四月二十三日 月曜日

 一限目おわり、環が一年F組へ来た。弓道部へ入ったの、そう言って。
 キラキラ、キラキラ。輝いていた。クラスのみんなも見惚れていた。
 昨日のひと。そして環。
 キラキラ、キラキラ。

 二限目も三限目も、お昼も五限目のおわりにも環は来た。美人で頭が良くて優しい環。
「前に言ったでしょう、環。お互いのクラスでちゃんと、って」
 そう言うと環は残念そうな顔をしてはいたけど、なんとかD組へ戻って貰えた。
 あとは放課後も、多分朝も環は部活。わたしも部活。
 だからもう、それでよかった。

 放課後、模試結果を見た。わたしのを、なんかじゃない。遅刻ギリギリでも簡単に見られる結果。教室後ろ扉付近に張り出される上位者だけの結果表、その一番上。
 一位、成田斉志。
 二位、西園寺環。

 今日の部活は休んでみんなのところへ行って、買った携帯電話の番号をみんなに言うつもり。そうしたらお金掛けずに番号を教えることが出来る。黒電話にじゃなくて携帯へ掛けて、と言って。それからわたしも掛けて。長電話をしないようにして。
 携帯があれば、合同本番でみんなとの連絡に困らない。明美とマコ、タカコ、あすみはF組へ来たことあるけど、ほかのみんなはまず来たことないだろうし。そりゃあF組まで呼び付けたりはしないけど、みんなだって陣地へは行くことがあるかもしれない。明美だけじゃなくA高じゃないみんなに、そんな機会があったらちゃんと道案内とか出来たらいい。
 そう思って部室の扉をノックして入ると、そこには西川と……先輩ふたりじゃない、部員じゃないひとがいた。
「失礼します。西川、今日は友達と会うので部活を休ませて下さい」
「んあ? ……あっそう。ほー……テメェ、会うって言うとあれか? 店とか言うところでか?」
「はい」
「そいつァいいが、テメェ部活に出る気あるのかよ」
「あります。大丈夫です、明日からちゃんと出ます」
「あっそ。まァ理由は事後でも言えばいいと言ったからな。んじゃよ」
 無視は駄目、だからこの会話のときもずっとこっちを見ていた、昨日のひとへ向かって少し頭を下げて言った。
「模試の結果、見ました」
 相手は無言。
「失礼します」
 部室扉を閉めると、背後ですぐその扉が開け閉めされる音がした。そのまま歩く。渡り廊下を通って右へ。校舎が違えば下駄箱も違う。F組の廊下を通る前に、もう背後には内履きではない足音がしていた。そのまま歩く。中央階段下の下駄箱を出るとさっきのひとが背後から言った。
「梅子。一緒に行こう」
「なにで通っているの? 自転車?」
 振り返らず歩くのを止めず言った。革靴の音がふたつ。
「……電車で。駅まで歩く」
「じゃあ、時間がないからもう行くね」
 そのまま自転車置き場まで歩く。自転車置き場は下り坂の途中の右側。その反対方向、左側の校庭でも部活は行われている。足音はずっとついて来ていた。
 学校で? ……駄目。
 坂を挟んだ自転車置き場の向こう側にある弓道部。その隣にさしかかる。
 そう、……駄目。
「弓道、かっこいいね」
 お互い振り向いた視線の先は──環。
「昨日は携帯、買ってくれて、操作を教えてくれてどうもありがとう。勉強の邪魔、したくないから、もう会わないようにするね」
 あとは自転車置き場へ行って自転車を引いて、坂へ戻る。あのときのように、自転車を引いて向き直ったら成田くんがいた、なんていうことはなかった。坂の、あの弓道部わきに成田くんはいた。また少し頭を下げて、あとは見ない。

 ……なにをやっているのかな、わたし。あんなビジンでアタマのいいひとをふたりも振り回しちゃって、さ……。

 店へ行って、みんなに携帯番号を教えた。掛けて、受けて、お喋りして。メールやっていないのかよー、それなにー、知らないのかよー、契約してねえのかよ、便利だぞー、……。
 買い物もした。本も。
 あとは月を見て帰った。不思議な月、満月、真っ青な満月。雲すら圧する光の投影。清々しい夜の風。自転車で空を仰ぎ見ながらゆっくり帰った。
 家へ帰る。父ちゃん母ちゃんはなんだ遅くなって、と言っていたけどそれを遮ってありのまま伝えた。昨日来たひとがどれだけ凄いかを。
 これだけで、もうよかった。両親はなにも言わなかった。それ以上、なにも訊いてはこなかった。わたし達親子はそういうひとに、どう接すればいいかをよく知っている。どうすればよかったのかも。
 振り回しちゃいけないんだって。関わっちゃいけなかったんだって。

四月二十三日 月曜日 夕刻~夜

 西川遼太郎は本来、出歯ガメ根性を持つ男ではない。
 しかし今日の部員(仮)な梅子のあの態度。気にするなと言う方がおかしい。デンワでお邪魔をかましても、相棒は出ないだろう。そう思って、それでもある一定時間を置いて、本来の部活終了時刻より早く店仕舞いして正門への坂を降りた。
 その途中に相棒はいた。新校舎の一角で扉を睨みつけていたあの日とそっくり同じ雰囲気を漂わせ、夕闇迫るこの時間、ただ独り立ち尽くしていた。
 入学してこの方、こういう現場を何度も見ていた遼太郎は原因経緯結果をある程度察し、ホレ帰るべと一見気軽に声を掛け、その実ハラに一発喰らわせてから正門をあとにした。

 武士の情けで表情を直視せず、取り合えず三番駅付近まで相棒を連れて来た。後日この時の感想を聞いたとしても、記憶してはいないだろう。相棒はそういう表情で自宅へ戻った。遼太郎も、そこから三軒先にある自宅へと帰った。
 ただいま、と気の抜けた挨拶をかますと、奥からおかえりという似た声の男性から返事が来た。遼太郎の父である。当年取って六十七歳、遼太郎は遅くに出来たひとり息子だった。すぐ翌日、三軒先に家を持つ夫婦にもひとりの男児が誕生する。二人は赤子の頃から相棒だった。
 自室に戻って詰め襟を脱ぎ、ひとっ風呂浴びて夕飯をつくる。相棒もそうだが西川家にも母親はいない。ともにA市南東の端で静かに眠っている。
 遼太郎は野郎料理を多目の三人前、野性味溢れるいい加減さで適当につくりあげると父親に、俺今日むこうで食うからなと告げた。すると父はここで食えやと皺だらけの顔ではにかむように言った。父は数年前から、斉志の家へ行かなくなった。
 それじゃそうするか、と息子は左胸ポケットの改造電話を取り出す。思った通り、相棒は出なかった。ちょいと行ってくらァと言い置いて、パジャマ代わりにしているヨレヨレの、着崩れしたハウスウェアにサンダルを突っ掛け居間を出た。

 これもオトナの身だしなみ。三軒先の平屋の前で、今度は市内局番へと電話した。やはり出ず。玄関をガンガンぶっ叩いたが以下同文。洗って乾かして櫛も通さぬボサボサ髪をボリボリ掻き、入るからなと声を掛けてから、自分と親とこの家にいる者しか持たない鍵を取り出し、扉を開け、すぐに閉めて鍵を掛けた。玄関を上がりながら開口一発、
「メシだ斉、食え」
 たとえその家の明かりが何一つ灯っていなくとも、相棒は居間のソファに座っていると分かっている。そこへたどり着くまでにけつまづくこともない。真っ直ぐ真っ暗闇の家を突っ切って、詰め襟を引っ掴んで二人で表に出た。施錠は忘れなかった。

 相棒はサンダル履きを好まない。詰め襟だからだろう、革靴を履いていた。そういうことは無意識に行えるようだが、この様子では無意識に飯をつくって無意識に食って無意識にフロへ入って寝るような行動は不可能そうだ。西川家へ戻り、同じ体格の相棒を居間へ放り投げる。西川父が、斉志の目の前へ息子のつくった飯を並べた。
 野郎三人で飯を食べる。この間無言。三人は、四捨五入すればもう十年は前からここでこうして食べて来た。自然飯を食う姿勢もそっくり同じようになる。相棒二人はさらに、飯だけではなく普段の日常生活のふとした仕草まで無意識にそっくりだ。それを西川父は誰よりよく見て知っている。
 夕食をおえ、遼太郎はホレ風呂ださっさと行けと相棒の背を蹴っ飛ばし、自分は食器を片付けた。西川父は居間の畳の上にゴロンと横になり、食後の茶をしばきながらテレビを眺めていた。
 片づけをおえた遼太郎が煎餅をばりばり食べながら同じくゴロンと横になっていると、斉志が風呂場方向から戻って来た。紺と灰色ストライプのパジャマ、当然自前、パンツも込みで。髪はそれでも乾かしたようだ。サラサラの質なので、もじゃもじゃになりはしない。
 斉志の表情に、畳にゴロンとは相変わらずな親子め、と書かれているのを見て取った遼太郎が台所へ赴き、一升瓶三本を片手に居間へ戻り、ちゃぶ台の上へドンと置いた。
「で」
 一文字だけを発し、本日の結果報告を促して純米をラッパ飲みする遼太郎。半分まで一気に飲んだが、相棒の反応はなかった。
「なにを言われた」
 途端うつむく斉志。みるみる瞳の光が死んで行き、またなにも映さなくなる。
 遼太郎としてはこれでも遠慮して、お前のと仲良く一緒に店行かなかったのかヨとか、あんなところにボケっと突っ立って、今度はなにされたのヨとか、核心に近そうなことは避けて言ってやったつもりだった。
 ──こりゃそれ以前の問題だ。
「あー。えー。……よかったじゃねェか、お前のセーセキ知ってもキャーキャー言わず。やかましくなくてさ。いいじゃん」
「……よくない……」
 なんのフォローにもなっていないとは分かっていたが、やはりなんのフォローにもならなかったようだ。大体、もし斉志の成績を聞いて“キャー斉志君かっこイイ!”とキャンキャン騒ぎ立てるなら、入学式で総代を務めた姿を見た時点でやっている。斉志としてはそう言われることが第一目的ですらあったのに、なのに想い人のあの反応。あれではまるで、
「……避けられた。昨日、あんなに良かったのに……今日になったら、ああだ。絶望した……」
 相棒の顔にははっきりと、死に到る病に罹かっていますと書いてあった。
「だからなにを言われたっちゅーんだよ」
 ぐいぐい酒をかっ食らったので純米はすぐに底をついた。それでも隣の一升瓶をかっぱらうのは止めておいた。更にうつむく斉志。目を瞑って、搾り出すように一言。
「……俺と、もう、……。逢わないって……」
 これにはヨコミミで聞いていた西川父さえ、ドラ息子どもにはっきり聞こえるほどの溜め息をついた。

四月二十三日 月曜日 夜

 西川親子は昨日の夜、この場で、ボク今るんるんですと態度で語る斉志の、想い人の家訪問詳細をたっぷり聞かされていた。なお、カッコ内は西川親子のココロのツッコミである。
 曰く、

 ──俺、今日梅子に携帯買ってあげたんだ。発信機とか盗聴器とか仕込もう(マジやる気だぜどうすんべオヤジ)と思ったけどバレたら人格疑われるだろ(よかったなあ遼、斉ちゃんまだマシだったぞ)(まだな)厭々我慢したんだ偉いだろ(誰が褒めるか)梅子のご両親の手前もあったから、おふくろさんから渡された金を厭々使ったんだ。けど大丈夫だ梅子、俺もう絶対そんなことさせないから安心していい(また始まった)俺、梅子になにもさせないんだ(オイオイ)一生贅沢暮らしさせるんだ(あっそ)え、携帯どんなの買ったって?(聞いちゃいねェ)うん、梅子らしいのを選んでいた。シンプルなやつ。ああ駄目だぞ遼同じの買っちゃ(誰が買うか)カメラのついていないやつにして、メールも留守電もキャッチも入れなかったんだ(それじゃお前だって不便じゃねェか)当然だろ。俺、梅子に他のやつとなんか絶対浮気させないから(こいつのノーミソ構造どーなっているんだマジ)よっぽど俺以外からの着信拒否にしようかと思ったけど(しなかったのか)(しそうなもんだけどなあ)それで逆に心配されて、梅子に直接会おうなんてちょっとでも思うやつがいたら八つ裂きにするから止めたんだ(偉いぞ斉……)
 俺、梅子の友達の番号厭々携帯に登録したんだ、ブラックリストをちゃんと作ろうと思って(オイオイ)こいつらなんだ、見て(男女比率は半々か)(健全だなあ梅ちゃん)(学校、C高とD高が多いな。A高とB高はひとりづつ、E高はナシ……って、野郎はお前も知っているやつばっかじゃん)俺のテレビ電話わけてやろうかと思ったけど、連中に持っているやつがいたからな、梅子が間違ってそいつらとそんなことしたら俺なにしでかすか分からないから(ホンマだぜ)厭々我慢したんだ(しろしろ)遼、今から行って駅裏のやつから順に殺ろう(オヤジ、警察だ)(あいよ)……うん、分かっている。遼のはなかった(あるわきゃねェだろ)あったらもう生きていないけど(……)(……)
 けど、けど……梅子住所も電話番号もソラで言っていたんだ、こんなにいるのに全部だぞ、凄いだろ(あっそ)うん、大丈夫。連中なんてすぐに消すからそれはいいんだ(よかねェ)梅子な、梅子俺がやつらを厭々登録していたら、俺の手元を見て真っ赤になっていたんだ(ほー、お前のそのお手々は避けられなかったのか)うん、あのな、その……梅子、梅子俺の手を見て、……多分尊敬していたと思う(あっそ)俺、浮かれて……(いつもだろ)梅子俺の家に監禁(オヤジ、パトカー呼べ)(あいよ)しようと思ったけど梅子のおやじさんの手前厭々我慢したんだ偉いだろ(偉い偉い)なにせ俺の義父だからな(言ってろ)
 梅子が家に戻ったあたりを見計らって電話を掛けたんだ。羨ましいだろ遼(アホか)ああ駄目だぞ遼、いくらお前でも梅子の番号は絶対教えないからな(聞きたかねェよ)俺、梅子に携帯の掛け方を教えたんだ(ふーん。ベンキョは駄目でもケータイならいいってか)うん。手取り足取り教えたかったけど(すりゃいいじゃん)もう陽が暮れていたし、親父さんの目の前で梅子どうなるか分からなかったから(そりゃそうだ)厭々電話で我慢したんだ(あっそ)
 それで、今日なにをしていたのって訊いたんだ(尋問したんじゃねェだろうな)俺がそんなことをするわけないだろ……?(しそうだ)けど、けど……そしたら、……そしたら梅子、ブラックリスト共と会って話してメシを食ったって……(女もいたんだろうが。コーコーセーらしく遊んだっていうんだろ。いいじゃん)梅子、浮気していたんだ……(オヤジ、医者だ)(あいよ)俺、俺……(理性だ斉)(我慢だ斉ちゃん)もう俺、耐えられなくて駅裏の花屋に火炎放射器を持って行ったら(オヤジ、消防署だ)(あいよ)梅子、梅子俺のこと名前で呼んでくれたんだ(偉いぞ梅の字)しかも何回もだぞ(よくやった梅ちゃん)俺、浮かれて……(放射器はどうした)(いつからそんなの持っていたんだ)引き返して、家でずっと梅子の声を聞いていたんだ……(行ったのか……)(持っていたのか……)
 けど、けど……途中でまた元気なくなって……(今度はなにをメーレーした)多分、電話代とか心配していただけだと思うんだ(とことんビンボ性なやつめ)来週は休みたいって言うし、また浮気されるよりいいかなと思って(またってオイ)俺、厭々ここにいるんだ……(あっそ……)

 以下延々と斉志は想い人を語り続けたが、遼太郎はもう聞きたかねェよと言わんばかりに途中で声を出してツッコミを入れた。
「ところで斉ちゃんよ。お前ののご住所、当人の口から直接訊いたか」
「え」
「エじゃねェよ。んなもん名前電話バンゴと一緒だろ。そこんとこどうよ」
「え」
「エじゃねェよ。まさか当人から教えて貰わんと、勝手に行ったなんてワケじゃあるまいな」
「え」
「エじゃねェよ。俺なんかは住所知っているからな、入部届けで。俺は行っても当人納得するだろうが、振ったトモダチ野郎が教えてもいねェ自宅に突然湧いて出て来たら、イヤんキモチ悪いアンタ嫌いとか思うのが当然じゃねェ?」
「え」
「エじゃねェよ」
 斉志はハトがマメ鉄砲を喰らった表情で、ロクな返事もせず三軒先へスゴスゴ帰った。遼太郎はガキを追い出せてせいせいした。

 そして迎えた今日、月曜。遼太郎は放課後クラスを一番に飛び出し新校舎のあの部屋へ向かい、すぐさまマシンに火を入れて、さァマジメに部活をやるかなと指をボキボキ鳴らして椅子へ座った。するとノックも無く扉がガラんビシャンと開閉された。見るとそれは仮の部員ではなく我が相棒。
「なんだオイ」
「ちょっと居させて」
「ちょっとじゃねェよ」
 そんな押し問答をしている時に静かなノックの音がした。
 遼太郎は前述の通り、前の日斉志に散々惚気を聞かされていたから、ああこりゃ俺様邪魔かな? と一瞬思ったが、梅子の表情は真っ赤でもなんでもなく、ヤケに冷静だった。
 そんな様子のまま部室を出た梅子。すぐに追った斉志。
 ──その末がもう逢わない、か。
「あいつ成績酷ェからなあ。お前の成績にビビったんじゃねェ?」
「何故お前が知っている」
「あァ? お前自分で散々言っていただろうが」
「梅子の口から直接聞いたな」
「エ?」
 斉志の成績を知った梅子は一見冷静に、その実はっきりと斉志を避けた。この二人の間では、おそらくこの先もずっと、成績の話など出るまい。
 なのに遼太郎は梅子とその手の話が出来る?
「いや、……あのその」
 今度は遼太郎が視線を彷徨わせる番になった。わざとらしく口笛を吹いてみたりなんかする。が、否定しないその態度は“ええボクはキミのウメコちゃんととぉーーっても親しくなんでもかんでもおハナシしていますヨ”と言っているようなものだ、斉志にとっては。
「斉ちゃんっっっお酒召し上がる??」
「よくも浮気しやがって……」
 こんなんで浮気かい、などというツッコミを入れられる状況ではなかった。相棒は相棒を睨み倒している。マンガちっくに表現すれば、どよよよよんなドス暗光線をお目目いっぱいにに湛えている、といったところか。
「あはっ、あはっ、あはははっっっ! 飲みが足らないよ斉ちゃん!!」
「誤魔化すな遼」
 誤魔化す以外に方法は無い。
「なんでお前の方が梅子と喋っている……」
 そりゃそうだな、と言いそうになった遼太郎。仮の部員に倣ってこの手の話題は避けるが吉。瞬時に方向転換、話題を変える。
「電話はいいんだろ、すりゃいいじゃん」
「ずっと話し中だ。黒電話は、梅子のおやじさん、掛かり続けて参っているようだからしばらく掛けられない」
 話し中? 携帯を買った後ブラックリストが集る店へ行くと言った仮の部員。ビンボ性であることも踏まえ、おおかた電話番号を直接教えに行ったというところか。だったら相棒曰く現在浮気の真っ最中ってか。おやじさん? そういや家で電話占領しまくっていたとかなんとか。
「あーァあ、あいつもなァ」
 そう思って言っただけの遼太郎は、またも墓穴を掘っていた。
「俺より知っているじゃないか」
「エ?」
 鋭く切り返す相棒のどよよん光線にははっきり嫉妬の二文字が浮かんでいた。なぜなら斉志は電話の件を梅子の父ちゃんと話したと言ったのであって、梅子当人とは言っていない。だが遼太郎は当人と直でオハナシしたのヨ、と言っちゃった。
 この上今までの会話を知ったらどう思うか。
「あー……いやあのその。ほ。ほら。……ぶ、部活は出ると言っていただろ。あー。また俺に預けてくれや」
「厭だ。そうやって梅子がお前に惚れたらどうする」
「オイオイ……」
 遼太郎は首を捻りまくる。この思考パターンをそろそろどうにかして欲しかった。
 話題の方向転換などという小手先ばかりをやっていたところで話は先に進まない。それどころか知らぬ間に墓穴を掘らされ続けた挙げ句いつの間にか自分がブラックリストNo.1にのし上がらされて、仕舞いにゃ刺されて灰にされそうな気がして来た。
 よって遼太郎は事態を解決の方向へと収束させることにした。ちょいとマジなツラを作って相棒をはったと見据える。
「斉、お前は打つ手無しなんだろ。まさかまた余計なことをして嫌われてェ、なんざ言うんじゃあるめェな」
 斉志、反論出来ず。やはり相棒は住所も訊かず、勝手に想い人宅を無断襲撃したらしい。
 遼太郎はまったく本意でないと言わんばかりに頭をボリボリ掻きながら、イヤイヤそうに策を述べた。
「しょーがねェが、搦め手だ。何度も言ったがお前のはなァ、こういうのに慣れていねェんだ。余裕を持たせろ」
「いつまで待てばいい。一週間なんてもう無しだ」
 斉志には確かに打つ手はない。というよりまるで考え付かない。
「あー、実は懸案がありまして」
「言え」
 エラソーな態度で策を教えろとメーレーする相棒に遼太郎は、入部当初から実は毎日部室奥にいらっしゃるマイコン部(仮称)先輩お二人さんの件を言った。鍵付きの狭い密室でやんごとないお声をお出し遊ばして止まぬ男女のおハナシをかくかくしかじか。
「そんなことか」
 斉志は吐き捨てるようには言ったが、遼太郎の目から見れば、
「羨ましいか?」
 そういう表情だ。
「ああ。下らない」
「どっちだよ」
「それで。どうするんだ」
 やはり案を否定する気はないらしい。
「お前のに、女の先輩の方を解決してもらう」
 男の先輩の方は当然遼太郎が担当し梅子に浮気はさせない。しかし、男女の機微にゃまるで慣れていないお子さま仮部員へそういう機会に接して貰おうというハラだ。
「そんなこと」
 お子さま斉志の目から見ても梅子はさらにお子さまだ。なのにR15の閲覧不可、立ち入り禁止のアハハンエリア(?)に近寄らせようなんて。悪影響があったらどうするんだ、と詰め寄る斉志に、
「いいから聞けや。お前のが健全に部活を続けるにゃいずれなんとかせんとあかんかったんだ。俺も坂上先輩には言いづらかった。お前のにさせる」
 斉志に言わせれば想い人が相棒と二人っきりで密室に篭っているという時点でもはや健全でもなんでもないが、その手の話ならば確かに野郎から年上の女の子にゃ言いづらい。
「まさかお前のを信じていねえなんざ言わねェだろうな」
 斉志は口に出しては言わないが顔にはきっちり書いていた。そしてはっきりと心配の二文字を浮きあがらせた。
「過保護」
 またも否定はしない斉志。
 遼太郎の言う通り、これは搦め手だ。遠回りの策かもしれない。だが今の己の、このもやや~~んとした晴らせぬ心理をちょっとでも考慮してくれるなら。
「ヘマするな」
 策を実行しろという命令だ。
「お前じゃあるまいし。誰に言っているんだ」
 斉志、これにも答えず、
「梅子、……大丈夫かな」
 一升瓶にようやっと手を付けて、ぐいぐいと飲み始めた。遼太郎もそうだが、そうしているとまるで瓶の中身は水のようだ。
「……過保護」
 ふと見ると、西川父はもううとうととしかけていたので、しゃあねェなァと立ち上がった遼太郎が父に肩を貸して寝室へ向かった。三人はそこでザコ寝した。