3

 ショートした素子。返事はなく、抱きしめてもそのまま。
 圭佑は素子にもうこれ以上寒い思いをさせたくなくて、自宅に上げることにした。ひとまず素子を担いで玄関を片手で器用に開け、寝室に横たえて掛けふとんを。暖房を点けてから一旦家を出て、起きっぱなしの荷物を拾い、また家に戻った。
 つい、また急いてしまった。キスひとつで驚いていたのに今度はプロポーズだ。
「……勢いで言ったわけじゃない」
 言い訳とも独り言とも取れるようなつぶやきをして、料理を開始することにした。今どきの若者に、女は家事・男は仕事と前時代めいたことを言っても通じない。圭佑とてそう思っていない。とにかく、まずはこちらから先にやることだ。仕事と同じ。
 スーパーには大抵のものが売ってある。独り者用に小分けにされたものも売ってある。圭佑は滅多にそういうものを買わず、まとめ買いをしてさいごには捨てている。顧客次第の商売なので、帰宅するつもりが気付いたら外国にいました、というのがザラなのだ。料理が出来るととても言えないので、料理本に載ってあるレシピ通りの分量で買いたかった。
 今晩は赤魚の煮付け。副菜にほうれん草とカニカマの和え物、みそ汁、ごはん。買ってきたたくあんを切って。
 まだましな内容だろう、と思いながら煮付けから取り掛かった。

 素子は緩慢に目を覚ました。そして、意識が戻ると急いで目を開けた。
「……あっ!」
 化粧を落とさず横になってしまった。
 素子は社会人、二十歳も過ぎた。飲み会後に化粧を落とさない不手際をしてしまったことがある。あれは駄目だ、五つは歳を取る。もうあんなことになりたくなくて、素子は急いで立ち上がった。
「……あれ?」
 ここはどこ。私は誰。
 明るい部屋へと、そっと移動する。
「佐藤さん……」
 間違いようのない後ろ姿があった。
「ああ、起きた?」
 そちらを向き、起き抜けの彼女の姿を視界に入れた圭佑は、
「座っていて。夕ご飯がまだなら、この通り作っているから。一緒に食べよう」
 と言った。
「私、やります!」
 素子が早足で近くまで来る。
「? いいよ、座っていて」
 今どきの若者が、すすんでやります、なんて偉いなあ。圭佑は感心した。
「あの、ほんとに、やります……やるから。ね?」
 小首をかしげて、可愛く言われる。
「……」
 これは素直に従った方がいい。圭佑はそう思って、今さら気がついた。
「済まない……ご飯を炊いていない」

 順番を全て間違えて作り始めた圭佑の現在地・素子のアパート前。鍵を持たされ頼まれたのだ。「調味料を段ボールに詰めて持って来て」と。
 独身女性が自宅アパートに入っていいと言う。しかも男性に。これは相当色々かなりそういう意味で自信があるのでは……
「失礼します……」
 圭佑はノックをして入り、言われた通りにして、奥の六畳一間を観察などはしなかった。
「いっぱいあるな……」
 圭佑はスーパーには行くものの、決して通らないコーナーがある。それは調味料売り場。あの多彩さは素人にはいかんともしがたい。他にも行かないコーナーはあるが、圭佑は気にも留めたことがなかった。
 流しの下にしか置く場所がないし、安アパートだからかさばらないけれど、種類だけは結構あるから。重いものを持たせてしまってごめんなさい。先ほど言われた言葉。
 途中から、なにに使うかなどと考えるのを止めて、詰めるだけ詰めてアパートを出た。
 やはり手狭な住み処だった。安ボロアパートなのだから仕方がない。さてどんなマイホームにしよう。
 その前に、キスに慣れて貰うことからかな。いや、普通に手を繋ぐところからだ。
「ただいま……」
「おかえりなさい! 重かったでしょう」
「いや」
 圭佑の家だってボロの一軒家なので、台所から玄関なんてすぐの距離だ。料理の手を止めて、素子が来てくれる。良いなあと圭佑は思った。
「多分、全部詰めて来た。どこに運ぶ?」
「うん。それでね、冷蔵庫とか棚の中とか、見ていい?」
「いいよ」
 自分が友達の家に行ったらとっととやっている。
「引き出しの中とかに、調味料を勝手に入れちゃっていい?」
 ああ、遠慮されている。そして自分も遠慮している。
 まずは、言うだけ言ったし、ゆっくりやろうと思った。一足飛びに告げたプロポーズのことは時間を掛けて考えて貰えばいい。ただこちらはそういう想いだ、ということを知って欲しかった。まずはもう少しまともなデートをするところから始めよう。
「いいよ。遠慮はいらない」
 でもそれだと、素子は家で料理が出来ないのではないか?
「ひょっとして……作りに来てくれるのか」
「うん。圭佑に、ずっとご飯を作ってあげたい」
 どうしよう……もう返事を貰ってしまった……

 嬉しさいっぱいの崩れた表情を見せるわけにいかず、圭佑は素子の背を見ながらご飯が出て来るのを待つことにした。
 素子はせわしなく動いている。見る人が見れば、無駄なく行動していると分かる後ろ姿。
 どうしよう。襲いたくなったらどうしよう(五七五、字余り)
 オッサンの妄想はともかく、素子に少なくとも今日、泊まる気持ちは毛頭なかった。化粧品がないからである。あれがないと化粧を落とせない、ケアも出来ない。その上このまま長居をすると襲われるという経験値もなかった。
 素子が考えているのは圭佑の料理の腕前のことだった。調味料が醤油くらいしか使えない状態だったのだ。毎日自炊をしていないのは明白。
 当人はほんの少しと思っていても、その積み重ねが健康を、命を削ってゆく。
 もう誰も失いたくなかった。そんなものは一瞬だから。
「出来たよ」
 お盆に乗せて持って行くと、圭佑が腰を浮かせた。手伝おうとしている。
「いいから、座っていて」
 そうか? という顔をして素直に座る圭佑。この人は言い返すとか、人の話を否定するとかをほとんどしない。それどころかこちらの話をよく聞いてくれる。会話泥棒もしないし、男の人特有の自慢話、繰り返し、説教、指示命令を一切しない。
『いただきます』
 二人で食べた。
 その感想。まずは素子。
 ふーん……こういう味付けが好きなんだ……
 和え物はもう圭佑が作っていたので手を加えなかった。味見をするのも失礼なので、食べて初めて分かる好み。
 次に圭佑。
 なにこれどこの米。ほんとに俺んちの水道水で炊いたの? そこらのスーパーの安魚なんだけど。
 急いで炊いた筈なのに、米がキラリと艶々に光っていた。食べればその味、まさに高級料理店。
「あの……ですね、三井さん」
「? へん?」
 ご飯を作って食べさせてこの返事。相当自信がなければ言えない。
「とても美味しい……です」
 びっくりした。そうは言わなかった。驚くと言うことは見くびっていたと言うことだから。
「良かった!」
 素子は眩しい笑顔をいっぱいに浮かべ、嬉しそう。
「あの、どこかで……習ったとか……」
 金がない時期が長くあったわけだから、そういうバイトをしていたのか? 趣味は読書じゃなかったのか?
「十歳の頃から料亭で修業をしていたの」
「……」
「父の伝手で。母が寝た切りになる前は、築地とかにも行けたし。だから、圭佑がどんなに早起きをしても朝ご飯とか作れるし、お弁当も作るから。帰りがいつになるか分からないんでしょう? 折に詰めてあげる」
「……」
 俺は……
 俺はこんな生活スキルの人に、なにをどんなことを言った……
 圭佑に見事なブーメランが突き刺さった頃、素子はこの家には番茶がないから後で買おうと思った。

 その後、ぎこちない(つき合い始めてからこれが常)会話をした。素子の通っていた高校は食物科で、普通は就職先に公務員を選ばない。就職年である高校三年の時にそんなカリキュラムはない。筆記に落ちるのは当たり前。それでも安定を求めた。
 周囲からは、どこかのお店に就職すればいいじゃないかとさかんにすすめられた。でも伝手のあった父が死んで何年にもなり、話をしづらかった。正直、無理と分かって公務員試験を受けた。
「……」
 ただ、ごちそうさまと圭佑は言った。
 おそまつさまでしたと素子は言って、ささっとテーブルを片付けて明日の食事の支度に取り掛かる。素子から、冷蔵庫のものを使っていい? とか、朝ご飯はいつ食べる? とか訊かれたが、圭佑は上の空で返事をした。
 調理師免許まで持っているんですって……☆
 もう俺どうしよう。
 圭佑は襲おうと思っていたことなどすっかり吹き飛ばされてアパートまで素子を送ることになった。
 拝啓お父様お母様、不肖の息子はいつ狼になればいいのでしょう……
 アパートのドア前で、圭佑は現実に立ち返って先ほど借りた鍵を取り出した。
 これを渡せば、多分その時はやって来ない。
 瞬時にそう思った。鍵を握り直す。
「素子」
 寒いところでの会話だった。長話は出来ない。
「次の非番はいつだ?」
「五日後かな」
 そんなに待てない。元に戻るだけだ。
「……俺の家に引っ越さないか」
「え……」
「わざわざ来てくれるのが申し訳ないとかじゃなく……
 さっきで分かった。ずっと一緒にいたい」
 鍵をポッケに仕舞って、言葉のない素子の手を繋いで引き返した。

 それでも、立ち止まられれば止まるつもりだった。ゆっくり歩いた。
 ほとんど手を引っ張っている状態。後ろは見なかった。
「……いやか」
「……」
「いやなら手を解け。……もう無理は言わない」
 立ち止まってあげた。繋いだ手は、ずっとあたたかかった。

「あのね……」
「うん」
 後ろは見ない。
「……いやじゃ、ないの……
 いいの?」
「いいよ。拝み倒したいくらいだ」
「でも私……」
「いやか?」
「そうじゃなくて……」
「なんだ? 教えてくれ。俺はなにも知らない」
「そんなこと……あの」
「うん」
「……だって……」
「うん」
「だって……お化粧品とか、ないし……」
「とか? 他には?」
「え、……と、シャンプーとか……」
「他には」
「他……ぜんぶ。ないと……」
 困る。下着とか。
 素子のつぶやきを拾った圭佑は、
「分かった。五日後だな。その日に引っ越しをしよう。段ボールの準備と荷物運びは俺がする」
 もう一度引き返す。素子のアパートの玄関先で名残惜しくキスをした。ふれるだけのもの、それで家に押し込める。
 ドアを閉じて、背を預けて天を仰いだ。息はもう白かった。

 どうやって翌日起きたか、素子には分からなかった。ただ、化粧はなんとか落としたようだった。
 休みを取ってくれた同期の友達に、どうだったと訊かれた。友達の目には、決着がついたようには見えなかった。
「よく……分からない」
「キスくらいはしたんでしょう」
「……多分」
「じゃあ、もう全然違うでしょう」
「……うん」
「どうだったのよ」
「……ごはん、作ってあげられなかった」
 朝ご飯とお弁当の支度をするだけして結局作れなかった。朝早く起きるのは得意なのに、それも出来なかった。
「あんたが?」
「だって……」
「あんた、そんなだから二浪もして、回り道をしたのよ」
「……うん」
「相手にも二浪をさせたいの?」
「……ううん」
「相手、なにかを言ったんじゃないの?」
「……うん」
「こら二浪。いい加減すぐに動け、このバカ!」
 友達は踵を返して行ってしまった。素子はその場に突っ立った。

 このままじゃ。
 優しい、今のままじゃ……ダメですか?

 素子は退勤後、署から家まで歩いた。子供の頃からこれで築地まで通ったのだ。早朝なんかじゃない、夜。毎日通った。歩くのには自信があった。
 歩きながら。人とすれ違い、信号を待って。考えた。
 どうしよう……
 なにも思い付かなかった。

 ボロアパートに戻って、いつもより体を動かしたわけだから、若い素子、おなかが空く。さあ作ろう。
「……あ!」
 調味料は全て圭佑の家に運んでいた。

 私がすることは……

 その頃圭佑は仕事で、社を出た後部下と一緒に海外出張をするところだった。彼はノルマが現時点で三割にも満たず、苦しい状況だった。
 二係の男達は全員同じ量のノルマではない。どのくらいかは平社員には伏せられている。年度末までに達成出来なければ肩を叩かれる。退職金もない。代わりに給料が高い。
 特進だ、エースだと言われても実態は社一番のブラック部署。これが圭佑の日頃の考えだ。だから身の丈に合ったボロ一軒家に住み、いつクビになってもいいように遊興に走らず貯蓄をしていた。ひょっとこが遣う暇のない金と言っていたのもその通り、おいそれと遣うわけにはいかなかったからだ。ローンを組むのは最後の手段だ。
「すみません、係長」
「いい。行くぞ」
 もうすぐ空港行きの電車に乗る。その時だった。音がした。圭佑の電話が鳴る。画面には、
「素子」
 隣に立つ部下ははっとしてすぐ列を離れた。電車が着く。一本二本遅れても大したことはない。
「……うん」
「どうした。今どこだ? もう夜だぞ」
「……うん」
 返事を待つうち電車は通過した。
「なあ。寒いだろう? 家に入ってくれ」
「……入れない」
「どうして?」
 電車待ちの人々。電話を見たり、したり、……
「……鍵が、ないから……」
「俺の家のか? それなら素子の家の郵便受けに入れてある」
「え……」
「それくらいはするよ」
「いつの間に……」
「今から出張だ。四日後には帰るよ」
「うん……」
「どうした?」
「あの、……ごはん……」
「うん」
「つくれなかった……」
「うん。いい」
「もう……」
「うん?」
「つくってあげるひと……いなくなって……」
「俺がいるよ」
「……いいの?」
「いい。頼むから作ってくれ。素子の腕前には脱帽だ」
「……そう?」
「うん。美味しかったよ」
「嬉しい……」
「なあ素子、頼むから家に入ってくれ。寒いぞ」
「……いい?」
「いい。なあ、冷蔵庫の中をカラにしてくれ。でないと腐るぞ」
「あ……うん、……うん。そうだね。じゃ、入るね……」
「頼んだぞ。じゃあ四日後」
 名残惜しくも電話を切り、すぐ部下の方に歩いた。
「悪い」
「いやあの、悪いのはこちらの方で……いいんですか? 帰らなくて」
「いい」
「それっぽくなかったですけど……」
「大丈夫だ。安心して任せられるんだよ」
 上司にこうも自信たっぷりに言われれば、部下としてはなにも言えない。これ以上はとぐっと堪え、二人ともに機上の人となった。
「あの……海外出張で四日後帰宅はかなり厳しい日程では……」
 あの相手先はそんな顧客でしたっけ? と部下が訊いて来るので、
「まあ見ていろ」
 言い切って圭佑は座席に体を預けた。

 次の日から素子は、しゃんと早起きをして出勤した。表情が違った。それを見て、同期の友達は署内で私語を慎んだ。
 あれから四日後の夜。
 素子は圭佑の家に、いつの間にか手にした鍵で入った。多分今日、帰って来る。
 電話をした時、明らかに駅にいた圭佑。いかに忙しいのかは(清く)付き合ったこの数ヶ月でよく分かった。帰りの時間は全く分からない。
 だめにしてもいい、夕飯を作る。作ってもいいと言われたのだから。
 なんの傷も癒えず次々と死なれて、生きる気力はなくなった。なのに信じられないほどお金が飛んで行った。たちまち貯金は底を突いた。独り立ち出来る娘だと分かっている親戚は誰も素子に手を差し伸べなかった。今まで一緒に暮らしたこともないし、空いてる部屋もないけれど共同生活をしようと言えるほど余裕がある者は誰もいなかった。
 母は言った。家事をしているとね、いつか必ずいいことがあるよ……
 父は言った。料理が出来れば、将来困ることはない……
 電話が鳴った。画面には、
「圭佑!」
「今、最寄り駅だ。どこにいる?」
「……圭佑のおうち」
「そりゃ最高だ」
「うん……うん、あのね、……ごはんは?」
「食べていない。ペコペコだよ」
「ほんと? ダメよそんなの……」
「済まない。素子のが食べたくて外食がいやになったんだ」
「……言い返せない」
「歩き電話はダメだから、一旦切るぞ。楽しみにしている」
「うん」
 良かった。

 二人が思った通りの時間に、佐藤家のボロ一軒家の玄関が開く。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
 素子が台所から駆け寄って来る。重いキャリーケースを受け取ろうとするので、渡さず玄関に置いて、素子を引き寄せてキスをした。
「……」
 まだ驚くか。先は長いなあ……
 玄関を上がり、素子の手を握って台所に連れて行って、しゃんと立たせて後ろから抱きしめて支えた。
「いいにおいだな」
「……」
「おなかペコペコだよ、素子」
「……! うん」
 なんとか意識が戻ったらしい。圭佑は素子をそっと離すとネクタイを緩めて、着替えに行った。

 圭佑はお洒落だ。素子は思う、いつも服装や身なりにとても気を遣っている。今だって家の中で、寛ぐ空間にいるはずなのに普段着にも使えそうな、ジムでトレーニングでもするような黒のジャージ姿。ちらっと鎖骨とのどぼとけが見える。
「この時間とは言わなかったのに、作っていてくれてありがとう」
「……ううん」
 またショートしてしまった。三度目のキス。
「……」
「もーとーこ」
「……あ! うん。うん」
 思い出すとまた意識が飛びそうだ。素子は気を取り直して、あったかいうちに料理を運んだ。
「……凄いな」
「ううん……」
 大きくもないテーブルに所狭しと並べられた、なんの料理名か全く分からない品の数々。分かるのはみそ汁、ご飯、漬物だけだ。私が漬けたの、と言われそうだ。実際そうなのだが。
『いただきます』
 二人、しばらく無言で食べた。

「なあ素子……これ、材料費いくらした? かなり掛かっただろう」
「それを言うなら私、圭佑には多額の借金があるんだけれども」
「それはナシ」
 付き合った最初からそう言い続けていた。
「じゃあ私もナシ」
「そうはいかないよ」
「じゃあ私もそうはいかない」
「……分かったよ」
 いつも圭佑の方から折れる。これが二人のスタイルだった。
「私、勤めて二年くらい経つから、今日こそお金を返しに来たの」
「ナシだよ」
 二人のいつもの会話。そろそろ説明をすべきだろう。
「私、何百万円も借りたよ」
「俺の月給はそれ以上だ」
「……え?」
 圭佑の食べ方は上品だった。理に適っている。自分で調べて実践し、多分相当教わったか、叩き込まれたのだろう。
「昇進して給料が倍になった。以前に渡した名刺はもう古い。今のは役職がついている」
「……」
「だからマイホームを、と言った」
「……」
「金の話はこれでおわり。
 寂しかっただろう。いつも出張、泊まり込み、仕事・仕事……言い訳ばかりだ」
「そんなことないよ。私だって仕事……しているし」
「そうだな」
 そこは話が合うから良かった、と圭佑は思う。正直、あのまま就職出来なかったらそのまま嫁にしようと思っていた。
「嬉しかったよ。家にいてくれるし、掃除もバリっとしてあるし、ご飯はプロ級……言うことなしだ」
「……ううん……」
「俺は何日も家を空けるが……出来ればいつもこうやって、出迎えて欲しい。……いやか」
「ううん、いやじゃない。こうしたい。ずっとこうしていたかったの。誰かにそう言われるのを、待っていたの……」
 ただ待っていて、失った。なくなって行くのを見送るしかなかった。
「じゃあ、明日の引っ越しは気合いを入れよう。頑張るぞ」
 その為に気合いを入れて仕事をしたのだ。部下には少々見せ過ぎた。
「した」
「……。はい?」
「お引っ越し。した」
「はい?」
「四日掛けて、ちょっとづつ荷物を運んだの」
「……」
「もう住んでいる」
「……あのー」
 それって……

 いつ襲っても良いですよ、という意味ですよ、というのを。
 いつ教えれば……良いですか?