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 後日シャルロッテは、大王が会議へと向かったのを確認して、じっと座り、案の定いつものように来た近侍に伝えた。
「いつも美味しいご飯をいただいておりますから、お料理する方々にお礼を言いに行きたいのです。連れて行ってもらえますか」
 それは食堂に勤め、料理の出来ないシャルロッテにとって、精一杯の誠意だった。
 近侍はにこりと笑う。この口角の上げ方、さては。
「大王様とご一緒になさいませ」
「大王様が激務で、寸暇もないことはよく存じております」
「我々を含めた城勤めに敬語は必要ありません。ビンクス夫人もそう仰っていたでしょう?」
「練習です。いつボロが出るやもしれませんので」
「必要ありません。お疲れになるだけです」
「大嫌いな御令嬢方の如き行いをするつもりはありません」
 声を上げて言い切ったシャルロッテの様子に、感じるものがあったらしい近侍。言い方を変えた。
「お買い物に出掛けるなどは? 我々が勝手に選んで勝手に提供している服ではご不満がある時も、正直あったでしょう?」
「全くございません。不平不満を言うなら大王様に叱られますよ! と、巷の親御さんはぐずる我が子に言います」
「お化粧など、お洒落をなさるというのは?」
「こんな立派な服で充分お洒落です。化粧をしてもおかめさんになるだけです。なにも望みません。わたしは大王様の小間使いです」
「それは違います」
「ではなんのためにわたしは呼ばれたのですか?」
「大王様はお答えになったでしょう?」
「はい。答えは、わたしに答える時間もない。です」
「職務を超えて返事をいたします。それは事実でしょう、二年前までは確実に。
 ですがやっと呼べたのです。これからは時間を取れるはず」
「その自信はないと言い切っていましたよ」
 結局、話は平行線におわった。

 その日の夕飯時、シャルロッテはアルフレドに言われた。
「料理人に挨拶に行きたいって?」
「わたしがね。おまえは要らない」
「酷い……」
 スープをこぼす勢いでアルフレドは呆然とした。
「わたしの得意な、槍を持った甲冑の兵士さん達に連れて行ってもらうの」
 なんたる言い草。
「おいおい。素直に俺と一緒に行けよ」
「お忙しい方に時間を取らせるわけにはいきません」
「悪かったよ忙しいを連呼して。謝るよ。俺にも行く都合があったんだ、丁度いいから俺も連れて行ってくれよ」
 都合があるというのなら。シャルロッテはこの簡単な引っ掛け問題に引っ掛かり、食後歯を磨いて、二人で厨房へと向かうことになった。
 アルフレドがなんの遠慮もなく厨房と思しき扉に手をかける。シャルロッテは慌てて遮った。
「ま、待って待って」
「なんだ?」
「あのね、料理人さんは皆気難しいの。白衣のまま厨房の外に出たり、洗剤で食器を洗ったりすると怒られるんだよ。作法と礼儀があるの。いきなり入っちゃだめなの」
 シャルロッテがつい先日まで勤めた、食堂のおやじさんなどはその典型だった。料理のイロハも知らぬ、その努力をしようともしないシャルロッテになど、滅多に口を利かなかった。
「その通りだ。入るぞ」
「人の言うことを聞け!」
 聞かずアルフレドは扉を開けた。
 料理人達は全員が頭を下げたまま、ずっと前からだろう、ずらりと並んでいた。
「頭(ず)を上げよ。禁令である」
 口調がいきなり変わった。そう思ったのはシャルロッテ一人。周囲を護衛する近侍も、料理人達もこれぞ大王様だと思っている。
 頭を上げた料理人達は、皆誇らしげに涙していた。
「訪れるのが遅くなって済まない。よくぞ偏屈な私に付き合い、極上の食を提供し続けてくれた。連れ合いとともに感謝をしたくて邪魔をした。作法に適わぬ来訪であることは重々承知。詫びよう。許せ」
 こんなふうに言うのか。シャルロッテは唖然とした。
「答えてはくれぬか?」
 その昔、どの王朝でも身分の上下はあり、下の者は上の者が言い出さない限り発言さえ許されなかった。
「滅相もない」
 横一列に並ぶ料理人のうち、真ん中の男性が感涙にむせびながら答えた。
「まさか生きて再び大王様に直接お目にかかれるなど、光栄過ぎて声もありませんでした。お許しください」
 再び? シャルロッテはまた、言い方が気になった。
「方々の料理、見事である。このアルフレド、決して忘れまい。これにて」
 大王様は連れ合いを伴い厨房を出た。この時はもう、扉の開け閉めは近侍がした。

 シャルロッテが得意と言った、槍を持った甲冑の兵士達が並ぶ廊下を二人で歩く。
「なにか言いたいことがあるなら言っていいんだぞ。兵士さん達は職責をこなしているんだ、見聞きしたことをぺらぺら喋らない」
 あの時数分だけ発せられた威厳は霧散し、アルフレドは「普通」に話をする。
「……へん」
「どういう意味だ?」
「どうって……分かんない」
 なにもかも、全てが。
 シャルロッテは訪問をしてよかったのだろうか? そう言ってはいけなかったのではなかろうか?
「俺には意味がある。
 俺という責任者……どうせ大王様と言われるんだろうが……と直接会って礼を言われた。そう、彼らは故郷(くに)に帰れば喧伝出来る」
「くに。帰る。ずっとあの料理人さん達じゃないの?」
「それだとその料理人が権力を持ち過ぎる。任期は一年だ。勤めれば栄誉。帰郷をすれば栄誉。腕もある、一生食いっぱぐれない」
 シャルロッテはなにも言えない。考えが、立場がまるで違う。
「俺の服も、俺に提供されている物も、理屈は全て同じだ。だから行った」
「わたし、……これからなにをすればいいの? なにをしても間違いばかりをすると思う」
「買い物を嫌がったと聞いたが?」
「おまえは忙しいから巻き込みたくないだけよ! 一人で歩くからどこへでも行くよ、お金のある分だけ」
「冷たいなあ。それだとおまえを呼んだ意味がない」
「ちゃんと小間使いはするから。それ以上、おまえに時間を取らせない」
「おいおい。俺は女を騙して襲うような、俺が滅ぼした奴らとは違うぞ。
 小間使い? 誰がそんなことを言った。名前を言え、叩き斬る」
「わたしが言いました。斬るなら斬って」
「誤解だ。俺はおまえと一緒に住みたい。おまえに寛いでもらいたい。おまえが色々してくれるというから嬉しくて、してくれと頼みはした。それだけだ」
「じゃあ、わたしってなんなの」
「シャルロッテじゃないか?」
「なにをしても、多分間違う。なにを言っても、多分間違う。それでも?」
「それでもいいぞ。一緒に謝ろう。許してくれるさ、心から反省をして謝れば」
「そういう問題じゃない」
「なあ、またデートをしよう。どこがいい? 今度はおまえが行きたいところに連れて行くよ」
「おまえに時間を取らせたくない」
「それが誤解の大元だな」
 王の間に入るためには、三つの重い扉をくぐらなくてはならない。
「お風呂の時間もないんでしょう?」
「ある」
「嘘」
「あるさ。悪かったよ本当に。立て込んでいたのは間違いない。もう少し努力をする」
「おまえは努力だけをした」
「していない。二十年、女性の華の時間を見殺しにした」
「その二十年、一度でも、おまえ楽をしたことがあった?」