四月十三日 金曜日 朝 A高

 朝早く家を出て、生徒指導室を掃除して遅刻ギリギリで教室へ。すぐに授業が開始される。
 電話ではなくてどうしても、直接新校舎へ行って確認しなくてはならないことがあった。一限目の授業はそれで頭が一杯だった。授業が生物でなくてよかった、今小テストをやられたら零点確実だ。
 あの日、授業をさぼるきっかけとなった言葉。
“西園寺と成田”
 成田くんが黒電話の話をしたとき、あの日のことを急に思い出した。我が身には関係なしと思って受け流していたはずなのに。
“秀才二人”
 文字が途切れ途切れに頭の中で中途半端に暴れていた。
“あんなに”“お似合いなのに”
 成田くん。メガネをかけていて背が高くて……。
 昨日の自転車置き場での姿。自分自身の事で精一杯だったけれど、一昨日の下駄箱での件も含めて、顔はちゃんと見ている。
 もの凄い、美形。
 昔のことを邪推するつもりはない。
 けど、──成田くんと──環を──並べてみたら?

 一限目がおわると新校舎へ駆け出した。頭の中にはマコと会った時の、自分が勝手にした想像が駆け巡っていた。ビジンのふたり。そのオトコノコを好きなオンナノコ……
 E組を通り過ぎ、左へ曲がって渡り廊下を通ろうとしたとき、果たして二人はわたしの眼前へはかったように同時に現れた。廊下を挟んでこちら側と向こう側。
 近くてこんなに遠い距離。
 あの二人が並び立つのを、過去に一度見たことがある。──雪の綺麗な日。
 わたしにはそれで充分だった。お似合い、過ぎる。
 即座に引き返した。渡り廊下を右へ、自分のクラスも通り過ぎ、階段を駆け降りて職員室へ。副担を見つけ、
「生徒指導室の掃除はいかがだったでしょうか?」
 と言った。お前が問題を起こさない限りはきれいだろう、などといらぬ説教をわざといただくが、それが今はありがたい。授業をさぼってでもここへ閉じこもりたかった。
 時間を確認し、授業が始まるギリギリで職員室を辞し、階段を上がって教室へ。前の扉から入って自席まで戻る。多分顔色は真っ青だったと思う。柊子ちゃんはあきらかに心配していたし、あの坂崎でさえ驚いていたようだった。二限目、まったく耳に入らない。授業がおわると柊子ちゃんがわたしに声を掛けてくれたけど、なんでもないと言ってふたたび教室前扉から階段を今度は上がって三階へ。
 二階はF組の廊下を新校舎に向かって立った場合、右から生物室・E組・F組・階段・G組・H組という順になる。渡り廊下から、一学年ではH組が一番遠い。新校舎からは、F組の廊下がギリギリ見えるだけでG組から遠くとなると見えなくなる。だからわたしは階段を使って新校舎から見えないところまで行った。
 三限目がはじまるギリギリに教室へ入ると、その時すぐに柊子ちゃんが「顔色悪いよ、保健室へ行って来たら」と言ってくれた。大丈夫といなす。保健室へ行ったと分られれば逃げ場はない。
 環や、成田くんがF組へ来ていたかどうかは分からなかった。
 実は隣の人こと坂崎君が成田くんと応対していたこと、それも成田くんの姿を何度か見留めたあと小声でなにか話をしていたことなどわたしは知らない。
 三限目途中に、先生の目を盗んで合同祭要項をもう一度読む。すっきりした作り。運営の七名──生徒会長が主体の人達の名の中に、成田くんの名前もあった。ショッピングモールでも何度か聞いた。凄いやつ、アタマがどエラい……。
 三限目がおわるとまたも教室前扉から飛び出して階段を降り生徒指導室へ向った。もう本当に保健室へ行ってしまおうかと思った。思えば初日、さぼったと言わず具合が悪くて休んだんですと言えばよかったのに。なにをどう考えたのか図書室なんか……そのままC組奥の第二体育館へでも行けばよかったのに。
 生徒指導室は鍵が開いていない。誰か来ては困ると思って、さらに給湯室へ逃げ込んだ。
 四限目がおわると今度こそ柊子ちゃんに「やっぱり具合が悪いから」と言って応援歌練習はさぼったけど、保健室へは行かなかった。もう休みたかった。
 今度こそ具合が悪いから早退しますと言えればよかった。今日の放課後は合同祭の組み分けのクジ引きと具体的説明が行われる。それだけなら休んでもよかったけど、参加競技の希望を書くことになる。運動神経のないわたしは、それまでさぼって、到底実行不可能な競技に振り分けられるのだけは厭だった。それを誰かに頼むとしても、組み分けがおわらなければ参加競技は決定出来ないから、同じ組になるか分からない柊子ちゃんや阿っちゃんに頼めない。環──なお無理。
 お昼も食べず五限目が開始されると、今度こそ保健室へ逃げ込んだ。わたしはさぞド真っ青だったに違いない。保健室の先生は休め、と言ってくれた。ありがたい。この時間は、実は体育だった。わたしはこの通りの運動神経。火曜の午後にも体育はあったけど、へんな話だけど丁度よかった。体育や選択教科は隣のクラス、E組と一緒。選択教科は美術と音楽に別れ、わたしは美術。体育は男女別。この時間を休んだ、これでも女子のわたしは、男子更衣室内でF組の男子がE組の男子へ声を揃えて大きな声でこう言ったのを聞くことも知ることもなかった。
“俺達はクラスメイトをもう二度とあんな目に遭わせはしない、詮索する他人に喋ることはなにも無い!”
 五限目がおわる前に保健室を辞さなくてはならない。おわってからでは遅すぎる。だから眠った振りをした間中、考えた。
 問題は放課後。まず、各クラス内、つまりF組で最初にクジを引く。赤ならA組・白ならB組・黄なら……とそれぞれ移動して、それから希望競技を書いて提出。各校調整の為個人の参加競技はその場では決まらない。あとは、クラスではなく組に別れた各自の自己紹介など。

 今日は逃げまくっている。けれど、新校舎と旧校舎に別れているとはいえ、いずれは成田くんや環と会うことになる。
 けど。
 またあの二人を見て、それからなにを言うの?
“付き合っていたんですってね、わたしがお邪魔したんでしょう、ご免なさい”
 そう言えばいいの? そしたらわたし、自己否定だ。この何日間バカやり続けたことへの自己否定。憶測で他人に言われるのを嫌うわたし自身を否定すること。
 けど他になにを言えっていうの!
 入学式の昼、わたしのところへ来た人が頭のいい男子。次の日、マコは環が、うんと頭のいいやつと中二まで付き合っていたと言った。
 成田くんに訊く? あなたが管内、県内はおろか全国模試でもトップクラスの頭がいいひとですかって。中二のとき環と付き合っていましたかって。なんで別れたんですかって。
 そういうの詮索って言うんだよ!
 そういうの言われるが厭だって、一番わたしが知っているじゃない!!
 そんなこと訊いてどうするの。
 訊いたら……。
 ……訊かなくても。
 訊かなくてもあの二人はお似合いだった。
 仮に成田くんがわたしに、わたしだけに話をしてくれたとしても、それは間違い。または、気付いていないか。
 ううん、間違っている、の方。二人は付き合っていた、ならば別れたのが間違い。別れさせたのはわたし。
 なら……。

 保健室を出、そっと中央階段を三階まで上がって、あたまを低くしながら三階の教室をやりすごし、こっそりと屋上へ行った。六限目がはじまるギリギリまでここにいる。
 ちゃんと離れようって決めたじゃない。

四月十三日 金曜日 昼休み終了時 一年F組

「トーコちゃん。気になる?」
「……ちょっとだけ」

四月十三日 金曜日 放課後 組み分け

 本日の組み分けと組別会合の進行は以下の通り。
 一、組み分け用票
 二、クジ引き箱
 三、希望競技種目・数・お楽しみ競技への参加の有無・百メートル自己ベストタイムの記入用紙
 この三つを各クラス委員二名が生徒会室へ受け取りに来る。各員はおのおののクラスへ持ち帰る。クラス委員二人はまず、クジを行い一と二を生徒会室へ戻す。三の記入用紙は教卓に置いたままとし、クジで選り分けられた後各生徒が各組に割り当てられた教室へ移動した後使用する。
 A高生徒会役員は三の用紙には早々に記入をおえている。各自クラスで行ったクジのあまりを引くことになっているので、生徒会室で待機。三の記入用紙が集まれば即入力作業が開始される。
 しかし一年のクラス委員二人が生徒会室を訪れると、成田斉志は自分の記入用紙を持って彼らに同行した。
「どこへ行く成田」
 横島が問う。すると、
「すぐ戻る。組み分けの入力ヨロシク。連絡は俺の携帯ね」
 遼太郎まで斉志の後を追った。
 これに横島は溜め息とも諦めともつかぬ一息をつく。
「まあいずれ結果待ちだ」
 自分達もクラスの余りクジを待つ身である。二人とてそれまでに、少なくとも記入用紙の入力作業開始までに帰ってくれば問題はない。三の記入用紙に先に記入しつつ、横島は背後に起立し居並ぶ生徒会役員にとともに全クラス委員計四十八名の帰りを待った。

 一年F組のクラス委員とともに教室へ向った遼太郎と斉志は、教室に入る前、自分達がやると彼らに伝え自席へ座らせた。

四月十三日 金曜日 放課後 一年F組

 授業がおわっても、誰も教室を出ようとはしない。クラス委員二人がクジの箱を持って来てそれをわたしたちは引くことになっている。
 だから今日の部活は開始時間が遅い。けど勿論、行く。昨日があんなのだったから、まともな部活というのをやってみたい。あの画面を。西川はあの通りのやつだけど、腕は多分もの凄い。だからあの画面が見たい。
 すっきりしていたから、これから始まるお祭りの準備と、そして部活へとすでにこころは飛んでいた。
 だったのだけど。
 教室に戻って来たクラス委員の他に誰かが来た。
 運営の、夕べの電話のひと。
 それと何故か西川が。西川って合同になにか関係あるの?

 廊下側先頭の机の生徒から、順々にそのひとが持った箱からクジを引く。レディーファーストで阿っちゃんから。その場で開封、出た色を阿っちゃんが言う。それをそのひと、そして西川、皆に見せ、西川が作成した表に書き留めた。
 これの繰り返し。
 わたしのところへも来た。まっすぐ見ている。視線を合わせず引いた。白。
 そのひとも西川もすぐ次にクジを引く番の隣の人へ。赤。
 この席は一番後ろの席だから、前の席へと行くためそのひとも西川も踵を返す。
 ずっとうつむいたままだった。

四月十三日 金曜日 放課後 一年F組

「他のクラスに運営のやつなんて行くかな、トーコちゃん」
「……行かないと思う」

四月十三日 金曜日 放課後 希望種目記入

 組み分けを終えると即時全生徒が教室移動を行う。
 クラス委員は生徒会室へ前記一と二を持ち帰り、役員がそれをデータ入力にする。クジも種目記入も同時に行って差し支えなかったが、顔見せも兼ね、分けられた組で各々会合しリーダーを決定する。
 横島がすでにしていたように、役員は各自三の記入用紙作成をしている。各校全生徒会役員のトップ、運営陣はその会合に顔を出す必要はない。
 組み分けのデータ入力は希望競技のそれよりも単純であるから、早ければ三の記入用紙が集まる頃には入力は完了しおえている。和子などはその口である。
 A高は、遼太郎がその役割の主を担う予定であったが、役員に任せて出て行った。
 D高生徒会役員はデータ処理に明るい者がいない為、横島が自高生徒よりヘルプを出している。

 記入用紙の集計・入力自体は単純作業だ。だがその選別は各生徒の関心の的であり、決定者の責任は重い。和子か、斉志か。主導権争いである。
 どちらが選別作業をするとしても、ほぼ同じ内容のものに仕上げるだろう。だからその作業そのものでは競争をしない。その前の入力作業で勝負する。組み分けの入力など開始時刻前に済ませている、というのが前提となっている。
 それはともかく、事前打ち合わせもある。斉志には本来最初から生徒会室にいてもらわなくてはならない。
 選別作業を、役員は明日と明後日の二日間で行うものと思っていたが、運営、いや、斉志と遼太郎、和子は違う。今日中にデータを出し終えると決めており、明日の全員が揃う会議では単に顔合わせだけのつもりでいた。
 この三人以外の執行部の考える通り、各生徒への書類配付はいずれ来週月曜朝となるのでそこまで急ぐことはないかもしれない。しかし、今行っているこの作業行程はすべて翌年以降の参考とされる。チョモランマよりも高い三人のプライドは、急いで作業をしているという意識すらなかった。

 横島は、この時間となっても戻って来ない斉志と遼太郎に、組別会合に出ているのだと判断する。入力競争は開始時刻が決まっている。A高の生徒会役員は全員各自ノートパソコンを所有しているので、管内最高規模のA高生徒数分の処理といえども、組み分けだけならばそう遅くはならないことは分かっていた。よって、譲歩して、組別会合がおわるまでは斉志を待つことにして、役員に処理を急がせた。

四月十三日 木曜日 放課後 一年B組

 初めて入る教室はよその空間だった。教室のつくりが違う。
 選択教科で特殊教室へは来たことあるけど、新校舎二階の教室へは初めて来た。一階はどこもいい思い出がないので、なにかとても新鮮。
 もうハラは決まっていたから、結構余裕もあったと思う。

 B組へ着いて、室内を見渡すと環も真木もいない。たまきとまき……似ているな、なんてね。F組のひと達は、阿っちゃんも柊子ちゃんも隣の人もいない。とにかく知った人は誰もいなくて、いまの気分を合わせていっそ清々していた。
 各自めいめい好きな席に着く。元々B組の生徒で組み分けが白、というひとは自席もしくは後ろの席に着いていたようで、B組と教室が離れているF組のわたしやG組・H組の生徒は必然的に前の席を埋めることになる。
 一番前の、教卓から二席と離れていないところへ着席した。意外とこういうところは目立たないのだよ熊谷先生。その左隣は教卓直下、ど真ん前。誰も座りたがらないこの場所は、この場に先生がいなくてもやっぱり空いていた。そこへ躊躇いもなく座ったのは男子。

 全員座ったあたりを見計らって、目の前の教壇に上がった生徒がいた。コホンとせき払いをして話し出す。
「えー、荻原隼人、です。なぜかB組のクラス委員なんてやらされているもんで、不肖・俺が仮に話を進めます」
 要綱により、そう決まっているんだそうだ。
 とはいえこの場の雰囲気と我が校自慢の無気力主義によって、この人がA高白組一年のリーダーをやらされるに決まっている。
「話を始める前、最初にA高白組一年のリーダーを決めるってことになっているんだけど。ちなみ今ここには運営やっているやつ、まあ成田だけど、がいるんだけど、運営を抜けられないっていうんでこいつは除外。残念ながら。で、本題。誰に決めるか、だけど」
「あんたで決まりィ!」
 そう言ったのは最後尾に陣取る西川だった。いつの間に。あんたも白かい!
 と右から後ろを振り返ったら、B組にいる生徒全員が拍手喝采。ちなみに他のクラスでもほぼ同じようなタイミングで拍手が聞こえた。あ~ら~、みな似たような展開ですね?
「参ったなあ……」
 やっぱなあ、と目の前のリーダー君は言った。
 それから合同祭の説明が始まった。
「要綱に書いてあるけど、開催地はA高。開催日は五月三十一日から三日間。正門・裏門・通用門三つ全部使って朝全員が校庭に並んで開会式。そのあとは各々参加競技会場へ散ります。運動会のように、校庭へ椅子を並べて各組が座ることは物理上出来ません。けど陣地は必要です。白組一年はここ、B組となります。今後の自分達の集まりもここになる。なにかあったり、応援に行かないヒマなやつとか昼飯はここで食ったりして下さい。当日は他校の白組一年も来るんで仲良く。教室の椅子は全然足りないけど、まー適当に使ってチョーダイ。A高生は全員前の日死ぬ気で机の中を片しましょう。教室に全員一気に入らないから特殊教室も開放するってことだけど、競技参加中でなかったり敗退したとしてもなるべく他のヤツらの応援に行って上げて下さい。靴入れ持参。他のやつの持って行くなよ。進行は逐一校内放送で。ケータイサイト各種有りマス。二回の全体会合と、本番の合同祭中は生徒全員携帯遣い放題。競技参加場所へは時間厳守、遅れたら不戦敗。勝ったら次の時間に遅れんように。他校のヤツらが迷っていたらちゃんと道案内すること。生徒の自主的運営が大前提なんで死んでもいざこざ殴り合いは起こさないこと、起こしたら翌年以降その学校もろとも不参加だって。ナンパはほどほど、かつ真面目にすること。合同おわったらポイはなし。お友達希望者はガンガン番号を教えまくりましょう」
 などという説明中、皆がもう熟読している競技一覧から希望競技を渡された紙に記入する。競合を避ける為第三希望まで。かならずひとつはどれかの競技に参加しなくてはならない。希望者は三つまで出ることが出来る。なにが出るかお楽しみという競技への参加・不参加欄もあった。ラストには百メートル自己ベストタイムを嘘偽りなく記入する旨の欄が設けられており、余計なお世話と思いながら二十秒とイヤミたっぷり真面目に書いてやりましたよ!
「それでは書きながら簡潔に自己紹介を~。まず俺ね。えー1B、おぎわらはやと。まあー……楽しいお祭りみたいだしなんとかするわ」
 あとは阿っちゃんの時と同じように、わたしから向かって右最前列のひとから挨拶する。わあわあ、いろんな組のひとがいるのね~~! など場違いな感動を抱きつつ、わたしの番が来たので簡潔に。1F、さいとううめこ。えーっとよろしくお願いします。
 これ以降も自己紹介の続くうち、知っている人がいることはいた。そいつの名は西川。ってアレ?? 西川?? こいつ三年生じゃないの???
「1E、西川遼太郎、六中の時バスケをやっていたんでそれに出る、ヨロシク!」
 いちねん!? タメかい!! あんにゃろうよくもよくもエラそうに!! 部の先輩より偉そうにしやがって!
 ひとり憤慨遣る瀬無いわたしの左隣のひとが西川のあとに自己紹介をした。
「1C、成田斉志」
 ……。
「それではまあ、書いたと思うんで後ろから集めてー」
 わたしがこの列全員分を託され、目の前の教卓上に置いた。左隣のひとも。
 自己紹介がおわって、あと少しまたお話。それがおわると解散。めいめいB組から出て行った。あとは部活なり帰宅部なり。
 なので。左隣のひとの
「待て」
 の言葉に、わたしはパブロフの犬のように硬直した。

四月十三日 金曜日 放課後 1B

 西川は集まった白組の希望用紙をリーダー君と一緒に持って教室を出て行った。
 わたしはひとり、いやふたりで知らぬ教室に残されたことになる。
「梅子。今日、どうした」
「……え」
「F組にいなかったろう。休憩時間全部行った。昼も。いなかった。午後は保健室へ行ったって?」
「あ、……具合、わるくて」
「……」
「……」
「梅子」
「……はい」
「明日時間あるか。逢おう」
 明日は土曜日、学校は休み。この口調からいくと多分今日いまからもう、運営のメンバーはなにかあるんだ。
「いえ、都合が」
 みんなと遊びに行くことになっている。
「日曜は」
 確か熊谷先生の手伝いだ。
「……」
 それきり、成田くんは黙った。お互い見向きもしない会話だった。
「怒っているのか」
「え」
「昨日。電話切り際、元気なかった」
「……いえ」
 あなたにお似合いの相手を思い出しただけ。それが誰だかよく分かった。
 また、成田くんは黙る。
 逃げてもしょうがないけど……けど逃げたい。また次も逃げまどうしかないとしても、この場を今すぐ出たかった。
 わたしなんか必要ない。
 もう早く帰りたかった。あ、そうだ、そう、部活。
 立ち上がって、
「あの、じゃこれで」
 と言い教室前扉から出ようとした。
 そしたら右腕を掴まれ、振り向かされ、キスされて、
「梅子。好きだ」
 告白された。

四月十三日 金曜日 放課後 1B

 顔が迫って来た時、自然と目を閉じていた。頭も体も逃げたいけど、とても動けなかった。頭の後ろをおっきな手で支えられ、逃げ切れない。ただ現実に目を瞑っただけだった。
 好きだと、何度も言われた。
 ドキドキは、くろくなった。わたしは真っ黒になった。
「いやです」
 言うと相手はハっとしたように離れた。
「いやです──きらいです──もう関わらないで」
 離された右腕、あたま。からだ。こころ。
 一目散に新校舎二階を降りた。

四月十三日 金曜日 放課後 新校舎

 渡り廊下まで渡ったところで、あ・部活、と思い直す。一旦、頭を左右に振った。
 今日は西川より早く部室へ入れるかもしれない。その場でとって返すと、1D向い、図書室隣のマイコン部の扉を開けた。
 案の定、誰もいない。
 西川も運営に関わっているんだろうか。初耳だけど、やつの腕前からしてデータ処理あたりで作業を手伝っているのかも知れない。
 わたしは西川使用のパソコンを触ることは許されていない。その脇にある、机の上の本をぱらぱらとめくる。
 すると、廊下を携帯で会話しながらドカドカと歩いて近付く気配がする。振り返ると、西川が電話を耳に当てながら入室して来た。
「一旦切る」
 と言って携帯を切った西川はわたしに
「なにをしている」
 と言った。
 いまは誰の顔も見たくなかった。詰め襟を一瞥して視線をモニターに彷徨わせながら言った。
「なにって、部活。……ところで……西川、運営のなにかに関わっているの?」
「ああ、俺ァ運営の下働きだ」
 そうなんだ。
「この部って土日は?」
「ああ? ンなもん無ェ」
 じゃあ明日の予定は言わなくてもいいな。そう思った時、なにか音がした。……声?
「うわ!!」
 突然絶叫しないでよ。びっくりした。
 マイコン部の室内は図書室の蔵書が詰まっている。別に部室用の部屋でもなんでもない。北向きにあるガラス戸から採光されていて、その隣、奥にはもう一つ部屋があるけどこれはマイコン部では使用していない。
 と思っていたのだけど、音はそっちの方からしたような。
「テメェもう帰れ」
「へ?? さっき来たばっかりだってば部室。なにもしていないって!」
「俺ァ忙しい。文句を言わずにとっとと帰れ」
 うううーーーー同じ学年のくせに!
 しかしわたしは、失礼します、と言うだけ一礼してさっさと出た。何事も詮索は無用である。
 扉を閉めた後、残った西川がどこぞへ電話していたとか、相手が電話に出ないのでなぜか新校舎二階に駆け上がった、などわたしは知らない。