四月三十日 月曜日 振替休日

 昨日のようには起きられなかった。歩くの、思わず確認してしまった。えっと、ちょっと……。成田くんは、今日は来るの、遅くていいからと言ってくれた。その通りになりまして……。
 家の近くのバス停で、成田くんに電話した。そうしたら、うん、俺、今から行く。二番駅で待っているって。
 ……なんとかそう言って貰えました。会話の途中で何度も、うん分かった俺今から梅子のうちまで迎えに行くって言われたのをなんとか、いいいいまバス来たから乗るね、って焦って言って。えらい自分。
 成田くんの家へ着くと、もうお昼にしようって。やさしい声。
 はい・あ~んで。
 ご飯もおかずも……お味噌汁も。もう、口の中がいつも同じ味のような気さえする程、美味しくて、やさしくて。カーテンから漏れるお昼の、お陽さまの光が床に、やけにくっきりと落ちていた。まぶしいくらい、多分この光景を、忘れることはないと思う。
 わたしは斉志で満たされる。

 シャワーを浴びて着替えると、今度は直接ソファへ向った。成田くんが待つその隣へゆっくり座る。テーブルにはグラスが二つ。磨き上げられてて、綺麗で、陽の光できらめいて、氷は、空気を含んでいない。すすめられるままそれを飲み干す。もう一杯もすすめられたけど、成田くんに飲んでって言った。
「斉志」
 そう言うと、ひとくち口に含んで、すぐさまそれがわたしの喉を下す。
 上気した、とろんとした表情に、お互い、もうなっていて……けど。
「梅子。……俺、俺今日は我慢する。厭々一回で我慢する」
 ようやっと、と言った感じで、成田くんは呟いた。両の拳を握り締めて。ほんとにほんとに、我慢しているんだって、そういう表情で。
「きっちり話したいことがある。昨日全然言えなかった。だから聞いて、梅子」
 そう言った成田くんは、すごく真剣で。なんだか、教え諭す表情で。
 だからもう、さっきの甘くて甘くて甘ったるい雰囲気は吹っ飛んで、気分はもうお白州です。
 曰く、

 ──携帯は絶対に離さないこと。充電に気を付けましょう。今俺のテレビ電話に換えるからな梅子の電話。俺以外からのテレビ電話へは出ちゃ駄目です。
 お金は下着に縫い付けてでも持つこと。(とか言って縫っていましたこのひと)
 なにがあってもいついかなる時でも日暮れ前に家へ戻ること。
 生理の時は抱きません。躯に悪いから、その日だけはここに来ないで家で療養して下さい。(病気じゃないんですが)
 ただし梅子の生理期間はことごとく土曜に引っ掛かっています。だから生理がおわった日曜日は来て。絶対来て。俺、厭々回数我慢する。(回数は、ですか……)
 基礎体温を付けること。生理が始まった時と終わった時は報告義務があります。
 浮気は厳禁。やったら相手をぶち殺す。その後の梅子の行方は俺の家で不明となります。
 バイトは却下。勝手にいなくなるな。
 なんでも相談、なんでも言うこと。嘘はつかない隠し事もしない。しても躯に訊きます。
 友達への電話は、女なら厭々我慢するが男は梅子からしないこと。遼でも例外なし。男からの電話はさっさと切って詳細を逐一俺へ報告して下さい。
 とにかく他の男と話すな。これに限っては遼のみ例外。
 外泊は事前に誰某のところに、と許可を得てから。女だけ厭々許す。嘘を言ったら針ではなく俺千本。(からだが保ちません) 男? その先俺に言わせる気?
 他校へ乗り込む場合は必ず俺を連れて行くこと。授業をどうしてもさぼりたい時は事前に俺の許可を得て下さい。
 勝手に一人旅を敢行しないこと。夏に海へ水着でなどもってのほか。必ず俺が同行します。
 来年絶対同じクラスになること。合同はずっと同じ組でいよう。
 お昼は女生徒以外と食べないこと。万が一そのような現場を見かけた場合その後の学校生活における昼食時には全て俺によるはい・あ~んで俺謹製の弁当を食べていただきます。
 怪我をするな。しても必ず俺の前で。お姫さまだっこで保健室または病院へ直行します。
 病気をするな。しても必ず以下同文。
 とにかく他の男とメシを食うな喋るな会うな関わるな。

 などなど。
 今後も間違いなく増えるそうです。項目。
 理解に苦しむと言ったらここにこのまま縛り上げられそうな条文を頂戴しました。絶対履行すべしだそうです。逆らったらなにをしでかすか、自分でも全く分からないそうです。梅子に関して俺の辞書に理性の文字は無いとか言っています。誰かなんとかしてください!!
 いかんっ、このままではっ。
「ああのね成田くん!!」
「斉志」
「テ、テレビ電話なんて、誰かに見つかったら絶対それ試されるし電話代が掛かるよ」
 ……イヤイヤ元の安い携帯に戻して貰えました。
「あのね、わたし今のクラスに大変迷惑をかけているので、せめてクラスメイトとの日常的ありふれた会話はなんとか許可を下さい」
 生物の授業は隣の男子の小テストを採点するんです、と言ったら、熊谷の野郎、だの、あいつなら……だの言っていました。それに週番とかあるでしょう?
「怪我と病気は善処します。けどあの、どうしてもの場合は勘弁して下さい」
 などなど希望の光を捨てませんでした。えらい自分。けど。
「あ、あの、友達ならその、お」
 ……その先を言っては駄目なようです。漂う空気で分かります。
「あの……あのでも、合同、は……」
 全員無視するようにとのお達し。
 ……そそそそれは合同の主旨に反するというか、そんな、そんな……
「今なに考えた? 梅子」
 背中に指這わすの止めてください成田くん……

 他にもいろいろ言いたかったんだけど、その……一回で我慢するって言ったのにー。なんとか、合同の白一年の人達だけはクラスメイトと同じ扱いにしてもらった。
「けど今年の合同おわったらもう駄目だから。梅子、俺の目の前で浮気しないで」
 ひ、ひょっとしてただ話すだけが浮気なのでしょうか……。
 それにしても同じクラスって……同じクラスでわたしの頭が悪いのそんなによく理解したいのかな。

“これでおしまいにすると思うともう一回やるんだよな”
 その言葉を、成田くんの家を出る前に言われることになる。
 ひょっとしたら、……いつも?

 夕方。こんどは駅へ、あの三番駅へ向う。昨日よりはちゃんと、歩い、て……。
 その途中、ちょっと気になっていることを訊いた。
「あの、成田くん」
「斉志」
「……りょう、って……なに?」
 西川だそうです。にしかわりょうたろう。そういや合同の組別会合でそんなこと言っていたような……あの時はむしろ学年に驚いたから。
“遼が三軒先のやつなんだ。ガキの頃からの腐れ縁で悪友で、親友、相棒……”
 けどわたし、西川の名前、漢字でどう書くかも教えてもらえませんでした。西川にも成田くんにも。やつはメモに携帯の番号だけ書いていたし。まさか西川って二紙革とか書くとか……まさかね。

 成田くんは今日も眼鏡をしていなかった。
 ふたりで逢う日は外す。そう言って。
 一番最初に出逢ったあのときのように。