29

 大陸一の記念日でありお祭りである今日。いや、昨日から、一番の主役は姿を見せなかった。不在を訝しむ者達に対しどう説明をしようか、言ってしまえば紛らわそうか。城勤めの臣達は苦心していた。
 解放特需が止んだことは誰もがそうだと思っているが、今年はなんといっても十年目。盛り上げるには充分な響きだ。人の口に戸は立てられぬとばかりに、今年こそ大王様の慶事が、と騒ぎ立て、新聞に書き立てる者もいた。それは御前会議に出られる、事情を知っている臣達ほど、そうだ! と大声にして言いたかったことだ。
 催しの提案。儀式の、お祭りの準備。それらの裁可の書類を山と溜め込み雲隠れ。王の間への入室許可さえ出ない。妻子持ちの臣ほどいよいよだと分かっていた。
 しかし臣といってもそうと理解があるのは城勤めの重臣のみ。地方勤めとされる、その肩書きとなんら違わぬ重臣達は、勤務地自体に不満を持っていた。そこを空け、登城してみれば「大王様はやんごとなき事情で王の間からおいでにならぬ」とにべもない。
「さすが城勤め様、地方勤めより余程偉いか」「いや違う、大王様におかれてはいつものこと、他意はない」「肝心の日に我らに会わせぬとは」「いや違う」
 事情を言えるものなら言っとるわ! と、御前会議に出られる面々は四苦八苦していた。しかし形勢は不利。なんと言っても今日は、
「解放記念日であるぞ! えぇいそこを退け、某は北方相である、大王様に伝えよ!」
 北方どころか南も西も東もそう言って、武人も文人も叫び、城中に通じる扉に詰め寄った。
「方々、待たれよ!」
 そう背の高くない、この場にいる中で比較的若い男性、第二大臣が声を張り上げた。
「大王様より通達である! 臣全て謁見の間にて控えるように!」
 築城後、初めてその間は開かれた。

 天井さえも開く謁見の間は、城の中で最も大きな空間を持つ。一度も使われなかった為、臣達の立ち順さえ決まっていない。
 ここに居並ぶ者達は全員が唯一人に膝を折り続けた。鬨の声を上げてより、唯一人を畏れ、崇拝し続けた者達だった。
 よって、決めごとがなくてもざわつきはしない。少なくとも、それを声にしない。分かっていることは、重大な発表があるということだ。ここにいる者達は皆、大王にある一種の偏屈さをよく知っている。奪還した巨万の富を保管する為にも、どうしても必要だった築城を嫌い、こんな日こそ経済的にも必要な謁見を嫌い、豪奢を嫌う唯一の存在。
 第一将軍が王の椅子、階段直下左側に立ったのを合図とするかのように、城中から直接通じる扉が開かれた。
「大王様……!」
 誰が漏れ呟いたであろう。何人がそうしただろう。漆黒の絹に黄金竜そのままの徽章を縫いとめた衣を纏い、狂おしい程敵を屠った魔性の剣をさげ、泰然と歩く男の姿に、皆は涙さえ滲ませ膝を折る。
 あれほど誰がなにを言っても興味さえ向けず、足も向けなかったこの間が、満を持して今日開かれる。その意味に、臣達は身も心も震った。
 何段もある階段を悠然と昇る姿を目に焼き付けようと、ある臣が頭を上げた。すると、そうしていたのはその臣だけではなかった。この次いつ見られるやも知れぬ、いやまた見られるかも知れぬ姿を、誰もが渇望していた。えらいおうさまをやっつけたからには、私は偉くあってはならぬのだ。そう言って、難解な禁令を発布した大王が、あの椅子に深く座る。
「各々方、よく集まってくれた」

 お祭り当日であり、城の外は民でごった返していた。その時、遠くからもよく見えるこの間の扉がなんの前触れもなく突如開かれた。
 民はこの光景がにわかには信じられず、中を見たい、我も我もと、大挙して押し寄せた。開けられた扉の辺りで防ぐべく、衛兵は二重三重に並んだがまるで足りず、数で圧倒されると、城中からも応援の兵が多数参じた。
「鐘を鳴らせ」
 その日一番の喧騒にも負けぬ、よく響く声が、最も高いところから朗々と発せられる。
 発令を受け、すぐさま第一将軍が立ち上がった。
 この城は使われる頻度の高い場所と、全く使われていない場所・物が極端に分かれている。この間も然り。城奥、城の鐘さえそうであった。あまりの使われなさに飾り物と化し、誰がどう鳴らすかさえ決められていなかった。それを、初めて発した言葉に最初に第一将軍が動いた。
 なにも決められていないのだから、自分が行けば良かったと誰もが思ったが後の祭り。まるでここから行く道も、鳴らし方もとうに知っていたかのような行動だった。
 やがて鐘は鳴る。玲瓏たる朝空に。

「半年後の六月十四日、私、アルフレド=オーフェルベルクは即位をする。
 同日、婚姻の儀を執り行う。伴侶の名はシャルロッテ。私の幼馴染だ」

 王の間でシャルロッテは、魔法石を介して聞いた。
 大陸の隅々に至るまで、大王の言葉は石によって伝えられた。のち、大王の直筆文が文人によって輪転印刷され、号外として久しく行われていない空軍による一斉通知で伝えられた。

 解放記念日は一月一日と改められず、旧王朝が使った暦のまま、本日十二月十四日。ありし日は遠い昔の島国で、主に忠心を捧げた者達が本懐を遂げた日であった。
 半年後の六月十四日はアルフレドがシャルロッテとともに生誕と登記した日であり、ありし日の遠い昔の島国で、亡くなった友人に魂を還した男が生まれた日であった。

 王の間が開く。
 約束を交わした女は、男が今日は、しばらくはここに来られないだろうと思っていた。解放記念日なのだ、一番の主役が奥に引っ込んでいてどうする。
 城の主は衣を替えていた。歩み寄り、額に触れる。
「出掛ける」
「はい」
「帰城は、早くて半年後だ」