四月二十二日 日曜日

 午前中は本屋さんへ寄って、お昼からみんなと一緒に遊んだ。
 今日はショッピングモールで軽食を頬張りながら、やっぱり合同の話が中心だった。今週はずっと試験だったからわたしは電話もしないで、少しは、勉強していた。先週もカラオケしながらこの話題は出て、組は確定していたけど、競技の本決まりは今週月曜だったから。それでずっとあの場所を占領……お店のひと、もう諦めていたような。

 合同は全体会合といわれる顔合わせは二回ともゴールデンウィーク明け。四月にやると、休みボケで忘れちゃうからとか、六月の本番近くにやった方がいいからとか。
 入学式あたりのときは、おおこれがコーコーセーかって緊張していたけど、突然こんな行事の話が上がってびっくりしたよね、とか。なにか結構面白いよね、とか。彼氏とか出来るといいよね、とか。
 わたしはこういうの慣れていないから、うんうんと頷いていた。みんななんだか輝いていた。高校生。うん、そんな感じ。

 今日はほんとうにいい天気。うんと気分よく家へ自転車で帰る。風がもう気持ちよかった。
 先週も複数の友達と出掛けていたし、明美は泊まりに来てくれたし。そんなわたしの高校生活に父ちゃんと母ちゃんは喜んでくれているのが分かる。やっぱりみんなに、ウメコ早く携帯持ちなよ、って言われた。
 そろそろ、うん。父ちゃんに携帯買いたいな、って言ってみようか。

 我ながら笑顔満点で家へ戻る。けど誰もいなかった。
 我が家の職業は自営の漁業。家の隣に作業場がある。家に誰もいないと、あとはそこしかないから、帰って来たよって言おうと思って作業場へ行った。
 そこには父ちゃん母ちゃん以外のひともいた。
 どうして成田くんがここにいるんだろう……。

四月二十二日 日曜日

「梅子。おかえり」
 やさしい声でそう言う成田くんはどう見ても父ちゃん母ちゃんのお手伝いをさせられていた。
 どう、なっているの。
 全然事態の把握出来ないわたしを尻目に、父ちゃんは斉君なー、お前が出た後に来てくれてなー、ずっと手伝っていたんだー、とか言うし、母ちゃんはおまえいつの間にこんな男前の彼氏が出来ていたのなんて言うし、なにがなんだか全然分からなくて固まっていたら笑顔の母ちゃんに見送られ、父ちゃんの運転する車の後部座席に成田くんと並んで座っていて、いつの間にか携帯電話を買いに行くという話になっていた。
 なんなんだろう……全然、分からない。
 確かに電話はしたし、電話してもいいとは言ったけど、全然なにがなんだか分からない。

 車から下りて成田くんに連れて来てもらった場所は携帯ショップ。さっそく窓口のひとつに座った。成田くんも隣に座って。梅子、どれがいい? って。あんな瞳で。
 生徒会室でのあの反応がまるで嘘のようだった。
 だから全然よく分からなくて、とにかく安い携帯って、それだけ言うと、成田くんは窓口の見本の中から、じゃあこの辺はどう? って。なんとなく、けどなるべくシンプルそうなのを選んだ。
 そこですぐその携帯電話を買ったんだけど、買ったらしいんだけど、機種を選んだだけであとは全部成田くんが受付のおねえさんと応対した。全然分からない横文字と縦文字もあったかもしれないけど、とにかくひっきりなしというか、全然淀みなくそういう手続きとかおわって、銀行のハンコとか成田くんはもう母ちゃんから預かっているらしかった。そういうのも全部成田くんがやって。全然よく分からない内に携帯ショップを出て、父ちゃんの車へ乗った。父ちゃんは、このまま成田くんのおうちの近くと言う三番駅まで成田くんを送る、そう言った。

 車の後部座席隣に座る成田くん。成田くんはまず電話の掛け方、受け方を教えてくれた。やさしい声で。携帯の画面を見るとき、顔が近付いて、……体温が分かる。あの時を思い出す。におい、息遣い、心臓、ばくばくする。
「梅子、電話掛けるときは登録すれば楽だから。友達とかいる? 俺、やるよ?」
 電話番号を逐一何桁も押して掛けるんじゃなくて、もっと楽な方法で掛けた方がいいって。
 やさしい声で。隣にいて、家を出て車に乗った時からずっとそうで、脚、うんと長くて、顔が、すぐ近くにある。においが分かる。成田くんの体温を感じる。
 だから、もうなにがなんだか分からなくて、ばくばく言っていて、とにかくなにか言わなくちゃと思って、友達の名前とか電話番号とかを言った。マコに、明美に……。
「梅子、もっと速く言っていい」
 成田くんは右手の親指だけでうんと速くボタンを押して操作した。
 ゆび──凄い。
 言われるまま、ちょっと速く言う。けど全然まだまだ余裕、そんな感じだった。住所とかメールアドレスとかもいいのかな、と思って聞いたら大丈夫って。やさしい声で。
 さいごはもうほとんど、ふつうに話すくらいの速さで言ったんだけど、それにも、ううん、まだまだ余裕があった。……凄い。

 三番駅へ着く前に登録作業は終了……二十人以上いたと思うのに、成田くんはずっとあんな凄い速さで、全然余裕って感じで登録していた。ほとんど画面なんて見ないで、ずっとわたしの方ばっかり見ていて。
 車を降りるまで、あとは携帯の使い方で便利な方法とかも教わった。

 三番駅へ着いて車を下りる。成田くんは登録済みの携帯と銀行のハンコとか携帯ショップで渡された書類とかをわたしに手渡した。
「梅子。……今度の週末、は?」
「!」
「逢いたい、な……」
 いけない。
 成田くん、今日ずっと朝から家に来て手伝いしていたって言っていた。それだけじゃない、今の今までずっとこんなことさせて。
「ごめんなさい、わたしずっと時間を取らせていた」
「そんなことはない」
「ううん、勉強の邪魔して。ごめんなさい」
「梅子」
「今日、出掛けていたから来週は休みたい」
 視線を合わせず言った。
「……そう?」
「うん」
「……分かった。梅子、じゃあ家でゆっくり休んで」
「今日はほんとうにどうもありがとう。いろいろごめんなさい」
 ちゃんと頭を下げて言った。一体どれだけ今日、このひとに……。
「梅子、気を付けて。ご両親によろしく言って。来週学校で逢おう」
「……じゃあ」
 あとは父ちゃんの車に戻って、家へ帰った。

 車中、父ちゃんが、
「梅子、よかったなー。斉君なー、携帯詳しいってなー。安く買って貰えたかー?」
 なんて言うものだから、言い返した。
「父ちゃん一日中手伝わせたの? 初対面のひとに!」
「そうかー。いやー、大丈夫ですとか言っていたぞー。作業も速くてなー。梅子と違うなー」
「うっ」
 どうせどうせわたしはうーんとうーんと遅くて、ぜーんぜん役に立ちませんよ!
 父ちゃんに、もしまた成田くんが来ても絶対手伝いなんかさせないでと言った。まさか家に来るなんて……。
 合同、明美はあんなこと言っていたけど、提案は絶対明美にしか出来ないって思う。けどあとのことは本当に、もう全部成田くんがほとんどひとりで、それこそ片手間のようにやっているって、そういう話は何度も聞いた。今日遊んだひと達からも。
 なのに今日まる一日時間を取らせて。
 家に帰って母ちゃんにお釣を渡すと、よかったねえ梅子、彼氏出来て。なんて言われたので、そんなんじゃない、今日来たばかりのひとに一日中手伝いさせるなんて、って怒った。携帯買うことが出来たのは嬉しいけど、それとこれとは別。

 携帯電話と、説明書が入った袋を持って部屋へ戻った。ちょっと使ってみようかな、と思ったら携帯が震えた。
 画面には“成田斉志”
 こういうふうに出るんだ……。
 ううん。成田くん、心配している。わたし使い方とかまだまだ全然分からないから。これで出ないなんて無視。それは駄目、だから出た。
「梅子!」
「……はい。斉藤、です」
「うん、梅子」
「あの。……今日は本当にどうもありがとう」
「よかった……梅子、電話に出てくれた」
「……う、ん」
「使い方、分かった?」
「……大丈夫だから、もう」
「俺、さっきは時間なくてほとんど言えなかった。梅子、携帯使ってみよう、実際」
「え」
「俺の言う通りやってみて」
「……」
 心配させている。時間を取らせている。
 安く買って貰ったのは事実だから、一通りだけ説明して貰って切った。けどそれでも掛かって来て、今日は登録していたひとと遊んでいたの、と訊かれた。
 駄目、電話代が成田くんに掛かっている。だから早く切りたくて、邪魔なんてもうしたくなくて、問われるまま早口に応えて、お休みなさいと言って切った。