7

 大王はそれらしく周りに目線をやりながら数箇所寄って、本来の目的地へ到着した。その時には段ボール箱を肩に置き。
「勤務御苦労」
 護り人にとって大王の直言などいつ以来か。慌てふためき、そして姿勢を正し敬礼した。
「ご尊顔を拝し奉り、またお声を掛けていただき恐悦至極に存じ奉ります」
「我が王配の機嫌を取りに、なに。少々、財宝などと思うてな。各々方も室内に入るか?」
「め、滅相もない。ここ宝物庫は大王様と王妃様は立ち入り自由、何人も阻害など出来ませぬ」
「相分かった」
 そして扉は閉められた。
「さてはて」
 久々の勿体ぶった言い草は肩が凝る、と思いながら目的物をガサ入れ、すぐに発見。段ボール箱に入れておいた模造品とすり替える。
 そして口に出した目的物を五つほど物色し、大王は扉を手ずから開けた。
「勤務御苦労」
「ハッ」
 扉を閉めた護り人は経緯上、大王が次にどこへ行くのかを見た。城中の王の間や議事の間がある城表ではなかった。城奥だ。
 大王は嫡男にあの二つの間をほぼ譲るような状態とするにあたりこう言った。
「国に二人の王は要らぬ」
 よって護り人は、やはりかと思う。
 前王朝を討ち倒した解放記念日から約三十年が経過した。かの名高き大王も、もはや生誕より半世紀。誰の目にも次代王を指名すべき時期だった。
「やはり王女様が女王様となるのかな」
「シッ。まあそうであろう、女王とはいつの世も人気が高い」
「過去の女王様はな」
 城勤めであればもう誰しもが、王女の実態を知っている。
「ほれ、今日も王佐殿の出番だ」
 窓の外には、王の間より単騎で飛ぶ黄金竜。
 魔法石による手紙に対し、王太子も王佐も必ず単騎で供も警護も連れず自ら出向く。紙一枚で済ませはしない。
 それが、王女様は紙一枚で助けを呼ぶってさ……護衛は外にいるだけでなにもしないってさ……。

 城奥の家では王妃がなんとか、ルカの頑なな心を解きほぐそうとしていた。
「ね、ほらっ、嫌いな宿六は出て行ったから。女しかいないから、もうちょっと肩の力を抜いて、気楽に話して」
 ルカとしては訂正を願いたいことがたくさんある。まず、大王様を嫌う軍人はいない。次に、名君の別称が宿六はなかろう。女だからってどうした、過去を話す理由にはならない。
「ですからとにかく、ここから辞したいとそれのみ……」
「王妃様、魔法石から手紙が。王太子様からですわ」
 常に周囲に目を配る近侍が報告する。多忙なリブロからの手紙。
「まあ、なにかしら」
 ルカに背を見せて魔法石へと向かうその歩き方は、軍人であり、絨毯敷きの上を歩き慣れない者にとって、“ああ慣れているな”と思わせるに充分なものだった。
 慣れているなど、それは当然だろう。約二十年間、この女性は大陸の期待という名の重圧を一身に背負い続けたのだ。そう思えば、小さな背だった。
 王妃はそれらしき重圧を感じさせない肌艶で、手紙を一心に読んでいる。
 すぐに顔を綻ばせ、
「見て見てーーー! ルカちゃん!!」
 今度はなんだ。あの王太子から王妃経由の手紙とくれば、ルカのことが記されているのは明白だ。
「親愛なる……は飛ばすわね。
“ルカよ、寂しく想うておろうがしばし待て。代わりにそなたが探していた就職口は用意した。私の妻だ。もう苦労はさせない。ただ、私はしがない宿六。こうしていつも待たせてしまう。母の苦労話でも聞いて待っていておくれ”
 やーーーん妻ですって! よかったわねルカちゃん!」
「よくありません、なにも承知しておりません!」
「探していた就職口? ひょっとしてここを出たいっていうのは、就職先を探していたから?」
 王妃様、鋭いです。
 それは王妃が過去、就職先を必死で探した経緯があるからだった。
「これでここを出る理由がなくなったわね」
「それを承知しておりません!」
「じゃ、リブロの言う通り待つしかないわよ? リブロはね、言いたいことがあったら直接言うわよ。おかあさん宛にルカちゃんのことを言うような子じゃないの。これはね、おかあさんに、リブロは政務に忙しいから、ルカちゃんを足止めしておきなさいよっていうお願いのお手紙よ」
「政務? そのような至尊の御方と私めは、なんの関係もありません!」
 思わず立ち上がるルカ。まあまあと、王妃が諫めて。
「でも、リブロと少しは話をしたんでしょう?」
「し、しました」
「少しは納得する部分、あったんじゃない? あの子、そんなのなしで家に人を招き入れるような不用心な子じゃないの」
 不用心なのは私でした。ルカは内心で思った。
「あったでしょう?」
 詰め寄る王妃。言い返せないルカ。
「あったわよねえ。じゃなかったら、ルカちゃんはきっとおかあさんを除けて飛び出しているわ。あるから出られない。でも時間が全然足りなくて、説明不足。そうでしょう?」
 近侍は王妃を称賛して、
「さすが王妃様ですわ!」「その通りに違いありません!」
 そんなに容易く分かられるのか。ルカはがっかりとした。

 反論しないルカに満足した王妃は、まさか苦労話などを愚痴りはしない。優しく茶を淹れた。
「ね、とにかく環境が変わって、困っているでしょう? さすがにこれには肯いてよ」
 ルカは根負けして肯いた。
「じゃあ、食べるものも食べたし、午睡でもする?」
「め、滅相もない」
 仮にも十二年間の軍務でそのような生易しい時間を過ごすなど許されなかった。とんでもない。
「じゃあ」
 次に王妃がなにかを言おうとした時、扉が開いた。この家を自由に出入り出来るのは二人のみ。うち一人はもう家の中にいるから、
「よーう、かーちゃん、ルカちゃん。聞いてくれ、女性の機嫌を取りたい。手っ取り早く宝物を持って来た。見てくれ」
「宝物」
 王妃とルカが同時に呟いた。王妃は嫌な予感、だったがルカは違った。ここは本当に城奥なのだ。そして目の前の、威を封じ、ギラつく眸に不敵な笑みを浮かべる男は間違いなく至尊の御方。目を合わせてはいけない。
 ルカはくるりと背を向けた。軍人にとって背を見せることは負けを意味する。立ったまま平伏したのだ。
 しかし、そうと分かるのは同業者のみ。軍務などなにも知らない、この場では唯一の人物、王妃は、
「そこまでおとうさんを嫌わなくてもいいんじゃない? あの宿六、ルカちゃんになにかした?」
 なにかされたのではなく、こちらがなにもしてはならないのです。なにも出来なかったのです。だからせめて。
 鷹揚な大王は女二人の間に段ボール箱を置いた。
「どうだ、これ!」
 手に取るそれは水晶だった。だが形が、
「クリスタル・スカル。自然に出来たと言われるオーパーツだ」
「髑髏ね」
「ああ、ドクロだ。所有者に不幸を齎し続け、どう散逸させても必ず誰かの懐に忍び寄るという伝説で、案の定宝物庫に忍び込んでいたものを持って来た」
「アホ! 次」
 ルカにはついて行けない会話内容だった。
「サファイア・スカル。大海原を飛んでいたらキラリと光ったので網で取ってみるとこれだった。以降所有者に不幸を齎し」
「はい次!」
「皇帝の色といえば紫。よってアメジスト・スカル。文字通り皇帝一家は闇へ次々消えて行き」
「おまえが消えろ! そんなもん持ち出すな、出て行けーーーッッッ」
 王妃は外と直接通じる専用出入り口へ大王を蹴り転がし、仕舞いには段ボール箱に持ち出されても困る物ごと城の外へと蹴り落とした。
「えぇえ、そんなーーー!!!」
 あまりの仕打ちに背を向けていたルカはつい、そちらに走り手を付いて下を見ると、煌めく飛行物体が顕れた。それはあっという間で、すぐに遠くへ消え見えなくなった。

「ふん。やっぱり宿六よね、出て行く姿が似合うわ。もうしばらく来ないから。あと何年後かな」
 王妃様、そんなことはありませんと近侍が宥めるが、王妃は聞かない。実績ありなのだ、説得しようとも出来はしない。
「いいのよ。やっぱり大王様には帰る所がたくさんあるんだわ」
 近侍が急いで宥める。
「それだけはありません、王妃様」「大王様がお帰りになるのは、王妃様のもとだけです」
 これらを聞いてルカは、先程の“母の苦労話”という一文を思い出した。
 ここは城。どれだけ警備が完璧かは元軍人、知っている。出られない。
 先程見たように外と直接通じる専用出入り口から鳥を使えばいいかも知れないが、飛行距離が間に合わない。きちんと目視で確認した、あまりに高さが有り過ぎる。途中で飛行能力が枯渇し挙句落下する。つまりは逃げられない。
 ならば待つしかない。言われた通りにはしたくないが、出るには己に力がなさ過ぎる。
 あんなふうに黄金竜で飛べたらどれだけ……。
「ルカちゃん、泣いているの?」
 ルカは言われて気が付いた。いけない、涙に意味はない。泣いたところで鳥以外召喚出来ない。泣けば黄金竜が呼べるのなら、きっとルカはこの大陸を涙で浸らすほど泣いただろう。
「いいえっ。違いますっ。待ちますっ、王太子様をっ。そして誤解を晴らしますっ」
 涙声にだけはならないよう気を付けて、気を張った。
「まあ、そんな無理に言わなくても。なんの誤解?」
「王太子様の、など。そのような女性は、私めごときではないのです」
 すると王妃はしんみりとした表情になった。
「じゃあ、ルカちゃんの考える王太子妃様って、どんなかんじ?」
「どんな、とは。それは勿論」
「綺麗で優しくて美しくて賢くて?」
「そっ、そうでございます!」
 なんと、やっと会話が成立した。
「じゃあ目の前のおかあさんは、きれい? 賢く見える? 勉強なんてなにもしなかったよ」
「えっ、っと」
 ルカは次の言葉が出なかった。一つ間違えれば不敬罪だ。
「リブロは人をそんなふうに見る子?」
「それ、は」
「少しは話をしたんでしょう? 妻の条件はそうだって言ったの?」
「いい、え」
「じゃあなんて言ったの?」
「私を、見守り続けたと。小さな頃から」
「まあーーー! どこかで聞いた話ね! 血は争えないわねえ。うん、分かった。リブロがどれだけ想っていたかは分かったわ」
「そ、そういう意味では」
「じゃあ、幼馴染だったのね? そんな話、どこかで聞いていない? たとえば目の前のおばさんが、誰に名付けられて誰に王籍編入されて、結婚式を挙げる、半年後、伴侶は幼馴染、とか」
「それ、は」
 目の前の女性をそのようには呼べないが、城で一番大きな空間である謁見の間を初めて開いた話は有名だ。
「ルカちゃんがやけに嫌っているあの宿六に、なんでおかあさんが嫁いだのかというと。綺麗でなくてもいい、優しくなくてもいい、美しいとか気にしない、賢いとか期待していない、って言われたからよ」
「王妃様。大王様は、そのようなこと一言も」
 近侍が助けの手を入れる。
「だったら、って思ったわ。それに、その時には既に、ルカちゃんみたいに城の中で、もう出られなかったから。籠の鳥って言われたわ。ルカちゃんもそうなると思う。
 だから、まだ婚約状態の今のうちに、外に出掛けたければそうしてもいいのよ。もっとも、城から逃がすなというリブロからのお願いだから、さっき宿六がしたように、城内探索のみになっちゃうけれども」