22

 午後、その状態でシャルロッテはビンクス夫人と会った。
「肩の揉み方をご存知ないですか?」
 自分がどういう印をつけて、見せて行動をしているのか、全く分かっていないシャルロッテ。目を見開く老体を前に、こんな質問をした。
「あの……それはどういう……?」
 どの王朝でも大抵は後宮があり、大抵は隠語というものが存在する。その類いか。さすがの夫人でも勘繰った。
「前に勤めていた所で、旦那さんが奥さんにしていたんですよ」
 シャルロッテが城に呼ばれる前に働いていた食堂のヒエラルキーの頂点はいつだっておかみさんだった。いつも「効かないよこのスットコドッコイ!」という会話が交わされていた。
「マッサージを気持ちよさそうに受けているみたいなので、肩揉みもしてみようかなと思うんですけれども、やり方を知らなくて。大王様、凄く身体を鍛えていらっしゃるんですよ。下手なことが出来なくて……」
 シャルロッテは学がなかろうと一所懸命敬語を遣って言ったつもりだ。
 しかし、目の前の夫人も、膝をついて警護をする近侍も、いつもと反応が違う。なにより、すぐの返事がない。
「あの……訊いちゃいけないことでしたか?」
 学のないシャルロッテ。図書館ではなく、本屋さんに行きたいと所望した。忙しい大王様の手を煩わせたくないので、城の周りにあるだろうから、そこに一人で行きたいと言った。

「本屋? 図書館じゃダメなんだな?」
 アルフレドは会議帰り、シャルロッテは家から戻って、二人掛けの椅子で。
「多分お城に図書館はあるんでしょう?」
「あるよ。そこじゃ嫌だと言いたげだな」
「本屋さんにくらい一人で行かせて、って意味です。はい」
「どこにだって連れて行ってやるよ」
「もう……はい」
 しかしその晩、アルフレドに緊急案件が入った。何日か城を空けるという。シャルロッテは、行きたいとか、欲しいとかはもう言わないでおこうと思った。
 翌朝、一人優雅に朝食をいただいていると、近侍に訊かれた。
「本屋さんには、すぐに行きたいと仰せですか?」
「はい。えっと、正確には、大王様のお手を煩わすことなく、急ぎじゃなく、行きたい。です」
「まあ」
 主の首筋を近侍は誰もがもどかしく一瞥した。
 なにも言わぬが身上の近侍とて、思うことは山ほどあるのだ。大元に仕えているのがここまで激務の大王様でなければ、もっと我儘を仰ってもいいのですよ、とも言えように。
 相手が悪い。主の言うことはもっともだった。
「どんなご本を?」
「はい。単純に、今日の新聞、今月の雑誌。そんなところです」
「取り寄せられますよ?」
「ずっとお城の中ですから。羽を伸ばしたいな、と」
 主の言うことはもっともだ。
 近侍は誰もが思う。シャルロッテはずっと、まともなことしか言っていない。むしろ、城に連れて来る際に驚かせろだの、激務の大王様と出掛けろだの、無茶を言っているのはこちらの方だ。
「お一人で、というのはどうしてもご勘弁下さい」
「はい。無理なことは言いません」
 近侍は思う。大王様が討って来たのは、主と正反対の者達ばかりだと。
「どちらの本屋さんに? たくさんございますが、近場ですか? それとも、文字通り羽を伸ばして飛行類で」
「大王様がいない時に行くのですから、近場に、出来れば歩いて」
 近侍は誰もが反対しない、いやさ、出来なかった。そして思った。やはりこの主で、見守り続けて良かったと。

 シャルロッテの知る本屋さんは、一つの建物に一つ入っている、いかにも田舎の店だったが、大都会はまるで違う。高い建物のあくまで一つに、たくさんの蔵書があった。
 奥の、いかにも専門誌コーナーになどシャルロッテは近寄れない。入り口の、まさに入門書コーナーで、気軽に手に取る。大王様を慕って軍に入ったであろう近侍には言えないが、アルフレド抜きで出掛けるとさっぱりとした解放感がある。長くいなければ寂しいし、一人で起きるのは物足りないが、気は楽だ。
 店内の入り口付近を見て廻る。
 近侍としては、主一人の外出となれば最大の警護計画を練ることとなる。どれだけ念入りに店内外を警備しているかを口にすれば、この主ならばもう、外に出ようとはすまい。
 主は特集コーナーを見ていた。時期はもうすぐ解放記念日。年一番のお祭りだ。特に今回は十年目。平和を齎し経済の発展に尽力を惜しまない大王様のこと、なにかあっと驚く一大イベントを発表するかもしれない。ということが、大体の雑誌に掲載されていた。
「一大イベント……なにかなあ」
 あるじゃないですか! 近侍は誰もが思った。
「解放記念日には、大都会ではなにをするんですか?」
 シャルロッテが無邪気に訊いて来る。近侍は答えた。貴女様のことと、
「記念式典ですね。経済の活性化に繋がります、あの日までのことを決して忘れないためにも、毎年同規模のものを開催します」
「ふうん、そうなんだ」
 寒村出身のシャルロッテ。観光に行こうとも思わなかったので、式典のことは噂程度にしか知らない。
「じゃあ、わたしの知り合いはますます忙しくなりますね」
 大王様のことだ。その表情に、幾分の寂しさが含まれていると読んだ近侍は、
「一緒にご出席なされては?」
 と言った。
「まさか! こうやって、外から眺めたいです。ダメ?」
「はい、いけません」
「やっぱり?」
「はい。もちろんです」
 奴隷達の夢は叶えられた。あの時まで皆の思いは一つだった。
 しかし、一つの願いの他は、各人が様々に思いを持っていた。結束は、果たされた後、禁令以外は言論の自由を保障した法律を作ったこともあり、もう全てが束ねられることはない。
 人間、自分の意に反する者は必ずいる。大王様だろうと同じこと。いつも世の中は世知辛い。そんな中に一人ぽつんと、無防備な主を置いておくわけにはいかない。
「んー!」
 近侍の主は一つ伸びをして、何一つ手にせず店を出た。
「いいのですか? なにか買わなくて」「遠慮されているのでは?」「お金など気になさらず」
 主は笑顔も眩しくこう言った。
「いいの! 直接、教えてもらうから!」

 解放記念日が近付くにつれ、御前会議にもその議題が多くあがる。あの日を、あの日までを決して風化させぬよう、一つの行事も疎かにしない。
 会議には熱が入り、議論は活発になる。その中で、常に暇……いや、話題に入れぬ者がいた。第二大臣だ。
 この場の誰より城勤めの経験が浅い。給金泥棒と言われる所以である。
 しかし努力家だった。シャルロッテの学がなくて図書館に寄り付かない、とは正反対。産婆に育てられ、多くの臨床経験を持つ産婦人科医だ。第二大臣が属する第二省は産婦人科でもある。
 議論は終わり、本日も結論をみて、大王が言う。
「他にはないか」
 この言葉に、たまに第二大臣がいつもの言葉で絡んで終わり程度だった。だが、今日は違った。
「であれば、第二大臣よ」
「はッ……はい?」
 無駄な時間を取らせている自覚と、そう思われているという憶測は持っていても、まさか大王の方から直接名指しをされるとは思っていなかったため、返答が不確かなものになった。これだから軽んじられるのだ、と思いつつ、起立をした。
「未だ日時は訊いていないが……そなた、もし私の間に来いと申したら、来るか?」
「はッ……はい! いつでも」
 この身、空いております故。そう言おうとしたが、だから軽んじられるのだ。余計なことを言うのは止めた。
 第二大臣の思惑はこの際横に置き、他の臣は色めき立った。客人となにやらがあったというあの不確定情報の後、他ならぬ第二大臣を指名するとは。
「大王様。某ではいけませんか」
 他にも起立した者がいた。第三将軍、海軍であり、大王の宿将が一人である。やたら滅法気が短く、敵だろうが味方だろうが船首を向け、槍持て弓引くお調子者の暴れん坊。よく会議中ずっと座っていられたな、と最初のうちは仲間からそう褒められた、入隊者は誰でも海につき落とす曰く付きの男である。
 先日の、客人の首筋を目ざとく見ていた。だからこその発言だった。なお、第二大臣は過日のことがあり、またその業務内容から、就任からこれまで一度も王の間に入ったことはない。
「どうした。敵はいないぞ、コーハイ」
 議場がどっとわいた。
「いても構いませんぞ、某が」
「であれば、これにて」
 大王は相手にせず退出して行った。宿将であるからこその対応である。
 コーハイ、と呼ばれた。懐かしい通り名で制されたからこそ、第三将軍は不敵な笑みを浮かべた。
「……なにか、ある」
「あって欲しいの間違いだろう?」
 気軽に応じたのは第一将軍。軍の不文律上、頂点の肩書きと特殊部隊を掌握する、大王の宿将が一人。
 宿将三人のうちもう一人は空兵だが、先日異動があり、現在は空軍の支配下にない。
「あるねぇ。そうだろうよ、センパイ」
 二十年来の付き合いの、第一将軍と第三将軍の遣り取りだった。
「おやおや、宿将のお二方はもう何かしら知っている様子」
 どれだけ忠誠を誓おうとも、深かろうとも、最古参、という事実には敵わない。重臣と呼ばれる臣の言葉にはこういう時、自然イヤミが入る。
「知らぬ存ぜぬで通すおつもりかな」
「隠し立てはよくないと思うが?」
 いったん終わったはずの会議は、それから責任者抜きでひとしきり紛糾した。

 そんなこととはつゆ知らぬシャルロッテ。会議帰りの大王様に、そんなことを言われると、
「わたしに挨拶をしたい人がいる……!?」
 目一杯驚いた。呼ばれたあの日から色々な者と会ったが、シャルロッテに名乗ったのはビンクス夫人ただ一人。後は、女性には名乗らせないと指示が出ていて、男性は何度も目にしているのに相手にもされていない。
 大陸唯一の城だから。今までの生活習慣はここでは一切通用しないから。
 なんとかそう思い込もうと努力し始めたばかりなのに。誰だ、一体どんな人間だ。
「え。えらいひと……?」
 どうしても拭い去れぬ奴隷根性で、シャルロッテは半泣きで訊いた。
「おいおい、そんなに怖がるなよ。襲いかかりゃしねえよ」
 アルフレドが額に触れる。そこからじんわりとあたたかくなって、ゆっくりと身体から力が抜けた。
「いいか。偉い人はもういない。誰にも頭を下げる必要はない。あの寒村の食堂で、客だの雇い主だのに余程頭を下げて来たようだが。
 ここは城、おまえは主だ。堂々としていろ」
「……やったことない、なにそれ……はい」
 変われというのも酷な言葉だ。シャルロッテは泣きべそをかいた。
「おまえなあ、一対一で会わせるとでも思ったか?」
「違うの……?」
 眉毛がハの字になっているシャルロッテの眉間に、アルフレドは触れた。
「そんなわけがないだろう、俺と一緒だ。この部屋で、この位置で会わせる」
 アルフレドは説明をした。午前中、王の間で。アルフレドとシャルロッテはこの二人掛けの椅子に座って、来訪者と会う。向こうが名乗り、よろしくお願いします程度のことを言う。すぐに部屋を出る。シャルロッテは挨拶を返すと称して喋ることも、会釈もしなくていい。
「おまえと一緒で、ただ座って話を聞いていればいいってこと?」
「そうだ」
 余程俺は信用がねえなあと、何度か聞いた言葉をアルフレドはまたも呟いた。
 シャルロッテとしては、そういうわけではないのだが、結果として全く信用していない反応ばかりをしている。
 どうしても、なにを言われても自分に都合のいい方向には思えない。世間というものは寒くて冷たくて、シャルロッテはそんな世間で生きて来た。いいことなどあろうはずがないと、幼い頃に刷り込まれた結果だった。
「嫌か? そんな顔をするなよ。おまえがどうしてもダメならいいさ、無理は言わない」
「ううん。いい。頑張ってみる」
 アルフレドが言うことならきちんと理由があってのこと。そう思い、シャルロッテは精一杯強がった。

 早速アルフレドは、翌日の午前にと来訪者に伝えたという。理由は、いつ緊急案件が入るか分からないから、思い立ったら即行動、だそうだ。
 シャルロッテは緊張をして、その日の夕食のスープの味がよく分からなかった。いつもの蘊蓄も言わない様子に、アルフレドは余程だなとすぐ分かった。
「今日は俺がマッサージをしてやろうか?」
 シャルロッテは我に返った。いけない、そういうことだけはさせてはならない。
「いいえっ、わたしがやります!」
「アホ。こういう時こそ素直にはいと言え」
 またも答えをすぐに返せない。大陸の民に、わたしは大王様にお世話をさせているんです、などと言ったら袋叩きにされる。
「肩でも揉んでやろう」
 シャルロッテは即座に反応した。
「おまえ……肩、揉めるの?」
「ああ。そのくらいは」
 やけにあっさり言ってくれる。
 素直にはいと言えと。しかもやり方を教えてもらえると言うのなら。直接教えてもらうと言ったのは他ならぬ自分。
「じゃ、じゃあお願いしますっ!」
「よし。風呂上がりの脱衣場でな」
 それ以外では俺がもたん、とアルフレドは呟いたようだが、シャルロッテは教えてもらえることに頭がいっぱいで、聞き流して記憶しなかった。

 食後の風呂場で、アルフレドはいつもの心尽くしは休んでいいぞと言ったが、シャルロッテは笑顔で「したいの」と返事をした。この言葉を覆すことは、アルフレドには無理だった。
 シャルロッテを城に住まわせてから幾ばくかの日が経った。シャルロッテの体形は変わらない。言えば殴られるが体重もそう変わっていない。食堂では散々動き回って、食事どころでなかったことは知っている。それが今は逆で、こうだ。余程緊張の毎日だっただろう。
 アルフレドとしては、これでもまだいい方だと思っている。これからのことを考えれば、これでもまだ少しずつさせている方だ。
 湯船で目を瞑って、そんなことに思いを馳せた。シャルロッテは一所懸命、マッサージをしてくれている。
 華の二十年を潰した事実は、どうやっても変えられない。
「なあ」
「ん?」
「おまえ、もう少し立派な服を着たいとか、ないのか?」
「ないよ」
「あれしたい、これしたい。ないか?」
「ないよ。充分」
「疲れていないか?」
「ないよ」
「不満があったらすぐに言えよ」
「はい。ないけど」
 二人とも風呂場から上がって、それぞれ服を着た後。アルフレドはシャルロッテに、籐の椅子に座れと言った。
「本当にするの?」
「ああ。嫌か?」
「ううん」
 大王様の時間を取らせたくない一心でシャルロッテは答えたが、悪いから、とは言わなかった。なんとなく、そういった方向の言葉は遣わない方がよかろうと思ったのだ。
「じゃあ始めるぞ。痛い、嫌だ、など思ったらすぐ言うこと。なにせ筋肉質の野郎共にしかしたことがなくてな」
 そう言われると、あの体躯で強めにされたら痛そうと思ったシャルロッテ、
「手加減してお願いします」
 と言った。
「分かった。どれ」
 アルフレドがシャルロッテの肩を揉み始める。シャルロッテは、一度限りなので大陸の民の皆様お許しください、と心で思った。
「ん~ん~ん~」
 なかなかどうして、いいではないか。力加減は丁度いい、ツボも心得ている模様。
「ああ~そこそこ」
「どれどれ」
「ああ~いいわ~」
 シャルロッテは身体がとても凝っていた。理由は明白。アルフレドは、こりゃあ俺もマッサージをしてやろうか? と思った。裸の女性にそれだけなど、出来はしないが。

 翌朝、シャルロッテは緩慢に起きると、後ろに沿うように寝ている男を撥ね除け、上半身を起こして伸びをした。
「ん~んんん」
「おまえなあ……」
 護る手をスルリと外されたアルフレド。野暮が白絹の夜着を着ている、と思った。
「はあ、今日もいい朝!」
 採光がいい場所なのだろう。寝室にも朝陽が漏れている。
 野暮なシャルロッテはアルフレドの方を一切振り向かず、一人風呂場に向かった。置いて行かれたアルフレドは、色気のねえ女……と聞こえないように呟いた。

 風呂場に遅れて到着したアルフレドは、基礎化粧を施すシャルロッテに言った。
「肩を揉まれて、疲れないか?」
 シャルロッテは朝一で身体を伸ばした。今までになかったことだ。あの時、骨が鳴る音がした。アルフレドとて整体師の資格を持っているわけではない。
「ううん」
 いわゆる揉み返しがないかを訊いてみたのだが、支障はないようだ。
「今日は挨拶に臣が来るが、覚えていたか?」
「どっきーん」
 肩揉みに気を取られ、忘れていたようだ。アルフレドは、良い性格だと思った。
「喋ることをただ聞きゃあいいんだ。隣には俺がいる、誰もおまえに悪いようにはしない」
「……ん。はい」
 シャルロッテは、なにも知らされなかった頃の、近侍との遣り取りを思い出した。つまりはそういうこと、あれと似たことなのだろうと思うことにした。

 食事をおえ、歯磨きから戻った二人。最初に会わせるようにして良かったと思った。何時間も緊張して待たれてはかなわない。
 二人掛けの椅子に座る。
 まだ朝陽も眩しい中、その人物はやって来た。
 いつもなら、出入り口は開かれると同時に臣達が複数やって来て、すぐに大王の執務机に直接向かう。
 今日は違った。扉はゆっくりと開かれ、その向こうから「失礼致します」という声が聞こえた。シャルロッテの予想よりも年若い声だった。
「入れ」
 アルフレドが返答をする。滑舌のいい低い声は、幾万の兵を率いて来た者のそれだった。
 その人物は、シャルロッテとそう違わないだろう歳の男性だった。入室すると二人に向かい一礼をし、歩み寄って来る。
 決まりがあるのだろうか。近侍がシャルロッテを護る距離よりも遠い位置で足を止めた。厳しい訓練をかいくぐっただろう敬礼をする。
「初めまして。某は、第二大臣を賜ります」
 第二大臣は自身で登記した通りの名を、出身地の発音で名乗った。
「このような場を設けていただき、身に余る光栄。麗しきご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じ奉ります」
 この時シャルロッテのロケット砲は天高く発射されていたのだが、実際は大王が手を握って地上に繋ぎ止めていたので、飛び立ちはしなかった。
 第二大臣は、目の前の主二人が、しっかりと手を繋ぎ合っていることを、許された上でしかと目に焼き付けて、再び敬礼をし、しばし後ずさり、身を翻して退室して行った。

 扉が閉まると、同時にシャルロッテは萎んだ。身体の右側、椅子の外に重い頭をごろりと落とす。
「おいおい、倒れるなら俺の方にしろよ」
 アルフレドは意識を飛ばさんばかりに緊張していたシャルロッテの身体を寄せ、しっかりと抱きとめた。
「お疲れさん」
 シャルロッテはあまりの緊張に、されるがままとなった。頭とは自分が支えられない姿勢を取ると途端に持て余す重さがある。自然、アルフレドの首に顔を埋め、支えてもらうこととなった。
「よくやった。頑張ったなあ」
「あとこれからなにをすればいいの……」
「悪かったよ。しばらくないさ。寝るか?」
「ん……」
 抵抗せず、身体を預けたままのシャルロッテを抱き上げて、アルフレドは寝室まで運び、横たえた。
「目を瞑って休んでいろ。昼飯になったら来る」
「ん……」
 寝室の扉を少々開けたままにして、アルフレドは執務机に向かった。執務が始まる音、声が聞こえると、シャルロッテは安心して、浅く眠った。

 その日の午後。御前会議で一番に「第二大臣だけとは。某も」という議論が噴出したことなど思いもつかないシャルロッテは、奥の間で近侍からのマッサージを受けていた。元は彼女達からされたものだった。時間をたっぷり掛け、全身をくまなく解してもらった。
 大王は一番の議案に答えることなく会議を終え、王の間へと戻った。
 シャルロッテが二人掛けの椅子の右側にちょこんと座っていた。さっぱりした表情をしている。目が合うと表情がさらに解れて、
「おかえり」
 と言った。
「ただいま」
 アルフレドはシャルロッテに向かって真っ直ぐ歩き、隣に座った。
「なあ、今朝のをさ。さらに人数を増やして、会議中にやると言ったらどうする?」
「イヤ!」
 身体を預けるように体重を掛けて抱きつき、いかに嫌かを精一杯意思表示するシャルロッテ。
「ハハハ。分かった分かった、しないよ。冗談だ」
「もう! 本気にしたじゃない!」
 さらにアルフレドを抱き締め、意思表示を強めたシャルロッテを、アルフレドも抱き締め返した。

 その後大王は会議にて、先日の件は了承を得られなかった、とにべもなく伝え、議場をがっかりさせた。第二大臣はその場では表情を変えないよう努めたが、第二省に帰ってからは違った。
 省内の者を集め、伝えた。
「皆の者、いよいよ我らが出番の時が来た」
 第二大臣が昔でいう後宮大臣、と決めたのは大王ではない。
 悪魔城攻略戦前までは反乱軍と呼ばれたならず者達を、語呂がいいから第七軍までに分けようとそれだけだった。だが王朝を倒すにあたって必要なのは武人だけでないことは明白。文人もならって第七省までの七つに分けただけだ。ここまでは大王が編成したが、であれば第一大臣の担当はなにか、ということまでは当初は決まっていなかった。
「長うございました」
「先人の魂も報われましょう」
 第二省の文人共通の思いだった。
「これで七軍と協力体制を築く足がかりが出来た。それにあたって、例の物はどうなった」
 第二大臣が言う例の物とは、
「はい。冠・指輪、共に。大王様が救出した職人達の技が存分に活かさた出来栄え。素人の某でも唸りました」
「御衣装は」
「最終段階までは。後はなんと言っても寸法合わせの必要が」
「そうであろう。しかし慎重にことをすすめねば。単なる叱責を賜るならまだしも」
 後日、第二大臣は晴れて第七将軍と会合の場を持った。本来もっと前からあってしかるべきだったが、改革は未だ途上であり、過日のこともあったので、表立って一対一で会うことは出来かねていた。
 城表の、数ある臣の控えの間の一室で、第七将軍はこう答えた。
「こうして話し合いを持てること、これからもそうであること。共に以前より望んでいたが叶わなかった。いよいよであることは承知しておる。第二省が以前より準備していることも。
 しかしながら、先走ってはならぬ。なに、大王様のこと。決まれば堂々と仰るであろう。それまで我らはあらゆる準備を怠らぬようつとめておればよい。つまりは、今まで通り」
「その通りではあろうが、某は客人と実際に会え申した。準備のため情報を求める」
「それは大王様の御命令があって初めて出来ること。某が情報開示をしないのは嫌がらせなどではないぞ。先走るな第二大臣」
 ここまで臣の関心を集めていることなど知りようもないシャルロッテは、苦い飲み物と格闘していた。