13

 後日、近侍にも散々言われたシャルロッテは、仕方なく出掛け先を決定した。
「ほう。ちなみに理由は?」
 会議から帰って来たアルフレドはシャルロッテの座る二人掛けの椅子に座って言った。夕食前のひとときだった。
「なんかいっぱいものがあるって、村にいた時聞いたから」
 シャルロッテの、そしてアルフレドの出身地でもあるあの寒村に、デパートなどというものはない。シャルロッテは日常品や魔法石を、寒村内の小さな商店で買っていた。あの時のシャルロッテなど、それで済んだのだ。
 しかし噂は聞こえて来る。都会とされた城下町は大層栄え、なんでもあるのだとか。
 ただし大王様は城下町には一切姿をお見せにならないとか……
「どこでもいいか?」
「うん。おまえ、大都会は苦手なんでしょう? そこ以外」
「さすがシャルロッテちゃん、そう来なくちゃ」
「誰がちゃんじゃ!」
 初デートが五日後だったのだから、今度も相当の時間が経過したのちだろうなとシャルロッテは思った。しかし。
「じゃあ明日、朝飯を食ったら行くぞ」
「えっ?」
「なんだその、鳩が豆鉄砲を食ったような顔は」
「古いたとえだね……なにを無理しちゃっているの?」
「失礼な。無理じゃねえ。さっきの会議で、俺もそろそろ青春を謳歌したいからこれからは休みもするぞと言ったんだ」
「えっ」
 こんな軽薄な一言で議場が動いてしまう。あまりの重責にシャルロッテはビビって怖がって震え上がった。
「なにを怯えているんだ? 大喝采だったぞ。おまえは余程俺を信用していないな。二十年来の付き合いとは言え、たまにしか逢いに行けなかったからな。悪いのは俺だ、取り返させてくれよ」
「結構です。休まないで仕事をして」
「休む法律を作った張本人が休まないなら、我ら臣全て休みませんと言われていてな。大臣将軍は本当に無休なんだ。だから大喝采だ。
 おまえは彼らに休みを与えたくないのか?」
「……おまえ、ずるい言い方をするのね」
「こうでも言わんとおまえはうんと言わないからな」
「じゃ。……緊急案件が入ったらすぐに向かう。その条件で」
「よし。決まりだ」

 翌朝、アルフレドが言う通り、二人は朝食後の茶を楽しんだ後、発着場に来ていた。
 歴史上、とある王朝ではこういったことを「お殿様のお忍び」と称したという。アルフレドもそうすると言っているのだ。
 皆が知っている有名人がそこらを歩けば人並みが海を割ったかのように道は開かれるだろう。しかし、大王には嫌いなことが山ほどある。肖像画、銅像などもその一つだ。禁令にしっかりと記されている。理由はいつもの通り、わるいおうさまがそれらを好んだからだ。
 旧王朝の歴代皇帝は己の巨大な像をあちこちに建てさせた。その地の奴隷に、日に十度は磨き上げろと厳命をした。肖像画に至っては本人と似ても似つかぬ好青年として描かせ、家を持つことが許された中級奴隷以上の者達の全ての玄関の、必ず頭上に掲げさせた。
 よってアルフレドはこれらを嫌い、肖像画や像を全て破棄破壊した。そして、自分の姿を見える物に残すことを法律に明記し禁じた。大陸で一番の有名人であり、直接会った者も多いとはいえ、大陸の皆が大王様の顔を見たというわけではない。
 このことは寒村出身のシャルロッテでも知っている。当人があの寒村に何度やって来ても、大王様のお出ましだ! とはならなかったからだ。二人の会話は、単に知り合い同士がなにか簡単な挨拶をしている、程度にしか見られなかっただろう。
「暗殺の恐れがあるって、おまえ言わなかった?」
「一応そういうもんだよ。心構えだ。悪かったよ怯えさせて」
「これから人がいっぱいいる所に行くんだよ? おまえになにかあったら、わたしの命一つじゃ足りないんだけれど」
「悪かったよ怖がらせて。実際は俺は軍人上がりだ、やっつけるよそこらの悪い奴らなんて。そんなに治安が悪かったかよ」
 騎竜中、たのしい会話をしつつ、黄金竜はとある所へ降りた。
「ここはどこ。お店に中庭? もどき? があるの?」
「いや、違う。隠れ家みたいなものだ」
 これからこの場所に帰るまで、お互いをシィ、アルと昔のように呼び合おうと決め事をかわした。間違って大王様などと口にしたら、せっかくの禁令が意味をなさなくなる。
 しかし、この黄金竜は目立ちに目立つ。上空から見た限りでは中核都市と思われるが、どこにしたってこの竜で降りれば「大王様のお出ましだ!」となるではないか。
「隠れ家自体は何地点もある。よく降りているよ。俺が大陸中を飛び回っているとはおまえも知っているだろう? その一環だ」
 隠れ家とはいうものの、黄金竜が降りられるほどの中庭を内包する建物だ。広くて立派。
 二人で降りた後、シャルロッテはアルフレドの後ろをついて行った。アルフレドは階段を深く下りてから、また上がって行った。それから地上に出たので、隠し通路を歩かされたのだろうとシャルロッテは思った。
「言っておくがなにを買ってもいいんだからな。ケチケチするなよ。値段にビビるな。ここにあるものはあの寒い村とは違うんだ」
「分かっていますよ」
 分かっていないのは寒村出の田舎者だけだった。たった二十分後、二人は店内の喫茶店にいた。アルフレドは普通に座っていたが、シャルロッテはのびていた。人ごみに酔ったのだ。
「アホ」
「返す言葉も……」
 シャルロッテはお茶も珈琲も頼まなかった。気分はまさに「今すぐ帰してくれ」
「もう喋れないな?」
 シャルロッテは吐き気がして、可能な限り頭を動かさず頷いた。アルフレドは立ち上がり、そのまま目を閉じていろ、なにも喋らなくていいと言って、シャルロッテを抱き上げた。後はなんとかしてくれるのだろうと思い、シャルロッテは意識を手放した。

 目が覚めた時、シャルロッテはここが慣れた空間であることに気が付いた。王の間の寝室だ。ここが慣れたところで、ほっとしちゃうってわたし……
「お目覚めですか?」
 ベッドのすぐそこに、近侍が文字通り侍っている。
「ん……」
「吐きますか? 飲みますか? 食べられますか?」
 安心出来る寝心地の、慣れたベッド。吐き気は治まっていた。
「飲み、ます。大王様は……」
「執務机で報告書に向かっておいでです」
「……出掛かけたんじゃないの?」
「シィさんが心配で」
「でもそれじゃ仕事……政務が……」
「必要ありと思った時に、補佐や武人・文人を呼んであります。政務に支障はありません。これからも。ご安心下さい」
「起き、る」
「ご無理をなさらず」
「情けな……」
「そう仰らず。ご存知でしょう? 私も寒村の出身ですよ。同じようになったことがあります」
 言われればこの女性は、あの時の近侍だった。
「さ、もう一眠り。お休みを……」

 次にシャルロッテが目覚めた時、まだ外は暗闇が支配をしていた。一体どのくらい眠っていたのだろう。
 田舎者がお上りさんをしてダウン。よくある話だ。そう聞いていた。
 実感をすることになるとは……
 情けなさに涙が出そうになったシャルロッテの頭の後ろ、髪の毛になにかが淡く触れた。
「?」
 腰にはいつものあたたかい重み。この城で、なにかがあるわけはない。それはもう充分に分かった。
「アルフレド……?」
「起きたか?」
 声は、頭に直接響いた。
「今、何時?」
「まだ、起きるには早い」
「わたし、どれだけ眠っちゃっていたの?」
「さてな。腹が減っただろう? 喉が渇いたか? 水なら汲んでおいたぞ」
「……おまえのあの、すっごい年代物のコップに水道水?」
「そうだ。俺はそれしか用意出来ん」
「近侍さんに頼めばいいのに」
「野暮だなあおまえ。飲めるなら飲めよ」
 すぐ背後のアルフレドがもぞもぞと動き、あの、壊れかけて水漏れを心配する外観のボロいコップをシャルロッテに差し出した。
 横になりながら、中途半端に身を起こしながらだったので、少々こぼしつつ飲んだ。シャルロッテは思った、本当に水道水だ。
「美味しい」
「当たり前だ、皆で敷設した水道だぞ。これより綺麗な水なんて、キュロスの雪解け水くらいのものだ」
「そっか、それで水道水……」
 アルフレドは自信があるのだ。そして大陸の民を信頼している。誰よりも、心より。
 食事がああだったのも、風呂がああだったのも、理由はもう聞いた。
 分からないのは一つだけ。
「飲めるなら、腹が減っただろう? ゆっくり起き上がれ。胃が驚くから、ゆっくり食えよ」
 その通り、早めの朝食をとる。美味しいスープに舌鼓を打ち、シャルロッテは歯磨きをして、朝風呂をしたいと言った。夕べ入っていないからだ。恥ずかしいじゃないか。異性とここまでそばにいるのに、汗も流さないなんて。
 アルフレドは歯磨きの後、着替えて執務机へと向かった。
 シャルロッテは風呂にゆっくり入りながら、分からないことを考え続けた。そっと触れられた髪のあたりが、シャルロッテになにかを主張する。