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 午後はビンクス夫人と過ごした。本日の授業内容はウォーキング、習字である。
「情けないですよね、わたし」
「そんなことはありませんよ。あなたはもう少し、自分を労った方がいいわ」
 シャルロッテは夫人に適度注意をされながら、せめてしゃんと歩こうと思った。
「そういうのをしたことがないんです。多分これからも出来ないと思います」
「大王様は、大陸のみなさんの幸せを一番に願っていらっしゃいますよ」
「だから、わたしの為なんかに時間を割いてはいけないと思うんです」
「大王様の幸せは、誰が叶えてくださるか。もうお分かりですよね」
「分かりません」
 シャルロッテの習字は壊滅的だった。酷い有り様で、さすがの夫人も、月日が必要ですねとはっきり言った。

 城奥から王の間へと帰る道すがら、近侍に前後を護衛されながらシャルロッテは、落ち込んで歩いていた。きっとあの酷い習字は大王様へと瞬く間に報告され、バカにされるのだろう。
 字もそうだが、学業には向かないのだ。そういう人間がいたっていいじゃないか。
 シャルロッテは本当に自分が嫌になった。労れってなんだ、出来もしないことを言うな。
 王の間の手前まで来る。大の男が四人がかりで開ける扉を三つくぐると、大王様はもうそこにいた。ああ、バカにされるんだ。
 シャルロッテはそっぽを向きながら、アルフレドの隣、二人掛けの椅子に座った。
「どうだった今日は」
「ふん。どうせ酷い有り様でしたよ。聞いているんでしょう」
「そうヘソを曲げるなよ。なにも聞いちゃいないさ」
「嘘ばっかり」
「余程俺は信用がねえなあ……」
 すると、シャルロッテの髪になにかが触れた。今朝と同じ感触だった。
「元気を出せや。
 あっちの、家にはしばらく行かないさ。女の園になっているみたいだからな。
 内容も聞かない。夫人といちいち遣り取りをしているわけじゃない」
 触れられたそこが、じんわりとあたたかくなった。

 翌朝、起きると腰のあたりにあたたかい重みを感じ、髪の毛になにかが触れていた。
 触れているそれは、位置を変える。真ん中、その隣、下、上……
「起きたか?」
「……うん」
 それでも、二人はしばしそのままだった。なにかがずっと触れ続けた。

 午後、ビンクス夫人は登城をせず、大王様は会議。シャルロッテは二人掛けの椅子に座り、なかば強制的に「かんたん大陸旅行ガイドブック」を見せられていた。
「お出掛けしましょうね」「ずっと城内ですもの。気晴らしが必要ですわ」「ここですと閑静で……」
 シャルロッテはため息をついた。そういった、中身のある人生ではなかったので、やりたいこと、行きたいところと言われてもピンと来ないのだ。
 大陸中が観光地ということもある。悪魔城攻略戦時より出ていた、住む家を建てようというおふれ。皆こぞって我が地を観光地とすべく、工夫風情を凝らして建てていった。
 ひと口に奴隷といっても中身は人間。なにか一つは取り柄があると言われる通り、物作りが得意な者、薬草を見分けて作るのが得意な者、口が回って人に知識をひけらかしたかった者、とにかく色々な得意分野が各人にはあって、それらはすぐに職業に直結した。
 最初は何となく大工もどきをしていた者も、この道を目指そうと、生き残った職人がいる館の扉を叩いた。他の者達もそうして行った。

 行きたい先とは? シャルロッテは思う。
 海はだめだろう、あれ以上の想い出の地はない。上空から見るのはいいのだが。
 町並みを見る、にするか? 聞けば丘状の斜面に沿って白い建物で統一した場所もあるという。そこなら。
「なにか、お決めになりましたね?」
「いっ、いいえ」
「早速大王様にご報告申し上げましょう」
「あっあの、わたしから直接言いますわ。おほほ」
「ご安心下さい、魔法石にてもう報告書を送りましたので」
「人の言うことを聞いて?」
 世の中には、紙に書くだけ書いて折畳み、魔法石に向かって押せば吸い取られ、受け持つ機能のある魔法石も存在する。
 わずか五分後、アルフレドが帰って来た。近侍は即座に立ち上がり、退出して行った。
「なんでおまえがすぐ来るわけ?」
 アルフレドはシャルロッテの髪に今朝のように触れてから座った。
「デートの場所が決まったと聞いてな」
「やめて。本当にやめて。わたしのせいで大事な会議が途中になるとか耐えられない」
「アホ。偶然だよ」
「い、いや。言わない。もうその手には引っ掛からない。わたしはどこにも出掛けません、トイレ掃除をします」
「専任の人がいるよ。理屈は料理人、服飾職人他と同じだ」
「いやです、言いません」
「言ってもらうさ。なにせおまえが喋らなきゃ、もう会議は開いてやらないからな!」
 権力者の卑怯な脅しに屈したシャルロッテは白状をさせられた。すると大王様は、それならクルージングだな、海軍が泣いて喜ぶと笑った。

 翌早朝。早起きをさせられたシャルロッテは、またも城の大王専用発着場へと来ていた。
「なんでこんなに朝早いの」
「朝陽がきれいだからだよ」
「目立つから黄金竜、止めない?」
「そりゃ目立つだろうな、飛びっぱなしだから。今更誰も驚きゃしないさ。行くぞ」
 まさかシャルロッテは、こんなに目立つ煌めく竜が直接船に着地するとは思わなかった。

 船の操縦はアルフレドが行った。シャルロッテはその隣で、なにこれどういう意味、という顔をしている。せっかくの景観に目を向けない。
「なんだよ、答えるから質問をしろよ」
「おまえ、船も運転出来るの?」
「操縦か? ああ、出来るよ。それより、いい眺めだなあ。いやはや、見事なもんだ」
 自然と人間が建てた建造物が見事に融合する。船はゆっくり、ゆっくりと動いた。
「船の先で見たいか? でもなあ、船ってのは飛行類とは根本的に違うんだよ。海の上は波で揺れるし風も強い。落ちたら困る、ここに居とけ」
 海の男達、女達が喜んで住んでいそうな町並みを、船上から見届けた。

 海の上には一時間といなかった。人ごみに酔うのならと船酔いを心配したアルフレドが、途中で船を接岸させて黄金竜で飛び立ったのだ。
 海の町に住む者達は、ああ今日も大王様はお忙しい、そう思っただろう。

 昼前に帰城した二人。アルフレドは発着場で、歩けるかと訊いた。
「うん」
「船酔いをしなかったか?」
「酔い? ひょっとしてこの、くらくらー……っとする、のかな?」
 すぐにアルフレドはシャルロッテを抱き上げ、王の間に連れて行きベッドに横たえた。慣れた寝具にシャルロッテはなにも言わず眠った。

 目覚めると、すぐそこに居たアルフレドが額に触れた。
「まだ寝とけ」
「……過保護。わたしはお嬢様じゃない」
「船酔いをしておいてなにを言う」
「ちょっとだけだってば。少しゆらゆらした程度で……最初は誰だってそうでしょう」
「三等兵ならそれでもいい。おまえは違うんだ」
「海軍にでも入ろうかな」
「止せ、あそこが一番厳しい。おまえなら五秒といられない」
「なんで五秒」
「海に突き落とされるからだよ」