Weight of the World

 大王アルフレドと王配シャルロッテの長女、イオナは十二歳となった。その容姿は母譲りと父王に言われ、炎の剣を預かる。民からの人気も高い。そんな彼女には大いなる悩みがあった。
 才能がないのだ。

 唯一の兄、リブロは十五歳になる。父譲りの統治能力で、すぐの未来の王太子と、大陸の民の期待を一身に集めている。氷の剣を与えられた時、鞘から抜いた時点で氷氣を発した武人でもある。
 年子の弟、タカオは生粋の戦人。雷の剣を与えられた時、自ら「私はこの剣の正統保有者です」と言い切った。言葉通り、ひとたび抜刀すれば雷は聖山キュロスにまで轟いた。
 七歳の弟、レオンは王佐の才を持ち、城の地下の膨大な書類をこの歳にして読み切った。
 五歳の弟、テスラは音楽器の才を持つ。武人でも文人でもなく音楽人である。

 五人は、絨毯の上しか歩いたことがないと言われるのをなにより嫌った。自分達の親の足首にある消えない痕を決して忘れない。人前では気高く振舞い、人の目がない所では城に安住などしなかった。
 五人は全員が黄金竜を召喚出来た。王朝は千年先まで安泰と謳われた。

 そんな五人は今、王配の間(おうはいのま)にいた。理由は両親がまた喧嘩をしたからだ。
 城奥から飛び出した母。聞きつけて、五人全員が父王のいる家ではなく王配の間に集まった。
「また、みんな来ちゃったの」
 威厳とは無縁の母は、おなかを痛めて産んだ、心配の表情を浮かべる五人を眺める。
「一度くらいは一人でも、お父さんのそばにいていいんじゃない?」
「父王に助けは要りません」
 リブロが言い切った。喧嘩のたび何度も言った言葉だった。
「そうかもしれないけれども。冷たいなあ」
「そう仰るなら。母上、なにゆえまた喧嘩をなさったのです?」
 シャルロッテは、言葉遣いの悪い自分からなぜこのような子どもたちが産まれたのだろうと、人生で幾度も思った謎を頭に思い浮かべた。答えは簡単、シャルロッテは子育てにほとんど参加をしなかったから。産むがシャルロッテの義務だった。果たしたので、あとは周囲がそれぞれの責務を果たしたのである。
 嫡男が喋る時、他四人のきょうだいは決して自ら話さない。長幼の序を重んじるよう育てられた結果だった。
「……しょうもないこと」
「であれば、早急に仲直りを。父王は母上に決して敵いません。今頃いじけていらっしゃる。政務にも支障をきたします」
「だって。おとうさんてば。おとうさんてば」
 ここは女の出番と思ったイオナ。兄に視線を一度流してから発言をした。
「母上が言い出しにくければ、わたくしが先ぶれに参りますか?」
 親子だというのに、まだまだ子どもだというのに。いつから敬語以外を聞かなくなったのか。
 出来た子どもを持って幸せだ。そう思ったシャルロッテ。いつもながら大人げない喧嘩だった。とっくに怒りはおさまった。
「じゃあ……もう怒っていないから。仲直りしようって、言って?」
 母から大事な仕事を与えられたイオナは、微笑みを浮かべて了承をした。

 長女が一人、王配の間を出て行っても、残る男兄弟はそのまま母を護った。
「皆もう忙しいのに、いつも集まってくれて、大丈夫?」
 子ども達は親の喧嘩が始まるその時いる場所は様々だ。それでも五人は報を聞けばいつも集まった。
「無論にございます。子は親に対し、出来ることは全て致します」
 リブロの断言を聞いて、些細な喧嘩を繰り返す、親と呼ばれた側は立場がなくなって下を向いた。
「……おとうさん早く来ないかな」
 そう思うならば喧嘩をするな。リブロは敢えて尋ねた。
「今回はまた、どのような」
「えっと……おとうさんが執務中、一人で薔薇園に行って来たのね。そしたらおとうさんが、一緒に行きたかったっていうから、大王様を煩わせたくないのって言ったの。そしたらね、何十年来の仲なのにどうしていつもそう他人行儀なんだっていうから、そんなことない、だって悪いでしょうって言ったの。なにが悪いんだ、じゃあ俺だって一人勝手に遊んでやるって。おかあさん外に連れ出してほしいから、連れて行ってって言ったら、おまえはだめなんて言うから、なんて勝手な、って……」
 兄弟四人の呆れた冷たい目線に晒され、母の声は小さくなった。
「勝手な、で。なんです母上」
「じゃあお城も勝手に歩いてやるって……家を飛び出てここに来ちゃった」
 たかが城内の散歩でこの始末。言っている内容は毎度破綻しており支離滅裂。リブロは内心大いなるため息をつき、よく結婚出来たなこの二人。と、人生で幾度も思った謎を今日も頭に思い浮かべた。

 炎の剣を携えて、イオナは家の扉前に来ていた。
 ここは家であり、家でない。
 絨毯の上だけを歩きたくない子ども達は、ここには滅多にいなかった。
 それでも、ここは家だ。
「父王よ、イオナです。入室の許可を願います」
 室内から、応えともつかぬ、間の抜けた声が聞こえてきたので、イオナは許可は得たと判断をした。扉の守人に目で合図をする。
 開かれた扉の先、三歩歩いたところで立ち止まり、膝を折った。
「失礼仕ります、父王よ」
 首を垂れ、礼を取る。堂々たる禁令違反だった。大陸一普及率の低い法律と揶揄されている。
 大王は二人掛けの椅子の左側に背を丸めて座っていた。顔だけを扉方面に向ける。
「……なんだ。他の野郎どもも皆、やっぱかーちゃんの部屋か」
「はい」
 きっぱりとイオナは言い切った。父はがっくりと首を垂れた。
「……そりゃ俺は剣が振るえますよ。腕力もありますよ。
 でもさあ、子どもがみーんないーっつもかーちゃんの味方はねえだろう」
「父王に我々の助けが要るのですか?」
「要ると思ってお前が来たんだろう?」
「はい」
 大王は椅子から立ち上がり、イオナの前まで来る。
「かーちゃん、なんて言っていた」
「それを申し上げる前に、わたくし、父王と是非二人きりで話がしとうございました。
 わたくしに時間をくださいませんでしょうか」
「ああ……かーちゃんにますます似て来たなあ。そっくり同じことを言われたことがあったよ。
 いつまでも堂々と禁令違反をするな。立てよ。ところで、なんだ」
 イオナは起立し、目線を合わせた。
「わたくしに、存在意義はありますか」
「……なんだ。喧嘩中で落ち込むとーちゃんに随分ヘヴィな質問だな」
 イオナは今より子どもの頃、歌うのが大好きだった。性格ももっと明るかった。
 しかし、物心が付くあたりに、父王が文化人として生かしたその道の達人ともいう人物にこう言われた。
「王女様に歌の才はありません」
 よくいって趣味程度のものだ。このくらいの歌い手はごまんといる。王女ならば大陸一を要求される。そうは決してならない。だから歌が得意など誰にも言うな。それが自身を守ることになる。
 あれからイオナは変わった。
 預けられた炎の剣は、父王が一度だけ見せたように、水平線まで届くほどの炎を、イオナは発氣させることが出来ない。刃の潰れた宝剣となんら変わらない。ただ預かっているだけ。丸腰も同然だった。
 兄弟はその道の文化人・達人が唸る才を持つ。この歳になって、それを理解出来ないわけがない。
 感情を共有する姉妹はいない。母にだけは絶対に頼ってはならない。
 いつか言いたいことだった。父王は激務、これは何十年と変わらない。二人きりになって会話する機会など、これを逃せばもうない。
 切羽詰まっての発言だった。
「あるよ」
「嘘を仰いますな」
「誰に似てそんな勿体ぶった喋り方になったかねえ……」
 大王は頭を掻いた。
「父王に御座います」
「そりゃー俺は臣を前にすりゃ言い方は変わりますよ。んでも今は親子しかいねえだろう。普通に話せよ」
「子どもの頃の話し方は、もう忘れました」
 あの、才能がないと断言された時から、イオナは変わった。
「わたくしに居場所はありません」
「なんだ、随分思い詰めていたんだなあ。んなことねえから、気付かなかった」
「ない? わたくしに存在意義は、あるのですか」
「あるよ」
 大王は絨毯の上にあぐらをかいた。
「そのような」
「お前も倣え」
「はい」
 父王の命令は絶対。しかし、仮にも女の子たるもの、あぐらはかけないと思い、イオナは正座をした。
「俺には呪いが掛けられてある」
「えっ……」
 大王は言った。眠る時、必ず悪夢を見る。
 お前は呪われている……斬った分だけ悪夢を見た。眠れはしないが甘受している。これは罰だ。
「妊婦を千人も斬って、のうのうと生きていられるわけがない。
 本来であれば、こんな王朝は一代で終わりだ。俺は種無しの可能性だってあったんだ。それを、お前達のかーちゃんが頑張って、五人も産んでくれた。しかも一人は女だ。俺がどれだけ喜んだか。狂喜乱舞したんだ、分かれ」
「……はい」
 呪いは続く。斬った分だけ。
「お前の兄弟に、都合よくややが出来ると思うか」
「呪いは続くのですか」
「そうだ。その可能性が高い。
 そうでなくとも、王の配偶者の重圧たるや想像を絶する。俺の禁令で後宮を持たせて貰えず、一人でややをなさなくてはならない。周囲の圧力を誰より感じて、部屋にこもり続けるだろう。
 そんな状態でややなど宿せるか」
「でも、それはわたくしとて同じことでは……」
「お前に呪いはない。妊婦は女の子に優しいからな」
「では……」
「いくらあのかーちゃんでも、もう一人女の子を産んでくれって頼むわけにはいかない。もう五人ももうけたんだ、限界だ」
 王配シャルロッテは最初の産褥で心臓まで停止した。なんとか持ち直したが、大王は第二子以降を諦めた。
 大丈夫、産むよ。もうあんなことない、安心して……そう言う王配の言葉を信じなかった。
 それでも次のややを授かる。女の子だった。ああこれで。大王は誰にも言わず一人叫んだ。願いは通じたと。
「だからお前だけが、このひ弱な王朝を救うことが出来る」
「わたくしは、無価値ではないのですか」
「誰がそんなことを言った。名前を言え、叩き斬る」
「……わたくしがそう思いました」
「全くかーちゃんにそっくりだな、別嬪なところも一緒だ」
 父は母のことになると威を解き、これだけ柔和な表情になる。
「……わたくしは、母上に似てはおりません」
 優しく、いつも笑顔の母。イオナはあれ以来、常に笑顔を保とうと思えなくなった。
「なんだお前、俺に喧嘩を売っているのか」
「そのようなことは」
「俺の遺した呪いで、未来の義姉妹はややをなせない。それを、どれだけの周囲に悪し様に罵られると思う。
 いいか。お前だけがややをもうけられるんだ。
 お前がオーフェルベルクを救え。唯一の希望だ」
 イオナは生まれて初めて、炎に包まれるほどの激しい衝撃を受けた。
「分かったな」
「はい。勅命、謹んで承ります」
 正座のまま首を垂れた。
「ったく……居場所がないというのなら、お前に勅命を出そう」
「なんなりと」
 イオナの表情は、もう曇らなかった。
「かーちゃん、怒っているか?」
「勅命を先に」
「冷てえなあ。
 かーちゃんな、臣達に、仕事をしろって言われまくっているんだ。知っているな」
「はい。五人も子を成し充分つとめを果たされましたのに、民からの人気が高いものですから、孤児院や養老施設などの各地を回ればより良いと言われていることは存じております」
「だが、俺はかーちゃんに仕事をさす気はねえ。充分つとめを果たしたからな。
 だからお前だ。
 お前が、かーちゃんに求められていることを為せ」
「謹んで」
「護衛にタカオを連れて行け。かーちゃんの機嫌次第だが、明日からでも回れ。来てくれって要望書、嘆願書は山と届いているんだ、暇はねえぞ」
「はい……しかし弟はまだ十歳で」
「あぁ? とーちゃんがいつ志を立てたか知らねえのか」
「……失礼を。承りました。……弟はそれほどの技量ですか」
「ああ。俺だったら、敵に回したくない。そのくらいだ」
「……羨ましゅう御座います」
「あぁん? なんつった」
 イオナは微笑んだ。年子で生まれた姉思いの弟。ちょっぴり性格が暗いのが難点だ。
 そして思った。今かわしたこの会話は、一部は誰にも言わず、死ぬまで黙っているべき内容だったと。
 機を逃さず父王と語り合えてよかった。
「ありがとうございます」
「納得したな?」
「はい。充分に」
「ならそろそろ言えよ。かーちゃんのご機嫌は?」
 笑顔を浮かべて、
「麗しゅう御座います。早くお迎えに向かわれませ」
 矢よりも早く飛んで行った父王。そもそも痴話喧嘩などしなければいいのだ。仲がいいくせに、これが多いのが敬愛する両親の玉に瑕だ。

 つい先日、イオナは女の子になった。
 なんの才もないと嘆いていた。それが、あったのだ。
 自分しか為せないこと。
 血を流す意味はあった。
「さあ、行かなければ」
 早々に父は家に母を連れ帰るだろう。甘い時間を邪魔してはいけない。勅命に直ちに従い、兄にまず報告をして。
「忙しくなるわ」
 最初にどこに向かうのか、はじめは注目されるだろう。だがイオナは、より選んで向かう気はなかった。
 全てに行く。大王が建て続けた、盾を持たない者達の家へ。
 ただ一つだけ与えられた才と思っていた、黄金竜でどこへなりと飛び立とう。
「大陸は広いわ」