なんて。
 ……ちょっとはあったかな。

七月九日~七月十一日

 期末の結果も出て、この時期は三者面談。
 まだ、来年のクラス決定を左右する、文系/理系への振り分け話は出ない。入学からこっち、高校生活はどうですか~? というお話。今日は父ちゃんが来た。
 勿論わたしも、三者面談の時間はある。主担・副担がそれぞれ生徒ひとりづつ担当する。わたしは副担だった。ほっとした。
 その筈だったんだけど。
 わたしの話なんか早々に切り上げられちゃって、会話の登場人物からわたしはいなくなっちゃって、じゃあ誰かというと、学年一の秀才くんのお話となりまして……。
「いやあ成田君はわが校の誇りですよ」
 みたいなことを副担が言えば、
「やー、斉君はー」
 などと父ちゃんが返す。
 ……。
 そりゃあわたしの話なんか少しもないだろうけど。……ほんとに少しだった……。
「あのー、……先生、わたしは……」
「ああ。お父さん、娘さん結構頑張りましたよ。おおよそ百位上げましたからね順位」
「斉君がねー」
「いや成田君は我が校の誇りですよ。再来年が楽しみです、どんな順位を取るものやら」
「斉君がなー」
 ……。

 わたしは教室をさくっと出た。
 そうしたら、廊下に成田くんがいた。
「成田くん……」
「斉志」
「斉志、は……」
 お父さんが遠洋漁業で……。
「梅子。面談おわったのか」
「あ、うん、というか今やっているんだけど」
「今?」
「あの、話題がもうわたしのことじゃないので、ちょっと出て来てしまって」
「来ているのはおやじさんか」
「うん」
「挨拶して来る」
「え」
 そう言って成田くんはさくっとF組に入って行く。
 成田くんとわたし、F組の廊下と言うと懐かしいね、とかいう会話をすることもなく、わたしの三者面談に成田くんが、成田くんが……。
 その場を動けないわたしを尻目に、教室へなんの抵抗もなく入って行った成田くん。
 1Fの扉を成田くんが開けて、
「失礼致します」
「おお、成田か。噂をすれば、だな。今お前の話をしていたところだ」
「斉君かー」
「ご無沙汰しております、おやじさん。お元気でしたか」
「元気だー。うちの梅子がいつも迷惑を掛けてなー」
「そのようなことは誓ってありません。私はお嬢さんに逢えるのを本当に楽しみにしております」
「そうかそうかー。梅子なー、斉君のおかげでなー、なんか成績上がったとか」
「いいえ、全てお嬢さんの努力によるものです。私はなにもしておりません」
「そうなのか成田?」
「この場に私は関係ない筈です。なぜ梅子さんは今ここにいないのですか?」
「あ、いや……そういえば出て行ったな」
「……そういえば?」
 声が一段、低くなった。
「あーいやいや斉君。おれがもういいって言ったんだ」
「……おやじさんがそう仰るなら」
「じゃあ、もう行くかー。先生、もういいようで?」
「……あ、いやその……ええ、……どうぞ」
「失礼致します。……先生?」
「……」

 という会話を、わたしが聞くことはなかった。とにかく、どうしよと思っていたら父ちゃんと成田くんは教室から出て来た。
「あ、父ちゃん」
「梅子ー、もう面談おわったから、おれ先に帰るなー。斉君、梅子を頼むわー」
「お任せ下さい、おやじさん。私が責任をもってお嬢さんを無事お返し致します」
「おー、じゃあな梅子、斉君」
「え、父ちゃん……」
 父ちゃんはさっさと帰って行った。
 えっとー……。車に自転車を積んで一緒に帰れば楽なんだけど……。
「梅子、部活だろう。行こう」
「あ、う、うん……あれ、けど」
「遼も今日は面談と言っていた。俺が鍵を預かっているから。邪魔しないから、部室にいさせて」
「……うん」
 けどあの部というのは、西川がいてナンボというかなりな活動しかしていない。わたしはあのマシンに触ることを許されていない。マシンの横に立てかけてある本でも読もうかな……。
 と思ったら隣の教室、一年E組の教室扉が開いて、丁度西川が出て来た。
「お、斉。梅の字。おわったのか面談」
「ああ」
「今日は西川も?」
「そうだ。じゃあこれから部室だな?」
「うん、あのけど」
「るせーな、斉はいい。文句あんのか仮な部員」
「う。な、ないです」
「斉、分かっているな。邪魔するなよ」
「ああ」
「梅の字んとこァ父ちゃんか?」
「え、う、うん……」
「ナニを遠慮しているんだテメェ。俺も斉も二者面談だアホ」
「……」
「学期おわるごとに面談するなって。なァ斉」
「ああ」
「第一、斉、お前面談やっていねェだろ」
「……え?」
「ああ梅の字、こいつァな、面談なんざかったるい、俺様の成績のどこに文句あんだゴラとか学校側に啖呵切っているから気にするな」
「……そ、そう……なの?」
 すごく、聞きづらいので、成田くんにはその辺の事情を聞けない。もし面談をやるとしても西川のいうとおり、ほんとうに二者面談なんだ……。
「梅子」
「……はい」
「子供が出来たら二人で行こう。授業参観も、運動会も。二人で行こう」
「っかー、気ィ早過ぎんだよ!」
「……」
「梅子、子供何人にする? 俺、頑張るから」
「……」
「っかー、ナニ言っているんだお前、梅の字反応出来ねェだろうが!」
「……うん」
「へ」
「その……が、がんばる」
『……』
 本日の部活は大変、気まずいものになりまして。それでも根性で集中しました。ええ根性です。間違ってもこの場を誤魔化すためとかいうのではありません。