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 今から十数年前、解放記念日より数年前。
 長く続いた激闘の地上制圧戦も、悪魔上攻略戦を前にすれば既に、戦いに向かえば相手から降伏して来るようになっていた。
 ますます地上を歩かなくなったアルフレドに代わり、男達に指示説明をするセンパイ。皆、アルフレドが激務であり、地上を歩く暇はないと分かっていた。センパイがアルフレドから託されていることは誰もが知っており、説明上手でもあったため、荒くれ者どもは比較的センパイの言うことを聞いた。
 言うことを聞くということは、こちらの言うことも聞けということ。センパイは男女構わず大勢からアルフレドについて特定のとある質問を度々されていた。
 アルフレドとセンパイの仲といえども、いつも顔を合わせているわけではない。ある日、たまにふらりと地上に降りて来たアルフレドを捕まえて、訊いた。
「お前さん。女、いないのか」
 アルフレドはセンパイにたくさんの指示を出し、情報を提供する。答える前に、センパイがこう言った。
 アルフレドは表情を変えず、その後もこれからの予定、今動いている事案、未制圧の地、などを言い続けた。
 センパイは、答えないかと諦めた。その時、
「とびきり美人でなくていい」
 アルフレドが言った。話が突然変わって、センパイでさえなんのことかと一瞬思った。
「とびきり優しくなくてもいい」
「ほう」
 まさか答えを聞けるとは。センパイはある意味感心をした。
「ちょっとくらいダメな部分があってもいい。敢えて言うなら」
 アルフレドは黄金竜に飛び乗った。
「安らぎがほしい」
 飛び立つ竜に、センパイは言った。
「それ、本人には言うなよ!」
 いい話だけれどもな。センパイは感服した。そして、特定単数のことを言ったな、あいつ。そう思った。

 解放記念日から数年経った、ある日のこと。
 シャルロッテ、いや、シィの住む寒村に、ある男が訪ねて来た。いつも時間は決まっていて、勤め先の食堂から、近くの長屋へ帰る頃。宵闇が迫る前、暗いがなんとか人を視認出来る時間帯。
 男が言った。
「久しぶりだな。変わりはないか」
「ないよ。そっちは?」
「ああ。色々な」
「うん」
 どうしていつも、嫌なことがあった日に限って、この男は来るのだろう。シィは気持ちを切り替えるのが苦手で、いつも何日も暗い気分を引きずっていた。
「おまえはいつも頑張っているな。たまには休め。無理をするな」
「そっちこそ」
「なんだ。今日は随分素っ気ないな」
 表情も、上手く切り替えられない。
「そんなことない。おまえが元気そうで良かった」
「そりゃ、おまえの顔を見たからだ」
「えっと……」
 僅かに下を向く。シィは今、自分の顔が綻んだのが分かった。どうしてこの男は、いつも笑顔を引き出すようなことを言うのだろう。
「不自由なことはないか。金に困っているとか」
「ないよ。お蔭さま。ありがと」
「やはり素っ気ないな。なんだ、来ちゃまずかったか」
「そんなことない」
 せめて、精一杯の笑顔を。
「悪いな、毎日でも来たいんだが」
「いいってば」
「毎日想っている」
 シィは上手く言葉が返せなかった。
「もう少しだけ待っていろ」
「……うん」