四月二十四日 火曜日

 今日は真面目に部活をやる!
 気合いと共に部室扉をノックして失礼します、と言って扉を閉めたすぐのところに引っ張っておいたままの丸い椅子へ座る。
 わたしの席の左ななめ前、背もたれのある席が西川の席。さあ真面目にやります見せて下さいどうぞ西川大先生!
 と思ったのだけど。
「ぐっっっっっっぎゃーーーーーーーー!!!」
 なんなんだろう一体、西川のこの奇声は。そういえば前も聞いたな。
「テメェ帰れ。いいから帰れ!」
 西川め……。
 そりゃあ詮索無し、だけど。出る気あんのかよとか言っていたくせにって文句のひとつも言いたいけど。しょぱなから遅刻して、その後も遅れて休んだわたし。ぐっと堪えて、踵を返した。
 部室扉を開けて閉めようとすると西川がそれを止めて出て来た。なによ。
 口に人さし指を当てながら扉を閉める西川。手招きで、こっちゃ来いとか無言で言っている。帰るならいつもは部室を出て右へ、なのだけど、今日は左へ行く。なんだか分からないけど手招きの西川へついて行くと、やつはなにやら小さな一枚の紙を渡して来た。このパターンは最近多い。ちらっと見ると、090、とあって、十二桁以上あった。
 だからその場で破いて破片になった紙を西川へ押し付けてすぐ帰った。

四月二十四日 火曜日

 まっすぐ家へ帰って、制服を脱いで普段着になって顔を洗って夕飯の支度を手伝って夕御飯を食べて、歯を磨いてお風呂に入る。ちょっとのんびりしてからおもむろに、掻き集めていたテレホンカードを持って家の近所の公衆電話へ向かって090を押した。
「早く言えよ西川」
「……なんっっっちゅう言い草だテメェ……」
 すぐ出た声はあきれていたけど相手が相手、思いっ切り無視。
「いいから早く。詮索はしない、とっとと言え!」
「テメェってやつァ……なんださっきのァ。どこから掛けているんだ。ひとのケータイ番号を一瞬で覚えるのか?」
「かくかくしかじかです、電話代勿体無いから近所の公衆、家の電話を占領したくありません以上、さっさと言う!」
「あーああー……いいか。マイコン部の、最近姿が見えない先輩二人。男が久保始、女が坂上晶。あの二人は付き合っている」
「あっそ」
 そんなのどうだって当人の勝手、関係ないでしょ。
「あの二人は出来ている」
「あっそ」
 いいじゃない別に。
「部室の奥でヤっている」
 ……は?
「音が漏れている」
 ……?
「俺が番しているようなもんだ。とはいえ校内だからな、いずれバレる。テメェ、坂上先輩を説得しろ」
 ……???
「ちょ、ちょっと待って、わたし初日に話しただけだよ」
「じゃ健全な部活出来ねェぞ。それとも聞くか? ナマだぞ。扉越し。そそるぞ?」
 け、健全って……そりゃあそう言ったけど、真面目なっていう意味であって、いやその……。
「久保先輩は俺がなんとかするから、テメェ坂上先輩な」
 ~~。
「こんな話、後輩しかも男が先輩女子に言えるかよ」
「ぅぅ……」
 た、確かにその通り。いくら西川でも言いづらいだろう。
「……わ、分かった。任しときとは言えないけど、やる」
「おう。そうしろい」
 すぐ受話器を置いた。耳をつんざくようにガンと切って。もちろんわざと。けど、わたしの回転の悪い頭はもう別なことを考えていて、われながら無意識の行動だった。

四月二十五日 水曜日 放課後

 朝の掃除は昨日まで。さすがに二週間近く続くと体調がそれに合っていたのだけど、やっぱりいつものように朝はギリギリで行くことにした。
 きのうから授業中もずっと昨日の放課後の、部活……というのかな、の話を考えていたけど、なんと言ったらいいものやら。坂上先輩はあの部へわたしをなんとか、かろうじて居させてくれた恩人。けどまさか、……。
 ううん、詮索はしない。
 とにかく西川の言う通り、その、このまま行ったらばれると思う。だからといってなんと言えば……。それはいけません? ううん、違う。どうぞ他の場所で? それも違うな。うー、うー、なんと言ったらいいものやら。邪魔ですどいて下さい? それが一番違う。
 とにかくその、絶対邪魔はしたくないけど学校でというのはちょっと……。先輩だし。多分、……分かっているんじゃないのかなあ、けどそういうことはここではちょっと、と言うのは……。
 こんなこと、いくらなんでも友達に相談出来るわけないし。

 西川から言われた時から今この放課後まで、全然考えがまとまらないまま部室扉をノックして失礼しますと言って開けると、坂上先輩だけがいた。
 こういうのは初めてだった。

 坂上先輩はわたしの姿を見止めると、静かな、……少し寂しそうな笑みを口元に浮かべて、わたしを伴って部室を出た。鍵を掛けて、これを職員室へ返してくるから正門へ下りる坂のところで待っていて、そう言った。
 坂上先輩は左階段下の下駄箱を使うという。なら中央階段下、つまり職員室隣までは一緒に行くことになる。なにも言わずただ後ろをついて行って、一旦職員室前で別れる。言われた通り、中央階段から出たすぐの坂の手前で坂上先輩を待った。

 左階段下から坂上先輩が来た。
 坂上先輩は歩き通学という。だからわたしは自転車を引いて、なにも言わぬ先輩の後をただ付いて行った。

 一昨日寄った店も一番駅も通り過ぎ、けれどそんなに駅から遠くはない、少し奥の路地裏の喫茶店へ入る。喫茶店なんて初めてだった。
 そこには他に誰もお客さんがいなくて、坂上先輩はずずいと奥へ、カウンターから遠い席へと行ってすっと座って向かいの席をわたしにすすめた。
「キミ、飲み物は? 珈琲? 紅茶?」
「……紅茶を」
「そう」
 ふたりとも紅茶。わたしはあまり甘いものは食べない。坂上先輩もストレートのようだった。
「今日、始君と部室へ行ったら後輩君が始君を連れて行ってね。ああ、私もキミに言わなくちゃ。そう思ったのよ」
「……」
「私、生理が来ないの」
 なんっってストレートな……。
 かくいうわたしはいつも定期的にあって、しかもいま最中です……。
「怖くて。始君に言ったわ、怖くて一人で抱えるなんてとても出来なかった。
 始君は管内の人じゃないの。遠くからバスで来ていて、便が無いから早く帰らなくちゃいけない。クラスも違う、だから逢うのは部室でだけだった。
 なにも考えて無くて、なにもしていなかった。お互い怖くて、止まらなかった。こんなことをしていても現実が変わるわけじゃないのに怖くて二人でいる時だけが救いだった。
 一年の時なんのあてもなくあの部室で始君に逢ったの。告白したのは私の方。ずっとあんな狭い部屋で一緒にいたのに、もう分かっていたと思ったのに、始君は全然気付いてくれなかったわ。視線でずっと言っていたのに。好きだって。自分で言うのもなんだけど、ずっと見ていたのよ。そういう目で、一年近く。
 始君は掴みどころのない人で、誰に対しても適当に優しいの。私に対してもそうだった。けどなにか、特別な感情を抱いてくれてもいいんじゃないのって、そう思っていた。こっちから言わなくちゃ、そう思っていて、ずっと悩んでて、言えなくて、辛くて。それでも三学期になった最初の日にようやっと言ったら、……そうって。それだけ。次の日部室へ行ったら避けられたわ。
 失望した」
「……」
「もうその時は、あの部室へは誰も来ていなかった。これが最後のチャンスと思ってバレンタインのチョコを部室の奥で渡したの。……そしたら……。
 最初はね、言えないのが、伝えられないのが辛かった。それでも伝えたのに避けられて。こんなに辛いことなんてないって思った。けど伝わったらね……そしたらもっと辛いなんて……知らなかった。止まらないのよ──」
 坂上先輩はそう言って、ようやっとわたしに向き直った。視線を合わせることなんてとても出来ない会話だった。
「ごめんね、後輩君にもキミにも迷惑掛けた」
「先輩。もしもの時はわたしと一緒に学校辞めましょう」
「え?」
 視線の先は涙だった。
「わたしはお金があるわけじゃないし、その、なにも出来ません。この学校、入学は出来ましたけど試験は難しいし、……いろいろあって学校、いづらいんです」
 わたしはなにも出来ない、それどころかあんなひと達を振り回す。
「合同までは友達に迷惑掛けられないけど、それが終わったらスパッと辞めちゃいません?」
「え?」
「多分、あのお祭りっていい思い出になりますよ」
「キミ……」
「そうしましょう! パーっと、パーっと!」