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 十日後の朝、食事の後、一行は緑の館を出て、帰城した。
 アルフレドは早速城表へ、執務に戻った。王の間には、不在にした分だけ書類が増えており、もう机の上だけでは足りなくて、床の上にも積み上げられていた。
 城奥に残されたシャルロッテは二人掛けの椅子に座り、近侍に訊いた。半年間大王様に起こったこと、これからのこと。新婚旅行中は敢えてなにも訊かなかった。だから教えてほしいと。
「かしこまりました」
 近侍とて、食事を出しながら、リネンを替えながら、それとなく様子を見守っていた。二人の時間を大切にしていたことは感じ取っていた。

「まずは、軍の内乱から申しましょう」
 最初に、あの日のことを話した。
 なったばかりの婚約者を一人置き、王の間を出た大王が向かったのは城表。
 予想通り、先ほどの宣言を聞いた軍人達が多数、誰に命令されることなく集結していた。いよいよ自分達は軍をクビになるのかと。
 誰も彼も、その目は血走っていた。穀潰しと罵られ続けた、あの時までは確実に英雄だったはずの男達。
「大王様は軍を一旦解体し、警察として再編しました」
 社会の安全、治安を維持する組織。そこに、多くの軍人を異動させた。
 悪魔城攻略戦には全軍を投入したわけではなかった。地上制圧戦に各地で勝利するごとに、治安と物流維持のため当地に軍人を残していた。彼らだけでなく、軍の厳しい訓練は免除し、護身術は習わせた女性や、奴隷時代を生き残り、多くの知恵を持つ高齢者も軍属として募り、業務内容としては警察の仕事を、既にさせていた。
 だが名目上は軍だった。それを、即位・婚姻の儀式を契機に変えた。
 つまりは、軍人の誰も解雇をしていない。
「……よかった」
 シャルロッテは他人事と思えず安堵した。近侍に聞いたあの言いようでは、必ずクビになる者が出るだろうと思ったからだ。

 全員を警察組織に組み入れたわけではない。軍は大幅に縮小の上残した。
 戦うことしか出来ない、どれだけ訓練が厳しくてもいい、軍しか自分のいる場所はない。そう言い切る者達。大王は彼らを軍籍に残した。一旦断絶したものの再建は難しいからだ。
 ただし、給金は減らした。
「大王様は、茨の道だ。そう仰いました」
 陸軍が最も縮小された。残留を選んだからには、最も厳しい訓練が待ち受けている。
 海軍は三つに分けた。海上警察、海軍の他に海運会社として民間に任せた。
 空軍も三つに分け、航空警察、空軍の他に航空会社として民間に委ねた。
 比率はそれぞれだが、空軍に残る者が最も少なかった。才能があれば出来るので、軍の厳しい訓練について行けない者は多かった。ただし軍は国家事業。訓練に耐えさえすれば立場は保証される。
 民間会社を設立し、軍人の給金を減らしたことで、国庫はより残る結果となった。

 第一軍の所属とされていた特殊部隊の面々は誰一人城表には集まらず、大王も彼らの意向を改めて聞くこともなく、全員残留となった。大王は自分の権力が強過ぎるのを嫌って第一将軍に部隊を預けていた。陸将と肩書を改められた宿将は、謹んでお返し申すと言い、周囲の誰もが賛成をし、特殊部隊は大王の直属となった。皆が言った、元の鞘に収まっただけだと。
「我々、陸海空どれにも属さない七軍の者達は軍籍からは離れました。ですがあの日、他の者達と同じように城表には集まりませんでした。業務、訓練内容は従前と変わらぬまま城勤めの衛兵として残りました」
「……そうですか」
 シャルロッテの周りを、以前と変わらず名乗らない、ちょっと体格のいい女性達が見守っている。
「大王様に是非、感謝のお言葉をお伝えください。なにせ二十万人からの軍人軍属全員と会い、一人一人と改編・異動について皆が納得するまで話し合われたのですから」

 アルフレドが昼食をとるべく、城奥に戻って来た。シャルロッテは居ても立っても居られなくなって、椅子から立ち上がって歩み寄り、アルフレドに触れた。涙を流して、お疲れ様と労わった。
「おまえが抱きついてくれた。充分だ」
 アルフレドはシャルロッテの髪を梳いて、妻をこそ労わった。
「大変だっただろう、半年も慣れない嫌いな特訓をして。一切見守ってやれなかった。済まない」
「そんなこと……」
 シャルロッテとしては、結婚式のあの時躓かなかったから、なんとか努力は報われた。転んでいたらさてどうなったか。
「壇上で一人、偉そうに見ていたが……見ているだけしか出来なかった。あれはおまえしか出来ないことだ。よくやった」
「……うん」
 シャルロッテはアルフレドに抱きしめてもらった。よくこの腕を、一度は拒絶出来たものだ。いだかれれば、自分がどれだけ愚かしいことをしたのかよく分かる。
「即位の儀、見たかったなあ」
「王になる。そう言っただけだ」
「だけって、……もう。恰好よかったよ。王冠、似合ってた」
「ああいう形式は嫌いでな」
「嫌いが多い大王様」

 食事後、シャルロッテはそのまま留まり、アルフレドは出掛ける。その際、出迎えは椅子から立ち上がらなくていいと言われた。
「寛いでいろ。もう特訓などない。半年も城を空けない」
 出て行かれて、ぽつんと残されたシャルロッテは、手持ち無沙汰となった。
 特訓をしていた時は、せめて少しは休みたい。働いているときはなにもしたくないと思っていたのに、いざそうなると落ち着かない。
 シャルロッテは近侍に尋ねた。
「大王様に、寛げと言われましたが、よく分かりません。どうすればいいの?」
「そうですね、これからのことを申しましょう。
 王妃様は、籠の鳥です」

 式を挙げたことで、登記上だけではなく名実ともに王配となったシャルロッテに権力はない。よって、まつりごとの書類が山積してある王の間への入室は禁止となる。トイレが一つしかなかったのはこのためだ。
 アルフレドの気配を感じていたくてその場に留まりたかったシャルロッテを近侍は城奥へと連れ出したが、実質は追い出したのだ。
 歴史上、どの王朝にも後宮はあり、そこに住む女性はほとんどが生涯外界へ出ることは叶わなかった。王以外の誰を連れてでも外へ出れば、外部で間男と逢引きしたなどと疑われてしまうからだ。それは、いかな大王の治世とて同じこと。
「だから出掛けろ、お買い物をしろと? 行けるうちにということですか?」
「はい」
「そう言ってくれれば……」
「あのもどかしい時に、そのようなこと。とても言えませんでしたわ」
 確かにあの時、城に住んでくれとだけ言われたからはいとシャルロッテは答えられたのだ。目的は王配にするため、とアルフレドに言われていたら回れ右をして歩いて帰っていた。
「絶対、外に出てはいけませんか?」
「多忙激務な大王様とご一緒なら、この限りではありません」
 では、実質ダメということだ。
「ご安心ください。外へ出たがり、飛びたがりの大王様のことですもの。きっと王妃様とどこかへ出掛けられますわ。そう思われるでしょう?」
「まあ、確かに……」
 アルフレドは飛びたがりだ。なにせこの城奥にも、いつもいた王の間にも、外界と直接通じる大王専用の扉があるのだ。
「半年も城は空けないと言っていましたけれど、あやしいです。本当は、なにか用があるんじゃないですか?」
「大王様も我々も、随分信用がないですね」
「大王様にもよく言われます。信用していないわけではないのですけれども、大抵いきなりですので……出掛けられないも言ってほしかったですし、事前にある程度皆さんお分かりのようですし……」
「我々はどうしても、大王様に先んじて言ってはならないのです。それはご了承ください。
 大王様の現在の激務ぶりなら申し上げられます」
 祝いの言葉を直接述べたくて仕方がない、儀式に立ち会えなかった臣達を始めとする大勢が大王様を待ち構えている。軍を改編したため御前会議は面々が変わる。海運会社も航空会社もその長は便宜上、最初だけ大王様とした。その本来の経営者の選定もしなくてはならない。
「……気が遠くなりそう」
「半年前、ビンクス夫人が言っていたでしょう、それは男の戦いです。
 王妃様は王妃様です」
「わたしの戦いも、またなにかあるんですか?」
「いいえ、もうございません」
 近侍はこの時、明確に嘘を吐いた。
「ゆったりと寛いでください。我々があの村にいた王妃様を連れ出したあの日から、ずっと激務だったのは王妃様の方ですわ。どうかお休みになって」
「激務。……まあ、そうかも……」
 そう表現されれば特に否定はしない。シャルロッテは、今までの価値観なら充分に贅沢な、午睡をすることにした。近侍は是非そうなさいませと言った。

 激務の大王は議事の間で、様変わりした面々と激論をかわしていた。改革は未だ途上、組織を変えたことでまつりごとが滞ってはならない。誰かを盾として隠れ、怠る者はこの場にいない。充分に議論をした。
 今日はこれで以上。そうしたかった大王は、皆が言いたいことがあるのを分かってこう言った。
「他にはないか。であれば、これにて」
「ございます」
 案の定、すぐさま横槍が入った。
「申してみよ」
 言いたい内容は分かっていた。
「王妃様にお会いしとうございます」
 やはりか。アルフレドは気付かれないよう内心で溜息をついた。その間、各所から我も我もと声がした。
 この場にいる者達は全員儀式の日謁見の間に入れなかった。発案者の第二大臣でさえそうだった。別に恨みはしないが充分恨んでの発言だった。
 大王はこう述べた。
「あれには、私とあれのややが宿っているかもしれぬ……皆の者、あれを動かすな」