未来予想図

 幼稚園から帰って来た有弘の様子がおかしい。きりりとした眉毛をハの字にして、母に縋る。もみじの手は片方が母の服の袖を掴み、片方が自身のおなかをおさえていた。
「有、ぽんぽん痛いの?」
 有弘はよく“ある”と呼ばれていた。レイアは“あるにい”と呼んでいる。
「うん……おかあさん、おかあさん……」
 普段快活な有弘は、今日ばかりは元気がない。清子がひたいをやさしくごっつんすると、微熱を感じた。
「風邪だね。有、今日はおかあさんと一緒に寝よ?」
 それは、今日ばっかりは忠弘と致しませんよ、レイアも有とお寝む出来ませんよという合図、と瞬時に察知した二人。ある意味有弘よりも眉毛をハの字にして反抗の意を示した。
「風邪なの。うつっちゃうからだ・め。ね?」
 そっくり同じな表情で、二人相乗で訴えても、今日ばかりは聞き入れて貰えなかった。
「ここ? ここ痛い?」
 母として、まずは患者が最優先。清子はレイアを忠弘に任せ、有弘のおなかをさすって上げた。
「ここ? 有、おかゆ食べたらお寝むしようね」
 やさしくおなかを撫でられて、有弘は具合が悪いのに、熱で淡く染まったぷにぷにのほっぺをまるく緩ませた。
「おかあさん、おかあさん」
 母は息子を抱き上げて、おなかをさすりながら寝室へと向かった。
 取り残された父と娘。レイアは涙をにじませていた。
 忠弘だってそういう気持ちだったが、その前にレイアを軽々抱き上げた。
「あれ、されたいか」
「……うん」
 子供は素直だ。忠弘はたった今初めて知った行為を見よう見まねした。まず、ひたいごっつんをして上げる。
「今日は俺と寝ような」
「うん」
 ぷにぷにのほっぺがまるく緩む。有と似ているけれどもう、女の子だなと忠弘は思う。
「こうか?」
 レイアのおなかは小さくて、清子のようには上手くいかない。
「おとうさん、おとうさん」
 おかあさん、おかあさん。
「大丈夫だ。さぁやが看てるんだぞ、すぐ治る」
「うん」
 気持ちよさそうに目を細めて、あったかい大きな手に全部預けて。
「有の具合が治ったら、みんなで寝ような」
「うん」
「今日はどんな話を聞きたい?」
 ガラス玉のような大きな黒目をくるんと向けて、照れたように。
「しんでれらの……」

 一週間後、万年新婚夫婦の愛の巣にて。
「さぁや……」
 甘え縋る忠弘は、ふとんの上であおむけになり、ごつごつ割れた腹を妻によく見せた。
「もう」
 清子はしょうがないなあと想いながら、やさしい手でよく撫でた。
「ぽんぽん痛い?」
「うん。さぁや、さぁや」
 よく、よく撫でた。
「憶えて、る?」
 病気して、おなかをさすられたこと。昔々の褪せた記憶。
「忘れた。だから、ない。……有に妬いた」
「もう……」
 我が子にヤキモチを焼かないで欲しい。
「レイアだって妬いてたぞ。双子なんだ。……さぁやに心配されたい」
 また拗ねて。清子はひたいを近づけ、そっと触れ合わせた。
「お熱は?」
「冷めない」
「ン。じゃ看病して上・げ・る」

 それより数時間前、子供部屋にて。
 有弘とレイアは兄妹だが、男女であるので、それなりの歳になったら別々の部屋を持つことになるだろう。だが双子だ、男女なのにそっくりで、そして仲がいい。物心つく前からこの二人、ある意味もう独り立ちしていた。
 自分達の両親は男女で、だから二人っきりにして上げたい。そういう意味で。
「いまごろおとうさん、だいまんぞくだろうな」
「うん」
 二人は絵本を見ながらその通りに読まず、あり得っこない空想の物語を言い合っては、ハチャメチャにつなぎ合わせていた。
「おとうさん、やきもちやいてただろ」
「あるにいがわるいんだよ」
「しょうがないだろ」
 拗ねるところもそっくりだ。
「なんでこういうとき、れいあもおなかいたくならなかったんだろ」
「そういえばそうだな」
 この二人、お互いが双子だと、かなりの意味でもう分かっていた。誰かに教わる必要はなかった。
 双子だから、お互いがいたから、こんな歳からもう両親と別の部屋で就眠することに、なんら抵抗はなかった。ごく自然なことだった。二人の心からの望みだった。父が、母が、ずっとぴったり一緒に、仲よくいてくれること。
 有弘もレイアも、親が諍う姿を見ることは終ぞなかった。

 翌朝、昨日比数割増なご機嫌っぷりで朝ご飯をかっ込む父の姿を見て、双子も数割増に笑顔になった。
『いってきます!』
 今日も山本家に、そっくりな三人の声がこだまする。