五月十一日 金曜日

 本日は合同祭の第一回組別全体会合、です。
 管内の高校生はとにかく三千人弱います。それを一校の一体育館には詰め込めません。A高・B高はそれぞれ第一・第二体育館を持っているので、それぞれに、計四つの会場を使って行われます。
 赤・白・黄・緑・青・桃・茶・紫の八つ。各学年ごとなので、計二十四組。これを四つに分けます。A高第一・第二、B高第一・二体育館にそれぞれ六組。各会場へは各自自転車なり電車なりバスなりで。今回、A高へ行ったひとは次回B高へ、B高へ行ったひとはA高へ。いずれかなりの生徒が、本来足を踏み入れる事のない場所へ行きます。
 だから変な話、みんな遠足気分なわけで。
 せいぜい隣の市へ行くだけなのに、みんな楽しそう。今まで全然別と思っていたそれぞれの制服姿なひと達がたくさん、もう朝から携帯ががんがんすごいです、まわりで。
 かくいうわたしはA高第一体育館、とっても慣れた場所の一角で、明美と一緒に白組一年の説明を割り当てられた合同の運営さんから説明を聞いています。
 そのひとの名前は成田斉志くんと申しまして。
 各校の一年白組からのリーダー五人を背に。よく徹る低い声で、マイクなし、手許に資料なしで説明をしてくれているのです。
「明美、向こうへ行かなくていいの?」
「は~~。なにがぁ~~」
 なにやら、気の抜けたような声だった。まるで昨日、寝不足だったみたいな。
「なにがって明美、運営でしょうが……」
「そっ、あたしこそは執行部のいっっっちばん偉いやつ。であるからして、ヒラはアゴでコキ使うのさ」
「いや、そうではなくて、明美もなにかこう、説明するひととかやらなくていいの?」
「いいのいいの、そんなのァアタマのヨロシイ丁稚にでもやらせりゃぁ」
 そういうものだろうか……。
 ということは、みんなの注目を集める、女子なんかハートマークで見ちゃっている、かっこいいあのひとはアゴで使われるヒラの丁稚ということに……。
 成田くんのほっぺのガーゼは昨日より小さめ。けどまだ完全には取れていない。
 聞けば西川も丁稚だそう。いまはB高へ行っている。
 この体育館にいるみんなは体育座りとか、女子はスカート短いひとが多いからぺったり座ったりとかで、場所がないからかなり詰めて座っている。だから親密度がけっこう高かったりして。男子はともかく女子は制服がめいめい、違うのだけれども、もうなんかそんなの関係無さそうで、わたしのまわりにはむしろA高生は少ない。環とマコ、お千代に朝子さんはB高へ行っている。とことんすれ違うらしい。残念。
 タカコもあすみもかり出され、計二十四組をひとりがひと組相手に説明をしているというのに……なぜわたしの、一般生徒側に回って説明を聞いているのだ、明美。
 そんな明美は慶ちゃんに、ちょっとした質問をされていた。
「俺なにをやるんだ~~」
「あんたはとにかくスパーンと疾ってりゃいいんだよ!」
「わかんねえ~~、変な色~~、ボール~~、なんだ~~」
「バスケットボールだろうが! やり方も知らんのかい!!」
「なんか~~、三分待つなって、分かんねえ~~」
 それはボールを持って三歩歩くな、という意味では……
 わたしの周りはでっかくて騒がしくて騒々しくて楽しいひと達ばっかり。ついこのあいだまで沈んでいたわたしには、それは面白くて仕方ない。この脳天気な杉本の慶ちゃんはD高一年。管内一の韋駄天男。その類い稀な脳味噌と集中力のなさでD高には謎で入学出来たけど今まで陸上部には入らないでいる。真っ黄っ黄の長髪、後ろで適当に束ねている。たまに信長ーとか言ってポニーテールにしてきたり、色をさくっと変えたりしている、らしい。自称百八十センチメートル、これだけは覚えているようだけど。D高は運動系部活はあまり盛んではないので、西川曰く、あいつが陸上を真面目にやるとしたらどこか別の学校へ行った方がいいとのこと。西川は慶ちゃんを前から知っているそうだ。西川も脚が速いから小学校の陸上大会とかからもう顔を合わせていた。けどこればっかりは斉の野郎も俺も敵わないんだよな、だって。
「慶ちゃん、バスケやるんだ。すごいね、運動神経無茶苦茶あるもんね」
「やるったって、こいつルールを覚えられないんだよ? 百メートル、ただバァンと言ったら疾るだけ。それ以上のことを知らないのさ」
 それでもわたしは羨ましいです。
「あの、それでどうしてバスケをやるなんていうことに……」
「そこ、五月蝿い」
 あ、運営さんから注意を受けてしまいました。よく徹る綺麗な低い声でこっちを睨んでいます。
「やっっっっかましいクソ成田! 楽しいお祭りだって言ってんだろ!! 黙って説明しろ!!」
 明美が楽しそうなでっかい声でやり返しています。す、すごい台詞です。けどあんまりにも楽しそうに言うので、文面はキツいんですが思わず笑ってしまいました。みんなも、そうだそうだ言っています。ま、この場に先生がいるわけじゃなし。
 こういう場は、しーんと気まずくなるか、宴会のようなノリになるかどっちかなんだけど。座る場所が狭いせいか完全に後者なわけで。先生いないし。大体みんな携帯ばんばん使いまくっているし。多分白じゃないひと達も多く来ている。そして運営さんの周りを取り囲んでいます。わたしなぞは近付く気もありませんで、一番外周にひっそりいる、つもりなのですが。
 わたしの周りのひとが、まあ楽しくて……。
 竹宮孝、C高一年。木村慎、D高一年。二人合わせて通称・お祭り男ズ。三中の有名人で、文化祭とかキャンプファイヤーとかでは毎度リサイタルをやっていたそうです。今回の合同ではDJだかMCだかをやるとかなんとか。身長が百八十センチメートル近い二人はバスケをやっていて、高校に上がってからは面倒くさがってやっていない、とのこと。この二人に、慶ちゃん、合同ではバスケをやると宣言していた西川、そして成田くん(共に百八十三センチメートル、皆背高い)が白のバスケAチーム。これは強い、とわたしの耳にも何度も入る組み合わせ。白はズルイ、とか言われています。いや、でもクジだし。
 ここにいないのはその西川くらいです。
 お祭り男ズの竹宮くんがこの場に全然関係ないエロトークを言っては木村くんがあおって、周りがもっとやれとか言っています。明美までそれに参加しちゃっているし。最初は、盛り上がっていたのは運営さんの周りだったのですが、なんだかだんだん注目がこっちに集まっています。そもそもA高一年白のリーダー君こと荻原隼人くんもなぜかもうこっちへ来ているし。
「いやー、俺なんか要らねえよ。成田って全部覚えてやがんだなあ資料、噂に違わず。他の役員なんざしどろもどろだぜ、運営となると違うようだけど」
 リーダー君はバレーに出るらしいです。
 合同で、管内五校の生徒会役員は単に役員と呼ばれている。けど、その中でも生徒会長が主体の運営と呼ばれるひと達は本来、三年の計八組を担当するの係。運営のひとは七人+西川で、ちょうど八人いるから。それだってまさか、資料なしで説明しているわけじゃない。この場にいないから分からないけど、そんなことをやっているのは他にはB高が誇る才媛の生徒会長、森下和子……和子だけ、だそう。一年・二年相手は役員がする。大変そう。
 それで、本来三年相手に説明している筈の明美はここで明らか! にさぼっていて、当人曰く不幸が似合うC高生徒副会長にその役を押し付けているそうだ。あそこは生徒会長も気弱なんだよ、とは明美の弁。絶対明美、子供の時いじめっこタイプだ。わたしの周り、というか明美の周り、はそれはもう楽しくて、明美の普段の学生生活っぷりが分かる。楽しそう、だなーー。
 明美と同じく本来は最高学年を相手にすべき、白一年の説明役さんは、その役目をB高生徒副会長へ押し付けている、らしい……よく分からない……運営って、本来生徒会長が主体なんだけど、西川と成田くんはかなり特殊な位置付け。なにせ生徒会役員でもないし、西川はほとんどかなり関わってはいるものの、下働きを自称して運営に名を列ねてもいない。
 ところで、さっきこちらを注意したひとは、なにやら言いたそうな文句はけど言葉にせず、明らかに額に青筋を立てたまま黙っています。眼鏡の奥の瞳が怒っています。けどね、わたしは静かなものよ。お、お祭りなんだからー。
 どうしてわたしが静かなのか、というと。
 聞き耳を立てている。
 成田くんの声。
 周りがすごいのと、成田くんの周囲がすごいのと、このふたつの距離が離れているから、というのがあるけれど。それでも届く、成田くんの声。
 低くてよく徹る、いい声。
 勝手に聞き惚れていた。
「……各競技ごとに別れろ。それぞれチームを作れ。紙にそれを書いて提出しろ」
 なんかもう、最後は命令口調なんですけど……。それがとっても似合っている、というか……。

 わたしは鈍足なくせにサッカーを選択した。
 バレーをやってはいたけど、いい思い出なんてなにもない。なにせバレーをやっていたという思い出さえなかったから、この際全然違う種目をやってみたかった。徒競走じゃないし。お祭りだし。
 けど、それには参加しない明美も付いて来た。
「明美はリレーだけなんでしょう?」
「だってさー、もうリレーなんてメンツは決まっているし、テキトーにバトン渡しゃいいだけよ。なっ」
 と言って、リレーに出るほかの学年二人の女子も連れて女子サッカーのエリアに来る明美。わーわー、凄い凄い、もう顔というか、体格と言うかだけで、なんか躍動感があるというか、スポーツ万能そう。
 わたしが期待と羨望のきらきら瞳で三人を見ていると、
「けど、あたしらよりねえ」
「そうそう、白の一年って、マジ人材宝庫」
 という二人。
「え? そうなんですか?」
「ぶぁーかウメコ、なにをキンチョーしているんだよ」
「え、だって」
「いいのにねえ」
「そ・そ、もうこの際学校が違うとか関係なし」
 とは言われるものの……B高のひとが二年で、C高のひとが三年。先輩にそんな……。
「ウメコさん、でしょ?」
「へ?」
 これはB高二年のひと。
「あたし小坂。あの森下女史が言っていたよ。白へ行ったらちゃんと挨拶なさいね、って」
 ひえーーーーーーーー。そんなぁーーーーー。
「ああ、挨拶と言っても、お礼参りとかじゃないから」
 とっ当然ですっ。
「ああ、あんたも言われて来た? うちの陰薄い生徒会長も言っていたよ。ウメコ、っていうから印象強くてさ。応援よろしく、あたしは石塚」
 これはC高三年のひと。
「は、はひ、よよよろしく……」
 もう、ただ恐縮しとりまして……。

 で、わたしは白一年ミニサッカーB、となりました。ポジションは適当です。次回、B高に行った時決めようじゃん、と言ったのはなぜかこれに参加しない隣の明美。明美の口調はついつい、その通りにしちゃいたくなるような気持ちのいいぽんぽんしたもので、初対面で相手に遠慮のある一年女子同士の間をうまくまとめていく。隣にいるチームAは、まだまだそこまで打ち解けてはいないようだけど。
「へー、なに、ウメコってばサッカーをするの?」
 C高三年の石塚先輩。
「いやあの別に、えっと間違ってもわたしは運動神経よろしくないので、そのへんでコロコロとしているつもりで……」
「なーに言ってんだ斉藤」
 そう、わたしの頭上から言葉を落とした人は、けどこの場の、競技別に別れた女子だらけのエリアには目立つ男子だった。
「俺、井上知治。A高一年F組。サッカー部な。女子は誰もサッカーを本格的にやっていねえだろ。説明っつーか、しに来た。よろしく」
 へー、A高一年F組……どこかで聞いたことがある記号だなあ。
 などと思ったので、わたしはつい真面目に、
「よろしくお願いします、サッカー部くん」
 と言った。
『ぎゃーっはっはっはっは!!!』
 そしたらまわりに爆笑された……
「てっ、てめー斉藤! 誰がサッカー部くんだ!」
「おもしろい!! おうサッカー部くん、教えろ教えろ! よっ紅一点ならぬ野郎一点!」
「やだーサッカー部くんったらー、女の園に男ひとり! このこの!」
「下心が見えているぞーー!!」
「羨ましーーーーい!!」
「きゃー、照れている!」
「手取り足取りぃ~~??」
「なにを教えるんだーーー!」
「避妊はしとけ!!」
「なになに、もうカップル出来ているの?」
「え、酒池肉林?」
 などなど……男子の声も周りから届いています。
 サッカー部くん、うんと照れています。困っています。

 こんなことがあったもので。隣のミニサッカーAチームも自然なごみまして。みんなして頑張ろうねとか言い合って。いちおう、ちゃんと真面目にサッカーのルールとか聞きました。が。
 サッカー部くんは説明の為真ん中に陣取ります。それを取り囲むのは当然、女子・女子・女子の垣根。サッカー部くんは後ろからも覗き込まれる格好になりまして。なんか、ほんとに、
 ……ハーレム状態?
 というわけで、ぴーぴーとか口笛とか冷やかしとかすごい中、サッカー部くんは青筋を立てながらなんとか真っ赤になることは抑えつつ、汗だらだらを耐えつつのボード説明となりました。実地は次回な、と言って授業? をおえると、みんなで、
『ありがとうございます、サッカー部くん!』
と合唱。わたしもつい当然言ったわけで。二十人くらいの女子の声がそろうと、第一体育館内でも一番目立つ。
「うらむぞ斉藤……」
 と小声で言われました。ごめんなさいサッカー部くん。
 ちなみにサッカー部くんはツンツン頭がちょっと伸びた髪の、こんがり日焼けが似合うさわやか系の優しいお顔のいいお方で、身長は百八十センチメートルはあります。体格もがっしりしている。もてるだろうなあ、などと勝手に考えていた。そして後日、教室ですれ違ってからようやっと、あ・同じクラス。って思った。

 その後、めいめい雑談大会。白一年はかなりてきぱき、打ち合わせがおわったので、決められた時間までにはまだ三十分くらい時間がある。となりの赤や、学年の違う白はまだ、各競技ごとに別れたばっかりのようで、ちょっとお見合い、というか遠慮がち状態。ここまで宴会系なのは白一年だけかも知れない。
「面白ろい、あたし白一年に居着くわ」
「あたしもー」
 とは先程のリレーに出場する素敵女子二人、石塚先輩に小坂先輩。マジ尊敬します。

五月十一日 金曜日 A高第一体育館

 こちらは白一年、男子。
 斉志を中心とした集まりは文字どおり野郎のみ。まったくむさ苦しく重い雰囲気漂う中、皆が皆、ここから見れば反対方向、白一年の集まりの端同士のミニサッカーエリアに聞き耳を立てていた。
「……」
「……」
「羨ましいな……」
「なんで俺達、みんな似たような詰め襟着てまじめに討論せにゃならんのだ?」
「誰が討論するかよ……」
「一応、ポジション決めとかはするんだろ」
「そんなもん適当だ」
「もてりゃいいんだよ」
「もててるやついるな、向こう」
「……」
「……」
 似たような服装の彼らは、もとより学校の別など関係ないらしい。学校なんぞどこでもいいから出会いの機会が増えればいいと思って止まない、その辺の普通の高校生男子である。競技の別もなく、ただしーん、と、自然このあたりの中心人物となっている斉志のまわりで、もんもんとした空気を作っていた。
「斉~~、俺なにをやるの~~」
 ひとり気を吐く、いや違った空気の男、杉本慶。この重い雰囲気をも気にしない、ある意味大人物である。
「……バスケとリレーだ……何度言った慶……」
「で~~、なにをやるの。バスケってなんだ~~」
「……」
「チーム、そういや決めたか」
「んなもん、じゃんけんだ」
「中田と小野の口じゃんけんでもするか」
「声が暗ぇ……」
「黄色くねえ……」
「……空しいぞ。さっさと決めよう」
「おー……」
 かくいう理由で、男子の各競技A・B、あるのはそれ以降まで適当かついい加減にさっさと決めた。男子は騎馬戦がある。四人組。それすらいい加減、かつ適当に決めていた。見た目は猛々しいかもしれないが、実際はむさい男と肌の触れ合い競技なわけで。
 競技別の話し合いとなると、途端に男女に別れなくてはならない。女子エリアは初めて会うお互いへの遠慮があって、男子エリアにはそれがまるでないが、青春とはこんなものかもしれない。
 と思っていたのに、……なぜあんなに楽しそうな嬌声が出るんだ? 向こうのもてるやつとやらは拷問の刑に処すること全員一致で即決定。
「そういや成田、どうしたよそのツラ」
「遼太郎と喧嘩か? それでこっちへ来ているのかよ」
 木村と竹宮が気軽に訊いた。
「ドーベルマンがいてな」
『は?』
「二階から転げ落ちたらでかいドーベルマンが二匹いて取っ組み合いと話し合いの末勝利した」
『……あっそ』
 木村も竹宮も、こんな斉志の言い訳など取り合わなかった。
「まあいいけどよ。ところで男バスにこのバカ本当に出す気か?」
 木村は慶を指さした。
「他にいねえだろ? 遼太郎と成田とお前と俺。貰いじゃんはっきり言って。すげえメンツだぞ」
「機能すればな」
「まぁお互い真面目にやったのは中三のはじめまでだったからな、慶除き」
「腕鈍っていたりして」
「あーこの木村様をナメているだろ」
「あらーこの竹宮様ほどじゃなくってよ」
「止めろ空しい」
「そうだな……」
 木村も竹宮もしゅんとした。あまり似合わなかった。
「おい成田」
「なんだ竹宮」
「今実地やっちまわねえ? このバカ慶、ルールを体に叩き込まないと絶対分らねえぞ」
「……やるか」
「運営がいいといえばいい、んじゃねえの」
「……大体決まったな、競技別の話」
「ああ、白一年は早いな、第一ノリが……」
「よしやるぞ。慶、来い」
 かくて白一年は、自分達がいたエリアが丁度バスケのポスト下ということを利用して早速体を動かしにかかる。野郎的空気を一掃するには丁度よかった。

五月十一日 金曜日 A高第一体育館

「っっきゃーーーーーーー!!!」
「成田君!」
「竹宮!」
「木村ーー!」
「慶ーーー!!!」
 突然沸き起こった、背後の嬌声に驚いた。
「わ、なになに?」
「おっ始めやがったなー」
 明美が、声のする向こうを向いて言った。
「え、なになに知っているの」
「知っているもなにもほら、あんたのお友達の成田ちゃんとか、慶とか。さっきいたお祭り男ズも知り合いだよな、すっごい有名なんだよあらゆる意味で」
「……そうなの?」
「知らないのかよウメコ」
「竹宮くんも木村くんも慶ちゃんも……知っていることは知っているけど噂は嫌いだからそういうの知らない」
「そーだったなあ。ま、とにかく白一年はさ、この男バスと男子リレーが花形だろうな」
「明美だってリレーに出るでしょ」
「あのメンツは全員有名人なのさ。まあ、あたしも結構そうだと思っているんだけど? やっぱ野郎の迫力には負けるわな」
「もし合同で美人コンテストとかやられたら……わたし全然居場所なさそう」
「……水着審査とかあったら面白そうだねえ、ウメコは」
「そんなの関係ないよー」
「いやー悪いけどさー、あんたって結構むちむちプリン系じゃん?」
「な、なにそれ」
「なにって、そうじゃん。胸、でっっっかいぞ」
「……そ、そんなことない」
「このあいだしていなかったじゃんブラ。見たけどさ悪いけど。すごい形いいでやんの。デカいし。ちとプレッシャーだったぞあたし。……カップいくら?」
「なんの話をしているかな明美……」
「あ。こういう話、彼氏とかとしないんだ?」
「そんなの……」
「そんなのは日曜にみっちり話してくれます、とそういうことだったよな」
「いつから、そんな話に……」
「介抱してやったの、だ~~れだっけ?」
「う。あ、明美大明神さま、です……」
「なにエロ話をしているんだ~~!?」
 慶ちゃんである。いやあなたね、バスケットボール握ってにっこり笑って爽やかそうにいきなり背後を取らないでくれる!?
「いやー、なになに、ちょっとウメコのバス」
 必死で明美の口を塞いだ。しかしやつは背は高いし力はあるしで、あまりわたしの抑える手は持たない。
「っぷっはーなにをするのさウメコ!」
「やっかましーーーーー!!」
「おーなんだ斉藤、エロ話か!」
「俺も混ぜろ!」
 お祭り男くんズまでこっち来て……嬌声まで連れて来るなぁ! バスケのポストからは大分離れているでしょうが! っていうか、そうするとひとり残されたひと……成田くんは……な、成田くんがこわい。
 成田くんは長い脚を活かした大股でどんどんやって来て……わたしの横を風を巻ながら通過し、慶ちゃんの頭をむんずと掴む。す、すごい図だ。
「慶! バカ話をしている暇があったらルールのひとつも覚えろ! あれがなんだか分かるか!」
「わっか~~」
「リングだ!」
 す、凄い会話。
「竹宮、木村、戻れ! このバカにさっさと叩き込まんと先はない!」
「慶、てめえルール以前の問題だ!」
「そんなのいいから実地だタケ。成田、やるぞアレ」
「遼太郎いねえけど、出来るか?」
「誰に言っている」
 成田くんが歩くだけで、ボールを持ってこれからバスケットのプレイをします、という姿勢を見せるだけで白一年は全員、リングから離れた。白二年も遠慮しがち。赤も含め、第一体育館に座る生徒全員が注目する。男子バスケの面々は制服の上着を脱ぐ。な、なんかとってもそれだけで見蕩れちゃう。成田くんは長袖。
 半袖の木村くんがふわっとパス。とは言っても誰もいない方向。それこそリング、の上……
 走って来た成田くんが、一瞬、跳ぶとボールをそのままリングへ叩き込んだ。
 跳ぶまでは優雅に。叩き込んだとき一瞬だけ猛々しく。床に降り立ったときの、余裕。
 その瞬間、起きた嬌声がすごかった。もう第一体育館内は誰もがこのひと達の、よく分からない空中プレイに注視していた。わたしも、体育館のはしっこで、明美とともに見る。
 次に、パスする役目は成田くん。同じようにふわっとパスをリング上に放り投げる。
「慶!」
 慶ちゃんは成田くんがさっきやったのと同じタイミングで跳んだ。派手に。本当に派手にボールはリングに叩き付けられた。空中から降りるそのフォームすら、……男くさくて奇麗だった。
 この時沸き起こった嬌声も、それはそれはすごかった。
「やっぱ慶は本番男だな!」
「やったこと無えんだろ? アーリーウープ」
「なんだそりゃ~~」
「覚えたな慶。面白いか」
「面白え~~」
「そうか。だが今はもう時間が無い」
「え~~、面白えよ斉~~」
「次の全体会合では最初からやる。遼も出す。それまでドリブルでもしていろ」
「分からねえ~~」
「……学校で訊け」
 成田くんは少しのプレイで止めてしまった。周囲から一斉にブーイングが起きる。
「時間だ。皆帰れ」
 成田くんは思わず癖のように、左手首の袖を少し上げる。それから思い直して、体育館の時計を見て言った。
 静かな声だったのに、ブーイングの中の声だったのに、
「次を愉しみにしていろ。……こんなものじゃない」
 本当に静かに、わずかな笑みを浮かべただけで。
 期待の歓声に変わった。雄叫びを上げて、男女も構わず高校の別なく、それは楽しみな、楽しい一杯の声があがる。白一年は、この言葉で一致団結したと全員が思った。
 すごい。すごい、格好いい格好いい!!
「……ウメコぉ、見蕩るのはいいけどさ、そのデカいチチであたしの腕を挟むの止めてくれない?」
「……へっ」
 気付くとわたしは、確かに明美の言う通りの状況を勝手に作っていた。や、ついなにかこう、しがみつくものが必要だったというか……。
「ごごごごめんっっっっっ!!」
「あんたの彼氏になるやつ、水着とか……凄ぇもん見るんじゃないの?」
「あけみ……そんな虐めないでよ……」
「……あー、結構気にしている?」
 うん。
「そうか、悪ぃ悪ぃ。ついつい同性としてなんというか」
「い、いいけど……あんまり言わないで」
「……分かった」
 背後、というか背中は壁。寄っかかっいて、ふと前を見るとまたしても慶ちゃんがバスケットボールを二個それぞれの手で掴んで来ていて、それはそれですごいんだけど、
「ウメコのチチ」
 鼻づらを思いっきりパンチしてやった。

五月十一日 金曜日 A高第一体育館 斉志

 改造携帯が左胸で震えた。
 これからB高へ行かなくてはならない。今月はこちらで、と森下がB高校長室を運営会議場所に指定して来た。今日の競技別を細分化したものを資料にする。これはそれぞれ皆で決めたこと、取捨選択は必要無い、資料化は単純作業だ。いつぞやのような入力競争はない。役員がそれを各校で行い、合同用サーバーに上げればいい。その結果を見ながらの会議。確かに場所はいつもA高だった。
 そんなところへなど行きたくなかった。気になって気になって仕方がない人物、なぜか騒ぎの、騒がしい一団の中心に居る人物。この振動パターン。……梅子。
「あ、あの」
 梅子からとは珍しい。携帯メールは怪しいのに引っ掛かられては困ると思って契約していない。もし使えたとしても、例の約束があって俺にはコンタクトを取って来ない筈のに。
 そう思って、ずっと呼んでいたい名、……それは飲み込んだ。
「どうした?」
「うん、あのね」
 近くからの電話。同じ建物内、電話でなくてもいい距離。どこにいるかなどすぐ分かる。目の端で捕らえられるところに居る梅子。ずっと見ていた。梅子の知り合いと話をしていた。俺の知り合いも多かった。
 男。……待て、謹慎中だ、自重だ、忍耐だ。そんなにすぐキレてどうする。隣には佐々木がいた。昨日の今日ではさすがになにも言えん。
 だがそれでも俺がずっと梅子の傍に居たかった。
 梅子はまだ体力が戻っていない。いつもそうだが、ふわふわしている。危なっかしい。
 ──梅の字、不用心だな。
 遼の言葉。そう、そうだ。梅子はいつも不用心だ。
 中三になるまで友達がいなかった、高校になるまでは友達がひとりだった、そう梅子は言った。人との距離の取り方がまだ出来ていない。素直に思ったことを口にする。勿論褒め言葉を。人に迷惑や負担がかかると思えばそれを徹底的に自分のせいにする。
 ──損するタイプだな、ありゃ。
 そう言ったのは遼ではない。梅子の隣の席のやつ。羨ましいやつ。水曜日、梅子が学校に来たがとんでもなく真っ青だ、とわざわざC組まで来て伝えてくれたやつが言った。……その通りだ。
 だからふらふらして危うい。今日もそうだ。何故か梅子のまわりは運動神経のいいやつらばかりがいた、それを知れば梅子は素直にそいつらを褒めるだろう、男も女も関係なく、なんの打算もなく、ひょっとしたら俺をあんなふうに見てくれるように、そいつらのことも……。
 首を振った。
 止めろこんな考え方。それで梅子を傷つけた。
「……どうした?」
「うん、あの……せいじ」
 小声、それでも途端に心臓が跳ね上がった。また頭が真っ白になる。
「……カッコよかった」

五月十一日 金曜日 A高第一体育館

「……い、おいってば成田」
「……ああ」
「なにをボサーっとしているんだ珍しい。お開きだろ、運営でこれからB高だろ?」
 こう言って来たのは運営の日程を少し知っているA高白一年リーダー、荻原隼人。
「……ああ」
「大変だなあ」
「……ああ」
「……楽だな」
「……ああ」
「……」

五月十一日 金曜日 A高第一体育館 斉志

 しまった、明日……土曜。予定、訊けばよかった。
 そう思ったのは電話が切れてから。佐々木が俺の頭をド突かなければ意識が戻らなかった。
「まーたてめえ、真っ白かよ」
「……済まん」
「ホレ行くぞ会議。なにをチンタラやっているんだ! それにしても、放課後からでも良かったんじゃないのかい」
 全体会合は午前中でおわる。一般生徒は午後の授業に出るが、俺達執行部は公休して会議に出ることになる。
「成績で文句言わせないやつらばかりだからな、誰がチンタラ授業など出るか」
「喧嘩を売っているな?」
 佐々木の成績がどうかなど、俺の口から言うことではないが。
「いいや、売っていない。佐々木、今日会議がおわったらまた時間があるか。あるなら、そっちの家へ表敬訪問してやるよ」
「っへ?」
「昨日、とどめも刺さず勝手に帰っただろう。死体処理をさせるかも知れんが何度も足を運んでもらうのもなんだからな。ああ心配するな、俺だって浮気疑惑なんざ掛けられたくない、遼と一緒に行く。一升瓶は何本だ?」
「純米大吟醸ありったけ。よく冷やせよ」
 ならばと思って遼に電話を。
「遼、そっちはおわったか? ああ、ああ、なら今日は速攻でおわらせて行くぞ。誰が会議なぞチンタラやるか。ああ、ああ、押し付けろ、あの女なら自分から進んでやる」
 佐々木はチンタラの定義がなにか分からなくなったそうだ。

五月十一日 金曜日 A高第一体育館

 携帯が震えた。待ち受け画面にこの番号は、
「よ、梅の字」
「? どうしたの、西川」
「今日も部活ごとなし、以上」
 そこで電話は切れてしまった。
 昨日のこと、ちゃんと説明したかったのにな。きっと今日は部室の鍵が開いていない。
 まあいいか。来週の部活で言おうっと。
 それにしても、なぜか我が部はもう、西川が部長みたいなもので、西川の気分で部活が行われているような……とは言っても、実は先輩二人はプログラミングが出来ないらしい。
 まったく。入部時期が二・三日しか違わない筈なのになあ。

 文句は言えない。西川の腕前に、それと同じように。
 今日は帰ろう。明日は土曜日。
 ……早く起きなきゃ。