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 城に帰還し、アルフレドとシャルロッテは王の間へと戻った。二人掛けの椅子の前のテーブルには、たった今用意したばかりであろう青汁が二つ置いてあるのみで、誰もいなかった。
 アルフレドは椅子に座りもせずカップの液体をひと息に飲み干した。そして絨毯敷きの床に身体をごろりと横たえた。陽は、さらに角度を落としていた。
 シャルロッテもそれに倣った。一気には飲めないが、喉が渇いていたのは確かだった。アルフレドの隣に行って、そそっと座ってから背を落とし、横になった。

「……素敵なデートだったね」
「だろう? 俺の夢だったんだ」
「想い出の場所?」
「そうだ」
「どんな?」
「初恋が散った場所」
 シャルロッテは天井を見た。素晴らしい絵画・文様が描かれている。
「どんな……綺麗な人?」
「おまえになにが分かる」
 アルフレドは語り始めた。
 顔の造作? それを維持するために特権階級は同族婚を繰り返したんだぞ、おぞましい。血統? 知るか、俺の一番嫌いな言葉だ。
「奴隷だったばあさんがいた。生まれてすぐに足枷を嵌められた。成長につれて大きさが合わなくなった。足首が壊死寸前になっていた」
 あの当時はそういった者が大多数だった。足首が使い物にならなくなる前に、労働者と見做されなくなり殺された。
「解放記念日の一年後、俺が会った時、ばあさんは痛い痛いと言っていた。まだ足枷を外していなかった者がいたのか。俺は今まで一体なにをしていた? 自己否定をして医者を呼んだ。
 医者が言うには、これは外せない。足枷と皮膚が癒着しているような状態だ。兵士は確かに外しに来た、それは間違いない。その時医師を呼んだのも間違いない、そして同じ判断を下したのだと。
 だったら病院へ行けばいいじゃないか。養老施設だって建てたと喚いたよ。
 ばあさんが全部いやがったんだ。ここがいい、他所になんか行きたくないと」
 老人は、環境の変化をなによりも嫌う。
 我が家がいいと誰もが言う。
「俺は、この剣で枷を削った。せめてそれだけはしようと思った。ばあさんは痛い痛いと言った。医者は、もう枷は骨のようなものかもしれない、痛いと言うなら止めた方がいいと言った。
 それならと手を止めた。そしたらばあさんに睨まれた」
 シャルロッテは、隣に視線を送るなど出来なかった。
「ほんの少しずつ削ると痛いと言う。止めれば睨まれる。その繰り返しだ。医者には帰れと言ったがずっといた。俺に帰還命令を出した奴は大勢いたが全部無視した。
 一週間、ずっとそばにいた。削るたび痛いと言うから、ずっとは出来ない。食事も休憩も必要だ。少しずつ削った。口の悪いばあさんでな、痛い、なんだ、へたくそ、もっと上手く出来ないのか、やぶ。散々言われたよ。
 それでも一週間後、皮一枚程度まで枷をそぎ落とせたんだ。これ以上は無理だ、命に関わると医者に言われて止めた。そう俺も判断出来るほどまでにはした。
 医者が、良かったね、おばあさん。そう言った。ばあさんはフンと言い返した。
 満足そうだったから、俺だって言ったんだ。良かったなって。
 そしたらその瞬間に死んだんだよ」
 息を引き取るとは文字通り、すうと息を吸ってから心臓が止まる。
「誰にこぎたねえバアさんと罵られようと、俺にとっちゃ可愛い可愛いばあさんだったんだ。あのばあさんがいいんだ。口が悪くて偏屈で、ギロリと睨まれるのがいいんだよ。
 なあ、生き返らせてくれよ。足枷を取ってやったら死なれるってなんだよ。あのばあさんがいいんだよ。誰に何を言われようと」
「好きだった?」
「ああ。あのばあさんがいい。生まれ変わったらあのばあさんの息子になる。そのくらい、あのばあさんがいい。
 顔の造作のいい十代の女? 俺の好みも言わせろよ。ああいたさ悪魔城には山ほどな。それほど、薦めたいほどのおやさしい御令嬢なら、あら奴隷のみなさん可哀想、あの足枷を外してやって。そう言ってもいいじゃないか。
 ただの一人もいなかったよ。奴隷を解放しよう、そう優しい言葉を言ってくれる奴は誰もいなかった。
 なあ、生き返らせてくれよ。やっつけようと言った時いてくれた奴らだって、所詮は同じ奴隷だった奴らに殺された。
 なあ、生き返らせてくれよ。俺があんなことを言わなければ全員まだ生きていられたはずなんだ。あの世でもいい、会いたい、会って一言、どうしても……」

 アルフレドが言う老人は、さっきまで二人がいた“終わりの浜”の老婆の実の母親で、歳は百歳を超えていた。