七月三日 火曜日 放課後

 部室へ行くと西川はいた。けどいたのは他にもいた。なんだか日本語がおかしいのは分かっているけど、わたしの今の脳味噌は真っ白な灰だった。もうなにも覚えられない。全部紙に吐き出してきたから。
 他のとはひょっとしたら成田くんというひとかもしれないけど、随分憔悴し切っている。勉強大変だったのかな。
 扉をガラっと開けて一声。
「失礼します」
「おー、取り敢えず梅の字。どうだった結果」
 西川はまたしてもモニターに向かっていなかった。随分お気楽に話し掛けて来る。ひとまず指定席へ座りはした。
「取り敢えず? どうって、まあその……それより部活、部活」
「まァ今日だきゃぁいいから」
「またそんなこと言って。もう合同おわったんだし、前もそう言って結局わたし倒れちゃったし、甘やかしはよくないよ」
「るせーんだよ仮な部員は黙っていろ。今日の部活は雑談大会だ、間違ってもゲの付く大会じゃねェ」
「……? 西川こそ試験どうだった? 結果は大丈夫だろうけど、なにか今日の西川おかしいよ」
「なァに、こいつ程じゃねェ」
 そう言って、西川は自分の相棒さんを親指で指す。さっきからわたしや西川の方は見ていない。憔悴し切った横顔が見えるだけ。幾分視線もあやふやなような。ど、どうしたのかな。
 もう部活には来ないって言っていたのに。西川だって自分から言うって言っていたのに。
 なーんてことを言ったら、ひょっとしたら今直ぐわたしはすっぽんぽんになるかも知れないから止めた。その代わり、と言ってはなんだけど、声を掛けることにする。
「あの」
「……」
「成田、くーん」
「……」
 これで無反応なんて……。
「なりたっ」
「……梅子」
 やっと喋ってくれた。……よかった。
「あの、あの……どうしたの? 元気、ない……あの試験」
「梅子が心配することはない」
「……そう?」
 期末試験はその学校オリジナルのもの。模試とは違って、全部この学校の先生によるお手製。だから全国順位とかは出ない。となると、当然成田くんは指定席の一番、……なのかなあ。
 あんまり成績とか順位とかは、まったく耳に毒なので成田くんに訊くつもりはない。このあいだで充分そうだったし。むしろ訊いた方が失礼だと思う。
 けどこの様子……ちょっと、かなり……心配。体って正直で、いろいろあると入院とかになるってことは体験済み。いくら武道をひととおりやっている成田くんといっても……。
「ところで斉ちゃん? お前ナニをしているのかな~こんなところで。俺ァ部活の邪魔はするなと言った筈だ。お前はひとり大人しく帰っていろ。ヤることあるだろあの家で」
 やっぱりあるんだ、なにかが、ちゃんと。
「安心しろ、我が部の連中はお前じゃあるまいし、邪魔するのが嫌いなやつらばっかでな。ここで本来の部活終了時まで集中するぜ」
 ん?
「本来の部活終了時?」
「そうだ取り敢えず梅の字。実はちゃんとな、正門が閉まる時間までやるんだよ」
「そうなんだ。……知らなかった」
 そう、実は正門が閉まる時間は間違っても日暮れ前なんかじゃない。一番遅くまで残って真面目に部活をやる生徒には、あの事務員さんが正門の鍵を貸してさえいるというのに、わたしは帰宅部のような時間に帰る。ぅぅ、情けない……。
「ま、テメェは仮な部員だからな」
「じゃあ仮が外れればちゃんと最後まで部活出来るの?」
「そうだ。どうする?」
「どうするって、そりゃ仮なんて外してよそろそろ。ってあのね、取り敢えずってなに? さっきから」
「テメェ、俺ァ西川なんだっけ」
「えっと、確か」
 わたしは「りょうたろうって言うのは知っているけど漢字知らないや、この際だから教えて」と言おうとしたら成田くんに担ぎ上げられた。……お、おひめさまだっこで……。
「な」
「斉志!!」
 そう言って、成田の斉志はわたしをそのまんまで部室の外へ持って行く。扉は長い足で蹴り開ける。あぁーのー……。いつの間にか成田くんの鞄もわたしの鞄も成田くんは持っていて、そんな、そんなすごい体勢で渡り廊下突っ切らないでーー!!
 背後で西川の大爆笑が聞こえたような気がするけど。あのねー、部活は? そうだ、夏休みにこの仮な部の活動がどうなるかも聞けなかったじゃない! 今日の成田くんは強引で自己中でなにを考えているかよく理解出来ない行動を……あ、いつもか。

 理解出来ない行動をとる成田くんは、わたしをそんな体勢のまま一年F組まで連れて来た。
 ……。
 あのー……。
 こーんな体勢の二人がこのクラスに入るとどういうことになるか、というと。
 試験後の放課後とはいえ少しは残っていた、心優しきクラスメイトさんたちは蜘蛛の子を散らすように一目散、退散していった。
 あーのー……。

 誰もいなくなった一年F組のわたしの席にわたしをおろす成田くん。このパターンだと、成田くんが席に座ってわたしが成田くんに乗る(……)のだけど。
 成田くんは所在なげに、誰もいない教室を徘徊した。ゆっくり、ぐるぐる。
「……どうしたの? 斉志」
「……」
「今日の斉志はおかしいです」
「……」
「具合が悪かったら保健室とか」
「そんなことはない」
「……そう?」
「梅子」
「うん?」
「俺のこと……嫌い?」
「好き」
「顔も見たくない?」
「そんなことない。見たい。好き」
「……」
 どうしてこの展開でまた黙るんだろう。
「あ、そういえばさっき、なにかおうちでやることが」
「梅子とだ!!」
「……え?」
「あの家へは梅子しか入れない」
「……」
 けど西川とか西川父とか友達とか……。
「……梅子、俺のこと嫌い? 嫌いになる?」
「好き……嫌いになんかならない……最初から好き」
「梅子、俺のこと……嫌いになる」
「そんなことない……」
「もう、顔も見たくない?」
「そんなことない!」
 いくらなんでもおかしすぎる。話が全然噛み合っていない。
 わたしは席を立ち上がって、歩き続けてわたしに全然視線を合わせてくれないひとのところへ行った。
「斉志!!」
「……」
 詰め寄って、見上げても、わたしから視線を外す。
「……嫌いに、なった?」
「!!」
「じゃあいい」
 ──バイバイ。