プロポーズをした。
「……え!?」
 目をカっと見開かれ驚かれた。そんなん有り得ねえっつーカンジ? 言った俺ってなんですか?
「あ……あ、……の」
 言われた相手、俺のカノジョは、慌てふためき目は泳ぎ、取りも直さず荷物をかき集め、つんのめった足取りで、六畳一間な築三十年の、住んで十二年な俺のアパートを出て行った。
 俺ボーゼン。
 っつーか。なに? 俺もいい歳なんで? 付き合って三年だし? そりゃアレは夕べがお初だが。だから勢いっつーか。
 っつーか。
 俺フられっぱ?
 ……。
「っっっじゃねえ!!」
 追い掛けた。鍵も掛けないで出て行かれた、今時縦穴の鍵の玄関ドア開けて、サンダル突っ掛けて外に出たが、キンキンに凍える一月は風諸共寒かった。
 いやしねえ。街灯に照らされたショボい公園、いつもの道。人の気配なし。
 慌てて家に戻ってケータイを引っ掴む。掛けた。
 したら、話し中を意味する“プー、プー、プー”
 ひょっとして。これが噂に聞く着信拒否?
 そんっっっっっっなに夕べヘタクソだったか。っつーかなに、夕べのうちにフられっぱ決定? 本日はお断りにおいでだった?
 ……全っっっ然納得出来ねえし。
 アタマ来たからサイフを引っ掴んで、靴を履き替えてアパートをおん出た。一路駅へ。
(まだ)(な筈)カノジョんちは一応都内だが、俺北の果て、カノジョ南の果て、片道二時間。いい加減越してくれっつったけど……そういや一度も首振ってくれなかった。
 もーあの時点でこーゆーふーになるって言ってたってことか? じゃなに、夕べのアレって想い出ってやつか最後のってやつか?
 俺アタマ来た。んで発券所行った、走って。
 したら目の前でこの瞬間、本日終了。
 ……。
 俺ボーゼン。
 したらあっちゅー間に駅内人マバラ。ボーっとしたら段々、俺だけになって行く。
 ……ジョーダン。
 足が意識より先に向いた、外のタクシー乗り場に。運ちゃんは待ってましたとばかりに扉を開けた、そりゃそうだよな、俺みてーな終電逃した間抜けをお待ちだ、さすがだぜプロさんよ。
 しゃーねーから乗って言った。カノジョの住所。
「あんちゃんそりゃないよ。明日にしなって悪いこと言わないからさあ」
 いいから出せっつった、サイフの五諭吉引っ張り出して。
「悪いけど倍掛かるよ? いいから明日にしなって」
 ジョーダン。倍?
「見たとこ愛欲のもつれだろ? 悪いけどさあ、こっちもこの道長いのよ。この時間でそれだと、追い掛けてもいいことないって。諦めな」
 諭吉をもう五人追加、ドンガリ置いた。運ちゃんは黙って発車させた。いいノリだぜプロさんよ。
 タクシーに乗ると時間の感覚が変わる、と誰かが言った。
「分かったよあんちゃん」
 一時間も走らせて、んでも俺の切羽詰まったツラが変わんねーのを見て、運ちゃんは口を開いた。
「十万超えたらメーター止めるから。上手く行くといいなあ。あ、会社にゃ黙っててちょうだいよ」
 任しとき。
 っつったはいいが、思ったより早めにメーターは諭吉十人分をあっさり超えた。別に信号にばっか引っかかったわけじゃない、ノンビリなスピードでだったわけじゃない、よく見る「客を降ろしてからのタクシーは爆走」モードで連れてってくれたのに。
 なもんだから、カノジョにしたってほとんど同条件で、ひょっとしたら俺のように目の前で発券機が止まった=あの駅構内にいたかもしれない、っつー、ちょっと考えりゃ分かることにアタマ巡らせられなかった。
 もう時間を気にするのは止めてしばらくして、目的地到着。運ちゃんにありったけ感謝、運ちゃん涙目。だろうなあ。実に済まねえっス。
 ペコペコ頭下げた後、なけなしの激励を受けて、カノジョのアパートに殴り込んだ。コの字型のアパート、建物ひとつに部屋は四つだけ、お互い一間の、
 ……灯り点いてねえし。
 いやいや待て待て、寝てるんだ。そーに違いねー。
 呼び鈴鳴らす。……そういや鍵渡してくれなかった……もーあの時点で俺要らないモード発動だって気付けってか?
 鳴らしても出ない。俺焦る。ケータイ掛ける、出ない続行。
 時間は日付を超えている。
 俺考える、連絡先。カノジョの親……って、まず言うこと言ってから訊くもんだろこーゆーことは、っつって後回しにしてた……俺後悔。カノジョのダチ……知らねえって。知ってても時間が時間、出ちゃくれね。
 俺はここまでバカなんで。……そうだ。
「カトー!!」
 悪友バカ友Motherfucker、カトーの野郎に電話する。出ろあのバカ野郎、俺と同じでバカしか自慢になるものねえ、
「っつーかんな時間に掛けて来んなMotherfucker!」
 よし出た、出りゃいいんだ。
「カノジョに逃げられた!!」
「バッキャローーーーー!!」
 怒鳴り合いのやり取りして、
「このクソが、だったらカノジョも終電逃した可能性高え! 家に帰ってねーんなら、サイアクお前んちの近所で行く先なくてオロオロしてんぞ!」
「なんでんなこと先に言わねえんだ!!」
You nahmsayin'?
I'm sick of you!
 でまたやり取りして、
「こっち戻れAsshole!
「金使い果たした!」
「カードは!?」
「限度額超え過ぎ! どーすりゃいい!!」
Uveane!
「俺考えたっていい案浮かばねえから怒鳴ってんだよ!」
「クッソーしゃあねえ、貸してやっから俺んちまで来い!」
「ワリ、多分諭吉十五人前だ、あっか?」
「ふぁっきゅーーーーー!!!!」
 現実問題として、お互い十五人前はねえ。だもんで、比較的俺んちに近い所に住んでいるカトーの野郎がチャリンコで俺んち周辺を探して、俺がカノジョ周辺を探すっつー、ごくまっとうな結論に至った。至りゃいいんだ至りゃ。
 ったって、カノジョ目当てでしか来ねえヨソんち。ウロつくものの、どこ歩いてるか分かんねーし。こーゆー時は現代の利器に感謝、周辺情報を仕入れて、一夜を明かせそうな場所を探した。そこに顔出して、いないと分かったらアパートに逆戻りして呼び鈴鳴らしてケータイ鳴らして、カトーの野郎と連絡取る。誰だニッポンが狭えっつったの、ありゃ嘘だ。
 誰だ明けガラスなんつったの。マジいんのな黒い鳥……。
「いたかカトー……」
「いねえクソ……っつーかオイ、ナニやらかした……」
「……えー。武士の情けで訊かないでくれ」
「ここまで来りゃ情けはねえ。で」
「……プロポーズしたら“そんな言葉がこの世にあったの!?”って顔されて逃げられた……いい、スラングなしで頼んます……」
「じゃー大日本帝國語で言ってやる。間抜け野郎」
「……キッツー……」
「で。問題は、オメーのカノジョもこうやって、どっかで明けガラス眺めて聞ーてんだよ。俺らはいーけど、オンナにそりゃねーだろ。っつーか寒過ぎ。……待てよ」
「んだ」
「現実問題として……今真冬。外にいるとは考え辛い」
「ホテル全滅っつったろ、個人情報がどーたらで宿泊客の名前なんて」
「俺のステキな男のカンで、嫌いな野郎に振って沸いたようにプロポーズされた後、優雅にホテル泊まりは考え辛い」
「……キッツー……」
「慌てたっつったな、なら尚更。……そっちにゃいねえ、……んでも帰る先は……いい、オメー、カノジョのアパート前で座ってろ。ウロついたってしょうがねえ。カノジョはまさか、近場で金払って泊まるワキャねーしな」
「……俺張ってるって分かってっから帰り辛えーんじゃあ……」
「それもあっけど、俺の推理だとこっちにいる。だが始発の時間になれば移動する可能性大だ、そーだろ」
「……頼んます」
「お礼は十五人前で」
「あのーカトーさぁん? 俺さっき現金使い果たしてカードも果て済みって言いましたよぉ?」
「あっそぉ。いーの? んじゃ僕帰るよ」
「……十五てん一人前差し上げまする……」
「バーカケーチクソッタレ。お前自身がデーベーソ」
「……あんがと……」
 とぼとぼ道を辿って、カノジョんちへ。この未明、何度も上り下がりした階段をカンカン、二階右のカノジョ玄関前に座った。つめてー、誰だ石の上にも三年つったの。っつーか三年も座ってんな、その間出来ることあんだろ。
 あー……。
 ……ハラ減った……。
 あいつも……いやいや、どっかに泊まって食ってんだろ。
 なんかさ。
 こんな歳の野郎がよ。所帯持つべって、決めた切っ掛け。
 ありがちでスマン、台所でエプロン姿で飯作ってくれたからだった。だから言った、キミのミソ・スープを一生戴きたい。
 ……したら逃げられた……
 あーああ。

 所変わってカトーの野郎は、ダチのアパートから1kmほど離れたネットカフェに入ってみた。女の足でこの距離は結構歩いたということになる。
 カトーはダチのカノジョのツラを一度しか見ていない。果無げで、ゆるメのウェーブなロング。清楚っぽで、あの野郎にゃ勿体ねー、これが印象。あの髪型の女性を捜す。
 はー、ここもいねえか。っつーかなんで俺まで明けガラス?
 そう思っていたら。
「済みません、時間延長したいんですけど」
 妙齢の女が延長っつったらラブホだな。
 なーんてそっちを振り向くと。
「……めーっけ!」
 こうしてカトーはカノジョを発見した。

 そうとも知らず、俺はうなだれたまま、一向にあったかくなんねえ玄関のコンクリに座っていた。つか寒い。つかハラ減った、眠い。あーこれって凍死三条件満たしてます?
 眠いから、無理あり過ぎな姿勢のまま、うつらうつら。首いてーけど、もーんなこと言ってらんなかった。なにせ知らねえ道うろつきまくって疲れて……
 あっちの川が見える頃、
「……あの」
 って声がした。これがまたカワイーのなんのって、痛がってたけどさいごにゃちゃんと啼いてくれて、
 ……って……
「若菜!!」
 目の前にカノジョがいた、心配そーに俺を見て。んだから立ち上がってガバ抱き締めた。
「……あったけー……!!」
 んでやっけー、なんでこれで歩けてんのオンナって。白いし。なめらか。付き合って三年イコール三年してねー、俺も男だ辛かった。目の前にいんのに。
 今やっと、目の前にいっから、クチビル奪った。夕べっつーか一昨日か、いーや面倒くせえ、とにかく、あの時のように。
 若菜は驚いてた。……って、そーいや。
 おそるおそる舌を解いて、んでも抱き締め続行で、
「……っつーか……」
 瞳を合わせると、途端に若菜は顔真っ赤にして、羞恥ですって顔して下向いた。
 そりゃねーじゃん俺のカノジョ。っつーかカノジョだよな、まだっつーか。
「……ご、ご、……ごめん、なさい……」
 ちっけえんだ声、これが。蚊の鳴くような声で。これがいつも。根本的にキョドリでさ。
 んで、俺も男だからカン働かせて。
 さんきゅ〜カトー。んでも礼は後でな、精神的に返すとでも言っとくか。
「えー。若菜。いーか、これから先、全部うんって答えんだ。いーな」
「……うん」
 ギュー抱き締めて。恥ずくて滅多にやらん、耳元で囁く。
「俺と結婚すること。いーな」
「……うん」
 おし。
「っつーか、ゆんべが初めてですね若菜さん」
「……うん」
「い、……痛かった?」
「……うん」
「で……逃げたの? やだっつったの?」
 返事なし。やだ、じゃねーらしい。
「じゃ若菜の思考回路エスパーして……えー。逃げた理由……なんだべ。いきなり、だったから?」
「……うん」
 そっかそっか。やっぱミソ・スープはねえかイキナリ。じゃ無難なところで山田若菜になれ、がよかったか?
「えー。なにがいきなりと思った? セックス?」
「……うん」
「ひょっとして、……じゃプロポーズもいきなりって思った?」
「……うん」
「これでも俺、若菜と三年付き合ったんだけど。三十越してますし俺。いい加減ハラ括ったんスけど」
「……うん」
「っつーか雰囲気で分かれ」
「……うん」
「で。分かった所で。いーなケッコン」
「……うん」
 おし。
「じゃー。……俺も男なので。体位変えさせてくれたっていいだろ」
「……う、う……。……うん」
 おしおし。
「恥ずくねえって」
「……うー。うー。……うん」
 抗議してー気満点、んでもうんって言うカノジョ。
「あー。んでな。ご両親にご挨拶、っつーやつ。かましたいので。後で連絡先教えて」
「……うん」
「悪いけどね。共稼ぎだからしばらく。んでも俺んち引っ越してよいい加減」
「……うん」
「どこいたの。ホテル?」
 返事なし。
「そんな金、持ってねーよな。持ってても無駄遣い嫌いだし若菜」
「……うん」
 だよな。なのに養って上げますと言えない俺って万年下っ端小役人。
「まあいい。詳細は若菜抱いた後訊くとして。
 抱くから。いーよな」
「……うー。うー」
「観念しろ」
「……うん」
「ヘタか俺」
 返事なし。さすが若菜、分かってらっしゃる。
「んじゃいーだろ。三年も逃げやがって。さらには求婚まで逃げくさって。怒ったもんね俺」
「……うん」
「男の夢とゆーものを叶えさせて貰いますよ俺。いーな」
「うー、うー! ……うん」
「おっしゃご理解頂けた所で。Creampieとかいーよな」
「……?」
 意味不明モードな若菜。
「うんは?」
 返事なし。
「んじゃ遠慮なくBombay rollもだな」
 返事なし。
「うんって言わないと俺ナニするか分からないよ?」
「……う、う、うん!」
「You've got a nice set of tits」
「……は?」
「若菜のオッパイ大好きっつったの。うんは?」
「う!? う……ぅん……」
Give me a head. うんって言った方がいいよ?」
「……うん……」
 若菜涙目。
Eat my pussy. 以下ドーブン」
「……うん……」
 蚊の泣くよーな声がまたソソる。
「さらにどうしてくれちゃおう。逃げられ男だもんな俺。んなことした日にゃこーなるって、教えてやんなきゃねえ。うんだぞ」
「……うん……」
 諦め若菜。
「俺がスキ?」
「……うん」
「それも聞いてねーし」
「……うん」
「俺もスキ」
「……うん」
「いっつも逃げモードだったのはなんで? 俺が怖いとか」
「……うん」
「野郎慣れしてないから?」
「……うん」
「俺もそんな、慣れてるワケじゃない。多少若菜よか重い物が運べるだけ、受け入れてくれっかって想うと怖いよ。若菜もだよな」
「……うん」
「受けて上げっから。受け入れて」
「……うん」
「っつーかこれ最初に言えってんだな」
「……うん」
「それにうん言うか」
「……うん」
「んでも付き合ってって言ったらうんって言ってくれただろ」
「……うん」
「っつーことは、夕べみたいな営みしてもいーですかって言ったも同文なのよ。分かって下さい男心。ケッコーつーかかなり脆いのよコレが」
「……うん」
「大事にしてよ」
「……うん」
「我慢したのよ。辛かったのよ営めなくて三年間。溜まったからさ。多少ゴーイン系だけどさ俺って知っての通り。受けてよ」
「……うん」
「旅行の希望ないんだったらさ。金ないので、草津の温泉二泊三日で勘弁して」
「……うん」
「金はたからないようにする。んでも俺って浪費家だから、通帳預けっから管理して。苦手なのよ家計簿とか」
「……うん」
「お小遣いはチョーダイ」
「……うん」
「五万くらいでどう?」
 なんでそこで返事なしですか。
「……ケチ。四万八千円でどう?」
 返事してよ。
「そりゃ若菜の方が年下でも高給取りだけど……んでもいーじゃん。男には付き合いっつーもんがあるのよ。ハイ煙草止めます分かってます。なにせ子供出来っからな近い将来」
「……うん」
「覚悟出来てる?」
「うん」
 おし。
「じゃ五万で」
 プイとそっぽ向かないでよ。
「……まさか若菜、俺の飲む打つ食う癖がヤで逃げたとか……」
「うん!!!」
 ……がーっくり……
「んでもケッコンしてくれるよな……そっぽ向くな!!」
「うん!!!」
 おし。
「五万、これは譲らん! プイじゃねえ!!」
「うん!」
「どっちだ!」
「うん!」
「俺がスキだな!?」
「うん!!」
「だったらいいだろ!!」

 蚊の鳴くような声の若菜さんは。
 以降、「うん」と言う時だけ、声がでかくなった。
 ……ああ、もう一つあったな。
「ぁ……っ、あっ……」
 いや。営みの時も、大人しいか。