六月三日

 天候不順による予備日と打ち上げを想定されたこの日は管内高校生の全員が所属部の関係なく強制休日、となっている。昨日の今日でキョービの高校生が家でじっとしているなんざワケもなく、各人各々年齢学校部の別一切無く、この三日間でこの行事を通じて知り合った者達がめいめいの場所でめいめいこの三日間を振り返りつつハデなどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。
 とは言ってもハメを外したら翌年その学校諸共次回のお祭り不参加ね、というのはこの日も範疇に含まれるし、酒はフツー厳禁なので本来誰も手を出していないということになっているから、限度ギリギリで誰も警察その他のお世話にならなかった。
 そんなわけで管内各種タマリ場は満員状態、店と通称されるあの場所だって当然、喫茶店だゲーセンだカラオケだ映画館だラブホはどうか知らないが、とにかく盛況で、高校生が引き起こすことだからこう言っていいかどうかはともかく、経済効果は結構あるんじゃなかろうか、と思われた。
 管内で若者向きのありとあらゆる場所は押さえられた今日。ここ、一番駅近くの一見ちょっと寂れた風趣のある看板“坂崎旅館”という場所で、高校生と思しき一団三十名余りが一階宴会場を占領していた。
『かんっパァ~イ!』
 第一声、いやダブル第一声は名実ともに管内一のお祭り男ズ、木村・竹宮。手に酒、いい気なもんである。しかもすでにその場の全員が出来上がっており、正確には第一声なんぞではなく第もはやカウント不可能声、だった。単にこれを言う時はいつも木村と竹宮が声を揃えて、というだけだったりする。
 六畳二間の襖をテキトーにとっぱらい、テーブルもそのへんに避けて結構狭い空間をおちゃらけたっぷりに占領する彼らは全員が先日、A市民病院へ行った者達だった。この場にいないのはMVPの斉志とか、一票差の遼太郎とか、そもそも入院しちゃっている梅子とか、そのくらいだった。
 あまりに全員出来上がっている為もはや誰がどの発言をしたのか別が付かないがとにかくこういう内容だった。らしい。
「にしてもあのカタブツがなあー」
「ぅいーっす、ぎゃー」
「そーいやあサイトーちゃん、なんっかトツゼン? 付き合い悪くなったなー、とか思っちゃっていたよボクちゃんは!」
「あ・やっぱー?」
「毎週会っていたのにねえ、学校が違ってもー、さ!」
「そりゃーシケンがどーの、ぅー……、と言って、いたけどーぉ……」
「ブカツー、つったって土日やんないー、とかー、ぅーっぷ、言っていたのにぃー?」
『後にも先にもー??』
「ぎゃーっはっはっは! もーいつからなんていっっくらでも勘ぐれるっちゅーーの!」
「ウメコ大したやつだからねえー、ぁー、ぅー、殴り込み直で見りゃさー、そりゃーなんつーの、オトコとかオンナとか関係なくー、認めるわなー」
「堅物秀才君はそーじゃなかった、とー」
「どーなんだよそのヘンよー、佐々木ぃーー」
「ぶわーーーか! そういうの訊くときゃー酒持って来い!」
『あるってーの』
「んなもん当人直に訊けぇ! だろー、坂崎」
「俺知ーらない」
「なーんてね! ウメコ詮索嫌いだからー」
「俺も訊きゃしない、ぁー……、けどー」
「ユイノー?」
「ケッコンー?」
「ニューセキー?」
「いやー、気持ち良く固まらせて戴きましたー」
『がーっはっはっは、ぅぃーっぷ』
「僕と言えど、……ぅー飲み過ぎ……固まりました、よ……」
「アニキー、ぅー、まだまだ宵の口だぜー……」
「皆さん強くて、ぁー、……いらして……というかちゃんぽんでしょう」
「おう水だ水! 薄めてもっと飲め!」
「止めて下さいよっっっっ、ぅっ」
「おっしゃ藤谷撃沈! あと残ってんの誰だー」
「佐々木明美!」
「朝子、さーん」
 他にも残っている者はいたが、全開でガンガン飲んでなどいない。女生徒で、全開で飲んで潰れていないのは明美と朝子さんだけだった。
「お前達強いんだよ女のクセに!」
「あたしを倒したきゃ樽を持って来な。ま・朝子も女のワリにやるじゃん」
「明美にゃ……ぅー、負けるよ……」
「そーだよーん。それで、マジ無礼講で訊くぜ哲っちゃんよ。ぅーっぷ。サイトーちゃん、学校でイビられてねぇか?」
「あ、そいつぁあたしも聞いときたい、ね。……ってか今の内に頼むわもーアタマぐーるぐるだ……」
「大丈夫なんじゃないの」
「あんたも大概強いな坂崎、いっぺんマジ樽喰らい合戦しないか?」
「勝っても自慢先によっちゃとっ捕まるから止めとく」
「確かにな。ときに明日だが、はっきり言ってあんたんとこのクラスにゃ、またあんなカンジで客が大勢行くぜ。あんた廊下側すぐの所にいたよな、覚悟はいいか?」
「訊きたきゃ宣言した本人とこ行けば、で済ますけど」
「それが出来ないからあの騒動だったんだろ。無関係のA高生で動いたのは坂哲、お前だけだ。頼りにしてんぜマジでよ」
 相馬が坂崎と明美の会話に割って入って言った。
「あの様子じゃ今度節介したら締め殺されそうだしー」
 坂崎が冷静に言った。多分この男は、自分がブラックリスト最上位に上げられていることを知っているだろう。
「確か、にー……。悪ぃー朝子さん撃ちーん……」
 朝子さんは倒れてアニキのハラを枕の代りにして寝コケた。
「おー兄妹順で仲いいことだ。で、あと全員まだまだイケます底なしです、か。ナニやっているんだ普段てめえら」
「ひとのこと言えるか相馬。バレたらあんたが一番やべぇぞ」
「そう言うなよ、折角いい機会なんだ。坂哲、フロ頼むな」
「千円」
「金取るんかい!」
「今度の打ち上げにゃ相文は来れないだろうしー。これでもマケたんだぜ」
 相文とはそうぶんと読み、相馬将文のことである。
「なら取るなよ……。まあいい、今度の部の休みは来年までねえけどさ。確かにとんっっでもねえ入れあげっぷりだ。まあ成田なら万事任して事欠かねえだろうさ」
「だぁねえ。あの殴り込みんときゃさぞA高帰りづれーだろーなーと思っていたけどー。万々歳の大安心だぜ。ま・そいつぁいいんだ。ときに佐々木ちゃん」
 誰でもちゃん付けする片瀬が明美に訊いた。
「なんだい」
「あんたもさ、よくやったよ」
「そーだよなー。よく考え付いた」
「エライっ」
 この場の全員が明美を持ち上げる。しかし明美、酔ってはいるものの浮かれはしない。
「ハ、全く突発的さ。ウメコが乗り込んで来なきゃ、ここにいる連中のうちD高生以外は全員誰ソレ状態、こっちの学校でセートカイチョーを気取ってスカしているだけだったよ」
「とか言ってー。思い付いたことをもっと自慢したっていいじゃん。ワリとシャイだとか?」
 坂崎が言うと、明美はちょっと余所見した。
「おお! あの、あーの佐々木明美が恥じらっています!!」
「おし、飲め飲めお祭りの神輿!」
「大した女だ佐々木ちゃん!」
「よっ! 管内一の佳い女!」
「ここはイッパツ!」
『イッキ・イッキ・イッキ・イッキ・イッキ・イッキ、ぉおおおおおお!!!』
 明美の飲みっぷりは、自慢先によっちゃあ捕まるどころか自慢出来るものだった。歳さえ二十歳を超えていたら。
「っっっぷっはーーーー、ってつい飲んじまったじゃねえか!」
「一升瓶一気飲みしといて感想それかい!」
「ちったぁ潰れろや佐々木、俺達男のメンツってもんがなー」
「うっせーんだよ、テメーらも飲め!!」
『恥じらってやんのー!』
「やっかましーーーーーーっっっ!」

六月四日 未明

 佐々木明美は一升瓶を置くと、表情を引き締めてこう語った。
「あんな案が、お祭りなんてもんが有耶無耶案だとは、言い出したあたしがよく分かっているさ。だがな、当事者はあたしじゃあるまいしか弱い女、女一人が身を守るなんざ限度あらぁ。しかも高一、先は長い、どんな腐った仕返しがあるかなんざ分からなかった。反論の口実を与えるだけの暴力で解決する先例だけは絶対に作っちゃいけなかったんだ」
 照れ隠しではあるものの、中身は本気だ。明美は発案した時点で成田斉志という人間など存在すら知らなかった。もしも知っていて、あ~んな男で、さらに梅子にあ~んなんだと最初から分かっていたならあの日取った行動は全く違うものとなっていた。だが実際はあの通り。誰も動かなかったA高生、だから他人任せになどせず、自分が可能なことをと思っての行動だった。
 答える相馬も相当酒が入っているものの、引き締めて回答した。
「すまん佐々木。俺はあの話を聞いた時、頭に血が昇ってやり返すことしか考えなかった。それだけじゃねえ、随分ヌルい手だなって、あの成田に言っちまってよ。今から思えば俺こそ首涼しいんだよな」
 今涼しいどころか実際は梅子と会って話した時点で抹殺ブラックリストの最上位へ上げられている。
「気にするな相馬。あんたの入院先はB市で決まりだ、見舞いにゃ行ってやらあ」
「うっわー……」
 相馬は斉志の性分を知っている。確実にこっちへ乗り込んで丁寧な挨拶をかます野郎だと実によく知っている。なにせ件の転校生共は直接相馬のいるクラスへわざわざ送り付けられた。そいつらへかました挨拶を考えると、今度は俺の番だと思い知らされ、どうやって逃げ回ろうかと考え出す。なのに明美はさらに畳み掛けた。
「安心しな、来年もちゃぁーーんとアゴでコキ使ってやらあ。きっちり生徒会に入っとけよ」
 明美がオニかアクマに見えた。
「ひっでー……俺なにも出来ねえって。生徒会なんて今年で足洗うってば!」
「だとよ和子」
 相馬はさらにヘタを打っていた。明美の背後に自高の親分、森下和子があまり飲まずに酔い潰れもせずにいたのが見えなかったのだ。
「まあ……今からでも生徒会長なんてどうかしら……相馬?」
 和子が高校生活三年連続生徒会長をやる気満々だとはB高生の誰もが知っている。ここまでわざとらしく言われれば、まさしく前門の虎、後門の狼。
「スンマセン。ワタクシが間違っておりました。引き続き下っ端副書記を拝命します」
 覚悟を決めた漢気溢れる短気な野郎は実に潔く頭を下げた。きっと彼もまた三年連続生徒会へ籍を置くことになるだろう。いや、決定。
「当然あんたもアゴで使われるよな前野ヒラ」
 気を良くした明美は部屋の隅っこで小さく茶をすする気弱な他校の同級生へ声を掛けた。
「なななぜぼくのところにお鉢が」
 目立たぬよう目立たぬよう、よって酔い潰れもせず振る舞っていたC高一年、前野剛は突然の御指名についどもった。しかし、
「任しとけ佐々木、俺達C高生は全員ツヨシちゃんに投票する気満々さ!」
 誰が好き好んで丁稚役なんざ拝命するかと言わんばかりの竹宮のダミ声にツヨシちゃんは目の前が真っ暗になった。
「そうかそうか、よかったなぁ前野ヘンパイ、後継者が出来て」
 明美は反論がないのを承諾と受け止める。応える高三のいさむちゃんも酔い潰れもせず健在。勿論同意見だ。
「うん、あとよろしくね剛。僕と違ってちょっとは気骨があると思うし」
 それって褒め言葉なのか自虐言葉なのか、誰にも判別が付けられなかった。
「佐々木さんもよかったね、同級の生徒会長仲間が出来て」
「全くだ」
 タメかどうかなど明美はまるで気にしていない。よって、
「いいいいいやあのそのいつの間にぼぼぼぼく」
 こんな気弱な意見など明美にとっては羽根より軽い。相馬は観念して頑張ろうなと励ました。
「A高は大将で決まり、あとはE高か……」
 コキ使われてやるから挨拶は勘弁して貰おうと対策を練った相馬は、他のお仲間を探し出して周囲を見渡す。当然ほとんどが酔い潰れているか視線を逸らした。
「渡辺ヘンパ~イ。どいつを人身御供に差し出してくれるんスか?」
 明美はそんな空気をもろともせず、来年は三年となって丁稚引退のE高生徒会長、渡辺和彦へ酒臭く打診した。
「……なり手がいないような気がして来たんだけど……」
 良心の塊で酔い潰れなかった隣の藤代りうもただ頷く。しかしカンの鋭い明美は視線を逸らさぬ健在のE高生を目敏く見つけると勧誘を始めた。
「ゴンちゃぁ~~ん? どうだい?」
 E高一年、谷地権蔵はきっぱり無言。
「少しは喋れ」

六月四日

 MVPに御指名を受けたA高一年某クラスでは、本日早朝から、こんな会話があったという。
「今日は立ち番要らねえな」
「だが早朝という必要はある」
「大体みんな集まったな」
「始めるべ」
 ツンツン頭というよりは少し髪の伸びた彼、サッカー部くんが切り出した。
「こうして朝もハヨからこそこそ集まって貰ったのは他でもねえ。例の件だ」
『ああ』
 あうんの呼吸であった。
「成田が惚れたのは後にも先にも斉藤なんとかただ一人?」
『べっくらこいた』
「いっやー、奇妙奇天烈っつーか……」
「青天の霹靂?」
「猿も木から落ちる?」
「馬の耳に念仏?」
「かなり違うぞ」
「関係ねえじゃん」
「まったく本当に全然関係ないと思っていたんだけどねえ……」
「成田と西園寺の仲邪魔したなんて大嘘の酷いこと言われていた斉藤を、成田はあんな大宣言するまで惚れた、か」
「仕舞いにゃ斉藤を名で呼ぶな、だもんなあ……」
 誰もが一旦、反応に詰まった。
「大どんでん返しだったねえ……」
「なにがどうなるかなんて分からないもんだ……」
「やっぱアレか? 殴り込みが馴れ初めっていうか、目ぇ付けたきっかけ、なのかな」
「……そうなんじゃないのかなあ」
「訊けやしねえがそういうことなんだろ。思えば成田、合同最初っから一人でやったっていうし」
「そうだよね。あの時はそんなこと考えもしなかったけど、そう言われてみればそれでかあ、って思えるよねえ……」
「大秀才を相手にする程の度胸があるやつは斉藤くらいなもの、ということなんだろう。それはいい。本題に入る。今度は俺達の度胸が試される番だ、そうだな」
 サッカー部くんが本題を切り出す。
『ああ』
 応える声は、その場の全員だった。
「あんな大宣言をしてくれやがったんだ、このクラスへいつかのように招かざるお客さんが大挙お出ましになることは充分予想される」
「クラス名こそ言わなかったけど、一発で分かるよねF組だって」
『だよな』
「ところでその斉藤本人はいつ退院するんだ阿部」
「一週間以内、って言っていたよ」
「じゃあそれまでにお見えのお客さんをきっちり捌くのが俺達の役目、ってとこだな」
 これまた、サッカー部くんが今日の目的を周知させた。
「あの時ワビ、入れられなかったし」
「今更ごめんなさい、なんて言えないもんね」
「おし決まった。っつーワケで皆、今度こそ俺達がやれることやろうぜ」
『おう!』
 後に元F会議と言われるこの議事録は書面で記録なんかされないので、当の本人はこんな会話があったことなどつゆ知らず退院することとなる。

六月四日 昼

 その日、A高一年F組には“招かれざるお客さん”がてんこ盛りで来ていた。その日の一番は、一番休憩時間の長いお昼時、となった。
「これがあのMVPさんのカノジョのクラス?」
「面白そう、見てみない?」
 などと言ってクラス内を見るなぞまだまだかわいい方。中にはもっと、はっきり悪意を持って来た者達もいた。あの、騒動の日の時のような。
 その時間。教師は普通職員室へいるものだ。ところが今日だけは違った。大勢の“お客さん”が来ているこの教室へ、あの日の彼女のように颯爽とやって来ては教室の教壇へ立った教師がいた。その男性は、A高一年F組の副担だった。
「全員、聞いて欲しい」
 その時、F組の収容人数は通常の倍にはなっていたが、それでもその教師はこう言った。
「先生は、お前達が知りたい女生徒をここで気の済むまで貶したよ。成績のことも、容姿のことも、なにもかも言った。そして貶した。
 ところが実際は、皆が聞いた通りだ。誰もそんなことを気にも止めず、友達はわんさかと来て、各校の代表生徒は皆その女生徒を守った、管内生徒全員の見ている目の前で。
 それが実態なんだ。それが事実なんだ。あとを聞きたければ、宣言をした男子生徒のところへ行けばいい。クラスは1Cだ、間違いのないようにな」
 さあ行け、と教師は言って、1F以外の生徒を教室から締め出した。

六月七日

 闘い終わって日が暮れて。

「お、お、お前の来た!! さっきここに」
「なんだとーーーーーーーーッ!? よくも……連絡を取っていたんだな俺に隠れて!! 遼、お前といえど二度はないと言った筈だ!!」
「そんなん知らねェよ、おぉぉ俺のせいじゃねェ、なにも喋っていねェって!!」
「喋ったのか! 一番は俺だとも言った筈だ! よくも浮気しやがって!! 俺より先に姿を見るとはいい度胸だお前といえど命はない覚悟しろ!!!」
「っだーーー喚くなそんなに!!」
「大体お前が悪いんだ、あんなにお預け喰らわせて、その上最初に会った話しただ!? なにが自重だ、俺の(溜まりに溜まった)理性(性欲の間違い)をどうしてくれる!!」
「あー分かった分かったヤるなりなんなり好きにしろい。場所ったら部室奥しかねェが、俺の鍵をやるから一応職員室へ返せよ、でないと仕組んだのバレんだろ、しょーがねェ、あんまりその」
「俺の梅子にナニをしようがお前に言われる筋合いはない!!」
「とととにかく防音には気を付けろ……」

 訳せばこのような会話が某日某高であったのだが、結果は知っての通りである。