四月十一日 水曜日 早朝

 普段より、ううん、多分学校と名の付くものへ一番早く向った。父ちゃんも母ちゃんも驚いていたようだけど、昨日友達出来たから、心機一転! そう言って家を出て来た。
 昨日の放課後、みんなにあんな酷いこと言ったのに、誰もそれを責めなかった。なにもないわたしに、いいクラス。ちょっと……それこそ照れるかもしれないけれど。
 いつもより早い朝の空気は気持ちよかった。わたしの為に、朝から環に時間を取らせてはいけないと思ってずっと遅刻ギリギリだった登校時間。こんなに風が気持ちいいなら早朝登校というのもいいな。そんな爽やか気分で正門へ到着し、自転車置き場に自転車を停めるとわたしに話し掛けてくるひとがいた。
「ちょっと、いい?」
 そのひとは同じクラスの、入学式のお昼に少しだけ話をしたひと。
 阿部さんだった。

「一昨日は、ごめんなさい!!」
 そう言って、阿部さんは深々と頭を下げた。
「……」
「昨日も。私、あの騒ぎの時、やっぱり斉藤さんがあの二人を邪魔していたのかって思った。だから止めようとも思わなかった」
「……」
「喋ることなにもないって斉藤さん、言ったよね。実際入学式のとき、私には斉藤さん、なにも言わなかった。どうして言ってくれないの、知っているくせに。そうも思った」
「……阿部さん」
「ごめんなさい。あれは斉藤さん、西園寺さんを守る為だったんだよね。私、なにも考えていなかった」
「阿部さん。もういいから。ちゃんと一昨日あやまってもらったし。だからもういいよ」
「そう?」
「うん」
「じゃあ、ウメコさんって呼んでいい?」
「へ」
「私のことは阿っちゃん、って呼んで」
「……阿、っちゃん」
「そう。阿部時子の阿っちゃんです! あのねウメコさん、私中学の時バレー部だったんだ」
「そうなんだ。あ、わたしもそう。バレー部だった。あの……ヘタだけど」
「そう? 私、まだ部活決めていないんだ。高校まで来てやる気なくて。けど、入ってもいいかな?」
「もちろん! あ、あの阿っちゃん! 運動部をやるなら早い方がいいよ、朝練とかあるでしょう?」
 そう、運動部へは出来るだけ早く入部しなくちゃいけない。昨日相馬くんが野球部さぼって来たなんて言っていたけど、そんなの普通なら考えられない。実際、いまこの自転車置き場の隣ではもうサッカー部がこんなに朝早くから練習していた。
「よし決めた! じゃ、行ってくるねウメコさん!」
「うん!」
 阿部さん……阿っちゃんはバレー部がある第二体育館へ駆け出した。その後ろ姿、走り去る姿は躍動感そのもの、そんな感じだった。
 なんか、いいな。
 そうだ、わたしも部活どこか決めなくちゃいけない。今日は店には行かないでクラブめぐりしよう。

 って。その前に行く所があるの。
 生徒指導室へ向う。実はここは、放課後囲碁とか将棋とかの部活に使用されるらしいのだけど、当然わたしはそんなの出来ない。出来たらここの部に入るんだけどな、だってもうお馴染みさんだし。

四月十一日 水曜日 早朝 A高一年F組

 A高旧校舎二階。中央階段隣、一年F組。
 昨日起こった騒動の発端地たるここへ、席を有する四十名の内かなりの人数が集結していた。
 昨日の騒動、およびその後の未知なる行事の話は最早管内一円を駆け巡っている。そして今日、その結果が出ることもまた、噂ではなく実際にその目で見、その耳で聞くことになる。
 集まった者達の内、ツンツン頭の男子生徒が口を開いた。
「大体これで集まったな」
「もう始めるべ」
「ああ。こうして朝もハヨからこそこそ集まってもらったのは他でもねえ。昨日の件だ」
『ああ』
 ツンツン頭の男子生徒の言葉に、その周囲にいた全員があうんの呼吸で反応した。
「聞いたか」
「聞いた」
「あたしも」
「俺も」
「俺サッカー部なんだが、先輩同級生にちっと今日の朝は、つったらさっさと納得された」
「あたしも。そういう理由だったら朝練はいいから行けって」
「私も。ただし今日でちゃんとして来いって」
「俺まだ部活決めてねえ」
「私も」
「それはいいさ」
「まず、俺達は昨日全員止められなかった。同罪だ」
『ああ』
 ツンツン頭の男子生徒の言に、皆一様に頷いた。
「誤解もした」
「そう」
「あの後の副担の授業。言い方、あれはいくらなんでもだった」
「昨日もさぼって今日もこれか、成績は足切り運動神経なんざ酷いもんだ、あんなのは退学にしてやる? ……なんて言い方だよ、自分のクラスの生徒に向かって」
「実際どのくらいかなんて知らないけど、そういうのさ、生徒って人のこと言えないよ絶対」
「それをさ」
「生徒の前で先生があんな風に言うなんて、ねえ……」
「俺あんなのクラスのやつらがいる前で先生に言われたりしたら、もう学校来れないぜ」
「もし副担の言う通りだってさあ」
「そんなやつが大秀才と大美人の仲、邪魔なんか出来るわけねえよ……」
「それ分かってて、なおなにもしなかった」
「そう」
「体育館から帰って、放課後のあの時、謝るタイミングがあったのに」
「なにを言ったらいいか分からなかった」
「今朝はまだ来てねえが、小松に助けられたな」
「坂崎にもな」
「坂崎と言えば」
「ああ。やつだけ一人即行動。しかもあの、あの成田のところまで直接行って誤解を解いた」
「大したもんだ」
「出来ないよ」
「どう考えても小松にああなのにな」
「潔いよね」
「ああ」
「うん」
「でも、あれが大嘘だって耳に入って来たのに」
「俺達全員揃って誤解続行中」
「これは同罪だ。誰がどうのってわけじゃねえ」
「そうだけど……」
「あのD高の生徒会長の演説。最初のほうにちっとだけ斉藤のことを言っていたが」
「斉藤がしたのはあんなもんじゃなかった」
「D高へ行って?」
「殴り込んだやつを送って庇って?」
「ひとりで解決して?」
「それ見たD高のやつらは感動して一階の生徒、つまり俺達とタメのやつらほとんど全員教室を出て斉藤を庇ってA高まで逃がした」
「斉藤とサシで話したD高の生徒会長はあの行事その場で思いついてA高まですっ飛んで来て」
「あの演説をした。斉藤のことを考えて、名前は出さずに最初の方だけちらっと、けど俺達には分かるように言った」
「あたしその話、聞いたのD高じゃなくてC高の人からだったよ」
「B高のもE高のも知っていたぜ」
「メールで何通も回って来ていた」
「あたしはD高の友達から聞いた」
「俺もそう。電話でさ、コーフンして喋っていた」
「やるじゃんとか言って」
「その目で見たんだもんな、D高の連中」
「それに較べてあたし達」
「見もしないのに誤解したな」
「あたしもあの噂は知っていた」
「あの時斉藤さん、最初なにも言わなかったでしょ。だから、……ああ本当なんだ、ひどい、って思った」
「俺もだ」
「私も」
「あたしなんか、実際口に出して言った」
「私も」
「俺も」
「もう止せ。思っていても知っていても言っても同罪に変わりはねえ」
『そうだな』
 ツンツン頭の生徒の言葉に、またしても皆一様に頷く。
「あの演説の話、昨日中に管内の高校全部にD高の生徒会長が電話したって聞いたか?」
「聞いた」
「今日中に実際回るんでしょ、全部」
「そうだと」
「仕掛け、成田君だって」
「やっぱり?」
「そうだって」
「全部やるってさ」
「それも聞いた」
「ただの秀才じゃないっても聞いていたけどな」
「結局斉藤さんとは全然関係ないんでしょう」
「まるで関係ないとさ」
「なんかちょっと因縁感じる」
「あの時校内放送で名前、呼ばれていたよね」
「最初に成田に話が行ってなきゃ、どうなっていたか分からないってな」
「だから六限目の授業を潰せってことになったと」
「じゃなきゃ演説なんて聞けなかった」
「凄えよ」
「大したもんだ」
「俺達もなにかしようぜ」
「うん、そう」
「結局昨日ワビ入れもしないで帰っちまったからな」
「タイミングあったのにな」
「西園寺さん、偉かったよね」
「ああ、あの美人な」
「あの人、……なんかもうあんまり言いたくないけど、いい噂ない人だったよね」
「ちょっとね」
「止そうぜそれも」
「うん、もう分かったよさすがに。確かに凄い美人で、……嫉んでいたけど、潔かった」
「ああ」
「あたしら、やっぱ斉藤さんにさ」
「ちょーっと待った」
「さ、坂崎!?」
 この場の三十数名は円陣を組んでいたので、前扉や後ろ扉には気が行っていなかった。そこを昨日大活躍の男子生徒、坂崎が小松を伴ってやって来た。
「へー、みんなして昨日の反省会をやっていたんだ。いつの間に」
「ちょっと、今頃来ちゃったよ私達。教えてよー」
 小松が、みんなをちょっと恨むような言い方をした。
「お前達昨日ちゃんとやることやったじゃん」
「そうそう」
「そんなことないけど……。あ、それでなにかやるの?」
「いやーその、全員で斉藤が来たらそれこそゴメンナサイと」
「それしかないよな」
「こんなのは全員でやるもんだろ」
「そうだ。で、待ったってなにをだ坂崎」
 ツンツン頭の男子生徒が坂崎に問いかけた。
「昨日言っていたじゃん、フツーがなんとかって。それでもういいんじゃないの」
『え』
「もういいって」
「そうはいかないでしょ」
「そうだよ」
「確かに斉藤はああ言っていたけど、みんなももう分かってっと思うけど、ありゃ俺達に気を遣って言っただけだろ。今度はキツくなく」
「そうよ」
「それでつい俺達……」
「あの場をごまかしちゃった」
「いいよもう、みんなで謝ろう」
「ほんじゃまた一対多人数、なんてやんの? 昨日そればっかだったんじゃない? 多分」
『……』
 坂崎の言葉に、円陣を組んでいた三十数名はピタリと黙った。実際、梅子は昨日そればかりだった。
「もういいって言ってんだ。いいんじゃない?」
「おっはよー! ってあれ、みんななにをやっているの」
 阿部である。部活へ入部・即朝練をおえてF組へとやって来たのだ。
「ああ、阿部さん。実はね」
「斉藤さんのことでちょっと」
「ウメコさん? まだ来ていないの?」
『え』
「随分早い時間に自転車置き場にいたよ。あたし朝イチで謝った」
『えーーー!?』
 坂崎も含めて、みんな恨めしそうに声を合わせて阿部に言った。
「えーって、こんなの速攻の方がいいでしょ。それにあたし、入学式の日も実はやちゃったから」
「え、なにを?」
「ここに今いない人達とウメコさんを廊下に連れ出して、西園寺さんって、ほら昨日来た美人の、あの人とのことをお昼に訊いたんだ。時間なかったけど、訊きたくて。でもその時誰かがウメコさんのことを新校舎まで襟首を掴んで連れて行って、それでウメコさんはあの日午後授業をさぼらされたの」
『……』
 この場の三十数名は、一昨日梅子は単にさぼったのだと思っていた。それが違っていたという。全員黙ってしまった。
「あれ、あたしのせい。あたしが悪いんだ」
「襟首? 誰?」
「それはちょっと分からなかった。あっという間で。当のウメコさんも分からなかったみたい」
「斉藤来ないぞ」
「まさか今廊下にいて教室に入って来れねえとか……」
『え』
「俺見てくる! ……や、いないな」
 とある男子生徒が前扉に駆け寄って、そっと顔を出す。梅子の姿は見つけられなかったようだ。
「そうか。よ、よかった」
「立ち番しとく」
 前扉にいた男子生徒がそのままその場に留まった。
「おう、頼ま」
「おかしいな、ウメコさん確かにあんな時間に自転車置き場に……」
「処分喰らったな」
 坂崎がボソっと呟く。
『え?』
 その場の皆が鋭く訊き返す。
「昨日の副担の言い様聞いたろ。この学校、かなり厳しいぜ。速攻で処分を喰らったんだ。早朝からなにかさせられているんじゃない?」
『……』
 坂崎の言に、また皆一様に押し黙った。その通りと思ったからだ。
「そんな!」
 阿部は反論の声を上げる。だが坂崎が遮った。
「その上、さらに俺達だけすっきりすんの? ワビなんてさ、言った方だけセーセーする時ってあるじゃん。そしたら後はもう知ーらない、ってか?」
『……』
「全員に声揃えてワビ入れられてさ。その後どうすんのかな一人で。畏縮するんじゃない?」
『……』
 三十数名は坂崎の言葉に誰一人言い返せない。
「だからフツーに、って言ったんだ。あれはあれで正しいぜ」
「すごいね、坂崎君。その通りだよ」
「トーコちゃんほどじゃないけど。昨日トーコちゃん、ひとりでちゃんと話付けたじゃん」
「付けたって言うか、……ねえ」
「よし分かった。坂崎、小松。悪いけど俺達、あんたらに便乗させてもらう。みんな、そうすんべ」
 ツンツン頭の男子生徒が言った。
『……けどさ……』
「今も来ないとすると、坂崎の言う通り間違いなく処分を喰らっている。この上は斉藤の言う通り、フツーにすることぐらいしか出来ねえ。D高のやつらとか成田みたいなことも出来ねえ。だったらやれることやろうぜ」
「やれることって、それじゃなにもしないってだけじゃん」
「多分さ。斉藤のことを知りたくてまた教室に来るやつ、いるんじゃねえかと思うんだ。せめてそいつらからはなんとか防いでやろうじゃねえか」
「おー。いいこと言うじゃん井上」
 ツンツン頭の男子生徒は、そう言われてちょっと照れた。
「他を思い付かねえだけなんだけどな」
「いいのかな……」
「いいんだ、そうしよう」
「よし。じゃああたし前扉側を担当するよ。席一番前だし」
「いいぞ阿部」
「あ、じゃあ私、斉藤さんが来たら訊いてみる。今朝どうしたの、って」
「偉い小松さん!」
「だって私、席一番近かったのに止められなくて」
「トーコちゃん、もうそれは言いっこなし」
「うん……」
「よし決まり。俺達もやることやろうぜ。詮索はしない、そういうやつらは追っ払う、あとフツー。いいな」
 ツンツン頭の男子生徒がその場を総括した。
『了解』
 その場にいる三十数名、全員が声を揃えた。
「結構このクラスって団結力っていうか、あるよね……」
「あんなことをやっちまったけどな」
「まあ、これもフツーのうちに入れていいんじゃねえの?」
「だな。なんかあったらまた集まろうや」
「いいねー」
「来たぞ!」
 前扉に張り付いていた男子生徒が小声で鋭く叫んだ。誰かが時計を見て言った。
「遅刻ギリギリじゃん……」