9

「もうあんなことしないよ。ごめん、空子さん」
 翌朝の空子が動けるわけない。いまは入院する前のひととき。ぴっちり服を着せてもらって、ソファの上で抱き締められている。
「もう、いいのに。空子はね、空子は勇児がだーいスキ。それだけよ。こわくしてもいいわ。空子に何でもして」
 空子もぴっとり抱き着く。だって入院って言ったら、今日は出張で帰って来ないっていうことだもん。抱きだめよ。
「こわいのきらいだろ」
 勇児はちょっと苦笑して言った。うそだろー、みたいな感じ。信じてないんだから、もう。
「すきになっちゃった」
 勇児のいろっぽいくちびるにちゅってして上げた。
「すきよ。すき。ねえ勇児、今度空子がおこらせちゃったら、して。おこってして。ほんとにほんとに滅茶苦茶にして」
 そしたら勇児は、まるで照れたような笑みを浮かべて、空子をぎゅうっと抱き締めた。お顔が見えなくなるけれど、もっとあったかくなるし、いっぱい密着するし、心臓が近くなるから安心する。
「空子さんが俺を怒らせることはないよ」
「ううん、怒らせてばっかり。なにも言わないで逃げたし、一緒に住んであげなかったし、やっぱり逃げたし、ひどいこと言うし、あとは、えっと、なまごろし」
 言ったら勇ちゃん、笑っちゃった。あっはっはって笑ってる。もう、なによ。
「よし分かった。今度空子さんが逃げて一緒に住んでくれなくて、ひどいこと言って生殺ししたら怒ってする」
「うん!」
 抱き締める腕をゆるめた勇ちゃんは、ぱあっと明るい笑顔を空子に見せてくれた。コドモの時みたいに笑うの。可愛いわ。
「じゃあ、話がついたところで……」
 勇ちゃんは、空子のひたいにキスしてくれて、お話を変えた。
「俺、そろそろ長期出張なんだ」
 勇ちゃんが前から言っていたことね。大変なんだわ、本当に。わがままを言いそうになったけど、飲み込んでよかった。
「どうして電話の件を、ずっとからんでいたかというと。
 出張の間、空子さんは一人っきりだ。もともと、ひとつ建物内にずっと缶詰。気詰まりだろ」
「そんなことないわ」
 空子は勇児でいっぱいだし、新鮮な食材を買うのは気持ちいいし、お掃除にお洗濯はいつもだし、三食昼寝つきで働きもしないし、勇児でいっぱいだし、勇児とえっちだし。
「うん。けど、やっぱり気晴らしは必要だ。空子さんは不倫野郎を男じゃないと言い張るし、万が一にもそれが本当なら、そいつに空子さんの世話をさせるのもいい」
 なにか言い返したい気がするわ。でも空子は勇児の言うとおりよ。何でもしちゃうんだから。
「ただし、それには厳しい条件がある」
 まあ、なにかしら。
「ほんとに女の人よ。同い年なの」
 どう言えば分かってくれるのかしら。こうなったら会ってもらおうかな。
「俺は不倫野郎に会う気は毛頭ない。会ったら最期、殴り殺す」
 いけない、頼子の無事を確保しなければ。同い年なのよ、お葬式なんて早過ぎる。
「不倫野郎が空子さんを、俺と結婚した件で口さがなく騒ぐような奴なら、今から会いに行って殴り殺す。例え本当に女だとしても」
 空子は、すこし反応が出来なかった。
「不倫野郎に興味はないが、それだけは知りたい。どうなのかな」
「空子は」
 すこし、勇ちゃんがこわかった。今から言う内容に対する、勇ちゃんの反応がこわかった。
「ゆうちゃんとむっつしか違わないのに義理のおばさんで、お世話をしてること、そういうふうに言われるのがいやだったわ。だからお友達がいないの。だってちょっとなにかお話すると、天気の話と家族の話になるでしょう。天気はともかく家族の話はいやだった。親はいないし、そもそも血の繋がらないおじさんに育てられていたし、この時点でもういやなこと言われるのがほとんどだったわ。ゆうちゃんのお話になるのはもっといやだった、おもしろおかしく言われるから」
 勇ちゃんは、思った通り顔をしかめた。ハンサムさんがこれをすると迫力があってこわいのよ。
「あたりさわりのない話もしないから、会社でも親しくしていた人なんていなかった。でも、どうして頼子は番号まで覚えていたのかというと、ちょっととっても切羽詰まっていたのよ。仕事で、担当の人と頼子の間に挟まって連絡を取るはめになっちゃったの。人づての伝言なんて不確かだし、直接話してくれよって思うでしょう。でもさせられちゃって。どうしてかというと、会社の担当の人、頼子が苦手なのよ。頼子お仕事とっても出来る人だから、気圧されちゃったっていうか、担当の人って男の人なんだけど、出来る女の人が苦手みたいで。仕事のあらを散々突っ込まれて苦手にしていて、それで空子に電話を回して逃げていたの。ある日その担当の人は、頼子からお電話来るって分かっているのに帰っちゃったの。でもそれは大事な取引の電話で、でも帰っちゃって、怒った頼子は間に入っていた空子に絶対連絡取りなさい今日中に、とか言うのよ。でも担当の人掴まらなくて、もっと怒った頼子はあんな男要らない、上司を出せとか言って、空子は泣きながら上司をとっつかまえて、でもその上司は話が分からなくて、別の上司をとっつかまえて、なんとかお話をおえたら終電がおわっちゃって、空子もいろいろ頭に来て、頼子にあんたのせいだ、電車おわったどうしてくれる、みたいに啖呵切っちゃったの」
 勇ちゃんはあきれていた。特に啖呵のところで。
「とにかく、そういうやりとりで電話の番号を覚えたの。でも頼子はちょっとだけ優しくて、連絡は取ってくれたからごはんくらいおごったげるとふとっぱらに言って、でも夜が遅かったからごはん屋さん閉まっていて、高そうな飲み屋さんでおさけのおつまみを食事だなんて言うのよ。空子はついつい、ひょっとしてごはんをつくれないだろうとつっこんだら、頼子はぎくっとしてしどろもどろになったの。頼子は強気だからそういうことなくて、空子もここがチャンスと言わんばかりにつめよったの」
 勇ちゃんは、空子の仕事時代は一体なんだったのか悩んだそうよ。そうと言ってくれなかったけど。
「そしたらやっぱり全然つくれないって。それはいいけど三食全部店屋物なんていうから、あったまに来て、おごったげると言うんだったら食材と調味料をおごれと言ったの。頼子のおさいふをいただいて、二十四時間のスーパーでありったけ揃えて頼子のおうちへ殴り込んだの」
 勇ちゃんはうつむいて溜め息をついた。でも空子は勢いがついていたから、そのまま喋りまくった。
「調理器具が全然なくって。ボールがひとつもなかったのよ、あきれたわ。ぷりぷり怒って、それでもなんとかお料理したのよ。根性だったわ。そのあいだ、強気の頼子がずっとしょぼんとしていたの。初めて勝ったと思ったわ」
 勇ちゃんは結局、この時の感想をなにも言ってくれなかった。
「食べおわったのが夜中の二時で、もう遅いしタクシーは高いし、そのまま一晩お泊まりしたの。でも取引はあれでおわったし、単発のお仕事だったし、頼子とはそれ以来お話していないわ。そういえば頼子元気かしら」
 空子はあらかたお話がおわったので、勇ちゃんに感想を求めた。そしたら勇ちゃんはうつむいていて、なにか額を抑えているようだった。
「ゆうちゃん」
 呼びかけても、勇ちゃんはお顔を上げてくれなかった。
「ゆうちゃん、ゆうちゃん、ゆーうちゃーん」
 さっぱり反応してくれないから、勇ちゃんの両ほっぺを両手ではさんでお顔を上げた。いつもの冷静ハンサムさん。
「えっと。何だっけ」
 いっぱい話したはいいけれど、これって何の話だったかしら。
「そいつはつまり、空子さんの友達なのか」
 勇ちゃんは、いつものように冷静に空子に訊いた。
「どうかな……こっちがお友達と思っていても、向こうがそう思っていなかったら恥ずかしいでしょう」
 間抜けというか。
「じゃあ、知り合い?」
「うん。そういうことになると思う」
 どう、ふりん相手じゃないでしょう。
「空子さんの知り合いだということは、分かった」
 まあ。あの勇ちゃんが分かってくれたなんて。空子嬉しい。
「ただし、俺の知り合いじゃない」
「そりゃあ、そうよ」
「俺は自慢じゃないが、新聞テレビラジオニュースを騒がす大有名人だ」
 自分に大をつけて言うかしら。
 でも、勇ちゃんは本当に大の有名人だった。それも、何十億人という人が試合を観て知っている、有名人を通り越した人だった。
「自分は有名人の嫁さんと知り合いだ、だから会ったことがない有名人とも仲のよろしいお友達だ、自分はあの有名人をよく知っているんだぞ。などとは間違っても騒がれたくない。もっと言えば、空子さんと知り合いだとも、誰にも言わないで貰いたい。
 いま現在すでに騒いでいるようなら、気晴らしの件はなしだ。そのへんはどう?」
 空子は悩んだ。頼子とはあれ以来会っていない。
「よりことはあれ以来会っていないから、分からないわ」
「そいつは吹聴して回りそうな人? 俺も空子さんもきらいな、ゴシップネタをおもしろおかしく言いふらすタイプ?」
 それに悩むことはなかった。
「よりこはそういう人じゃないわ」
「今の話だと仕事がらみの知り合いのようだ。プライベートな知り合いじゃない。ゴシップネタはプライベードで出るものだ」
 ああ、なるほど……
「知り合いもどきの不倫野郎へ」
 もう、まだそんなこと言う。
「電話を掛けたから、不倫野郎は俺の番号を知っている。これが大有名人のものだといまは分からなくとも、電話が繋がれば分かる。その時の反応で、俺と空子さんのきらいなタイプかどうか判断しよう。殴り殺すしか価値がないならこの番号は捨てる。その上で殴り殺す」
 お願い頼子。空子、まだ同い年のお葬式に出る気はないの。
「不倫野郎へは俺が掛ける、空子さんの目の前で。ただし、俺はこれから短期出張だから、後でだ」
 勇ちゃんは、空子を抱き締めたまま立ち上がった。これってとってもすごいことなんだけど、空子は気持ちがよくってそうとは気付かない。
「不倫野郎から掛かって来ても、俺が帰るまで出るんじゃない、いいね」
「うん、分かったわ」
 勇ちゃんにちゅっちゅってした。勇ちゃんはじっとしていない空子を片手に抱え直して、荷物を片手にお家を出る。これまたすごいことなんだけど、空子はうっとりしていて気持ちがよくって気付かない。
「空子さんが電話を掛けていいのは、家の中だけ。俺にだけだ」
「うん」
 エレベーターに乗る。空子はあつ~い熱いキスをはげしく堪能してうっとり。そのまま病院さんにお世話になる。お医者さんや看護師さんの目の前で、空子から熱いキスのお返しをぶちゅーっとしちゃった。

 病院で、脚をしばられて眠った空子は、ついついおなかを出してしまった。それを病院さんから報告された勇ちゃんは、こうなったら体全部をベッドにくくりつけようと思ったんですって。でも空子は風邪をひかなかった。なにせ勇ちゃんにその手の危険人物としてマークされているから、看護師さんがかいがいしく見回りに来てくれていた。
 丸出しだったと聞かされなかった空子は、えっちなお電話がしたくて、歩けるようになったらすぐにお家へ帰った。えっちされることのあるエレベーターで、されたときのことを想い出して濡れちゃった。どうしよう。
 なんとかしたくて、家に戻ってすぐ居間へ行って、お電話をとって掛けた。
「ゆうちゃん、ゆうちゃん、空子よ。あのね、いまエレベーターで、ゆうちゃんにされたこと想い出したの。じゅくじゅくして来ちゃった。熱くなって来ちゃった。どうしよう。おマンコが濡れている。すごいの。じゅぶじゅぶいってる、どうしよう、ねえ、挿れてえ……」
 どうしよう、ひどく火がついちゃった……。

 どんなに悶えても旦那さまのお帰りはない。しょうがないからお掃除した。お洗濯も。忙しくしないと体がつらい。もう言わないんだわ、その気がないなんて。
 勇ちゃんのいないお家は広い。浴室も驚くほど広い。ベッドなんかもっと広い。
 長期出張って言っていた。そういえば、こんなかんじで一ヶ月もなのかしら。
 ……ちょっとつらい。
 気晴らしは必要だわ。こんなので一ヶ月なんて耐えられない。勇ちゃんが一週間で生き地獄なら、空子が一ヶ月なんてぜったい無理よ。
 頼子がきらいなタイプでありませんように、なんまいだぶと祈ってふとんにもぐった。明日も勇ちゃんいないんだなあ、と思うとあんまり眠れなかった。

 やっと帰って来ました旦那さまは疲労困憊。えっちがどうという問題じゃない、気を引き締めてお世話した。ついつい気がゆるんでしまうけれど、この人は大の大忙しなのよ。
 どうえっちされたいかを吹き込めと言われたのに、ついつい暇な空子のあれこれを言ってしまった。いけないわ。忙しい勇ちゃんは空子のわがままをなんとかしようと時間をさいてしまう。そんなことをさせている暇があったら、こんなふうに熟睡させなければ。空子が朝はやく起きてしまうとだめよね。
 頑張っておねぼうさんをすることにした。よく眠るのよ空子。ぐうすか寝るの。

 翌朝目覚めた旦那さまは、嫁さんのまぬけな寝相を目にしていた。勇ちゃんのパジャマの上だけ着て寝た空子は、どこも縛られていなくってついつい油断して、おっぱいぽろりにおしりもマンコも大の丸出しと空子の真骨頂。寝言ももちろん言いまくって、えっちな言葉を連発していた。勇ちゃんいわく、俺は空子さんの寝言に言われた通りの体位で犯っている、ですって。聞いたのはえっちの途中でだった。
 暴発した勇ちゃんでいっぱいになった空子は、そんな体で朝の支度をした。足下はふらふら千鳥足、お口は上下ともよだれまみれ、いろいろ丸出し。こんな空子の油断満々な後ろ姿に、長期出張に不安を覚えた勇ちゃん。知り合いもどきの不倫野郎をぶん殴って、黙って空子のお世話をせいと命令したくなったそうよ。
 いつものえっちな丸出し姿で朝ご飯をいただきます。この姿に、そういえば空子をよそに出せるのかと悩んだ勇ちゃん。めしごのくんにもしてくれず、電話を先にすることにしたそうよ。
「どうして。してして。えっちしてゆうちゃ」
 かなり悩みが深まったそうよ。
 されないから不満になった空子は、めしごのぱいずりをすることにした。勇ちゃんのずぼんをへっぺがして、チンポをおっぱいぽろりでよくはさむ。おくちでたっぷりふくんで上げる。びちょびちょのおしりをぷりぷり振る。ぜーんぶ無意識。ただ欲しいの。
 電話を取る手を止めた勇ちゃん。悩みはますます深くなって、よく病院であれだけで済んでいるなと感心したそうよ。そうでしょう、少しは恥じらいがあるのよ。
 勇ちゃんは空子にぱいずりでイかされそうになりながら、こうなったら出張中はずっと病院送りにしてやろうと思ったんですって。

「空子、ちょっと考えたの。あのね、やっぱり気晴らしは必要よ。だってこんなので勇児がずっといないなんて耐えられない。勇児が一週間で生き地獄なら、空子だってなんだから」
 旦那さまへ留守電を入れおわる。この頃忙しいらしくって、勇児が帰ってもお話することがない。そういう時間は全部えっちに回しちゃってて、留守電が会話代わりになちゃっていた。
 勇児が帰って来る。玄関口で濡れ濡れのキス、お風呂で濡れ濡れの洗いっこ、えっちな夕飯後にめしごのセックス。
 でも、この日の夜は朝までじゃなかった。空子の腰がまだ動くうちに、勇児は腰を止めて気晴らし先に電話をしようと言った。
「ダイヤルはするけど、電話には空子さんが出る。向こうの声は俺も聞こえるようにしとく」
 空子は、腰が動くようならまだ無意識でふぇらしない。気晴らしが必要とは日中でよく分かった。だから、えっちのお時間が中断したけどお電話に出ることにした。出るかしら、頼子。
 コールの音をぽけっと待っていたら、それがぷつっと止んで、電話の向こうから懐かしい声がした。
「しつこいわね。どなた?」
 ああ、この声よ。とっても強気で自信まんまんの声。
 嬉しくなってお電話に出た。
「よりこ。よりこ、元気?」
 空子の声は油断満々、性に交わって濡れていて、ものすごく舌足らずになっていたというけれど、自分の声がどうかなんて分からない。
「え。ちょっと……どなた?」
 頼子の声がハテナマークになっていた。いけない、名乗らなくっちゃ。
「空子です! い……えっと、高尾空子です。よりこ、げんき? よりこ、よりこ」
「え」
 頼子の声は、膝のゆるんだ空子が聞いても凍り付いたものだった。
「よりこ」
 空子の声は、頼子が聞いても油断満々としたものだった。
「く、え、あ、う」
 まあ、強気の頼子にしてはしどろもどろ。勝ったわ。
「えー、あー、えー。現在ただ今就業中につき、後ほど改めさせていただきます!」
 すごくおっきな声でまくしたてられ、がっちゃんとお電話をぶった切られた。
「勇児」
 空子は勇児の腕の中できっぱり言った。
「どう、よりこは女の人だったでしょう!」
 勇児は相槌も打ってくれなかった。まるで猛り狂ったかのように空子を攻めた。

 翌朝。勇児が出掛ける前にめしごのくんに中。ゆびもなしで病院行きなんて耐えられないから、もっとえっちしてって言うつもり。
 そんな時に着メロが鳴った。勇児のチームの応援歌。
 勇児は舌打ちして、なのに空子のおマンコから舌を離して電話を取った。空子は泣き叫んだ。勇児はそれを鎮めるかのように、舌の代わりにゆびをずぶりと挿れてぐちゃぐちゃにしてくれた。空子の口は上も下もひどくいやらしい嬌声を上げた。
「空子、電話に出て」
「ひぁ、ぁんっ!! むりぃ!!」
「俺、また短期の出張なんだ、三日後でなきゃ帰れない。俺の目の前でだけ電話して」
「む、む……」
 むりよ、こんなので電話なんて。
「いいから出て。この件きちんと済ませよう。空子が電話に出て、きちんと話をつけてくれたら、俺すっごいもの上げるよ。絶対に金じゃ買えないもの」
「でるわ」
 そう言われれば空子のお目めがきらんと光るの。きらきらよ。
 勇児にゆびをずるりと抜かれてしまったのがいやだけど、すっごいもののまえには大事の小事よ。きちんと話をつけてやるわ!
 空子は電話に出た。とても頼子の前には出られない格好で。
「よりこ! 空子よ、げんき!?」
 声がちょっとえっちに弾んでいた。でも、頼子は全然気付かなかった。なにせ頼子は全然違うことを考えていた。
「……本当に空子なのね……元気よ」
 電話の向こうの頼子は、なにか半信半疑のようだった。

 空子は、話をつけるというか、勇児と空子のきらいなタイプな人かどうか見極める必要があることをころっと忘れていた。ただ単に、久し振りだということしか考えがなかった。
「本当に空子よ。ひさしぶり。よりこ、げんき?」
「さっき元気と言ったわ」
「あら、そういえば」
「そういう貴女は元気?」
「うん、げんきよ。いまね、旦那さまにえ」
 空子は勇児のお手てで口をふさがれた。嬉しくなって、ついついおゆびをしゃぶりに掛かった。勇児はちょっと焦ったんですって。
「? だんな? ……まさかひょっとして、そこにいるのは貴女だけじゃないの?」
 勇児は空子のくちからゆびをずるりと抜いた。
「いや、ゆうちゃ。もっと」
 電話とか、話をつけるとかすっごいものとかをころっと忘れた空子の耳にも、頼子の声は聞こえた。
「答えなさい!! そこにいるのは貴女だけじゃないのね!? 空子!!」
 頼子はおっきな声なのよ。しかも、ぜったい言うことを聞かなくてはならないえらそうな上司そのものなのよ。だから、しょうがなくお返事した。
「うん、そう。勇児がいるの。ゆうちゃスキ」
 勇児は空子を抱き締めて、ゆびでほっぺをなでなでしてくれた。まあ、気持ちがいい。
「そ、その……要するに、亭主と一緒にいるのね。二人でいるのね?」
「そうよ」
 気持ちいいから、もじもじして来た。うっとりして油断満々、手に持つお電話がずるりと抜けちゃった。ソファに弾むそれを勇児が手に取って、声を勇児にも聞こえるようにしてから、空子の耳に当ててくれた。
「そ、そう……本当に貴女だったのね……」
 声がぼそぼそ。
「? なによ。空子よ?」
「いえ、その……ええっと。おっほん。なにか、お邪魔の時に電話したようね。改めるわ」
 思わずそうよと言いそうになったら、勇児がすかさずこう言った。
「話がついていないよ、空子さん」
 あらそういえば。
 空子はのんきにそう思っただけだったけど、その声を耳にした頼子は息をのんだそうよ。どうしてかしら。
 とにかく、空子はあれこれいろいろ思い出したから、話をつけることにした。
「あのね、よりこ」
「え? ……え、ええ、なにかしら? お邪魔じゃなくって?」
 そうなんだけど、お話はつけなくっちゃ。
「えっとね、よりこ。勇児はお仕事なの」
 これだけで話が分かる人はいないわよ、空子。
「それでね。長いの。長期出張。だから、その間よりこのお世話になりたいの」
「え? えええ???」
「いい?」
 勇児といえども、お話相手に多少同情したそうよ。
「勇児。気晴らしは、よりこにここへ来てもらうの?」
 勇児に訊いたつもりだったけど、空子の声は頼子にも届くのよね。気晴らしって何、とか頼子がハテナマークを何重にも浮かべたそうよ。
「いや。不倫野郎の家へ殴り込んでもらう」
「そう」
 勇児と空子はこれで話が分かるのだけれど、頼子はただのハテナマークじゃ済まなかったんですって。
「じゃ、よかったら殴り込みに行くわ。おさいふ準備していてね。おやすみなさい」
 話がきちんとついたから、満足してお電話をぷっつり切って、勇児にしてしてしてーっておねだりした。勇児は内心大爆笑したそうよ。どうしてかしら。

 すっごいものは出張後に。なんて言って空子を焦らせて仕事に赴いた勇児は、その途中でふりん電話をした。許せないわ、空子が聞いていたら。
 でも、その人と会話したことは、空子が知ることはなかった。
「高尾です。先程はどうも」
 お話先の人は、あきれはてて電話に出ていた。
「……初めまして、赤城頼子よ。さっきはどうも、お邪魔さま」
 まあ、よりこ。どうしたの、お声が不機嫌たらたらよ。
「いいえ、こちらこそ。妻が失礼しました」
 まあ、空子がなにかしたかしら。
「そう。ところで私は一体何を話せばいいのかしら?」
「今、周囲に人は? こちらには誰もいませんよ、空子も」
「誰もいないわ、自宅よ。今日は休みを取ったわ」
 まあ、頼子お仕事忙しいのに。
「空子の知り合いと、周囲にお話なさいました?」
 まあ。こんなに丁寧に伺うなんて。まさにふりん電話だわ。
「いいえ。別人だと思っていたのよ。とはいえ新聞に出た名前や年齢は一致。直後に空子が在籍した会社から、うちの人間があの高尾選手と結婚したと興奮ぎみに言われたわ。失礼ながらその方のことは覚えておりませんが、もしそうなら是非披露宴に出席させて下さいと答えたわ。すると先方はしどろもどろ、しまいには既に退職したので無理だという返事。おかしいと思って空子から聞いた番号へ電話をしたら“現在使われておりません”。可能性を考えていなかった、とは言わないわ」
 頭のいい人の回答だそうよ。さすが頼子ね。
「予想が当たった所で、お話なさる気はありますか?」
 ちょっと慇懃ぶれいっぽいわよ、勇ちゃん。
「ないわ。いまこの電話の向こうに誰が出ているかも、何もかも」
「賢明です」
 なにか、感じ悪いわよ、勇ちゃん。
「それで? 私に一体何を要求しているのかしら? 今朝の舌足らずでは意味が不明過ぎるわよ」
 まあ、失礼ね。
「あなたは空子の知り合いですか?」
「友達よ」
 即答してくれたというの。嬉しいわ、泣いちゃう……
「空子は世間のお陰さまで、私の自宅から一歩も外に出ていません」
 勇ちゃんは、公的な場では自分を私と言うそうなの。大人ね、勇ちゃん。
「さらに私は長期遠征のある身。空子を一ヶ月は一人にします。その時は空子の気晴らし相手になって欲しい」
「ああ、それで気晴らし」
 そうよ、気晴らしよ。必要なのよ。
「ご自宅とおっしゃいましたが。セキュリティは完備していますか?」
「完備といわれれば、そこまではしていないと答えざるを得ないわ。単なるその辺の賃貸マンション、ありふれたオートロックよ。2LDK」
「そちらからの質問をどうぞ」
 なにか、随分つめたい言い方ね、勇ちゃん。
「何故私なのかしら」
「空子は結婚時、友人は誰もいないと言った。それがつい最近、そちらの番号を思い出した。知り合いだ、他にはいないと。だからです」
「……ったくあの子は。友達よと言っておいて頂戴と言っても伝言は無理ね」
「ええ」
「私の所へ来ても、一歩も出せないのでしょう?」
「ええ。それでも、一ヶ月間誰とも会わない、話さないよりマシです」
「これからも出さないというわけにはいかないでしょう。子どもが産まれたらどうするの?」
「確かに、子どもが出来たと分かるのは今日たった今かもしれません。そうなれば出します。ただし、それは子どもが産まれて数年経ったらです。それまでには必ず現状を打破します」
「ならいいわ。あの子、随分変わったわね。それこそ、子どもみたい」
「そうでもありません。実際会って確かめたらいかがです?」
「そうしてもいいけれど?」
「条件は、のめるものとのめないものがあります」
「一つ。私にも出張があるわ。その間は受け入れられない」
「ごもっとも」
「二つ。貴方がいないところであの子と電話したいわ」
「三日後の夕方以降になら、構いませんよ」
 まあ、いいの?
「願い事は三つ、これでさいごよ。その慇懃無礼を止めて頂戴」
「そうしましょう。では」

 勇児が短期出張中、一日目の空子は病院で休んでいた。ずいぶん疼かされたけど、勇児のいない空子の体は性欲よりも睡眠欲が勝った。お昼ご飯も食べないでゆっくり眠っていた。
 起きたら夕方だった。旦那さまもいないことだし、今日ばかりは家事をお休み。さぼることにした。お夕飯もここでいただく。夜になって、お風呂へ入るべく病院を辞した。
 えっち電話は疼いちゃう。その日中に帰って来るならいいけど、三日もっていうのはちょっとつらい。勇児にお電話してこれを言って、スキスキと吹き込んで電話をおえる。
 ひろいお風呂に一人で入る。洗いっこもなしで自分の体をごしごし洗う。おマンコを洗ってもらえない。湯船に入らずシャワーだけで浴室をさっさと出て、体を拭こうとすると見えるのは自分の体の真っ赤な痣。
 ……なんだか、なにをしても疼いちゃうわ。
 なにか、別のことをしようか。なにか他に気が紛れることないかな。南の島にいたときには土とたわむれていたから、観葉植物を飼うというのもいい。植物は飼うっていわないか、ペットでも飼ってみようかな。それがいいかも、空子ずっとお家にいるし。会社勤めしていたとき、飼ってみようと思ったのよね。でも、会社の人の話を伝え聞くに独身じゃ無理っぽかったし、お家にひとりでぽつんとほっとく、というのもかわいそうだった。
 勇児は頼子をふりん野郎と断定して、気晴らしはして欲しいけれど会ったらぶん殴るとかいっている。いぬかねこでも飼うほうがいいかもしれない。言ってみようかな。