五月十九日・五月二十日 梅子 自宅の勉強机

 全部わたしが悪いんだよね。
 アホなわたしが……。

 金曜、B高からA高へ戻って放課後、部活とは名ばかりのスパルタ教室から疲れ切って出るころ。西川がぼそっと呟いた。
「斉の野郎は元々目は悪くなかった。俺とどっこい、両眼とも1.5」
 わたしと同じ。
「それが中二のおわりから突然目の色変えやがった。元々悪く無かった脳味噌をフル稼動して来やがってな。途端視力が落ちたんだ」
 ……。
「いいかテメェ。あれだけのアタマのやつだって、それだけやることやっているんだぞ」
 ……。
「テメェはどうよ」
 ……。
「ちったァ真面目にやってみろ。出来ねェ、なんて思うな。考えるな」
 ──いいか梅の字。やるんだ。本気で。

五月二十一日~五月二十三日 梅子

 部活は停止。西川、あとは自力でやれとのこと。
 わたしはこのあいだのタイムスケジュールはほとんど毎日同じだった。同じ時間に起きて学校へ、放課後すぐに帰って勉強。夜一時に眠る。それはまるで習慣のようで、時間になるとからだが勝手に動いていた。土日はずっと勉強。こうなると本当に、寝食を忘れる。
 だから多分、余計も余分もほとんど省けて、結構集中出来ていたと思う。

五月二十四・二十五、五月二十八日・二十九日

 中間試験は全国模試とは違い、結果が通知票の評定に反映される。本気でやった中学三年の一年間。
 ──環。

五月二十九日 火曜日 放課後

 部室へ行くと西川はいた。けどいたのは他にもいた。なんだか日本語がおかしいのは分かっているけど、わたしの今の脳味噌は真っ白な灰だった。もうなにも覚えられない。全部紙に吐き出して来たから。
「まあ……ウメコさん? お元気?」
「随分痩せたわ。ちゃんと食べている?」
「りうが心配だと言うから、ついて来たんだ。お久し振り」
「遼太郎、この学校給湯室は旧校舎一階だったね。お茶淹れて来るよ」
 四人は順に和子、りう、渡辺先輩、前野先輩。この学校の生徒会長さんと、今度の日曜日なにをされるか分からないひとを除けば、これで合同の運営メンバーが集まったことになる。こ、ここはいつから生徒会室に……。
「あの大馬鹿者が……本当にもう、あなたのような人に迷惑を掛けて。なにかあったらすぐに別れて私の所へ来て?」
 和子さんです。
「やっぱりウメコさんは恋する乙女だったのね」
 りうです。やっぱりってなに?
「そうだね、りう」
 渡辺先輩がりうを優しげな目で見て言う。
「遼太郎、ここの学校の給湯室ちょっと遠いよ。あ、これお茶受け。大丈夫、人数分ちゃんとあるから」
 前野先輩がお盆から取り出したお菓子は七つ。椅子はこの部屋にはそんなにないんだけど……あれ、ななつ? えー、っとぉ……そういえば運営ってもうひとり……。
「っちーーッす!! 佐々木明美参っっ上!! で、セーセキどーだった!? 落ちたか上がったか! 落ちたら速攻別れんだよなオトコと!!」
 わたしの親友、佐々木明美がひとんちの部室の扉をどどーんと豪快に開けながら、うんとでかい声で言い切った。
 あーのねー……。

 今日が中間試験おわりの日なんです。そんなに早く結果出ないって……。
 結局わたしを除いた六人はそこで運営会議を始めてしまい、立場のないわたしは帰ろうとしたのだけれど、全員から帰るないいからそこへ座っていろと言われ、指定席にちょこんと腰掛けたわたしの前をちんぷんかんぷんな話が通過して行った。
 トランシーバーは三kmのやつがどうとか、指示は私が、と和子が言って、斉だろとか西川が言って、あたしァドンと構えているからあんたらやれよ、と明美がサボって、僕達は一緒に動くから指示命令系統は一本で、と渡辺先輩がりうを見ながら言って、前野先輩は和菓子造りが趣味だとか、西川が斉の野郎よくもこんな下らねェ競技考えつきやがって、とか。
 なんだか結構楽しそうだった。
 そういえば試験はおわり。あまりにも集中していたものだから思わず忘れていたけど、そう。もう明後日から合同祭。
 気分は祭りの前だった。一番楽しい時間帯。
 ほっとして。あんまりほっとし過ぎて。うんとわくわくして。この二ヶ月間がわたしの躯に、どれだけ負担を与えていたかなんて考えもしなかった。
 病気には潜伏期間というものがある。
 わたしの場合はいつ? ほっとした時? それとも入学した時から?
 いずれにせよ、わたしが高熱を自覚したのは五月三十一日。自宅で、朝だった。