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 もっと早く気付けばよかった。

 物心ついたとき、すでに両親はいなかった。血縁ある者もいなかった。育ててくれたのは二十も年の離れた義理の伯父。ありがたかった。だからすぐにでも、独り立ちして恩を返す。それが、物心ついたときからの私の口癖だった。伯父は、穏やかにほほえむだけだった。配偶者にはやく先立たれた伯父も血縁者はいなかった。
 ある日、温厚な伯父が珍しく興奮したおももちで帰って来た。今でもよく覚えている、十四歳の夏だった。
「血縁でもないし、義理がつくが、親戚がいたよ」
 お風呂あがりの寝酒をおいしそうに飲みながら、そう教えてくれた。仕事上、偶然手にした情報だった。
 私よりも天涯孤独の時期が長かった伯父。この話が出たすぐ次の仕事休み、朝食後すぐに私を伴い、電車を乗り継ぎ、親戚がいるという土地へと向かった。車中、仕事中に仕事そっちのけで調べまくったと、楽しそうに言っていた伯父の笑顔もよく覚えている。夏休み中の私にとって、これがいわば、最初で最期の家族旅行となった。
 伯父は、自分と私を親戚だと言う気はないという。姿を見せる気もない、向こうさんにも事情はあるだろう、とりあえず様子を見ようと言った。私はあまりこだわらなかった。もう駄々をこねるような歳ではない。むしろ反抗期にあった。家族など知らない。たらいまわしの経験ならある。期待はしていなかった。
 一時間ほどして着いた、親戚もどきの家は一軒家だった。それを見たときわき上がった感情は、間違いなく嫉妬だった。もう帰りたかった、2Kの古ぼけたアパートに。
 伯父のすそを引っぱり、もう帰ろうと小声で言ったちょうどそのとき、一軒家の玄関が開いた。私達は思わず息を止めた。固唾をのんで見守る視線の先、玄関口から人が出て来た。子どもだった。
「男の子だ」
 伯父が、乾いた小さな声で言った。私は何も言えず同意の頷きだけ返した、視線は玄関口のままで。次いで背の高い人物が出て来た。スーツを着た男性だった。伯父よりはこころもち若めの、おそらく社会人。そして間違いなく、男の子の父親。私より社会的観察眼のある伯父は、その二人が血の繋がった親子であるとすぐに見抜いた。それは外見によるものだった。
 子どもの私にも、この二人が実の親子とはたちまち分かった。二人は、手は繋がずとも楽しそうにその家を後にしたからだ。一緒に、玄関先で二人を見つめる女性に見送られて。
 私と伯父、血の繋がらない二人は、どこにでもありふれた家族模様の一幕を盗み見てしまったことを後悔した。伯父からは、ついさきほどまでのわくわくしたような雰囲気がすっかり消え失せ、肩を落として一軒家に背を向けた。そして私の手を引き、来た道をとぼとぼ戻った。
 帰りの電車で、私は空騒ぎをした。古いアパートに帰って、すぐに遅い昼食の支度をしながら、伯父をなぐさめた。いいじゃないか、血は繋がっていないのだし、向こうからいままで何の話もなかったのなら、向こうはこちらに気付いていないのでしょう、関係ない。もうすこし待っていて、私、きちんと就職して恩返しするからね、と。
 高校受験の三か月前、伯父は急死した。担ぎ込んだ病院の担当医の善意によりなんとか、葬式の体をなすことが出来た。その後私はすぐに志望校を変更した。定時制は、受験倍率などないも同然だった。
 死の直後から、必携の必需品となったのは手のひらサイズのスケジュール帳だった。毎日を埋め尽くす予定の嵐を消化するのにただ必死だった。葬式、受験、就職、引っ越し、遺産相続のすべてを同時期にこなさなければならなかった。どれも手順のすべてを、誰かに教えを乞わなくてはならないものばかりだった。葬式を医者に、受験と就職を担任に、引っ越しを大家に、遺産相続を市役所に。授業はもう受けてはいられなかった。
 十五の春を迎えられた四月一日は、心身共に疲労しきっていた。そして、勤め先のあるありがたみを痛感した。給料が出た時は泣いた。
 伯父は、生命保険で一千万円もの大金を私に遺していてくれた。目も眩むような大金だった。さっそく引っ越しに使ってしまったが後悔はない、一間のもっと古いアパートにすれば、これから出るものが少なくなるのだ、長い目で見れば得だ。葬式代もここから出した。伯父がすべて享受するべきなのだ。
 中卒も考えたが、学校の担任教師は反対した。長い目で見れば高卒の肩書きは後々まで響くと。元いたアパートの大家は家賃の値引きを申し出てくれた。どれだけありがたかったことだろう。それでも断った。就職先から遠かったからだった。
 その一年後。こんな私の住処の玄関先に、見なれぬ二人の人物が立っていた。

 用心だけが、その時の私を支配していた。二人とはどちらも男で、年齢が離れていたようだが関係ない。職場から一旦家に戻り、夜間の学校へ行こうとしていたので、すでに夜の帳が降りていたからだ。
 私のアパートの玄関口を塞ぐようにして立っている。遠慮はいらない状況だ。かばんから携帯電話を取り出し、親の敵をみつめるようにしてダイヤルする私をみとがめた二人のうちの一人、大人のほうがあわてた様子で私に駆け寄り、自分はこういう者ですと急いで名乗った。その人は、県内ではあるものの聞いたことのない小学校の教師をしていると言った。
 うさんくさそうに見つめる私を、教師は必死でなだめた。こう言いたかったらしかった。
 二人のうちの一人、子どものほうは、つい先日両親を亡くした。残念ながらその両親は、一銭の財産も遺していない。頼るべき親戚は誰一人としていないという。金銭的なこともあって、ここ数日で必死に探した結果、血のつながりはないがとにかく、私という人物に行き当たった。なんとか話をしてもらえないだろうか、と。
 私はこう返答した。こみいった話になるだろうが時間がない。話をしてもいいが、交番でしかしない。遅くなっても構わないなら、夜学がおわった時間、ここから一番近所の交番で待っていてくれと。私とて考える時間が必要だった。
 教師はすぐにあきらめの入った態度で、分かりましたと言った。ならばもう、家の前で待ち伏せなどしないでほしい、その旨を交番で念書でしたためてくれとも伝えた。
 はいとだけ返事をする教師の脇をすりぬけて、アパートの玄関口へ立つと、そこにいた男の子は、やはりあの時の子どもだった。その子は私を見上げて、高尾勇児です、話を聴いて下さいと縋るように言った。私は、今は時間がない、話は聞くから、私の用も済まさせてほしいと言った。
 夜学のあと担当の先生に、交番の場所を尋ねてから向かった。そこにはお巡りさんと、さっきの子どもの二人しかいなかった。あの教師はどこへ、と訊くと、お巡りさんは念書を差し出した。ご丁寧に指紋で判が捺されていた。お巡りさんは、こんなものを書かせるのなら、それなりの責任を取るべきなんじゃないですかと、きつい視線を私に向けた。
 さっきの子どもと二人きりにしてもらって、話を聴いた。
 ご両親が亡くなられたのは二週間前。それから葬式に到る経緯は私とほぼ同じだった。そうだろう、こういう境遇ならばそうなる。問題は、ご両親にはなんの財産もないということだった。幸いにして大きな負債はないが、かと言って財産もない。葬式代、病院の入院代はそれなりに掛かっている。ほうぼうから支払いを催促されている状況だった。
 聴けばこの子はたったの十歳。伯父の財産に、これほど感謝したことはない。もともとこの子は伯父のつながりなのだ。だとしたら、勤め始めている私よりもこの子こそ、あの財産を相続する権利がある。肩を落として帰った伯父。
 あの経緯は一切言わなかった。言っていいは伯父だけだ。私は、この子を引き取りますと告げ、連絡先を教えてから二人で交番を後にした。
 手をつなぐこともなく、古ぼけたアパートに帰る道中、私から話かけた。
「私の名前は空子。今井空子というの。よろしくね、勇ちゃん」
 おなかは空いていないかと訊くと、勇ちゃんは空いたと言った。歳は六つ離れていた。
 古ぼけたアパートに泊めたのはその日だけだった。次の日、勇ちゃんには転校してもらうよう言った。申し訳のないことだけれど、ご飯を作ってあげなくてはならないから仕方のないことでもある。ここから二キロメートルほど離れた、建って二年という好条件のアパートに住わせた。
 私はそれから、勇ちゃんが高校へ入るまで毎日三食作りに通った。朝から夕方まで勤め先、晩まで夜学、夜半に片道二キロメートル歩いて掃除・炊事・洗濯をしに来る私に、勇ちゃんはいつもこう言った。
「どうして一緒に住まないの。疲れているだろ、泊まって行ってよ、顔色悪いよ」
 起きていなくていいのよ、とだけ返事をした。食事を一緒にしたのもあの晩だけだった。時間はどんな用でもなにひとつ合わなかった。合わせなかった。休みの日でも同じ時間に行った。絶対に送り迎えはさせなかった。

 勇ちゃんが十二歳の春。中学に進学した勇ちゃんは、何かの部活をすると言った。どうも、必ず入らなくてはならない学校らしい。
 勇ちゃんは言葉を尽くして私に説明してくれたけれど、何度訊いても、とにかく部活をする、としか分からなかった。部活のスポーツ名も覚えられないていたらく。私にはこういった才能がないはおろか、欠落しているらしい。
「いいよ、空子さん。それより俺、中学生になったことだし、掃除も洗濯も自分でする。料理も習うから、お願いだから一緒に住んで」
 駄目よと言った。これなら分かる、それは駄目だ。
「勇ちゃん、叔母さんと呼びなさい」
 叔母さんと呼んでくれたのははじめのころだけだった。どこで知恵をつけたのか、女性をオバサンと呼ぶなど失礼だのと言って来た。そのオバサンではないからきちんと呼ぶよう何度注意しても空子さんと呼んで来る。世間体がある、とても困る呼び方だ。それに、どう聞いても……
 中学まででも昼食を学校が出してくれるのはありがたかった。勇ちゃんが高校生になったら、もうこうして来ることはない。独り立ちしてもらう。
 それはその時言うつもりだ。いまは、叔母さんと呼ぶようにとだけ言って、勇ちゃんのアパートを後にする。送って行くと必ず言う勇ちゃん。これを止めるのも、骨が折れ出した。

 勇ちゃんが十三歳の夏。アパートに行くと、勇ちゃんからこれを上げると言われ、なにやらな品を貰った。首にかけてもらったそれは、ペンダントなどというものではなく、メダルというものらしかった。部活で勝つともらえるというが、才能が欠落しているので、こんな言葉すら意味もよく分からない。
「いいよ、空子さん。貰って」
 声変わりして低くなった声に、顔も見ないでありがとうと言うと、勇ちゃんは心底喜んだ。もっともらって来るから、もっとすごいのをいっぱいもらって来るから一緒に住んで。そんないつもの言葉を背にアパートを出る。この頃は、玄関を当たり前のように出てついてくる勇ちゃんの背を押し戻すのが一番疲れた。
 その年、ようやっと夜学を勤め上げた。こんな日々を乗り切れたのも、ひとえに十九歳という若さによるものだろう。これが二十歳離れていたら、一緒に住んでいたかもしれない。

 勇ちゃんが十五歳の冬。いつも欠席している三者面談の場に、しぶしぶ行った。先生に、学校が休みの土曜に出てもらうから、などと言われれば断りきれない。教師など苦手だ、まして勇ちゃんのなど。いつかの経緯が頭に浮かぶ。
 私は勇ちゃんと血が繋がっていない。しかも六つしか歳が離れていない義理の叔母だ。なのにそんな場に出るとなれば、周囲からあれもこれも勘繰られる。心底いやだった。勇ちゃんには、一度きりだと、もう二度とごめんだと怒声を向けた。
 誰もいない、がらんどうの校内。学校と名のつくものに来るのもこれが最後と自分を奮い立たせ、行った先は教室ではなかった。校長室だった。自分の学生時代でさえ数えて数度しか入室したことのない空間で、この子が一体なにをしたのか、ひょっとしてなにかをしでかしたのか、いやいや親代わりが欠席するとこんなところへ連れ出されるのかと混乱した。
 いつの間にかすすめられ、いつの間にか座っていた皮張りの低いソファの向こうに座っていたのは、担任の教師ではなかったそうだ。肝心の話は、私に欠落した才能が必要な内容らしかった。まるでちんぷんかんぷんで、泣きそうになった。
「監督、先生、俺が話しますから。空子さん」
 勇ちゃんが担当教師もどきを制して私に説明しようとする。ついつい言った。
「叔母さんと呼びなさいと、いつも言っているでしょう」
 こんなことを口にすれば、余計に詮索されてしまうとも考えられなかった。苦手な話ばかりをしないでほしい、混乱すると余裕がなくなる。
「いいから聴いて、空子さん。要するに、俺の進学先のことなんだ。ふつうの公立じゃなくて、私立はどうかって言っているんだ。学費とか全部出してくれるって」
 ああ、そういうことなら私でも分かる。けれど私は、日々お金お金とぎすぎす言っているわけではない。勇ちゃんには、なるべくそういったわずらわしいことは考えてほしくない。
「お金のことなんていいの。勇ちゃんが行きたいところへ行くのよ」
「俺が行きたいのは空子さんちの近くの学校。空子さんちから通う」
「ありえないこと言わないで」
「どうして、いつも言っているだろ、一緒に住もうって」
 勇ちゃんの言葉を途中で遮って立ち上がった。ここでいつものいさかいをするつもりはない。
「先生方、どうかこの子をよろしくお願いします、私立でもどこでも連れて行ってください」
 目の前の、なにやらな方々に深々とおじぎする。隣の勇ちゃんがすぐに抗議した。
「なにそれ、まるで空子さん、俺から離れたいみたいだ」
 しまった。
「そういう意味ではないわ。ところで勇ちゃん、その私立というのはどういうところかしら」
 勇ちゃんも立ち上がりかけてしまったので、即座に着席した。話をそらすために、さっきの説明を繰り返しさせた。何度言われても私には理解不能なことを何度も説明させて、なんとか話をそらした。面談は結局、うやむやにおわった。
 なんとかそうできたと、ほっとして帰る。勇ちゃんもついて来た。
「さあ勇ちゃん、帰って。私、仕事だから」
 もちろん嘘だ。土日は私とて休みだ。勇ちゃんには、ずっと前から私の職場の休みは不定期と偽り通してある。会社名も、どこにあるかも決して言わない。
「いつ休んでいるの、空子さん」
 今日と明日よ。
「どうして俺の頼み、何も聞いてくれない? いつも、全部!」
 何一つ聞くわけにはいかないのよ。
「きちんと、叔母さんと呼びなさい。さあ帰って。夜に行くけれど、ちゃんと眠っているのよ」
「そんなこと出来ない。何一つ」
 バスが来たので、乗る。乗車口でまで押し問答をした。携帯電話を持っているって知っている、番号を教えて、会社はどこ、送り迎えをさせて……余所様がちょっと耳をそばだててもだけでも、あれもこれも勘繰りたくなるような会話内容だ。私が、それに心底辟易した顔を浮かべてようやっと、勇ちゃんは後ろへ引きさがった。
 自宅で夜までたっぷり休養を取る。それから、重い体を起こして出掛けた。二十四時間営業のスーパーへ寄って食材を買い込み、歩いて二キロメートルの道を行く。街灯のない道は決して通らず。
 勇ちゃんのアパートへ着くと、玄関先でまた座って待たれてしまっていた。
「空子さん」
 私が来たのに気付て見上げるその表情は、あの時からもっとひどくなってしまっている。立ち上がられれば、もう私が見上げなくてはならない。
「どうしてそこにいるの。中で、眠っていなさいと言ったでしょう」
「出来ない」
 こんなところでいつものいさかいをするつもりはない。部屋に入った。勇ちゃんは、いつも私の手荷物を奪うように持って玄関扉を開け閉めする。
「空子さん、今日の話全然聞いていなかっただろ」
「叔母さんと呼びなさい、勇ちゃん。眠って。お茶碗なんて片付けなくていいといつも言っているでしょう」
 つくりおきの朝食、夕食。その後片付けをされてしまっている。こんなことをさせる気はない、高校に上がるまでは。
「どうして俺に何もさせない? 何でもかんでも自分でして、なのにどうして一緒に住んでくれない!? いつまでこんな生活続ける気!!」
 無視した。ずっととは言えないし、高校までとも言えない。いつもこんないさかいだ、それだらけだ。
「夜学、おわったって知っている。なのに何でわざわざこんな遅い時間にしか来てくれない?」
 こんな遅い時間に来れば、早く帰らなくてはならないでしょう、長居せず。それがいいのよ。夜の七時くらいに来てしまえば、一緒に夕食を取らなくてはならないじゃないの。
「行き帰り何かあったらどうする気? 電車もバスも危ないのに」
 そう、勇ちゃんは私が歩いてここへ来ているとも知らない。教える気はない。
「空子さん!」
 いさかいの言葉を、じき耳元で聞く。勇ちゃんはわざとこうしている。わざと私のじき背後に立って、耳に口を寄せて言うのだ。私は包丁という強い味方を手にしているから、それ以上はされない。多分。
「あぶないわよ、どいて」
 これは本当のことなので、背後の勇ちゃんはしぶしぶ離れる。
 いつもなら、その距離はほんの少しなのだけれど、今日は違った。部屋までドカドカと歩いて行った。さては、またメダルを取りに行ったのだろうか。予想していると、やはりその通りだった。勇ちゃんはふたたび私の背後に立ち、わざと私の耳元に息をふきかけて言う。どこで知恵をつけるのやら。
「空子さん、貰って」
 勇ちゃんがメダルを私の首にかける。顔も見ずにありがとうとだけ返事をした。胸元をのぞき見られているとはっきり分かるから、いつも襟のある服を来てここへ来ている。