五月十八日 金曜日 B高

 本日は合同祭の第二回全体会合、です。
 今回わたしはB高へ。はじめて行きます。わーいわーい。
 けど今回は実地です。ええ実地。サッカーです。当然まともにやったことありません。
 指定されたところへバスと電車で。二番駅からおなじみ三番駅は乗り越して、五番駅まで。
 成田くんは当人が謹慎と言っていて、競技場所も違うので多分逢うことはない。それに運営メンバーだし。多分一般生徒より早く行っているんだと思う。
 成田くんはあれからぴーったり、電話もなし。学校でも部室でも逢わない。それでいいと思う。勉強に集中出来るだろうし。誰であろうと邪魔なんてしたくないから、当然こっちからも電話しない。わたしも勉強、……成田くんほどでは絶対、有り得ないけど……します。西川にしばき倒されつつ。
 あすみ、タカコ、環、マコ、朝子さん、お千代、みんな今回はA高へ行っている。
 二番駅で明美と合流。
「明美は早く行かなくていいの?」
「とーぜん。あたしは執行部で一番エライ!」
「そ、そぉ。けど今回は説明役のひととかいないんだよね」
「まーねー。会場誘導とかはあるけど。そんなもん当然丁稚の役。せーぜーヒーコラ言えばいいさ!」
 ひ、ひーこらって。
「今回は体育館へ組の連中は一箇所に、じゃなくて競技ごとだから、全員バラバラに散るからね。トランシーバーを使って生徒をそれぞれの競技場所へ誘導する。A高は女史、B高は誰かさんがアタマ」
「ふーん……」
 和子と成田くん、なんかそういうの似合いそう。うんと似合っている。
「明美はバトンタッチの練習とかするの?」
「バーカそんな面倒なもんあたしがするかよ!」
「へ? じゃあ、けどどうするの、その……」
「白女子のリレーのメンツ、このあいだあんたも会っただろ。全員知り合い。もうさ、白って決まったときからあたしらで走るべって言っていてさ。当然本番一発勝負。ま・アンカーは三年のに譲ってやるけど。あたしが先頭だよーん」
 次元のまっっっったく違う話が展開されています。
「じゃあ、明美今日は運営の方とかやらないの?」
「だからやらないと言っただろーが!」
 練習することのない運営のひとが、じゃあどうして。
「あんたが動いているところを見てやるからさ! サッカーだろ? 走りまくりな競技じゃん。あんたよっぽど自信があるんだ」
「……」
「持久力とかさ。まああたしもサッカーなんざやったことないけどワールドカップは見たなァ。ありゃ結構点の入りづらい……なんだよウメコ、なにを固まっているんだ。おーい、聞いているのかウメコ」
 自信。
 それはわたしの辞書には絶対載ることの無い言葉です。
 ……成田くんはうんとあるだろうけど……。
「あんたこのあいだコロコロなんて言っていたけど、まあ度胸があるのは認めてやるよ。さぞや華麗なプレイが見られるんだろーなぁ! あ、リレーのメンツも来るからさ当然。連中、あんたの様子をつぶさに見て自分とこの生徒会長に報告……。ありゃ」
 体中からなにかが抜け出て行きました。

 B高の校庭、指定場所へと向かう。B高の規模はA高に比べて小さいけど、五番駅のすぐ近くで、建物や施設が全部平地にあって、複雑なA高とは違って校舎見取り図が分かり易い。体育館も二つある。ただ、校庭はやっぱりちょっと狭い感じがした。校舎もひとつだし。
 明美と一緒に、白一年女子サッカーの集合場所へ。そこにはサッカー部くんも来ていた。実地だから最初から指導役、みたい。サッカー部くんも自分の参加競技があるだろうけれど。それを置いてここに来ているということは、やっぱり明美みたく相当運動神経あるんだろう。……わたしよりないひとを探す方が難しいか。

 集合時間となると、なぜかこの場に関係ない、明美と明美の知り合いなリレーの先輩方、小坂先輩と石塚先輩が口を揃えてこう言った。
『よろしくお願いします、サッカー部くん!』
 すると女子サッカーに参加する面々、それぞれ次々によろしく、よろしく、とこの場に紅……黒? 一点のサッカー部くんへ。当然わたしもそれに倣う。
「よろしくお願いします、サッカー部くん」
 女子みんなの明るい大爆笑のもと、サッカー部くんはなにか照れているようだった。

五月十八日 金曜日 B高第二体育館

 彼の名は西川遼太郎。現在地はB高第二体育館、ここから見える校庭の、とある一箇所へ視線を向けている所である。
「お、始まったな向こう」
 手にはバスケットボール、服装はジャージ。今回は最高学年相手の前説からも、トランシーバーによる誘導指示からも解放されて実地へ集中するの日、だ。誘導指示とは言っても事前に綿密な打ち合わせをしてある、勝敗ごとに状況が刻々と変化する合同祭当日でもない、指定場所へ指定時間までに生徒を集めさせ、帰りは混乱を避けてA高に比べれば遥かに分かり易い正門・通用門・裏門へ生徒を誘導すればいいだけ、こんなものこそ片手間だ。A高ではどうだか知らないが、ここB高では斉志も、当然遼太郎もトランシーバーなぞ持っちゃいない。そんなものは他の執行部へ全部押し付け、遼太郎や斉志は実地に専念中である。
 実地と言ってもなにせ白一年バスケのメンツは運動神経とんでもなく抜群の一名を抜かして全員本職、勿論こっちだって運動神経抜群だ。その辺は全く心配していない。ちなみにどうでもいいがホケツなデカブツこと鳴海大成はバスケにゃさっぱり出る気無し、大本命の騎馬戦一本に絞ってここにはいない。長の自重を言い渡した相棒はどうせ鬱憤晴らしにメンツの一部をしばき倒しているに違いない。あの面倒くさがり屋がテメェの女に格好付けようと仕組みまくった白のリレーのメンツとてここに全員集まっている。遼太郎もその一人。これも全く心配なんぞしていない。
 心配するとしたら、まあ余計なものになるが、不肖というにはあまりな成績の弟子くらいなものだ。当人曰く運動神経まるで無し。どのデータもそれが正解であることをはじき出している。なにを考えてサッカーなんぞ選択したのか知らないが……いくら女子は慣れていないだろう競技といったって、プレイすること自体に変わりはない。アホな考え休むに似たりと言ってやりたかったがこれでスコートを穿いてテニスだの、顔面直撃が心配されるバレーだのをやられた日には相棒の理性がどうなることやら知れたものではない。とは言えどの競技についてもコケて顔を擦る心配はあるのだが。その辺は佐々木のアケがなんとかするだろう。ただし今日は。いくらなんでも本番はテメェでやってもらわにゃならん。学業がああだから、その双璧たるスポーツ関係とて知れたものだ。
 もっともその心配を一番にしているのは、健全な高校生男子を地で行く現在性欲溜まりまくりの我が相棒だ。がっはっは。あんなことしてどの面下げて、ボクのオンナだからミンナ遠慮して? なーんて言えるワケがねェ。大体それじゃおんぶに抱っこの人生だろ。斉の野郎はそれでもいいと思っているんだろうがどっこい当の梅の字当人はまるでンなこと考えていねェ。コケようがナニをしようがせいぜい予測も付かない派手さっぷりで思う存分暴れて戴き処分がチャラになればそれでいい。
 という彼らしい余裕綽々な心境で、取り敢えず弟子がいる方を見てやったりなぞしているのだが。
「……いい度胸だ遼。俺を差し置いて毎日逢っているというだけでも堪忍袋の緒が切れそうなんだがな」
 背後でアホ丸出しのバカが遼太郎の肩を掴んで言う。実にいい度胸だぜ相棒よ。誰がそんなん一々振り向いて応えてやるか。自慢の低い声が怒っていやがるがどっこいツラもお声もおカラダも俺様の方がよくってよ。
「なにか言ったかな鬼畜斉ちゃん」
 俺ァ野郎にお肩揉まれる趣味はねェ。力入れんなクソッタレ、離せ。
「お前は自重期間。なら? 当然? 不肖の弟子の面倒を見てやっているこの俺様に文句なんざあるわきゃねーよなァ」
 あるわきゃねェ不肖の相棒は当然無言。文句があるならお前が教えんかい、アタマだけは俺よりいいんだからな。といっても、あそこまでのアホにおベンキョ叩き込むなんざ、いくら成田斉志といえども至難の業なような気がするが。
「向こうはアケがいる、このあいだお前が脅した例のやつも付いているんだ。間違ってもコケ方なんざ教えやしねェ。それよかホレホレ実地だろ。安心しろ、お前のはここにゃ絶対来ねェよ。理性も飛ばなくて済むだろ、よかったなこの犯罪者野郎」
 怒り満々な無言の相棒の手をどかすと、
「おーい遼太郎、成田! なにをやっているんだ!」
「もー観念したからな、こーなりゃやってやるよ。もうもてまくり人生しか考えてやんねえからな、せいぜい派手に暴れたらあ!」
 背後から相棒がしばき倒した二人ことタケちゃんシンちゃんが騒ぎ出した。となれば当然、
「斉~~遼~~速く疾ろうぜ~~」
 慶も騒ぎ出す。
「おう、今行く!」
 どアホなんざ放っといて、ってわけにゃいかねえな、このままここに置いときゃ梅の字のところまでダッシュで行ってかっ攫って来るかもしれねェ。というワケで、相棒にラリアットをかまして実地に専念を続行した。

五月十八日 金曜日 B高 校庭

 B高校庭の一角では、二十名からなる女子生徒一同に囲まれながら講釈を述べる男子生徒がいた。彼は先日とある理由で自宅へいつもよりちっと遅く帰った。あの日丁寧に教えられた本日の大切な仕事の為に、きちんと時間通り指定場所へ姿を見せていて、さっきから黄色い声に囲まれていた。
「サッカーボールは足で蹴るがつま先でじゃねえ。それをやると突き指をする。足のな。ヘディングは額、こめかみあたりでやるんだが、楽しいお祭りだ、これは教えねえ。競技とは言え顔面にボールが飛んできたら自陣ゴールが後ろにあっても避けてくれ」
「サッカー部くん優しい~~~!」
 彼は黄色い声と桃色な視線が多数自分へ向かっている自覚はあった。だが、決して自惚れるような性分ではない。その証拠に、彼は真っ赤にも真っ青にもなってはいない。
「……ルールは簡略化されているが、キーパー以外はボールを手で触るな。フリーキックは笛が鳴ってから。鳴る前に勝手に蹴り出すとゴールとなっても無効になる」
「知らなかった~~~」
「サッカー部くん、詳しいね」
 しかし彼は、黄色い声と桃色な雰囲気が確実にB高某体育館へ届いているという自覚もあった。
「……初心者はありがちなんだが、ボールのあるところへ一箇所に人が集まると試合にならねえ。別にポジションを厳密に決めるわけじゃねえが、なるべくスペースを開けた方がいい。つい我先にとなるが回りを見てパスとか積極的に出すといい。走りまくりの競技だがミニサッカーだしな」
「ああ、そうすると余計な体力使わなくていいんだ」
「みんなサッカーやっているって感じになるね」
「サッカー部くん、気が利くね」
「……」
 一見平静を装う彼は、第二体育館方向から、先日の、闇の中のあの恫喝丸出しな視線が今日もここへ向いているという自覚もあった。

五月十八日 金曜日 B高 校庭

 サッカー部くんは冷静に白一年女子ミニサッカーに教えてくれて、わたしでも分かる程度の横文字しか言わないで説明してくれる。確かサッカーのルールにはオフサイドとかいう全然理解できない難しいルールがあったような気がするけど。
「オフサイドか。あれは敵味方、ズルせず点を取ろうってルールなんだ」
 ふーん、そうなんだ。けどやっぱり、理解出来ないなあ。
「ああ、あたしもそれよく分からない」
 へーえ、明美も分からないんだ。
「テレビとか観ているとさ、いいところで中断されてさ。そういう時ってオフサイド、ってよく言っているよねテレビで」
「そうそう。どういうのか説明したらいいのに」
「なんかさ、そのくらい知っててあたりまえじゃんって感じでさ」
「代表選手とかは格好いいんだけどね」
「ああ、結構ちゃんと観ているじゃねえか」
「サッカー部くん鋭い~~~!」
 うん、わたしもそう思う。
「……敵のゴール前にだな。自分ところの味方を二人、ぽつんと置いておくとする」
『うんうん』
「どさくさ紛れに、そいつらに長いパスを送ったりする。敵のキーパーは一人。いくら手を使えるキーパーと言ったって、一対二じゃ勝てねえだろ」
『うんうん』
 確かにそうだ。
「当然、二人いる方が有利だ。そうすると点なんて簡単に入っちまう」
「ああ、サッカーって点入らないよねあんまり」
「ワールドカップじゃ、弱いとこだと何点も入れられていたけどね~」
「実際白熱すると、一点取れるかどうかが勝負だ。そんなところでズルなんて観ていてもつまらねえだろ」
『うんうん』
 確かにその通りだ。
「だから、そういう手は使わねえ。敵の守備陣よりはゴールに近づかねえ、ってルールなんだ」
『へー』
「けどそれじゃ、点って入りづらいんじゃないの?」
「だから今日実地だろ。合同には関係ねえが、実際やってみるか?」
 それは誰がどう見ても、初心者に親切に教えてくれる優しい人だった。自分もやる競技があるって言うのに、偉いなあサッカー部くん。

五月十八日 金曜日 B高第二体育館

 実地の時間ではあるものの、遼太郎と斉志の相棒二人はあまり真面目に勤め上げてはいないようだ。
「斉、あんまり小突くなよ。お前のにバレたらどうするんだ?」
「やつには最初から世話になっている。俺は感謝の言葉を丁寧に述べただけだ」
「そうか、丁寧も度を越すとお前のの耳に入るぞ。なにせ同じ教室内にいるんだからな」