17

「ん……ん……」
 麻衣子は口内を蹂躙されて目が覚めた。
「起きろ麻衣。飯だ」
「ん……」
 二人の間を唾液の透明な糸が伝う。
 麻衣子は視野が極端に狭い。まして目の前には愛する夫。政人しか見えない。
 しかし飯というからには飯を見なくてはならない。
 政人に抱き上げられ、腕を回して愛を囁く。すると、すぐにおろされた。恭しく、優しく。
「あ……れ?」
 いつもと違う感覚に、周囲をふらふら見渡す。
「ここ……どこ?」
「飛行機の中だ。旅行先に向かっている。時間は日本時間午前八時」
「ふうん……」
「食え」
「うん」
 ご飯とお味噌汁だった。日本食。
「あの……」
 この言い方、訊きたいことがあるが頭を整理し切れない、なにを訊けばいいか分からないと言っている。
「なんだ」
「どこに向かっているの?」
「地上最期の楽園。アダムとイヴの島だ」
「ふうん……あの」
「なんだ」
「飛行機って……この間乗ったのが初めてだったけど、人いないんだね……」
「お前は他に客がいる飛行機に乗ることはない」
「ふうん……あの」
「なんだ」
「ごはん、日本食なんだね……」
「他にも食いたいか」
「うん、あの……」
「旅行がおわったら三日間日本に戻り、すぐヨーロッパへ向かう。いろいろな国に行くが、お前には日本食だけ食べさせようと思っていた。その国ごとの飯を食ってみるか」
「うん!」
「他には」
「えっと……」
 なにを訊きたいんだっけ。とても重要だったような気がするのに。
「ちょっと、待ってね」
「分かった」
 えっとえっと……
「ああ、そう」
「なんだ」
「麻衣の腕時計は?」
 式と披露宴の衣装にあの腕時計はしないので、外してあった。
「これだ。電池を替えて防水にしておいた」
「そう? 嬉しい」
 にっこり笑う麻衣子。
 麻衣子のお気に入りとはいえ、所詮模造品の安物。本物の高価なものを贈りたかった。だが何年もしていると。そんなものには、いくら値が張る品でも敵わない。
「えっとえっと……」
「分かった。まず食え」
「うん」
 政人は麻衣子の食べっぷりをじっと見ていた。相も変わらずこぼしそう。危なっかしい。だが、疲れは取れたか?
 食事をおえると歯磨き。麻衣子は歯磨きも拙い。泡を口の周りいっぱいにして。おえると、口元を拭いてもらうために、麻衣子は政人に向かって目を閉じて、顔を上げる。政人は恭しく、優しく拭いてあげる。
 抱き上げて、ベッドに連れて行く。麻衣子はだいすきと囁きながら、思いついた。
「あ、そうだ!」
「なんだ」
「いま、何日?」
「日本時間十二月三日」
「! あ、あの……夕べ、……新婚初夜じゃ……」
 なんと。知っていたか。
「新婚初夜なら籍を入れた日だが」
「え?」
「やりまくったな」
「え、あ……うん」
 政人が麻衣子の負担になるようなことを言うはずもないと、麻衣子が見抜けるわけがなく。
 ベッドにおろされて。もう麻衣子は、とろんとしていた。愛する夫の視線がとろけそう。
 政人は政人で、随分待った。我慢した。どれだけぶち込みたいと思ったことか。この時を待ち望んでいた。ジャンボジェットのファーストクラスに麻衣子を乗せてみたいと思ったが、よく考えなくとも何時間も麻衣子を隣にして犯れないなど出来なかった、たまにはあの親父に感謝するか。
「麻衣……」
「政人……」
 実質これが新婚初夜。政人にとっては、一日くらい外れたってどうってことなかった。
「麻衣。麻衣。麻衣」
 熱い舌で、大きな手で。
「まさと、まさと……ん……ぁん、すき、すき、すき、あ、あ……だいすき、だいすき……ァン!! あ、あいしてる、あいしてる、あいしてる、ぁーーーッ!!」
 まだクンニの段階でこの通り。
「愛しすぎて狂いそうだ、麻衣」
 恋する妻はいきまくって、脚を大きく広げられ、あられもない肢体で。
 いやらしい穴に、長い指をぶち込む。容赦のない前後運動。奥へ、奥へ。
「……ぁ、あ……アン! あ、あん!!」
 派手な水音。しとど溢れる愛液。
「ま、まさ、と、まさと! だ……ぁん、だいすき、だいすき、だいすきぃーーーー!!」
 次に目を覚まさせるのは、猛り狂う分身で。
「ああ……!!」
 体のど真ん中にぶち込む。もう止まらない。最初にしたあの時のとは打って変わって。恋する妻を串刺しに。
「ひぃ、ああ、ああ!!」
「麻衣。麻衣。麻衣」
「す、すご、ま、まい……だいすきまさと、ま、まさと、まさと、まさとぉーー!!」
「目を開けろ、麻衣」
「うン、……あ」
 ぶつかる視線。目でも愛し合って。腰を叩き付け合って、限界までそうして……
「ん……ん……」
 麻衣子は口内を蹂躙されて目が覚めた。
「起きろ麻衣」
「ん……」
 ベッドの中。裸のまま、肌のぬくもり、汗もそのままに。向き合って。息づかいも聞こえる。手を恋人つなぎして。
「まさと……」
 手をつなぐのもだいすきだ。政人の手は温かく大きくて、指を広げなければつなげない。指すら蹂躙されて。
「麻衣。ひょっとして、お前は俺が途中で心変わりすると思っているな」
 麻衣子は息が止まった。答えられもしない。
「そうなんだな」
 こんなことを言われながら。政人の瞳は熱い。
「麻衣。お前がもし、俺のそばを離れたら。もう、なにもしない」
 手を、指を愛しげにつながれて。
「仕事することも。食事することも。息をすることも。生きることも。
 なにもしない」
「……」
「それでいいか」
「いや……」
「だったら誓え」
「わたし、達は……」
「麻衣と俺は」
「夫婦として……」
「順境にあっても」
「逆境にあっても……」
「病気のときも健康のときも、生涯」
「生涯、互いに……愛と忠実を尽くすことを誓います……」
「そうだ。麻衣、俺は死ぬまでお前を離さん」
「うん……」
「一生。死ぬまでそばにいろ」
「うん……」
「これから先、たとえなにがあっても。たとえ誰かになにを言われても。それでもだ」
「うん……」
「言え」
「麻衣は……」
「麻衣は」
「一生……死ぬまで……政人のそばにいる……ずっと、すき……なにがあっても、なにを言われても、だいすき、愛してる……」
「その言葉、死ぬまで忘れるな」
 政人は伝えた。今村の男女の死に方は腹上死、それしかないと。麻衣子は分からずそれってなにと質問したが、死ぬ時分かるとだけ言われた。
 その頃中川の両親は、言われた通り携帯を持って、あのでかい車に乗っていた。東京見物とは言っても、どこへ行けばいいか分からない。気分はまさにはとバス。連れて行ってもらうしかないのだ。
 信号ではなく、車が停まる。さてここはどこか。
 二人おりると、目の前の建築物を見上げる。
『はあーー……』
 ぽっかーんと口を開けて視野に入れたそれは、大変にどでかい、高くて広くて長い木造の門だった。視野に入れたとはいっても、視野の外にまで続いている。
「中川様。どうぞお入り下さい」
 声がして、そっちを向くと、上品な和服姿の粋な老婦人。
「こちらは今村本家です。お出迎えが私ごときで申し訳ありません。奥で大旦那様と大奥様がお待ちです。狭いですが、こちらへどうぞ」
 せまいってなに? おーだんなさまって? おーおくさまって?
 複数のはてなマークを浮かべ、どでかい門をくぐった。とにかく付いて行って、歩く。
 入ってすぐ、マイナスイオンが漂う。鳥のさえずりまで聞こえる。意匠された緑、石、花の数々。見事な日本庭園だった。
 それはいいとして……さて、一体どこまで続くのだろう。っていうか、家があると思うのだが、どこ?
「あの……」
「はい」
「ひょっとして、家、に向かってるんだべが」
「はい、そうです」
「見えねえが、……どごさあるんだべ」
「あと十五分歩いていただきます。狭くて申し訳ありません」
『はぁ……』
 言われた通り十五分後、やっと見えた家とやらは、ちょっと首を左右に振ったぐらいでは全容が見えることはなかった。再びぽっかーんと口を開ける中川父母。もはや質問内容すら浮かばない。
 歩いてくれないと困るが、田舎者二人はこの通り簡単に固まる。すると、すっと黒服の男性二人が現れて、二人の背を押し無理矢理歩かせる。広い・高い・奥が広い、が自慢のでかい玄関で靴を脱がせ、磨き上げられた黒光りの木の廊下を歩かせる。夢心地とはほど遠いが、地に足がついていないのは間違いない。
 どこをどう、いくら歩いたかさっぱり分からず、時間はたっぷり経過して。さっきの老婦人が立ち止まる。中川父母もそうする。老婦人は膝を折り、
「失礼致します。お連れ致しました」
 と言って、戸を開けた。
 予想はしていたが、広い・高い・奥が広い、が自慢だろう、何畳だか分からない畳敷きの和室。二人は二条城を思い出した。
 上座には老男女が座って自分達を待っている。二つ並んだ、いくらするか分からない座ぶとんに座る。
「このたびは、お呼びだてしてしまい、申し訳ありませんでした」
 二人が婿さんと呼ぶ声を、より深く、より年齢を重ねさせたような響く低い声。
「どうぞごゆっくり、お寛ぎ下さい」
 しとやかな声。
 さっきの老婦人が、控えめに茶を出す。のんきに手をつけられるはずもなく。
「先日も申し上げましたが。重ねて、私達の娘を生み育てて戴き、誠にありがとうございます」
 正座のまま、深々と頭を揃って下げられて、中川父母は困り果てた。
「いやあの、別になにも……」
「愚息は齢三十近くになるまで、私達の娘を見つけられませんでした。聞けば奇跡に近い形で逢ったと。申し上げてもよろしいなら、叶うなら、中川様にはこの近所で私達の娘を生み育てて欲しかった。そうすれば、生まれた時から私達の娘は今村の女です」
『はあ……』
 そんなこと言われたって無理である。
「このご恩には、私達の出来る限りで報いなければなりません」
「いやあの、別に、特別なことをした訳では……」
「いいえ。この世にただひとつしかない、最も特別なことを、中川様にはして戴きました。愚息に代わり御礼申し上げます。感謝にたえません」
「いやあの……」
「少々、質問してよろしいですか」
「はあ、どうぞ」
「私達の娘を身ごもってから、出産するまでは、いかがでしたか。様子をお聞かせ下さい」
「はあ、いかが……」
「結婚何年目で身ごもったか。つわりはひどかったか。出産前にすでに苦しかったか。出産時は安産だったか、難産だったか」
「ああ、なるほど……」
 これを答えられるのは中川母だけ。おずおずと言った。
「あの……この人が三十、おらは二十六で、結婚二年目で出来ました。別に普通に……つわりは酷くなかったです。自営業なもんで、生まれる前の日まで普通に働いて」
「なんですって!?」
 突然声を荒げられた。みゆきであった。その形相に、中川母はびびるびびる。
「みゆき。失礼だぞ」
 諌める将。
「申し訳ありません、続けて下さい」
 将はなるべく優しく言ったが、纏う嵐は政人以上。びびりな中川家とは調べて知っていたので、だからわざと狭い(と言っても何十畳もある)部屋ではなくいつもの部屋で、距離を置いて話しているのに。
「あ、あわあわ……」
 びびりな中川母。
「申し訳ありません。とても重要なことです、どうかお話し下さい。みゆき、謝りなさい」
「はい。申し訳ありません」
 頭を下げられて、中川父母は困った。びびるが、話さねばならない。
「いやあの、話しますから、どうか頭を上げて……」
「みゆき」
「はい」
 しとやかな女はきっぱり頭を上げた。それからは一言も発しなかった。
「えーっとえっと……ああその、予定日より一週間早く陣痛が来ました。来たかと思ってこの人に乗せられて病院へ行きまして。安産って言われたなあ」
「そうですか……」
 将は、なにか思う所があったようだ。
「生まれてからは?」
「はあ。女の子なんで、別に泣き声がうるさいわけでもなく、そんなに夜泣きとかはしませんでした。ぐずることもあんまりなくて。おら、子守りの経験ありましたけど、それと比べちゃ子育て、楽だったなあ」
「そうですか。私達の娘は、どこか体が悪かった、病気を頻発していた、ということは?」
「いやあ別に……盲腸もやらないで、入院もしたことねえです」
「要するに、健康体、ということですか?」
「はあ、まあ、そうです」
「初めて会った時から、線が細いなと、私は思いましたが?」
「ああ、なんつーか根性なしで……」
「はっきり申し上げますと、私達の孫を出産するには、あまりに細すぎる。骨格もしっかりしていないように見えます。生みの母親から見ても、そうは思いませんか?」
「ああ、確かに……」
「愚息は、私達の娘に竜也を仕込むのはいいとして、出産の際産褥死されるのではないかと、それはそれは心配しています。その辺はいかがでしょうか」
「? たつや? しこむ?」
「生まれる孫の名前です。孫をつくるという意味です」
「はあ……」
 こんなことを聞かされたこの時の心境は娘と大して変わらなかった。
「いかがですか」
「はあ、なんつーが……そういや麻衣子根性なしだがら、あの死ぬ思いに耐えられるかどうか……」
 もう口は出さないとしても、みゆきも将も、やはりと顔を見合わせた。
「分かりました。では、別な件を。
 ご恩に報いるために、少々、お手伝い致したいのですが、よろしいですか」
 中川母の出番はおわったらしい。目線でバトンタッチされた中川父が答える。
「はあ、お手伝い。なんか分かりませんが、いいですよ」
「それは、要らない、という意味ではなく、了解した、という意味でよろしいですか?」
「はあ、了解した、っつー方で」
「ありがとうございます」
 またも揃って頭を下げられる。その意味も知らず、中川父は照れた。
「ではさっそくですが。中川家を建て直しました」
『は?』
 ちょっと待て。なぜ過去形?
「周囲の土地も買収・庭に変えてあります。車も、乗って来たものと同じものを用意してあります。使用人を十人ばかりですが向かわせました。どうぞ心置きなくお使い下さい。金はいくらでも出します、湯水のようにお使い下さい。のんびり暮らす以外、もうなにもしないで戴きたい」
 もはや理解不能、麻衣子と全く同じ心境。
「出来ればあのような遠い地に、永住して欲しくありません。こちらに住みませんか? 不自由は一切させません」
「いやあの……」
 ちょっと待て。建て直してなんでこっちに住まにゃならんの。
「あの、東京はおっかねえので、出来れば田舎暮らししてえと……」
「そうですか。愚息は引退して欲しいと伝えていたと思いますが、まさかこの先お働きなさるおつもりで?」
「いや、あの……。はあ、働きませんです」
 もはや問答無用。
「結構、そうして下さい。
 中川様にはそうと知らずとはいえ、ご苦労ばかりさせました。そこで、しばらくこんな狭い国を離れ、世界中を観光旅行して戴きたいのですが」
 せかいじゅう? せまい? なにそれ。
「愚息がこんな息苦しい東京なぞを観光させると言ってしまったのでこの十日はともかく、その後はどうか。船、飛行機、あらゆる手段で」
 もはや理解不可能。
「ご了承して戴いた、ということでいいですな?」
 わけも分からず意味も分からず首を縦に振らされる中川父母。
「愚息はあの狭いマンションとやらに、中川様と自分達しか入れないなどと言っているので、仕方なく干渉しません。ですが、不自由させるのはそこまでです。どうぞ私達に全てお任せを。来い」
 将のさいごの言葉は庭に向かって言ったようだ。すると数人の黒いスーツを着た男達が障子の向こうに控える。入室は許されないようだ。
「用は全てあの者達に申し付けて下さい。トイレットペーパー一個から核兵器まで調達します」
 かたっぽは要ります。
「茶に手をつける暇もないほど勝手ばかり申し上げて失礼しました」
 と言われてはたと気付く。ぬるくなったが急いで茶を飲み干す中川父母。
「このような狭い室内に閉じ込めてしまい、誠に申し訳ありません。空気が悪いですが、仕方なく東京観光して下さい」
 仕方なくはともかく、要するに退室せよということらしい。中川父母は訳も分からず頭を下げ、おどおどと部屋を出た。ほどなくしてその部屋からは喘ぎ声が上がったのだが、枯れた中川父母の耳に入るはずもなく。
 もーこんな所に来たくねえ。それが中川父母の正直な感想。延々歩いてようやっと、巨大邸宅を出る。ほっと一息。全く、こんな所に比べりゃ婿さんのマンションとやらの方がいいに決まっている。さっさと帰りたい。
 二人の前に、またしてもあのでかい車。扉を開けられると、仕方なく乗った。ああぽんこつ軽に乗りたい。
 車内には人がいた。黒いスーツを着て、黒いサングラスをしていた。長身の、がっしりした体格。内情はもちろん国外実戦経験者。
「初めまして、松下と申します。どうか松下とのみお呼び下さい。本来なら中川様ほどの方と直接会話していい身分ではありませんが、まさか大旦那様や大奥様を動かす訳にも行かず。恐縮ですが、用は全てこの松下にお申し付け下さい」
「はあ……」
 なんということ。出来ればてくてく歩いてあのマンションに行きたかったのに。
「失礼ながら、先ほどの話。全てご理解なされましたか」
 自信を持って首をぶんぶん横に振る中川父母。
「やはり、そうですか」
 なんとこの人は、自分達の気持ちを分かってくれるらしい。安心した中川父、
「そう思ってくれるが? いやーなんつーが、まずこの車どうにがしてけんねえがなあ」
「なるほど。狭過ぎる、と」
「は?」
 なんかちょっと話が違うぞ。
「停めろ。中川様がお怒りだ」
 松下が運転席との仕切りを下げてこんなことを言う。
「ちょっと待ってけろ!! 狭いんじゃなくて逆だ、広すぎるんだ!!」
 ぜーはー言う中川父。
「では、どのような車をご所望で」
「はあ。所望っつーが、ほれ、うちにあるようなぽんこつの軽で」
「あれなら廃棄しました」
 は?
「今村の女のご実家の方たる者、のんびり贅沢する以外なにもしてはなりません。中川様、あなた方は奥様を宿された瞬間、既に人生が変わったのです。奥様を生み育てた以外、今までの人生はなかったことにして戴きたい」
 イヤーどうしましょう、この人も別世界の人だー。
「これは、あの奥様の耳には入れないで戴きたいのですが」
 はあ、こんどはなにを戴けって?
「今村家は室町時代から続く名家です」
 そんなことはっきり自慢しますか?
「つまり旦那様、今村政人は名門の御曹司です」
 アラーどうしましょう。困った。
「最初にこれを言えば、奥様と旦那様の結婚を承知はしなかった。そうですね」
 こくこくと頷く中川父母。
「ですが今村の男は、誰もその血のみを誇ったりしません。最近で言えば、必ず大会社に入社しますが、親の跡をそのまま継ぐ愚など誰も犯しません。単身、必ず頂点を極めます。当然のことですが」
 泡を吹きたい中川父母。
「この松下は、旦那様ではなく大旦那様の部下。だから申し上げますが」
 はあ、今度はなんでしょう。
「旦那様ともあろう者が、なぜ見初めたその日に奥様を本家へ連れ帰らなかったのか。なぜ半年も、六畳一間などという監獄へ押し込んだままだったのか。理解出来ません。聞いた時は腑が煮えくり返りました」
 すみません、その六畳一間のアパートを選んだのはおらだづです。
「奥様は半年もの間、旦那様に放置され、たった独りであの監獄にいました。さらにはあの狭いだけが自慢のマンションごときに押し込めた後、なんと数時間も独りにし、挙げ句歩き回らせたというではありませんか。何一つ理解出来ません」
 目をしばたかせる二人。
「目撃情報で明確です。他にもあるようですが、ガードが固くてこれ以上は調べられませんでした。今村の男ともあろう者が……もし今、この松下の前に顔を出したら、正直なにもしない自信はありません」
 あのー。
「奥様の骨格が弱々しいのは、中川様が出産直前まで働かれたからではありませんか? 十七歳で旦那様を生み、今村の女となって長いあの剛胆な大奥様が声を荒げる意味、お分かり戴けますか?」
 ひえー。
「ところで。まさか中川様。あの狭いだけが自慢のマンションとやらで、料理をするだの掃除をするだの言い出すおつもりですか」
「いやあの……でねえどおらだづ、食うもんねえんだが」
「外食なさればよろしい」
「はあ……んでも、おっかあのへたな料理がおら、いいんだが……」
「へたとはなんだ」
 中川母ににらまれ、中川父は首をすくめる。
「ええ、その下手な料理は今後一切作らないで戴きたい。家事などしなくて結構」
 あのー。
「さっきも申し上げましたが、のんびり贅沢する以外なにもしてはなりません。いいですね」
「待でや」
「なんでしょう」
 松下はあくまで傲慢だった。
「さっきがら聞いてるどよ。随分、おらだつ自慢の婿さん、けなしてくれんでねえが」
「それ以外に聞こえたら、心外ですな」
「ああそうが。だったらな」
「なんでしょう」
「麻衣子に言って離婚させてやる」
 松下は目を大きく開けた。
「いいが。おらだづの娘はな。こんなくそ車、あんなエラそーなでけえ家なんが合うわげねえ。婿さんの選んだ、あのマンションが一番なんだ。入ったこどもねえくせに偉そうなごど言うな。監獄で悪がったな、あそご選んだのはおらだづだ」
 松下に二の句を告げさせず、今度は中川母。
「へだな料理で悪がったな、それで麻衣子は育ったんだ。骨がどうした、女なんだ、身ごもりゃ覚悟出来んだ。大体な、そっちの近ぐさ行って麻衣子生めるわげねえべ、無理なごどばっか言うな」
「おいあんだ、車停めろ。おらだづこんなくそ車乗りだくねえ。歩いて帰る」
 松下は狼狽えた。想定外だ。
「でねえば離婚させる。今がら婿さんさ電話する」
 ちゃきっと懐から携帯電話を取り出され、松下は泡を食って叫ぶしかなかった。
「そ、それだけはご容赦下さい!!」
「んだば停めろ。おろせ」
 くそ車は急停止。おりた中川父母はやっと人心地つき、のんきに何キロも歩いて、迷いながら、名刺の通りの住所へ向かった。
 この次第は松下の口から主人である今村将に伝えられた。将の側近頭、勤続うん十年の松下はその場でクビ。将は仕方なく息子に電話する。出ないかもしれないが。
 息子の政人はというと真っ最中。麻衣子の喘ぎ声はせいぜい竜也とその聖域に、十数年後にしか聞かせる気はないので電話を無視。思う存分麻衣子をやりまくって、しかしこのタイミングでの電話なら相当な事態だろう、貸しを死ぬほど作ってやると思って、のびた麻衣子の尻を撫でさすりながら電話した。
「用件は」
 機嫌が悪い証拠である。
「済まん、政人」
 予想通りか。
「貸しはいくつと」
「みゆき以外ならいくつでも」
「あんたもそいつも要らん。話せ」
 もはや敬語ですらもなく。
 内容を聞くと、政人は言った。
「麻衣の両親だ、根性があるに決まっている。俺の聖域を侵すとはな。覚悟しろ」
「待て。みゆき以外と言ったぞ」
「だったら今すぐ腹上死しろ。仕方なく墓に入れてやる」
「まだその気はない」
「伝統の方法で一緒に死なせてやると言ったぞ。有り難く思え」
 その時、麻衣子が存外早いタイミングでうーんとうなった。この声、もう起きる。
「麻衣が起きる。さっさとくたばれ」
 ぶっつり電話を切って、本家からの着信を無効とした。この分では中川父母からの電話があるかもしれない、だから電源は落とさないで。
「ん……ん……」
 熱く激しいキスで目を覚ます。ぶち込まれた体が即座に反応する。切り離せない心が永遠に政人を求める。
 いつもそうだが、卒倒する直前に舌が離される。名残惜しくて狂いそう。
「まさと……すき……」
「俺もだ。麻衣」
 拙い手つきで政人の首に腕を回す麻衣子。
「まさと……」
「どの体位がいい」
「ん……いっぱい……」
「尻を犯る」
「いいよ……」
 麻衣子は仕方なく腕を解く。それだけで、あとは全て夫に任せる。全くまぐろ。
 とはいえ政人は、麻衣子の腕を解くことだけは出来ない。それ以外は全部やる。
 教え込めばまぐろは卒業するだろうが、正直、麻衣子に積極的になられれば簡単にいきまくって麻衣子より先に昇天する。それでもいいと思うが、後だ。
 政人は麻衣子を四つん這いにする。
「麻衣。尻はな、アナルという。アナルセックスだ。言え」
「ん……麻衣、あなるすき……」
 望み通りに。しとど流れる愛液を尻の穴にたっぷり塗り、犯す。
「ああ……ン!!」
「△×○は?」
「ん、さみ、しい、おねがい、挿れ……あン! あン! あンあンあン!!」
 望み通りに。穴二つ同時に犯して、好き放題突き続けて。
「アーーーーッッ!!」