28

 約二十年前。
 始まりの地で、鬨の声が上がった。

 本来であればたかが奴隷の単なる遊び。最後まで通じた理由は油断、この一言に尽きた。
 始まりの地が奪還される。その時隣村の支配者はどう聞いたか、言ったか。
「やられたとさ、ザマァ見ろ!」
 田舎の村など治めるのは中級奴隷。隣村も、その隣村のも、同僚ではない。敵だ。上司たる上級奴隷に常に業績を比べられる同じ肩書きの敵。
 だから喝采さえした。隣は倒れ、自分は盤石。ならば自分の評価は上がる。いいザマだ。遊びなどそのうち収まる。
 隣がやられても、手助けをしようなどつゆ思わなかった。まさか、面倒が増えるだけだ。自分の仕事で手いっぱいだというのに。支配層は要領だけは良かった。それに、自分がやっている仕事を隣村から文句を付けられていい気分になる者はいない。
 左手のことを右手が知らない。千年もの長き年月により完璧に完成された縦割り行政の弊害であった。

 油断、弊害。これらが大陸の隅々にまで蔓延していたことを熟知する少年は奪還地を増やす。次々と足枷を外して行く。不要となった枷、泥と血だらけの鎖を積み上げる。
 魔法石の知らせによって、最初は一ヶ所に留まっていた遊びが飛び火のように増やされて行っていることを中級奴隷達は知る。それは中級と中級同士の間で秘密裏に行われたわけではない。まさか、弊害がこびりついているのだ。何人もの奴隷を無駄に介して伝えられた。中級奴隷達は次第に、このことは誰にも言うなと命令し始めたが、時既に遅し。
 箝口令を敷かざるを得なくなった時にはもう、中級奴隷達はこの行いに明確な首謀者がいること、生きていること、飛び地で奪われていることから飛行類を呼べる者が複数いることを知る。
 これは遊びではない。反乱だ。

 止めようはあった。簡単だ。
「こんなことをしたんだってな、だったらこちらの村の奴隷を全員殺す、だから止まれ!」
 分かり切ったことを、誰も言わなかった。言われたらお終いのこの言葉が最後まで出なかったのは、気が遠くなるほど積み重ねられた年月が為した悪弊の末であった。
 ここで為政者がすべきことは、武器庫・食料庫を閉じること。そう通達出来ればよかった。しかし悲しいかな、中級奴隷にそんな、大陸でも一・二を争う重要地点を治める上級奴隷に命令出来る権力などない。恐れていた通り、飛行類がここまでかと飛んで来ては各地を抑えられてしまう。
 皇族はとうに統治能力を失っていた。当時の為政者は、生まれた人数の分だけ乱発された数多の公爵家のうち、長年宰相を務めた皇帝の外戚であった。遊びが止まないことは嫌々ながら報告を受けたが、なんら思うことはなかった。さっさと止めろ、それだけを言い具体的な指示など出さなかった。それどころか、不快である、奴隷のことなど報告をするな、口が腐ると言い放った。日に日に奪還地は増やされて行った。

 西はほとんどやられた、南も侵食されている。そう、北の地で聞いたある奴隷の男がいた。村奴隷の顔役とも言える男で、たいていの村にはそういう者が一人はいた。治める中級奴隷に目をつけられ、次に見せしめのように殺されるのは自分と思っていた人物だった。
 噂はもう、止めようもなく奴隷達の耳にも入って来ていた。
 この、この足枷を外す。あり得ないことだった。考えられないことだった。そのうち殺される。そう、心を圧されて生きて来た奴隷達の凝り固まった常識を、どこかの誰かが撃ち崩している。
 こちらに来ないのか? 誰かが言った。
 南西で起こった反乱。西を制圧、次は南、ならば東か。北は最後か。その時に来た。
 北の男は中級奴隷に引きずり出され、今しも見せしめに殺されようとしていた時だった。理由? ない。刹那、目の前の為政者の首が飛んだ。
「枷を外せ!!」
 その言葉を言い慣れた、大きな声だった。
 村を急襲し、目の前の憎き輩を一刀両断にした者は、年齢上はまだまだ少年であるはずなのに、誰もそうと呼ばなかった。
 北の男は返り血にまみれた。斬った刀で手枷足枷鎖が外されると、顔面を突き合わせる。
「武器を百、飛行類を百預ける。どうだ、この村を、周りを助けてみないか」
 猛々しく荒々しい鬼のような形相、不敵な笑み、戦で切り刻まれた肉体、鍛え上げた見事な体躯。すぐに分かった、この男が首謀者だ。この男が鬨の声を上げたのだ。
「飛行類を百? 操れる奴など」
 どの村でもそうだが、飛行類を召喚出来る者はそうと口に出さない。すぐに能力を枯渇されるまで酷使されるからだ。いくら顔役でも、誰が能力を有しているかなど分からない。
「俺が遠隔操作をする。一ヶ月はお前さんの指揮通りに動く」
「は!?」
 そんな方法、聞いたことがない。二騎も呼べれば上の上等、女はもちろん一騎さえ呼べる男も稀なはず。
「これだけ飛ばせば呼応して、召喚出来る者は名乗り出る。任せたぞ!!」
 噂に違わぬ黄金竜が目の前に突如煌めく。百と言ったが、それ以上の飛行類が目の前に噴出した。三百はいた。うち二百にはすぐ、村を救った男達が乗り、飛び乗った。
 北の男には残り百と、言われた通り各種武器が同じだけ齎された。
 北の男が子分として扱って来た、先ほど枷を外してもらったばかりの年若い男達は興奮冷めやらない。「やろうぜ!!」皆武器をめいめい手にし、慣れない飛行類に乗る。まるでそうすることを最初から知っていたかのように。
 北の男も武器を取った。血まみれの男達を率いる後ろ姿に魅せられたのだと自覚した瞬間、あの男に膝を折った。
 残された期間はたったの一ヶ月。その間飛行類召喚能力者を探し出さなければならない。この、意のままに動いてくれる飛行類が消えぬうちに、初めましての隣村の中級奴隷を倒さなくてはならない。持ったことも振るったこともない武器で。
 剣、槍、弓。初心者は初日、数百回と振る、引く。適した握り、力で扱わなければならない。その力加減が分からないから、すぐに手が駄目になる。それを、ただがむしゃらに振るった。殺されてはならなかった。黄金竜で行かないことで、鬨の声を上げた男ではないと誰にも舐めてかかられた。倒す以外なかった。
 北の男も子分達も皆、ただ武器を振るった。だから分かった、やれば理解出来る。膝を折ったあの男の剣技は理に適ったものだと。そしてあの剣自体、普通の剣ではないことも。
 目の前で見たように、まるで簡単であるかのようにばったばったと敵を斬れるものではない。たった一言二言で、初めましての男を説き伏せられるはずがない。それが、他の誰でもない自分がされたのだ。
 とても出来ない、よくやった、いや、よくやって来た、各地で。この大陸のいいところといったら言語がほぼ統一されていることのみと言われる。言葉は通じても心は通じない。それをあの男はしたのだ。し続けてここまで、北の地まで仲間を率いて来た。そんなこと、他人に出来ようはずもなかった。
 わけも分からず見よう見まねで中級奴隷を急襲した。これも奪還される側の悪弊で、中級奴隷は村の一ヶ所に集まって立派な館を建てていた。各地に点在したならともかく、敵と思えば一ヶ所に固まってもらえれば襲い易かった。勝てるならば。
 勝たなくてはならない。生きなくてはならない。あの男はこんなことをやって来たのか。やり続けたのか。
 両手の皮をベロリと剥きながら、北の男達は武器を振るった。

 まるで宝物とも呼べる、絶大な能力を誇る飛行類には大いなる欠点が複数ある。有名な能力枯渇の他に、重い荷物を大量に運べないのだ。つまり、大陸中の奴隷の誰もが欲する武器、食料、水を一度に大量に運ぶには弱いということ。
 最良策は食料庫、穀物地を飛行類で急襲、制圧し、海運を使っておおまかに運び、先々には飛行類で往復して届けること。巨船を幾隻も抑える必要がどうしてもあった。でなければせっかく助けた命が食料不足で失われてしまう。
 北に東に、各地に何百と飛行類を預けたままのアルフレドは言った。
「船を奪うぞ!!」
 誰にも聞こえる滑舌の、低い声が響くほど、顕れる飛行類が増えて行く。センパイは言った。
「おいおい、お前さん、いくら呼べるんだ、もう千騎を超えているぞ、それを全部遠隔制御可能……潰れちまうぜ!?」
 皆が思っていたことだった。なんら構わずアルフレドは叫んだ。
「コーハイ、来い!!」
「応!!!」
 潰れても構わない。死んでも構わない。枯渇? 知ったことか!!
 斬った数は桁違い、呼んだ飛行類も桁違い。この広い大陸で、他に誰もここまでの表情はしない。誰より不敵な餓えた鬼が吼えた。
 数日を経ずして、皇帝の名が冠された大陸一の巨船が初めて奴隷に制圧された。

 アルフレドが一つの地に留まったことは一度もなかった。他にはなにも出来ないが、これなら出来るということを言ってみろ。そう言って、各地の民の才能を見い出し開花させて行った。頭は回らないが武器なら使える、重いものなら持てる。軽いものしか持てないが服は縫える。賄いなら。在庫数えなら。要領は悪いがこれなら出来るという仲間がどんどん増えた。触発、誘発されて名乗りを上げた飛行類召喚者は既に二万を超えた。
 アルフレドはこの頃、地上制圧戦のほとんどをセンパイに任せていた。センパイはアルフレドより歳は五歳前後上で、本人も思い寄らぬことに、最近になって飛行類召喚能力に目覚めていた。
 大陸は広い、まだまだ枷を外せていない地は多いものの、油断弊害悪弊を最大限に利用し制圧地は時と共に増えて行く。
「あいつ? 知らん、黄金竜の上だ!」
 そうセンパイが訊かれ答えることが多くなったあたり、アルフレドは既に悪魔城に深く侵入していた。間取りを頭に叩き込み、魔法石を製造出来る技師を数人かすめ取る。いくら大事でも大量過ぎて誰も毎日は残高を数えない金銀財宝の在りか。いくら非戦闘員揃いでも男の集団となれば必ず十人二十人はいる、脳まで筋肉で出来た武の達人達。受け継がれた正統な技法で剣を振れる近衛騎士は誰か。生き残すべき文化人は誰か。一人乗りの、高速で飛行出来る小竜で間断なく隅々まで探索、調査をする。貴族は誰か。皇族はどこに。好色の皇帝に手を付けられた女は誰か。調査は全てをたった一人で行った。誰にも任せなかった。

「これが魔法石だ。使い方は」
 海で、空で、陸で剣を振るい血だらけの、溢れるほどの飛行類を従えるアルフレドは、見たことのない身なりをした男達数人を引き連れ、手に幾つもの石を持って、もはや遊びなどではなく反乱と誰にも言われた軍団の男達に説明をする。
 暖を取れる。明かりが灯る。知らせを一瞬で出来る魔法の石だ。
「こんなものがあったとは……」
 ただの奴隷は暖も知らず、凍死などザラ。夜間になれば月と星の瞬きだけが頼りだった。
「特権階級め!」
 誰もが殺気立っていた。ここまで生きて来られたなら、もう誰もが三桁は斬っている。
「まずはこの三種類の石を、それぞれ億、造るぞ」
 アルフレドの断言に、もはやそんじょのことでは驚かない男達が目をひんむいた。
「おくぅ!?」
「三億かよ、どうやって!?」
 アルフレドの代名詞、威を纏ったギラつく眸に不敵な笑みが表情に浮かぶ。
「俺達の頭が上がらない……」
 男達は、なにを言っているのかと思った。ここまで来て。全員がとうに、目の前の餓えた鬼に膝を折っているというのに。
「非戦闘員の女性達に造ってもらう。加工そのものは重労働じゃない、技はそう要らない」
 誰もがあっと言わされた。
「その手があったか!」
「女が造れるのか!?」
「そうだ!!」
 アルフレドは吼えた。
 かくして食料、物流とともに、まずは三種の石が開放された民に齎された。石の種類は増えて行き、その度大陸中に齎された。

 いよいよ悪魔城を攻略するその日。
 民の誰もが大王と綽名した男、アルフレドが先頭に立ち、入城をした。
 待ち構えていた最強の聖騎士を衆人環視のもと一刀両断で倒すと、貴族は任せると言い放った。自身は誰もが嫌悪し呪詛を放たれることとなった、皇帝が手を付けた妊婦を含む千人からの皇族を斬り結び続けた。