10

 一切を知らない忠弘は、清子と違って廊下に服を投げ捨てながら脱ぐという無作法をしない為、寝室で脱ごうと思っていた。引き戸を開ける。
 目の前には、贈った品以外一糸纏わぬ妻がいた。
 清子は、二十三年と数ヶ月で一番の笑顔で夫を出迎えた。腕をなまめかしく忠弘の首に回す。
 全ての想いを込めて。
「忠弘」
 その表情、忘れない。
「好き」
 くちびるを寄せ、ゆうるり目を閉じて、もどかしげにキスをした。少しだけ開かれたそこから舌を差し入れる。体をぴったりと押しつけ、全身で感じ取った。
 今まで、一度だって応じて上げなかったキス。だから搦めた。
 して。して。して。
 深く、深く、深く。
 角度を変えて。でも身長差があるから、清子だと上からは出来ない。
 応えて。応えて。応えて。
『ン……ン……ン……』
 二人、共にくちびるで応じた。初めての、一方的でない、両想いのキスだった。舌を合わせ搦め取る。歯列も嬲って唾液を味わい、貪り合った。
 忠弘はゆうるり清子のお尻に手を回した。両手でそれをがっちり掴む。力強く足を浮かせた。清子は脚を忠弘のそれに搦ませる。
 濡れそぼった秘処と、屹立した忠弘。そこでもう、セックスしていた。忠弘は清子の尻を掴んだまま上下に。秘処と屹立がこすれ合う。
 上の口は唾液でまみれ。下の口は愛液でまみれ。
 指、挿れても、いいよ?
 でも忠弘は、もうそんなもの挿れる気はなかった。しばし服の上からセックスして、その体勢でベッドまで歩く。
 仕方なく清子を離し、ベッドに投げ落とす。もどかしげに上着を脱ぎ捨て、ネクタイを引き抜き、シャツはボタンから全部一気に吹っ飛ばし、ベルトを外し、スラックスを落とし、ボクサーブリーフを苦労して脱ぎ捨てる。
 清子は両腕を上げ、おいでポーズをした。
 来て。来て。来て。
 忠弘は清子の膝を割ると、脚をM字に開かせた。
 欲した秘処を視姦する。喉が鳴る。
 番いの鎖をした全裸の男女がベッドの上。両腕を背に回す。
 来て……
 刹那、忠弘は怒張を清子の最奥にぶち込んだ。
「ッッッーーーーーーー!!!」
 ギリっギリ、爪が背に食い込む。構わず全部沈めた。
 しばし中を堪能する。これが眠れぬ毎日想い続けた清子そのもの。
 忠弘の全てが清子の全てを。
 耐えられなかったのは清子の方。腰を卑猥に、まずは引く。がっしりと抱かれている、だからほんの少し。自分の中の忠弘の脈打つさまを堪能し、すぐに押し戻した。ふたたび、恥毛と恥毛が合わさる所まで。
 あとはもう、一緒に、だよ?
 想いの全てを受け取った忠弘が今度は引く。抜ける直前まで。すぐに二人押し戻して、合わさる所まで。繰り返す、律動は徐々に早まり、ぶつかり合う。激しく上がる水音。濡れた瞳で視姦し合う。
 言って……言って、言って。
「さぁ、や……」
 ハァ、ハァ……
「や、っと……」
 ハァ、ハァ……
「……や、っと……!!」
 ハァ、ハァ……
「やっと……さぁや!!」
 うん……
 忠弘の力の方が強くなる。清子は自分の下のシーツと共に枕の方向に後ずさる。それでも、力は足りなくとも同じ早さでぶつけ合う。
「やっと、……結ばれた!! さぁや、愛してる!! 愛してる愛してる愛してる!! さぁや、言って!!」
 清子は忠弘の背に回していた手をほっぺに添えた。まずはキスを。開けて、くちびるを触れ合わせ、舌をレロレロ搦ませ、幾度も角度を変え、激しく貪る。淫媚な音をわざと残す。
 上も下も、繋がり合って、想い合って、銀の糸。
「愛してる。忠弘」
「……さぁや……!!」
 ほんの少しだけの距離を自分から。ずっとこうしたかった。もどかしいだけの直近、もうそれはない。
 もう一度、舌だけ離す。とろける糸、溢れる白濁。触れ合わせる為にあるくちびる。
「さぁや、結婚して!!」
 音を立てて突かれ続けるカラダの最奥。頑なに閉ざしたココロの扉。開かれる、禍々しい凶暴な愛情で。それはもう、なにもかもが激しくて。
 だから、まるで囈言のように。
「うん……結婚しよ、忠弘」
 火傷しそ。
「さぁや……!!」
 ハァハァ・ハァハァ、荒い息。
 言って貰った、応えて貰った。だから諸共。なにもかも奪う。モノにした、手に入れた。だから、
「……行くぞ」
「ぅんっっ!! ……ぁアあああああ!!!」
 噛み付くようなキスが始まりの合図。
 ミリミリと音まで聞こえる、灼熱の怒張が奥を突き上げる。
「あァぁああああああンッッッ!!」
 子宮口まで犯される、脳天を突き抜けるコレが快楽? それなに? そんなの、
「超えてるよぉ、た……た・ただひろぉ!! ひっ・ひぁああああ! あっ、アッ・あ・ああああ!! ぅン! う・ぅあっ、あっっっ、あ・ン、あ……あ!! んぅ!! ひぁっっ! んっ・ンッッッ! ぅ……あぁ、あ・はぁ、っっ、ぁっっっっ、ぅ、あ・あ……あ、あ、あ!!」
 ズル抜く、一歩手前まで、抜かれるまで快楽なんて知らなかった、なにもかも引き抜かれる想いまでがイイ。すぐに突かれる、抜かれて突かれて想いが弾ける。
「イイ……さぁや、イイ……はァ……ッ!」
 知らなかった、知らなかった、これはなに?
 こんなのなに!? こんなのあるの!?
「ねえ、ねえ!! ただひろぉおおおお!!」
「イイ……イイ……さぁや、愛してる!」
「ぁうッッ!! あ……あああああああっっっっ!!!」
 奥まで突かれて、抜かれて、熱くて、
「すゴ……いッッッ!! ひっッッ、ぅっっ、あ! ああああ!!! いゃああああ!!! やだぁ、やだぁ、もう、もう!」
 あの時でさえ快楽で。指も舌も凄過ぎたのに、この圧倒的な灼熱の存在、なんて、
「もう!? もうなんだ!!?」
「ひぁあああああッッッッッ!!」
 ぐちゅ、ちゅぷ、ずぷぢゅぷ、くぷん。じゅぷっ、ちゅく、びっちゃびちゃ、ずぷっっ。
「ひっ・あぁ、あ・ああああ!! はぁっ、はあ、ン、あ!! あっ、あぅっっ、はぁああああああ!!!」
「あ……ハ……さぁ……や、さぁや!」
 乳首に、キスして、唾液残して、乳房が揺れて、
「イイ……イイ……とけちゃう、きもちいぃいっっっ!!」
 はぁ・はぁ、はぁはぁはぁはぁ、
「もっとか!?」
「もっとぉおおお!!!」
 腰で応える、卑猥に・卑猥に、直情に前後、だけじゃなくローリングかまして、波の最高潮に激しく奥に。
「もっと! もっと、もっとぉおお!!! ねえ、ねえ!!」
「もっと? もっとピストンか!? 言え!!」
「ぁやあああんんっっっっ! も・もっとピストン、ちょうだい、ねえっっ!!!」
「ハ、俺よりエロだ!!」
「ッッッッあぁああああぁあああ!!」
 ずぶずぶずぷぢゅっ、卑猥な水音の上がる結合部。
「ぃは、あ・あああ!! はぁあ! あ・あっ・あっっっ・ア・あ! ちょ・た……ただひろぉ!! ぃっ、ひっ・あ、あああ、ひんっ!! あぅっ、あ……いい、いい、きもちイイぃ!!」
 大きな手が美乳を鷲掴み。卑猥に・淫猥に・淫靡に。
「いい・あっ、よ過ぎ、……アッ、あああ、ああああああ!!!」
 びっくンびッックん、なにせ本番、あの日とは較べられない、この快楽、
 頭が真っ白、ううん白濁、ずぶずぶ犯される、脳天から上がる嬌声まで犯されて出来たモノ。
「すきぃっ、すき、すきすきすき!! ただひろ、すき・あいしてる!! も・……あぁ、あ・あ・ぅ・ン!! んんん!! あ……はぁ!!」
 もう脚は解かれていた。とても、ぐいぐい寄せるなんて出来なくて宙ぶらりん。そのスレンダーな太ももがぐいと大きな手で。足のつま先まで美しく整えられた爪が空を切る。
 ズッコンバッコン、猥褻ポルノな忠弘の腰が清子の淫乱なアナをひたすら求めて。求めて・求めて・快楽快楽、振りまくりの腰に応じる清子の喘ぎ声、ソコで響いて抜けて行く。
 美乳が激しく、ベッドのきしむ音通りにぷるぷる揺れた。
「けしからんチチだ……」
 その乳房の谷間、欲しくて顔を埋めた。
「さぁや、チチでぶって、俺を……」
「ぅうん、あぁう……うっっっっ・アッっっ・あ・ああああぁああっっっっ!!」
 揺れてぷるぷる、その通り嬲る。
 ぢゅぷん、じゅっ、ずぶずぶズブズブ、過激なインサート、弓なりの背、上がる嬌声、啼いて啼いて喘いで喘いで、ヨダレまみれの上のくち、なにを口走ったらいいか、
「あ……・あああああああいしてるぅううう!!! も・もう、もう!!」
「まだだ……まだだぞさぁや……!」
 乳首を攻める忠弘、癖なのか、口を大きく開けてそれからすぼめてコリコリのそれ、楽しむように。舌でチロチロ、れロれろベロべろ。
「ひっっ! ぁううううう!!! いいっ、はぁンっっっ!! いぃ、いい……いいよぅ……!! ひっ・いやあああ!! ぁ、あああ・あ・あ……あぅうう!!!」
 がくがく、ぶるぶる、びっくびく。ずちゅぐちゅぐぷぐぷ、ずぷずぷ、音まで繋がって、
「どこも性感帯ってか……だが一番はやはり……」
「んぁあああああ!!!」
 ミリミリ奥までズドン一突き。デカい灼熱の怒張に体が真っ二つ。
「子宮口……最高ださぁや……天国……やっと昇れた」
「はぁあああッッッ!!! あ・あああ、ああ、あ・ああ、ン、ん・ん・ン・ぅあ! っ、っ、ッッッッ!!!」
 突かれて抜かれる一歩手前、こねくり輪わす、激しく生で。
「ぁンッッッッ、あッッッッ、あ・ああああ・ぁああ! はぁああ!! ぃ・う……あ・ぁああああ!!」
「もっとだ……もっと鳴け、さぁや……言えよ、言え!!」
「すきぃいいいい!! すき、すき、すきぃ!! あいして・あ……あああああ!!! た・た……ただひろぉおおお!!!」
 ぢゅくぢゅく・ぢゅっぷん、ずぷずぷ、びくびく、
 乳首吸って、口吸って、アナ攻めて、揉んで掴んで飲ませて与えて、啼かせて泣かせて攻めまくる。
「きもちいいっっっ、いい・いい・すきすきすき!! ぁあ!! ああああ!! もっと!! ひっ・あっ・ああああ!! ぁあン・あぁん・アあん・あぁん・あぁん、あぁ、ぁあ、ァあ、あぁ・ぁ・あ・あ・あ!!」
 びくびく、叫んで、ベッドが軋んで、愛液飛び散って、お尻を伝ってシーツもぐちょぐちょ、迸る飛沫、愛欲図。
「あぁう、ぅうう!! ひゥウうう!! いい・いい!! もっとお!! も・もだめええええ!! とける、やぁだぁ、こわれる、ぃやあああああ!!!」
「もっと……もっと鳴け、喘げ……聞きたい、さぁや、……ぁ……!」
 はぁはァ、イって、お互い啼いて、ポイント攻めて、上げ潮に合わせてもっと激しく。
「イイ、イイ……さぁやの膣、さぁやの膣、さぁやの膣!!」
「ハァ、はぁ・あ・ひっ、ひうっっっっ!」
 ぞくぞく、ずぷずぷ、トロトロのソコに硬いソレ、攻めて犯して全部致して、
 グイ、枕を持って来て腰の下に当てて、
「!!? っっはぁあああああああ!!!」
「ほぉら……もっと奥まで……ハ、壊れるな」
「っっっっぁうううう!!! い、いやぁああああ!! あっ・はぁっっ・だめっ!! んっっ・ん・ん・ん・ん・ん・ん!! ぅっ・っ・っ・っ・っ・っ・っ・っ・っ・っ・!!」
「声抑えたら……どうしてやろうか……」
「いぁああああ! 抜いちゃやだ、抜いちゃやだぁあああ!!」
「俺よりヤらしい……いぃぞ、いい……イけさぁや、イっちまえ! 愛してる、あいしてるあいしてるあいしてる!!」
「……も! もぉイく、イク・いくいくいくイくイくイく……イっっっっちゃぅうううう!!!」
「イけさぁや! イけイけイっちまえ!!」
 はぁはぁ、ひぃひぃ、ぁーあーあーぁーー、嬌声と軋む音、卑猥な水音、カラダとココロがぶつかる破壊音が愛の巣を満たす。
「襲いたかった!!」
「襲われたかった!!」
「犯したかった!」
「犯されたかった!!」
「セックス好きか!?」
「すきぃいいい!!」
「だったら!!」
「ぅンっっっっっ!」
 も、イこ、二人で一緒に。
 忠弘の腰がぶるぶる震え始めた。射精が近い。
『イっっっっっくぅううううう!!!!』
 深い情感を湛えた甘さを吸った。絶頂の刻、なにかが見えた。

 びっクんびっくン、精子を注ぐ。焼けるような快楽。惚れた女の中に生出し、もう最高。
「は……ァ」
 何度も、何度も注いで。ビっくンどっクん、ぞくりゾクゾク。
「ハ……あ」
 びゅるるるる。びくン、どぷどぷ。犯し尽くして出し尽くす。
「は……ゥ」
 組敷いた女は、もう、生理的にしか反応しない。今までだったら有り得ない、とことん甘ったるい喘ぎ。感じまくってイきまくって。支配した、やっと、全て。
 想いを吐き出し尽くすと、一息ついて、それでも抜けるわけがなくて、脚をM字にさせたまま、ぐったりした新妻の白い美肢体を堪能して、ちゅぅとキスした。朝のお返し、舌付きで。
「さぁや……すき」
 お返しした。白い無防備なのどにも、タグにも。打刻面に満足して、それにも。人差し指で自分のくちびるに触れ、清子のそれにちょこんと。それから、
「起きて下さーい、なんて……」
 苦笑したら、なにかが落ちた。
「……?」
 ぽたぽた落ちる。なんだろうか。
 清子の美肌と触れ合う瞬間、ミルククラウンを見た。けどそれは白濁した自分のではなくて、
「……涙……」
 ボタボタ ボタボタ ボタボタ
 とうに忘れた存在だった。あの日を想い出す。
 流れるままに任せた。意識すると熱かった、体温よりも。そのままにした。惚れた女に甘く滴る。
「こんな快楽が……」
 あったのか。こんな想い、知らなかった。想像も出来なかった、したくなかった、幸せなど。未来など。
 同じ名字の認識票が、頼りない、やわらか過ぎる首元で、やわらかな息遣いと共に揺れる。
 SAYAKO YAMAMOTO
 TADAHIRO YAMAMOTO
“忠弘”
“これはね”
“死んだ時に、認識して貰う為のもの”
“戦死時には、遺体なんて原形を留めない”
“おじいさんもそうだった”
“なにも遺らない”
“人が人を殺しちゃ駄目なんだ”
“だから子孫が憶いを受け継ごう”
“だから”
“どうか”
“こんなもの要らないほど”
“綺麗な体のままで……”
 首にかけられた時の護りの言霊……よく憶えていない。
 憶えている言葉は、そう……。
“夕ご飯、なんにする?”
 どう応えたただろう。
“幼稚園の先生の言うこと、よく聞いて”
 うんと応えただろうか……
 甘えて縋ることしか知らない昔々の、褪せた記憶。
 ボタボタ ボタボタ ボタボタ
“迎えに行くからね”
 やわらかい声。やさしい声。
“大っ嫌いですから”
 冷たく吐き捨てる言葉。
“あたし、ただひろ君だいすきー”
 幼稚園児特有の甲高い声。
“山本君って背が高くてスタイルよくて、センスもいい、声もいい、笑顔がスキテなハンサム。営業成績抜群”
 そんなこと一度も言われなかった。誰からも褒められなかった。あの日以降。
“嫌いだからですよ”
 なにをしただろうか。
“山本さーん、飲みに行きません? アタシぃー”
 どうして寄って来る? そんなにハンサムとやら、か。だったらあの日、何故皆俺を捨てた。捨て続けた。誰もが俺を見れば顔を背けた。
“山本君、君はウチのホープだよ!”
 金を稼ぐとっかかりを見つける為に、どれだけの思いをした。履歴書? なにをどう書けばいい。なにもないとでも?
“どうやって生活したんですか”
 ああ、初めて応じて貰った。とても嬉しい。
 ボタボタ ボタボタ ボタボタ
“独りでせっせと泣いて下さい”
 本当に泣いたよ。泣かないと決めていた、意味はないから。すぐに凍るから、あの大地ではなにもかも。
“いただきます”
 君を戴けるなら死んでもいい。
“カレーはバーモントカレーって決めてるんです。面倒な時はボンカレーで”
 ボンは分からないが、君を食べられるなら死んでもいい。
 初めて美味いと想ったよ。初めて熱いと想ったよ。
 こころから望んだ。あの茶以来の、味のするごはん。
“お弁当作りましたんで”
 それは好きという意味だと、解釈していいだろうか。
 ボタボタ ボタボタ ボタボタ
“帰ります”
 ここに? 俺の元にならいつでも帰って。
“コーヒー飲みますか”
 営業だから、行く先々で飲まされた。ただのインスタント、熱いも苦いも分からない代物、俺に言わせりゃ毒が入っていたって同じ、それを毎日何杯も。
 熱いんだな。知らなかった、美味い苦み、よく聞く言葉、初めて理解した。
 ボタボタ ボタボタ ボタボタ
 手弁当なんていつ以来だ? そう、確かあれは……ピクニック、とか……で、だったような。
 ボタボタ ボタボタ ボタボタ
 人前で泣いたよ。周囲に驚かれた、いよいよかと言われて想わず微笑んだ、そうだと。
 帰ったらまたいなかった。焦ったらいた。君は不安そうで。いつも冷たく毅然と俺を吐き捨てるから、まるで正反対なソレにそそった、想わず。抱き締めた、だから。
 鼓動が一緒。とても温かい。それも一緒。
 礼など、ほっぺにキスかと想ったよ。引っ越すと言ってくれた。それは襲ってという意味だと、想っていいだろうか。
 ボタボタ ボタボタ ボタボタ
 指輪を填めてくれた。ダイヤモンドはプロの友達が選んだ、婚約指輪はほとんどダイヤだと。だが俺はあれがいいと想った。君はそれを迷わず選んでくれた。填め続けてくれた。大事にしてくれた。それは俺そのもの、そう想っていいだろうか。
 知らないだろう君は。あの日助手席で、俺の名を呟いてくれたことを。
 だから行きたくなかった。君を置いてあの地になど。もう二度と、極寒の地には戻りたくなかったのに。
 踏み締めたくもない大地で、繋がらない携帯を睨みながら三日間、夜を明かした。
 君が怖いよ。怖いんだ、触れれば壊されるのは俺の方。
 好きと言って、好きと。そして起こして、俺を。
 笑って言って……
“起きて、忠弘”
 ああ、想い出した。言われたな、毎朝。
 これでも俺は寝坊助で。寝起きが悪くて、いつもグズって。
 あの日の夕飯はなんだった? 想い出せない。
“もう動かないの?”
 惚れた女はイっちまって動かない。びっくンびッくんも精子を注ぎ終わったら止まった。第二ラウンドまでの、束の間の休息。
“動かないよ”
 ピクリとも動かない。白い喉をあらわに見せて。ソコは急所だ。鍛えられない、決して。
 崖、谷、急流、何度も足を滑らせ落ちた。喉などやられたら即死だった。そうしたら、激痛もなく死ねただろうに。
“だって”
“もう”
 動かない。組み敷いて動かない、惚れた女。
「……さぁ、や」
“あれは”
 ボタボタ ボタボタ ボタボタ
“単なる”
「さぁ、や……」
 病院の霊安室で見せられた。重なるどころか、どっちがどっちかも分からなくて、分けられもしなくて放置された、混濁するドス黒い、二人分の物体。縺れ合う鈍く光る番いの認識票。
“搾り取ってたんだって、客から金”
“亡者だな”
“文字通り、死んで当然”
“なのに何故生きている?”
 ボタボタ ボタボタ ボタボタ
 元は生きた、生きて俺を迎えてくれた筈の、
「さ、ぁ、や……」
“生きてないんだ”
“だって”
“コレは”
“ただの”
 動かない、
“肉塊だから”
「さあやああああああああ!!!!!!!」

 どこか遠くで声がした。
 気怠く起きた清子の目の前には、惚れた男の厚い胸板。がっしりとしていて、女とはいえ人ひとりが乗ってもビクともしない強固な体躯。
 その全てに痛々しく刻まれた、大傷の数々にくちづけた。
 音を立て、よく聞こえるように。癖を真似して、咥える時のように大きく口を開けてむしゃぶりつき、それからすぼめる。舌でベロリ、レロレロと。
「さぁや……」
 ゆっくりと顔を上げた。惚れた男の両目が腫れぼったい。この男が泣く理由、存在はただひとつだけ。
 静かに微笑む男こそ、観音様のようだと想う。
 ソコにキスした、よく舐めて……いつも泣いて。滂沱、なんて言っちゃって。……ほんとに泣いてたって、知ってたよ……
「さぁや……」
「ン……」
 言いたいことなんて、分かってる。
「さぁや……言って? 全部言って……」
 うん、言う……よ。
 どきどき、どくどく……だって、……愛の告白。
 一世一代。そんな刻って、ほんとにあるんだ……
 よく、よく見つめた。
「忠弘が好きだった、ずっと前から愛してた……」
 熱い怒張に穿たれたまま、やっと素直になれた。言ってしまえば簡単だった。でもその分だけ簡単に捨てられる、そう想うと怖くて、いつでも言えた言葉を飲み込み続けて。
 もうあんな想い、しなくていい。
 させないよ……
「言って……もっと……」
 どくどく、ドっクドク。心臓があちこちいっぱい。繋がってるトコ、触れてるトコ。
 されたように。激しく鼓動するトコロ、くちびるで乳首を攻めた。両方、愛しくて、熱くてもどかしい。
「一生、手料理作って上げる……」
 番いのタグにもキスをした。されたように、ちゅく、ちゅっ。よく音が聞こえるように。
 キスのたび中で脈打つ。感じて締める。互いの腰が妖しく蠢く。
「もっと……」
 髪を手でそっと、優しく撫でられる。隆々の胸筋をベロリと舐めて顔を上げた。
「一生養って、一生縋って、一生甘えて、一生愛して……」
 やっと満たせた、惚れた男に。
「もっと……」
 大きな両手がお尻に。がっちり掴まれて、さらに深く。
「もう離さないで、抱き締めてて、もう離れない……」
「もっと……」
「一緒に生きよう……忠弘……」
「うん……」
 二人、吸い込まれるように。目を閉じて、想い合ったキスを交わした。激しく猛々しく貪り尽くす。
 伝える為、舌だけ離した。ダラリ垂れる銀の糸。
「いつから眠ってないの……」
 愛情よりも激しくて。
「捨てられた夜から……」
 劣情よりも醜くて。
「気が付いたら何日も寝ていなかった、どうやって眠ればいいか分からなくなった、いつもまんじりともせず朝が来て、ああまた眠れなかった、明日こそは……何日か不眠を続けて一回だけ二・三時間、ただ重くて疲れて……」
 絶望よりも不合理で。
「今となってはガキの頃など忘れた、初めて熟睡したのはさぁやを連れ込んだあの日……」
 そんな思い、もうさせない……。
「私の夢、見た?」
「見た……初めての夢がさぁやだった……さぁやしか見れない……」
「嬉しい……よかった」
 エロい舌こそ離れても、遂げ合った想い、もう分かたれない。忠弘の熱い両手が清子のお尻を淫媚になぞる。応える清子は、美乳と褒められた乳房と乳首を忠弘の逞しい胸板に押し付ける。
 も、イきそ。
「……さぁや……前から綺麗だが、今夜は一段と……眼鏡どうした? 俺が見える?」
「見えるの……忠弘だけ見える……」
「嬉しいが……そんな綺麗だと……もう誰にも会わせたくない、皆さぁやで勃ってしまう……」
「そんなの知らない……忠弘、して、見える所にいっぱい、いっぱいキスマーク付けて、私は忠弘の所有物だから……」
「さぁやは物なんかじゃない……が、見える所だけか……?」
 迫って来て、ほっぺをベロリと舐め上げられる。ざらつく唾液にゾクゾクする。火照ったカラダ、溶け合うココロ、うっとりする。
「ぁン……全部……でも」
 そんなコトされると締まっちゃう、よ?
 締められると突きたくなる、が?
「どうした……?」
 性に濡れた声、優し過ぎて。
「もう抜いて欲しくないから……付けられる、ところ、に……」
「抜かず体位変えりゃいくらでも……」
 この通り、そう言わんばかり、更に脈打つ怒張。熱くて激しい、猛々しくてもどかしげで。忠弘そのもの。コレが好き。
「ン……忠弘、なんでも言ってね、全部その通りにするから、なんでも言うこと聞くから、一生……」
 ちゅく……音を立てて。くちびるを触れ合わせ、舌をレロレロ搦ませて。言って欲しくて貪り合う。糸を切らさず伝え合う。
「だったら会社を辞めろ、月曜朝に辞表を出せ。俺は嫉妬深い、誰にも引き継ぎなどするな、誰とも一言も喋らずその足で家に帰れ、俺達の家を一生守れ」
 一言伝えるたび激しくキス。ダラリ伝う銀の糸。視姦し合う濡れた瞳。
「ン……ね、それ私の上司に言って? 私、誰とも喋っちゃいけないんでしょう、ね……?」
 番いのタグが触れ合って音がした。鼓動する逞しさの上にピンと勃つ乳首の周りに、人差し指で「の」の字を書いて上げる。
「ぁあ……イイ……可愛いなさぁや……」
「お返し、して……ぇ?」
 言いながらすり寄ってキス、分からなくなるまで角度を変え貪り尽くす。
 したくて、されたくて離す。上体を起こす清子の、忠弘お気に入りの美乳がぷるんと揺れた。ソレを揉んで、お返し、ほんのり桜色の乳輪を攻める。
「……ン」
「エロい……」
「忠弘、も……」
 痛いほどの力で、なのに。これがいい。これでなきゃいや。
「……そう、だな……俺の言うこと聞かなきゃ大会社に、六割の話はなかったことにしろと言って来る、とでも……言うか」
「ン……あと、なに……言う通りにすればいい……?」
 愛しの乳首、ピンと弾いて。熱い大きな手で、怒張で圧迫された清子の下腹部を淫媚になぞった。
「……そもそも、誰とも会わせたくない、……もう出社しなくていい、家を出るな……」
 こんな淫乱、一人で外に出した日には誰とナニをしてくれやがるか……と、自分のことを棚に上げ、忠弘は想った。言えはしないが。
「忠弘と一緒に出社したい……ずっと夢だったんだから……」
「そう、だな……俺も夢だった……」
 この誘いまくるスレンダーなエロ腰、くびれを抱いて見せつけてやろう。実にいい案だ、さすが俺の妻だ。忠弘はまた清子にしびれた。
「首筋に死ぬほど付けてやる……」
「ン、いっぱい……」
 だったらその前に。すべすべの肌に死ぬほど付けて犯る。気分もなにもかもここまで盛り上がって沸騰しまくり、もっと言って欲しいし言わせたいが、まずはイかせて犯る。
 そう想った忠弘は早速実行、清子のエロ腰を引っ掴んでドガンバガン、ぐっちゅぐちゅ、しこたま突きまくった。啼かせ喘がせイかせて叫ばせ、愛してる忠弘とヨダレまみれでイわせて、発狂するほど愛し合う。
 絶頂かまして射精しまくり、ビっくンびッくん、仰け反ってイく惚れた女の爛れた狂態、絶景を堪能しまくる。だがどれだけ犯しても満足出来ない、抜く気は無し。
 惚れた女はまたもぐったり、一見動かない。
 いや違う、動かないんじゃない。息をしている、熱い、こんなに、だから大丈夫。もう、
 一緒にと言ってくれたから。
 さっきの体位は美乳が押し潰されて苦しそうだった。駅弁の横に寝た版、横笛でもしよう。
 まだまだ言わせたいことがある。全身の力が抜けた清子と向かい合い、自分の体に片脚をまきつけさせて、ねっとりキスして起こした。
「さぁや。愛してる、起きて……」
「……ン……ぁ」
「まだだ……まだ……全然だ、さぁや……」
 ちゅく、ちゅっ。音を立てて。
 意識を淫媚に引き戻された清子。そう、眠りこけちゃいけない。キスを返した。すぐさま貪り合う、脚に力を込めた。
 これ、ちょっと動きにくいな……。
 何度も、何度も角度を変えて貪り、唾液を交換し合う。切れない糸まで視姦し合う。
「なにを……訊いてもいいか、全部、答えてくれるか、言ってくれるか……全部」
 くびれのエロ腰、さらに激しく引き寄せ、くちびるを触れ合わせた。
「うん、いいよ……全部……」
 連れ込んだあの日、一等最初に訊きたかったこと。自然、忠弘の瞳が禍々しく変貌する。
「何故大嫌いなどと言った、俺がどれだけ……」
 男の凄み、怒りの声。言われると想っていた、答えなきゃいけなかった、初めてのこの日に。
「ごめんなさい……」
 とても目を逸らせない、そんな体位でも状況でもない。謝らなきゃいけなかった、一等最初に。
 嫌われたかった。そうすれば楽だったから。
 たったそれだけで、どれだけ永い間地獄の谷底に居続けだったか、分かってもなお。
「そんな言葉など聞きたくない、理由を言え!」
「だって……」
 怒られて当然、だから愛して貰えるなんて想わなかった、止めてって、早く冷めてって想った。
「だってじゃない、言えさぁや!」
 ぎゅうぎゅうに、熱く激しく抱き締められる。直近よりもなお近く。
「だって……だって、忠弘はカッコよ過ぎるから……モーション、掛けられてたのは分かってたけど、……どうして私に、って……想って……」
 顔を合わせるのも辛かった、それで視線を落としてしまった。無論、許されはしない。腰に回された大きな手が、あの日かき寄せられたように髪をかき分け頭の後ろに回される。きつく、深く猛々しく貪られた。力が追いつかなくて、あの日のようにただ受けた。
 それでも、どうしてこんなに、突き抜ける快楽?
 急激に舌を解かれ怒声を浴びる。
「それで無視したのか、し続けたのか、俺がどれだけ!!」
「ごめんなさい!!」
「聞きたくない!! 愛してる以外なにも聞かん!!」
「……忠弘!!」
 言い訳でしかない哀願は、聞き届けて貰えなかった。
「何故呼ばなかった、名前も名字も、……そちらさんだと!? 二度と聞かん!!」
「怒らないで!! 許して、私を愛して!!」
 清子こそ縋りついた。甘えて懇願し許しを請う。
 あの日を想い出したのだろう、禍々しい怒りはそのままでも、惚れた女が狂うほど愛しくて堪らなかった。
「……さぁやに、……怒るなと……許して、愛してと言われれば……俺が止まると想っているな……甘いぞさぁや」
 そう言いながら、貪る舌も、においも甘かった。
 堪らない、止まらない。
「だったら……どうすればいいの……なんでも、するから許して……」
 清子も忠弘の首に回した手に力を込めた。奥まで突かれるたび爪で引っ掻いた背中に指を這わせる。
「許して……愛してる忠弘、お願い、許して……」
 もし許して貰えなかったら、もう、どうすればいい?
 途端激しくキスされて、激しく離され怒声を浴びた。
「何故大嫌いなどと言った、理由を聞いていない、質問に答えろ!!」
「……っ、あの……自分でも、分からない」
 小声でしか言えなかった。
「なんだと!?」
 聞こえない、はっきり言え。そう命じられて、もう目を合わせてなどいられない。ぎゅっと瞳を閉じて叫び返した。
「知らない間に言っちゃったの、どうして言ったか分からない、怒らないで、怒らないで、私を捨てないで!!」
 男くさいのど仏に顔を埋め、いやいやして許しを請うた。
「誰がさぁやを捨てる!! さぁやこそ俺を捨てる気でいるくせに!!」
 反射的に顔を上げて反論した。
「そんなことしない、出来ない!!」
「だったら何故鍵を捨てた!! ずっと捨てる気でいたくせに!!」
「だって!! なんでそんなカッコいいのに私が好きなの!?」
 お互い一番言いたかった、訊きたかったこと。こうならなきゃ訊けなかった一番の本心。
「理由は言った!! 何故家を出て行った、いつも痕跡を一切残さず荷物をきれいさっぱり片付けて!! ずっと家を出る気でいるだろう、今すぐ家を出て行く気だろう!!」
「そんなことしない! 愛してる忠弘!!」
 ぎゅうぎゅうに抱き締め合って貪り合った。これ以上の結びつきがあるなら躊躇いなくそっちを選んだ。
 音を立てて激しく舌を解く。
「二度と出るな、一歩も出さん!!」
「だってそしたら一緒に出社出来ない……」
 のど仏にすり寄った。甘えたかった、なんでもして上げたかった。
「……。くそ……何故さぁやはそんなに綺麗になった……元々綺麗だが今夜はいきなりもっと綺麗だ。……俺がいない間なにをしていた……」
 グイとあごを捕まれて、顔を上げさせられる。本当に端正なマスクだと想う。直近で迫られるたび、想いを告げられるたび、なんということはないという表情を作り続けなきゃいけなかった。本心を隠す為どれだけ気を遣ったか。
「忠弘にされてると想いながらオナニーしてた、見てたじゃない!!」
「……確かに。だが……異常過ぎる……なにをしていた……一課長となにを話した、なにが勘弁だ、全部話せ」
 清子は怒った。たとえ誰であっても、惚れた男の口からこんな時に、自分以外の存在のことなんて言われたくない。
「忠弘とセックスしながらそんなこと話せない、忠弘のことだけ考えてるの!」
「……くそ。なにが営業トークが出来ないだ、俺より口が達者で、いつも丸め込まれて……言えさぁや。この先ずっとセックスだ、俺のことだけ考えながら言え!」
 もう怒った、だったら言ってやる。
「なんで好きって言わないのかって怒られた!」
「……なんだと?」
 予想外の言葉だった。なんの話だ? 会社の存亡を賭かっていたあの時になにを?
 そもそも、何故清子もあの大会社にと呼ばれたのかも分からなかった。いくら社内の話であっても、営業課の不始末であって、清子は文字通り無関係なのに。
「ひとめで分かったんだって、私と忠弘が両想いなこと、でも私だけが忠弘に好きって言ってないこと、全部分かられてたの!」
「……本当か」
 驚くしかない。入社二年目の若造に託された全権は百人からの社員の生活。本心から恋を置いて謝罪に行ったのに。
「私だってびっくりした! 今すぐ言えって言われたけど、言わないって言った!」
「……どう、して?」
 たった今、やっと言ってくれたのに?
「だって!! あの時言ったら忠弘あの場で私とセックスして仕事も出社もしないでしょう!? そんなのいや!!」
「……それでも、……」
 いいのに。よかったのに。
「駄目、ちゃんと仕事するの!!」
「……。うん」
 忠弘はしゅんとなった。また叱られた。ちゃんと仕事して下さい、ただひろと、今度は繋がりながら怒られた。
「さぁや……怒るな……」
 甘えて縋った。自然、眉毛はハの字。清子にとってはいつものこと。
 ね、どれだけ愛しいか分かっている?
「怒んない!! 愛してる忠弘!!」
 今度は忠弘が清子を待った。してくれる、清子の方から。信じて待つとすぐに来た。熱く貪ってくれて、激しく搦めると応えてくれた。
 ダラリ、銀の糸を切らさずに。
「それでね。私、休みの日に忠弘とずっとセックスしたかったの。だから休み前の今日言うって、そういう意味だって、大体仕事中になにさせる気だって、それも分かんないのかって言ってやったら、一課長黙ったの!」
 すると瞬時に忠弘は嬉々満面。今夜は、というよりこの先ずっとそうさせて上げようと想った通りの、男くさいとろけるような笑みが浮かんだ。
「さすがださぁや。最高だ、さすが俺の妻だ」
「当然っ!」
 またもぎゅうぎゅうにぶっちゅーを交わした。二人、楽しく舌を離す。そうすればまた触れ合えるから。
「ね、結婚指輪は? 妻はずっと待っていたんだけど」
 忠弘は途端決まり悪そうに、
「……忘れた。さぁやとセックスすることしか考えてなかった」
「もう。よくそれで出世出来たね」
 途端にまたも瞳が禍々しく変貌する。
「まさか今更仕事が出来ん男は大嫌いだなど言うまいな……」
「大嫌いだよ? でも忠弘は好き」
 ちゅっと素早くキス、いつもの朝のように舌をつけて。髪を撫でて上げた。よしよし。
「順番を逆にして言ってくれ。心臓が停まったぞ」
 忠弘も同じく返した。嬉々満面に満足にしゅんとすねて怒鳴り飛ばし、相も変わらず忙しい男。
「忠弘の心臓を停めるのは、私だけだもん」
 こんな男に、惚れちゃった。
「だからさぁやは口達者と言ったんだ。営業に来るか?」
 こういう女だから、心底惚れた。
「私が営業事務してたら、あんなこと起きなかったのになあ。うちの人事ほんと駄目だね」
「全くだ。ところで何故そんなに突然異常に綺麗になった。話を逸らすな、営業トークが上手過ぎる」
「えっと。言うなって言われてたけど、愛しの忠弘にだけ言っちゃお」
「そうだ。で?」
 ちゅくちゅく、ちゅうちゅう、くちびるを触れ合わせる。舌をレロレロ、ふざけあって。
「一課長のところにコーヒーを運んでた美女がいたでしょう?」
「知らん。さぁやが美女だ」
 なんとなくだが、忠弘とあの小悪魔美女は相性が悪そうだ。
「とにかくいたの。ほら、忠弘を山本某とか呼んでいた人」
「ああ。あの手の女が一番嫌いだ。まるで家庭的ではない。控えめなどという言葉が一番合わん。で?」
 本当に嫌そうに言い捨てている。確かに、忠弘の好みの条件には合わなさそう。
「一課長を黙らせたら、一課長から一本取った人は初めて見た、お前の人生変えてやるって言われて、さっきまでエステで顔も体も全部磨かれていました」
「いましただと。全部だと。俺以外に裸を見せたのか」
 カチンと来たので反論した。
「この歳でなにもないなんて有り得ないって言ったのは忠弘でしょう!」
 大体、あの時はいきなりセフレなんて言ってくれちゃって。忠弘のことだ、んなもんいたら全員惨殺して回るだろうに。
「……止めよう。こんな話はセックスの最中にするもんじゃない。で? エステとやらに行くとそこまで突然綺麗になるのか」
 あからさまにわざとらしい話題逸らしだ。よくこれで営業をやっているな。
「なんか、今日で日本一の女に仕立ててやるって豪語された」
「……ひょっとして、眼鏡がなくても見えるのはコンタクトですらなく、レーシックか」
「どうして分かるの?」
 エステの話しかしていないのに。
「本職の営業をなめるな。幅広い人脈と知識情報交渉術がなければやって行けん」
 そこをこそツッコみたかったが、なんとなく止めた。
「えっと。一課長と美女いわく、自分達の人脈は結構ある、だって。で、日本一の店リストメールを送りつけられちゃった」
「……なんだと」
 またお怒りだ。でも、一番怒られる話はなんとか終わりにして貰えたので、もう怖いものはない。と思う。思いたい。
「そこで、忠弘の誕生日プレゼントを買ったの。貰って?」
「日本一の店で買った? そんな天井知らずな金、どこに持っていた」
 興味なさそう。欲しくないのかな。要らないのかな。
「えっと。私が行くと、お金取られないの。タダみたい」
「……何故そんな人脈を総務一直線が持つ」
 また怒って。でも、そういうところもいい。
「だから営業は総務を下に見ているって言ったの。総務の方が偉いの!」
「……くそ。その通りと言わされそうだ」
 言う気なさそう。でも、絶対言わせてみせるから。
「待て、プレゼントと言ったな……俺にくれるのか?」
「うん。一生、忠弘にだけ贈るから」
「嬉しい……」
 よかった、喜んでくれた。ほっとしたので清子からキス、すぐに激しく返される。
「さぁや、中身はなんだ? どこに置いてあるか知らんが抜かんからな」
「えっと。腕時計」
「……なんだと」
 またもお怒りだ。でも、そこがいいからキスしまくった。
「いやなの?」
「そうじゃない。嬉しいが……俺がさぁやにと思って買ったものより高いということじゃないか」
 そこを考えるか。困った夫だ。
「もう。どうして男は女を下に見るの? へんなプライド捨てて」
「男からプライドと牙を取ったらなにも残らん。……リスト、と言ったな。……ひょっとして宝飾店もか」
「うん。他にもすごいいっぱいあったよ。抜かれたくないから、後で見てね」
「……プライドずたずただ。結婚指輪も贈れん」
「欲しい! 忠弘が欲しい!!」
 脚もぎゅうぎゅう搦ませた。上半身だけじゃない、下半身だって繋がり合ったまま。熱い怒張、ほんとにデカ過ぎ硬過ぎ激し過ぎ。よく会話が出来ているなと、後で想った。
「くれている!!!」
「ぁンッッッッッッッ!!!」
 過激に突かれ、すぐに体位を変えられ組敷かれ、ガンッッガンにピストン再開。
「……は、……げしッッ、……ねぇっ、裂けちゃう!!」
「裂けちまえ!!」
 ぶじゅぶじゅ、ぐじゅぐじゅ、ヌタヌタ、ドッカンドッカン、抜きまくりのイかせまくり。激し過ぎて、白濁は奥のまた奥だけじゃなく意識もそう、快楽飛び越してこれってなに?
 次に清子が目覚めさせられた時は、とにかく向かい合って繋がっていた。清子に四十八手の体位の名称について知識はないので、これがなんだかは分からない。分かっているのは、一瞬だって手放す気のない夫はあまりにも愛情多過だってことだけ。
「いいかさぁや。この先一生ずっとセックスだ、分かったか。話を逸らすな。……くそ。友達に頭を下げて返品しなくてはならないじゃないか」
「だって女は男より遥かに偉いもん!」
「……降参だ。さぁや、一生降参だ……」
 大の男はがっくり肩を落として頭を垂れる。またも敗戦。
「やっと分かった?」
 勝った清子は夫の髪の毛にキス。忠弘はすぐに顔を上げた。やっぱり眉毛がハの字、すねていた。
「やっと分かった、俺はバカだ……それでも愛してくれ、一生……」
「うん!」
 自信あるよ? たーーーっぷり。
「ね、いつ入籍するの? 月曜日朝まで抜かないってことは、その日?」
「……今すぐしたい。このまま役所に行こう」
「出来るわけないでしょ!」
「……分かっている。言ってみただけだ」
 この、ガタイのいい無防備な五歳児が堪らない。
「いつ行くの?」
「……抜きたくない」
「あの、ちょっと下世話な話になるけど、……トイレとか……」
「んなもん俺が気付かないとでも想うか。……分かった、その時に行こう」
「無理なことばっかり言って。あ、そうそう。忠弘に驚かれたくないから先に言っとくね」
 清子もほっぺをベロリと舐め上げた。
「……なんだその不穏当な発言は。大体さぁやは俺がモーションを掛けていると知っていながら突然大嫌いと言うからな。何度俺を地獄に突き落としたら気が済む」
「日本一のお店で服とか靴とかバッグとか大量に買わされちゃった。置くとこないって言ったら、都心の一等地のでっかいマンションに引っ越しさせてやるって豪語されちゃった」
 またも忠弘はがっくり肩を落とし、それでも敗戦を引きずらず言い返した。
「……待て。一言一句にツッコませろ。……服? あれ一着しか……他にも贈りたかったのに大量だと? ……置くとこ……待て、そしたら不動産屋の息子にまで頭を下げなくてはならないのか」
「うん、そう」
「簡単に言うな。ここは無理を重ねて格安で紹介して貰ったんだぞ。それをどのツラ下げて、もっといい所を見つけたからホイホイ引っ越すなどと言える。せっかくの友達の好意を無にしろとでも言いたいのか」
「忠弘の人脈がその程度ってことだけど?」
「……大嫌いより傷つくぞ。頼むからこれ以上俺を地獄に突き落とすな。何故セックスの最中に奈落の底に戻らなければならない……やっと結ばれたのに……」
「ね、すけべえーな下着とか着た私が見たい?」
 忠弘はまたも困惑した。
「……なんだその破廉恥な単語は」
「今現在破廉恥行為をしていると思うけど……見たくない?」
「見たい。死ぬほど見たい。一生破廉恥行為をしよう」
「うん!」
 早速破廉恥行為を再開。今までの分を取り返すべく、二人は延々致し続けた。
「忠弘、忠弘、た・ただ・あ……ッ愛してる! 愛してる愛してるあいしてる!! ア、ア、ァ、あ・ン・ん……ん! ……ァん! アン! ぁ・ああああ!!! ん……もっと、もっと、もっと、ぁソコ……あ! はげし! スゴぃいい、……熱い! ただひろ!!」
「もっとださぁや、もっと啼け! ……く、……キツ……締めるな……イくぞもう……まだだ、……っ、……あ……ぅ、愛してる、愛してるさぁや……ん、……ッハ、ッハ、……この!!」
「ァン!! ……熱い……! ぁやまだ!! もっとぉおおお!!」
「……誰が……さぁやより先に……イく、……か、ッハ……ん、……く、……ぁいして、……さぁや」
「ただひろ、ただひろ、ただひ……ろ!! ん! ン、ん……やぁん……も・ダメ……ア!! アアアアアア!!」
「イイ……もっと啼け、一生啼き続けろ、締め……続けろ、……イかせ続けてやる!!」
「んん、んん、ァん、……あ・あああ!! ァアアンン!! あ、ぅ……ぅ、ぅ、あ、ぁ! ゃああんナニ!?」
「燕……返し、……ナニさせてもイイなさぁや……イイぞ、最高……だ、締まりヨ過ぎ……ココか?」
「ャアアアアアアアア!! ソコだめ、だ……だめって!!! ソコッッッダメぇええええ!! アアアアア!!」
「……の、顔が見えない……揚羽本手……脚を搦ませろ、……ハ、自分でしてるか、淫らだなさぁや……」
「だって!! 欲しかったんだもん、ずっと前から欲しかったんだもん!!」
「イけよ、……いいからイけ!! イきまくれ、浪がりまくれ!!」
「ッッッ!! ……はげ……し!!」
「黙るな、啼けとイったぞ……声出さなきゃ」
「ぁァァァァァァァァ!! ァッ、ンッ! ぁ、ん、ぅ……う、う、う、う、……あ・ああああ・………あぅ、ぅ、あ……っ、……ただひろ……はぁ、はぁッ……」
「そう……でかいチチ揺らすな、……初めて見た時から、……あんな時から煽りやがって……いきなり……心臓停まっただろ……イイ……具合最高……ローター挿れて出社するか?」
「わ……たし、の……手料理、誰かに見られたら……ぁ……どうす……」
「誰が見せるか……くそ……この味知っている……野郎がいるなど……」
「そんなの……イわないで、痛かっただけ、全然……もう忠弘しか見えない……」
「知ってる……よく。じゃちょっと、……無理があるが……」
「そん、……な!! ァ!! ナニして!! ゃああ!! 激しいって、……イってるのに!!  人をなんだと想ってるのよ!!」
「俺の所有物。モノだろさぁや!」
「そう……よ!! だからそんな……重い!! 強過ぎるょおおおお!!」
「誰だこんな体位考えたやつ……名前訊くか?」
「ナニ……よ、苦しいよこんなの……背中痛い!! 無理ありすぎ!!」
「それがイイくせに……砧、顔が見えないのが難点だ」
「みたい!! 忠弘のハンサムな顔見せて……」
「そう浪がるな……なにがハンサムだ、どれだけ見せても無視したくせに、行けばもう席にも座ってなかったくせに、俺がどれだけ……ほら、鏡茶臼だ、脚搦ませるの得意だろさぁや……俺を突け。……何人男ハメて来た……」
「人聞きの悪い……忠弘だって……」
「んなもん……ただ跨がれただけだ。パイズリさせたいが抜きたくはないしな……」
「抜いちゃいや、絶対いや……」
「……縛ってみるか? その両手……脚……ああ、股開けなきゃいやか、さぁやは」
「いいよ縛ってもなんでも……だって私、……忠弘のモノだから……」
「手首に……縄の痕も付けて出社するか? ハ……どこの変態夫婦、だな……」
「もうこうなったら……くびわでも、……イイ……」
「キスマークが隠れるだろ……この!!」
「ゃあン!! も・ダメ……もたない、ゆるして……」
「一生許さん、一生怒って犯る、一生責め続けて犯る!!」
「怒って帰らないでってイったのに!!」
「……あれはどういう意味だ」
「だって!! 初夜なんだよ今!! ロマンティックに……イきたいじゃない……」
「そんな甘いセックス誰がするか! トイレでも犯ってやる」
「無理だってば、もう……ああぁんっ」
「……本当に……重いのか生理。攻めはするが……独りで辛い想いは……させたく……」
「はぁん、あんっ、んはぁっ……」
「答えろ……大体、……ケツまで綺麗とはどういうことだ……割れ目もなにもかも全部好みだよさぁや……」
「そんなに……イイ? キレイ?」
「キレイだ……抜くか? お預け喰らわせりゃもっと啼くか?」
「ぃやああああああ!! あっ、あっ、あっ、だめっ、だめ、だめだめだめそんなとこぉ!」
「キツ……熱い……溶けるだろそんな……煽ってばかり……だ!」
「あっ…あぁあっあんっ……あぁあんんっっ! まだ……っ……てない……よぉ……ひゃぁあ……っ……っあぁ、もっと……もイかせてぇ……ッ……!」
「まだだ……」
「ほんとに……あいじょ……たかだ、ただひろは……」
「……愛情など……知らなかった、眠るみたいに……自然に好きになれるんだな……さぁや、……手料理食いたい……一生」
「うん……けど……」
「セックスしながら料理出来るか」
「出来るわけないでしょ!」
「抜かれたいのか?」
「いや!! ずっと挿れてて、奥に出して!!」
 望み通り、何度も何度も出して、何度も何度も絶頂を迎える。
「ゃっ……あ、ぁぁん、そんな……ぁ、あああああ……ん……。イッちゃぅ……」
「イけってイってるだろ最初っから!!」
「あぁぁあぁあ……ぁぁぁっぁんぁっぁんぁん……あ……ぁあぁぁぁっぁっんぁんあああぁっぁぁぁぁん……んぁん」
「くっ、……ハ……ッ、……っ、……さぁ……や!」
「た……だ、ひ……ぁ……っんぁ……ふぇ……ゃん……ゃっやだぁ……んあ……んぅ……ただ……ひろ、あいし……て……」
「ぁいし……て、くれ、ずっと……ぁ……ン、ぁぁ……」
「あん……はぁはぁ……あっ……あっん……あっ……ぁぁぁ……あん……はぁ…………もダメぇ……」
「……抜くか?」
「イヤぁあ!!」
「抜けるか……いやらし過ぎて……可愛いよ、さぁや……」
「……やぁんっ!! ぁぁあああああん……ただ、ひろ……ただひろぉ……」
「く、あッ……く、……」
「あぁぁ……はぁん……んん……ああっ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
「……ハっ……ッ、……堕ちよう、さぁや……一緒に……」
 外では、気の早い鳥達がもう鳴いていた。
 二人横になって。清子を前に後ろから忠弘がぎゅうぎゅう抱き締める。ずっとずっと、繋がり合ったまま。
「……多分、夜が明ける。よく保ったなさぁや、偉いぞ。……少し寝るか?」
「……ン」
 いくらなんでも、もうぐったり。
「さぁや……」
「……ン?」
「いつから俺を好きになった……ずっと前からは分かっていたが……いつからだ」
「やっぱり……」
「なんだ……」
「君が好きだ、……から、かな……」
「……理由を言え」
 ずっと清子の髪をほほで撫でて。忠弘の癖。
「いっぱいモーション掛けられて、君の手料理が食べたいからいっぱいそれっぽいこと言われて、……私が好きなんだって、分かってたけど、やっぱりはっきり言って貰うと嬉しいし……どっきどき、した」
「……そうか。通じてはいたんだな」
 回された手に自分のを添えた。男と女、その違いがはっきり分かる大きさの違い。色の違い。違わないのは熱さ。溶け合った熱さがずっと一緒。
「うん。ごめんなさい……好きだったけど、でも意地張り続けて……」
 酷いことばかり言い続けた。し続けた。この男でなければ、誰もがとうに清子を見限った。それがいつも。
 投げやりな性格だったから、それで構わないと思っていた。自分はこうだ、曲げられない、だから付いて来れなきゃそれでいいといつも突き放して。
 決してそうしてはいけない、人生にたった一人の番いがいるなんて、想いもしなかった。
 それがいた、ここにこうして。確かにここに。いつもずっと。
「ただ煽り続けただけだ。俺の性欲に火を付けまくっただけだ」
「ごめんなさい……」
 熱が冷めることなど有り得ないと、最初から分かっていても、もしそうなったら……どれだけ失望しただろう。もう、遊び感覚の合コンもなにもかも、どこにも行かないし、なにもしなくなっただろう。
 本気じゃない相手でも、捨てられるのはいやだった。だから、それなら自分から……そう思い続けて。
「聞かないと言った……謝るな、もうその必要はないからな……」
「うん……」
 きゅっと、大きくて熱い手を握った。
「ね、忠弘……言って、みて……」
 言って欲しい、一度でいい。嘘でもいいから。
 同じ熱の男は躊躇っていた。視線が泳いでるのが分かる。睨まれているのも分かる。
 それでも言って……。
「……清子。お前だけ愛してる」
「ン……」
 言って貰った、だからもう。
「ありがと……」
「いい……もう眠ろう、……もう……」
 なにもかも、だから目を閉じて。
「眠れる、俺は……もう」

 二時間後。清子は、後ろから忠弘にゆうるり攻められて目が覚めた。
「……ン……ぁ」
 枕にうつぶせだった。
 そうか、眼鏡ないんだ。それでも見える……
「起きたか? さぁや……おはよう。愛してる」
 ゆうるり、ゆうるり。蜜壷が溢れて啼いている。
「おは……ょ、ただ……ひろ……愛して……る……ぁ、ぁ……あっ……」
「腹減ったろ……これおわったら、食おう……」
「……ン、でも……ン、ン……」
「まあ……仕方ない……一生抜く気はなかったが……少しだけだ、食ったら襲う……」
「……ン……はぁ……ッッ」
 朝から濃厚に致した後、忠弘は名残惜しくゆうるり引き抜いた。溢れる二人の手料理を全て舐め吸い尽くす。
 清子を片手にぎゅう抱き締めて、性のにおいが充満する寝室を出た。室内は、ゆうべ清子が電気を点けたままだった。外は自然光で明るかった。
 いま何時だ? そう思い、そして時間と来れば、清子がくれるという時計を思い立つ。
「さぁや。さぁや。起きて」
 清子を揺り起こす。くちびるキス、舌付きの、清子直伝。繰り返した。
「さぁや。ほら、起きて。朝だよ。飯、手料理食わせて」
「ン……」
 ご飯に反応する清子。そう、あの日からそう想って起きた。この人に、一生ご飯を作って上げるのだと。
「いま、なんじ……?」
「うん、俺もそう想った。だから、さぁやのプレゼントが欲しい。どこにある?」
「……荷物の部屋……」
 二人共に行く。裸のまま、べっとりと体液を纏って。重い足音を廊下に響かせ、荷物の部屋を開けた。
「その辺に、適当に置いた……」
 忠弘は、包みからして自分の買ったものとは質が全く違う、差のあり過ぎるそれをすぐに見つけた。
 正直、哀しくなった。でもそうとは言えなくて。こんな雰囲気で、プライドを笠に着て当たり散らすなど出来はしない。
 拾い上げる為、品の隣にあぐらで座った。そして、清子の両脚を広げて跨がせる。清子は目を閉じ、忠弘の首に腕を回した。
 包みを開ける忠弘。ヴァレンタインを思い出す。
 絹の風呂敷も桐の箱も、品を包む絹布も超一級品なら、それらに守られた時計自体も、勿論超一級品だった。値段は天井知らず、ではなく、値段が付けられないのだ。値札は外されたのではなく、最初からないのだ。間違いなく、この世でただひとつ、一番の品だった。
「さぁや……この、文字盤の色……」
 そう呟いた時、忠弘はもう、プライドを忘れた。
「さぁやの、指輪と同じ……?」
「うん、そう……私、男物の時計ってどう選べばいいか分からないし、あんなお店にあるんだから性能全部いいって聞いたから、単に見た目で選んだの。これしかないって思ったの……」
「……嬉しい」
 忠弘の、想わず出たとはっきり分かる呟きに、清子はほっとした。夕べの忠弘の話では、ひょっとしたらいやがって、拒否されるかと思ったから。
 忠弘は時計を左の手首にして、清子に見せた。
「気に入った、さぁや。ありがとう」
「よかった……」
 忠弘もこんなふうに想って贈ったのだろうか。この、指に煌めく約束の石を。
「誕生日のと聞いたが……俺の誕生日はまだ先だ、……前渡し、か」
「ううん、違う。去年の分」
 ちゅう、ちゅう、キスして上げた。何度でも一生。
「……去年?」
 男が真っ裸に番いのタグ、無精髭もエロ過ぎるし、致させりゃモロにエロ。全く、どうなってるの?
「うん。ほら忠弘、欲しかったって言ってたでしょう。だから。今年のはまた別なの考えて贈るから。毎年ずっと一生贈るから。なにか欲しいのあったら言ってね」
「……だったら」
「ン?」
「……誕生日とは関係なく……頼みがある」
「いいよ? なんでも言って、全部その通りにするから。なに?」
「これと同じので、女物を作ってくれるよう、頼んでくれないか。さぁやと揃いの時計がしたい」
 つまりは、鎖+指輪+時計、三点全部お揃い。
「……うん! すごい、素敵!」
 感激する清子には分からなかったが、これは男のプライドを曲げての言葉だった。頼み先はあの一課長と美女なのだから、女に頼むということ。頼むということは男のくせに、自力では出来ないと白旗を上げたということ。
 それでも忠弘には、同じ揃いの品を作らせることが出来ない。これはこの世に一つだけ、だったら揃いのものを作れるのはただ一人。その技師を捜すことも、その技師に作ってくれと頼むことも出来ないから。
「さぁや」
「ン?」
「結婚式しよう」
「……ここで?」
 灯りも点けない物置の畳の上で?
「そうじゃない。まあ、それでもいいが……あのな」
「ン?」
「営業の知識として、結婚式に出席して欲しい客に招待状を出すのは三ヶ月前が妥当と言われる」
「うん。でもね」
「どうした?」
「お話したいってことでしょう?」
「そうだ」
「だったらせめてリビングでしようよ」
 全く、ロマンティックの欠片もない男だと想う。
 でも、仕方のないこと。五歳以降約二十年、この無数の傷を負いながら、たった独りで生き抜いた壮絶な過去を持つのだから。
 教えて上げよう。この先一生、一緒に暮らすのだから。
「このまま忍び居茶臼は駄目か」
「もう、そういうことばっかり考えて」
「さぁやとセックスすることしか考えていない」
「もう……」
 忠弘は清子を片手に抱き締めそのまま立ち上がって、リビングへ向かった。
「そういえば忠弘。いま何時?」
「十時過ぎ」
 そんなに、という想いと、そういえばお腹空いたな、という想いが同時に起こる。
「忠弘、喉乾いた。水飲まない?」
「ああ……そうだな。さぁや、腹も減ったろ」
「ン、でもお話先にしよ。あ、でもね、水は飲みたい。忠弘もでしょう」
「うん」
 リビングのソファに座る前に、冷蔵庫のミネラルウォーターを飲むことにした。忠弘は、冷蔵庫前で清子をおろすものの片手で清子のエロ腰を抱き締めて、片手で冷蔵庫を開ける。
「ね、忠弘。あれで飲も」
「……?」
 2リットルのペットボトルを出して冷蔵庫の扉を閉めた忠弘は、言われた方向を見た。そこには銀色のコップ。安物の薄いステンレスコップでないのは一見して分かるが、それに似ていた。
「これね、チタンコップっていうの。私のお気に入り」
 寄り添う清子を、さらにぎゅう抱き締めて、シンク隣にペットボトルを置いた。
「お気に入り……」
 忠弘は呟いた。
「うん」
「……やっと物を置いてくれた……」
 安堵の表情だった。
「……あの」
「嬉しい。やっと……」
 永遠に喪った筈のものを漸く手に入れた、惚れた女の態度行動言葉ひとつでどうにでもなる男。
 もう、喪くすこと、ないよ?
 清子がコップに水を汲んだ。
「飲んで?」
「さぁやが先だ。間接キスしたい」
「……ン」
 心遣いが嬉しかった。ちゃんと労を労える男。心と体に深い傷を負い続ける男。
 治る傷は人を強くする。
 強くなれれば優しくなれる。
 治せない傷が人を殺す。
 清子は言われた通り、先に飲んだ。コクコクと、冷たさが喉を伝い、からっぽの胃で受け止める。沁み入るようとはまさにこのこと。
 コップ半分飲んで、忠弘に手渡した。受け取った忠弘は、清子がくちづけた箇所、カップの縁をベロリと舐めて、そこから喉を鳴らして全部飲んだ。
「……美味い」
 深く深く息を吐き出す。噛み締めるように味わって。生き返った、そんな感じ。
「よかった」
「……水を美味いと思ったのは初めてだ」
「ン……」
 水物しか置いていなかった冷蔵庫。それしか口にしなかった十日間。
 もう二度と、そんな思いをさせないよ……
「……もっと飲む?」
「うん。もっと飲みたい……さぁやを飲みたい……」
「……ン」
 いっぱい、いっぱい。いくらでもいっぱい。
 清子が先に飲んで、忠弘が残りを飲んで、そのたびベロリ。2リットルを二人で飲み尽くして、チタンコップをコトンと置く。それからお互い腕を回して、同じ味の口内を貪り合った。
 名残惜しく銀の糸を残し、忠弘はふたたび清子を片手に抱き締めると、ソファに座った。さっきの体勢だとつい対面座位の茶臼をやってしまいそうになるので、清子を横向きに、膝の上に乗せて話し始めた。
「さっきの続きだ。式に招く客に招待状を出したいが、俺には血縁者がいない。親戚も両親もいない。披露宴ではそういう者がいて当然だ、だから披露宴はやりたくない」
 なんと応えたらいいのだろう。どう訊けばいいのだろう。
 夫婦になったのだから、なんでも知って、教え合うべき? ううん、忠弘の壮絶な過去には、たとえ妻といえど迂闊に触れてはならない。
 でも、訊かないなんて。それで、いいの?
「忠弘、あの……」
「ああ……俺の昔は、か」
「……うん」
「忘れた」