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 近侍といわれる女性達は皆、体格がいい。
 それはアルフレドが志を立ててから、その類い稀なる飛行類召喚能力により、集めに集めた人材の中からそれぞれを適材適所と割り振った結果でもある。
 彼女達は生まれた時から体格が良かった。そして物心がつくあたりから、普通、一般の女性がいいな、と思うものに興味を示せなかった。
 身体を動かしたい。いや、それしか出来ない。しなを作り、媚を売る。どうせ赤子を孕まされるならまだましな状況で。そういう考えが出来ない者達ばかりだった。守られたい、ではなく護りたい。この身体を存分に活かして。
 本来求められるべきことが出来ない。そういった者達ほど、アルフレドは仲間としていった。

 第七軍。一般には、大王の護衛と城の警備が役割とされる。大王が忌避する昔の物言いで言えば、近衛騎士である。花形ともされた時期が、古今東西どの王朝でもあっただろう。
 解放記念日前より軍は七つに割り振られていたが、一番最後の七軍は、陸海空のどれとも呼ばれない。
 大王は自身が優れた武人で、護られるひ弱な存在ではない。しかし、いつの世も責任者とその住まいは護衛が必要だ。
 七軍の構成はアルフレドの護衛、近臣。シャルロッテに仕える近侍。城の衛兵。他は情報兵として大陸中に散っている。だから一般に思われているように、万を超える兵が城内にじっとしているわけではない。
 七軍の長たる第七将軍は立場上、大王の情報を最も持っているとされる。また、そうでなくてはならない。しかしながら、近臣と近侍の主は第七将軍ではない。
 近侍が主の近況を第七将軍に報告する。
「我が主より、大王様にはしかと申し上げた、との仰せがありました」
「心得た。主殿のご機嫌は」
「麗しいでしょう。方々がとやかく言わなければ」
 近侍は言いたいことを伝えその場を去った。方々、つまりは御前会議に出られるような者達が、とやかく言ったこともあったのだ。それは数年前に遡る。

 シャルロッテがビビって怖がって震え上がる、王の間に入室出来る程の男達。
 彼らは無作為かつ無断で入室しているわけではない。事前に、何の誰それが何の用で入ります、許可を願いますと文書により魔法石を介して城表から、城中にいる大王に伝えているのだ。速読の達人でもある大王は一瞥で裁可、それで初めて彼らは入室出来る。ロケット砲のシャルロッテ一人がなにも知らされていないだけだ。
 城表と城中は厳重で、かつ七軍の衛兵により守られた三つの扉で仕切られている。その扉がただ一度だけ、大王の裁可なく開かれたことがあった。
 大王は飛行類を千騎呼べると讃えられ、魔剣を携えここまでのし上がった。気配が読めないわけがない。その闖入者に対しただ一瞥をした。理由は、誰であろうと一理あることを言う。それのみ。
「大王様……! ああ、お逢いしたかった」
 闖入者は女性、十代半ばから後半と思われた。
 なにも言われないのをいいことに、闖入者は大王の執務机にそそと寄る。しかし。
 大王は立ち上がった。大陸一の美姫と呼ばれ第三夫人にまで昇り詰めた妾妃、ほか側女千人、皇后、皇女、皇子、皇帝。それら皇の血を全て屠り、億を超える奴隷達千年の願いを叶えた、巌のような大貫目が佇立した。
 ただそれだけで、ただの者はなにも言えなくなった。足は止まり、震え、表情も凍った。
 大王は抜刀をした。解放記念日より、ただの一度も鯉口を切ったことさえないと言われる、悪魔の剣だった。憐れな闖入者は気迫を浴びて失禁をし、本能で後ずさりをした。
 許されぬ、開かれたままの扉三つを、闖入者が這う這うの体で戻ると、もうそれでお終いだった。そのすぐ先には臣の控えの間があった。その場には、大王がなにも言わないのに御前会議に出ているいつもの者達がほぼ全員揃っていた。
 そうと一瞥で判断をした大王は言った。
「入室を許した者は誰だ。名乗れ」
 ここにいる誰よりも多く、大王は斬って来た。
 真っ青な表情をした者が、それでも一歩前へ出た。
「某です」
 最初の第二大臣だった。
「そなたが、この者の入室を許可した。相違ないか」
「相違ありません」
 それまでだった。言い終えたままの口の形のまま、そこの部分、頭部を大王は輪斬りにした。
 鮮血が噴出し、周囲に飛散し、事の成り行きを見守っていた者達はべっとりと血にまみれた。
 返す刀で、大王は闖入者を斬った。まず頚、そして子宮のある胴体を。
「第二大臣」
 大王は刀身を一振りすると鞘に仕舞った。骨を断っても一切錆びず刃こぼれせず、切れ味の変わらない魔法の剣。
「はい」
 答えを返した者がいた。つい先ほどまでの第二副大臣だった。返答をする義務が彼にはあった。
「片付けよ」
「はい」
 背いた二人の死体と黒々とした血は、とても一人で対処出来るものではなかった。それでも、なったばかりの第二大臣は一人で後始末を行った。のち自刃した。
 昔の軍でいう士官に相当する、第二省に属する文人は全員が辞表を提出し、城を去った。大王は何一つ受け取らず、一ヶ月帰城をしなかった。昔でいう下士官で、それでも一番の年長である、とある者が意を決して第二大臣と新たに名乗り、その間議場の間に午後、毎日定刻に参内をした。
 何故、築城さえも嫌った場所に大王が戻ったか、それは誰にも分からない。それでもあの日以来初めての御前会議で、現在でも第二大臣である者が、「各々方、始めよ」という大王の第一声の後発言を求めた。
「ご結婚をお考えください」
 大王は返答をせず、次の議事へと促した。
 悪魔の剣は解放記念日より使われていない。そう、世間では流布されている。

 朝、シャルロッテは緩慢に目覚めた。低血圧なので、しゃきっと起きたためしがなかった。
 背後から、かき抱かれるように。護るように、いつも腰には重みがある。あたたかい。まだ夢うつつながら、そっと手を這わせた。
 風呂場でしているように、指を一本ずつ弄ってみる。なんら抵抗はない。されたまま。
 手を広げて、きゅっと握ってみた。しばし。
 返されて、握り締められた。誰より人を斬った男の手だった。

「ふうん……水分の種類を知りたい、か」
 その日、朝食中にシャルロッテは、考えていることが分かられてしまい、言わざるを得なくなった。茶の種類をもっと知りたいからそういう本をください、旅行のガイドブックもいいけれど、と。
「言っておくが、俺は充分満足をしているぞ。おまえに不満なんか言わないからな」
「おまえがどうじゃなくて、わたしが興味があるの。だからおまえがいない時に言いたかったのに……」
 シャルロッテの後半の言葉はわざとらしく顔を逸らして小声で言っており、これが精いっぱいの抵抗だった。喋らなければ会議は開かない、飛行類も呼ばないと言われれば自白するしかなかった。
「素直にはいと言え」
「……はい」
 シャルロッテは思った。注意をされて、叱られて。はいと言い返せる人って貴重だな、と。

 その日の午前中は、大王を含めた男達の会話と、近侍を含めた女達の会話と、両方が同時にあった。とても珍しいことだった。近侍は王の間で行えることが相当限られているらしく、大王がいる限りはほとんど喋らないからだ。
「シィさん、これなどいかがです? 南国でとれる豆を挽いて、それに熱湯をかけると、不思議な味がして、慣れるととてもよい嗜好品なのだとか」
「しこうひんって?」
「お茶と同じ。味を楽しむための物です。ただその味が、どうも正反対のようですわ」
「正反対というと?」
「苦いらしいのですよ」
「苦いのに楽しいの?」
 大王の執務机では強靭な身体つきをした、いかにも武人らしき者達と大王が遣り取りをしているが、シャルロッテは端からそれらの音声をただ流れるままと思うようにしていた。そうでもしなければあまりの身体中からの発汗で干からびてしまうからだ。
 それはシャルロッテだけではなかった。今いる、いかつい武人の男達や、文人、近侍、近臣でさえも、大王を前にすればそうなった。