10

 アルフレドが「たのしい会議」と言っている、午後の時間。
 内容はなんら楽しくない。やっつけたわるい奴らの王朝は千年続いた。その長い歴史を考えれば、改革は未だ途上であり、十年でも二十年でも短い方だ。その中枢にある城での話し合い、いやさ激論は決して途絶えるものではない。
 大王が固有名詞を口にしない会議場は、議事の間(ぎじのま)と名付けられている。大王が臣達と呼ぶ将軍・副将軍、大臣・副大臣・文人、補佐、有識者がズラリと並ぶ。全員が着席をしてから大王が入場をする。
「各々方(おのおのがた)、始めよ」
 という大王の言葉とともに臣より発言があり、
「他にはないか。であれば、これにて」
 という大王の言葉とともに終了となる。

 その日、大王が王の間にまだいる午前中に、議事の間の控えの一室で、臣達のうち十何名かが集まっていた。将軍と大臣だった。
 ひとくくりに文人と言われる肩書き上の頂点である大臣は七人いる。第一大臣、第二大臣、ときて七人目が第七大臣。偉い順ではない。
 ひとくくりに武人と言われる肩書き上の頂点である将軍も七人いる。第一将軍、第二将軍、ときて七人目が第七将軍。
 大王が志を立てたあの日から一緒にいた者で、今まで生き残っているのは僅か三人。老いてはいないが宿将と呼ばれる。第一将軍がその最古参のうちの一人で、度々、宰相に就任をという声が上がっていた。周囲の思惑とは裏腹に、第一将軍は第一軍を率いる上で必要な議事発案は全て副将に任せ、議場でなんらの発言もしないことで知られている。

 第二大臣が口を開いた。
「方々(かたがた)、この面々である、忌憚なく物申したい。某(それがし)の言葉が気に入らずばその腰の物でこの頚を刎ねるよう望む」
 議事の間に集う臣は全員が帯剣をしていた。理由は一つ、大王にそう命じられているからだ。大王は指示命令という言葉をことのほか嫌う。それでも命じた。
「私が討ったかの皇帝の如く悪辣奸佞邪智な振る舞いを為す輩が若し居らば斬れ。その為にこの場に居る者は全て帯剣をせよ」
 臣のなかにはシャルロッテのように、刃先を見るのも苦手という、武には縁のない者もいた。それでも白鞘の小刀を懐に持たされた。
 大王は常に帯剣をし、決して肌身離さない。
「忌憚なく? ほう、なにを申すおつもりかな」
 第四将軍が応じた。
「某のお役目がなにか、存じておるな」
 第二大臣が言った。
「大王様の御前で申せば頚が飛ぶ、旧王朝でいうところの後宮大臣。蔑称給金泥棒。なにせ大王様には女性(にょしょう)の陰なく、またその時間もない。
 安心めされよ、我らはそんな蔑称で呼ぶことはない。なにせ大王様は激務の御身、惜しむ寸暇もない。第二大臣とされてから今の今まで活躍の場がないのも詮無きこと」
「そう、そのようなことは問題ではない」
「問題は」
「そう、問題は」
 第二大臣が言った。
「王の間に……お客人がおいでのご様子、という情報が入った。方々、いかに」

 その日、議事の間にて。夕刻となり、議事が一段落したとみた大王はこう言った。
「他にはないか。であれば」
「大王様。恐れ多くも、よろしければ」
 発言を求めて立ち上がった者がいた。大王は場を読み終会を宣することに慣れており、他にはないかと言った時点で他になにかあったことは今までほどんどない。
 一礼をしたのは、第二大臣だった。
「申してみよ」
「ご結婚をお考えください」
 第二大臣はその責務に就いてより、言うことは同じだった。役職上、それしかなかった。
「血統での継承は考えておらぬ。才溢れる少年少女を探し出し、後継として教育をせよ」
 大王はこれを解放記念日以前から何度も言っていた。全員が反対をした。第二大臣とのこのやりとりもいつものことだった。
 第二大臣は武人ではない、武器など操れない。白鞘におさまったままの小刀を懐から取り出して言った。これから言う言葉が気に喰わなければどうぞこれで頚を刎ねてくれという意味である。
「王の間に、お客人がおいでとうかがいました」
 すると、大王は含み笑いをした。苦笑い、と見た者もいた。
「この為に某は過分な肩書きを名乗り、無駄飯を食い、給金を泥棒して参りました。お気に召さなくば、これにて」
 鯉口三寸切ったら改易。そう定めた王朝もその昔はあったという。第二大臣は抜刀をしないまま、白鞘を握り締め、前に差し出した。
 大王は答えた。
「そのような物騒な物を出してくれるな、仕舞うがよい。私も誰も、そなたをそのようには思っておらぬ。自己否定は心を摩耗するだけぞ、長生きをせよ」
「……ありがたきお言葉」
 第二大臣は一礼をして白鞘を懐に仕舞った。
「各々方の忠心、疑うことはない。今言えるのはそれだけだ。これにて」
 大王はそう言って席を立ち、退場をした。

 主がいなくなってから、第二大臣は宣言をした。
「これより先、王の間にどのような方がおろうとも、それを他言めさるな。了承を願う」

 シャルロッテがアルフレドから、五日後にデートをしようと言われたのは夕食時だった。
 王の間に二人きりで、スープにまつわる蘊蓄を言ってからのことだったので、シャルロッテは反射的にうんと言った。
「おまえは大丈夫なの? 自信がないんでしょう」
「ないけどさ。なんとかするよ、誰かやってくれるだろ」
 またそんなことを言って。シャルロッテは内心そう思った。
「さぞ優秀なんだろうなあ、臣さん達って。それっぽい雰囲気ぷんぷんだもの。怖いけど」
「挨拶でもしてみるか? 誰でもいいぞ、連れて来る」
「結構です」

 言われた通りの五日後、シャルロッテはアルフレドと共に大王専用という発着場にいた。この四日間、大王は城にいなかった。
 アルフレドがふと上空へと視線を動かす。シャルロッテも倣った。
 その先に、煌く飛行体が静かにゆっくりと顕れた。目にも眩しい黄金竜は、あの黒竜よりもはるかに大きかった。
 呆然と、圧倒的な存在に気を取られるシャルロッテ。アルフレドにさらりと抱き上げられて騎竜し、ふたたび雲上の人となった。

「わあ……!」
 またしても海が見える。
 寒村から出ることすら考えられなかったシャルロッテ。見る海は未だ珍しく、陽光を浴びて黄金竜のように煌めいている。縦の重力加速度、横の遠心加速度、ともに一切を感じない。
「海が見たいか?」
「ん? うん」
 竜の上で、シャルロッテが前、アルフレドが後ろ。後ろから抱きしめたりはしていないが、ほぼくっついているような状態だ。だから、後ろから片耳にのぞき込むような形でシャルロッテはアルフレドから言われた。
「じゃあぐるりと一周するか」
 意味が分からなかったシャルロッテ、これだけ言った。
「そんな時間があるの? あれ?」
 竜が旋回した。目的地から逸れたのだ。陸の上空にいたのに、方角としては直角に左に曲がって、海へ。

 わずか数分で、シャルロッテの眼下には雲と海しかなくなった。
 こわごわと後方にも視線を移した。陸が見えなかった。
 全てが水平線。
「いつでも連れて来てやるよ」
 耳元で囁かれた。太陽が、光が近い。

 陸が見えたと思った途端、黄金竜が降下した。そこは鄙びた海岸線だった。
 海辺のすぐそば、石の浜の上に、二人は降り立った。小さく狭い入り江だった。
 波に運ばれた木の端などで、裸足では歩けない。砂浜でもなんでもない。誰もここで泳ぐ気にはならないだろう。
 背後で黄金竜が煌めきながら姿を消す。目の前には、十何年以上前ならよく見た建物が一つあった。流木で作り上げただけだろう、雨水さえしのげない小屋。
 そこへ向かってアルフレドは歩き出した。シャルロッテもついて行った。どこにいたのか、十歳前後の子どもが赤ほっぺで海辺で波と戯れて遊んでいた。
「ばあさん、いるか?」
 小屋に向かってアルフレドは大声で言った。アルフレドの声は元より滑舌がよく、早口でもなく、明瞭で聞き取りやすい。
 小屋の中に誰かがいるらしいが、シャルロッテに気配は分からない。あまりにも寂れていて、なにも言われなければとっくにここは廃屋の無人だろうと思えたほどだった。

 アルフレドは懐から貨幣を一枚出し、指で弾いて床に投げ落とした。
 それにも反応は無し。
 アルフレドはにたりと笑ったらしかった。懐からまたしても貨幣を、今度は複数出し、一枚一枚指で弾いて投げ落とした。音がそれぞれ違った。最初は銅貨、次は銀貨、次は金貨を。
「足りないよ、坊主」
 小屋の奥から老婆が出て来た。シャルロッテにはなんの気配も感じられなかった。
 一体何歳なのだろう。元奴隷には違いないのに、ここまで歳を重ねられるなんて。シャルロッテは不思議に思った。先日まで住んでいた寒村では、三十歳以上の者とてほとんどいなかったのに。
 小屋の奥からおんぼろの、低くて小さい椅子を二つ出してもらうのに、貨幣はもっと必要だった。アルフレドはその都度一枚一枚指で弾いて投げた。
 古びてがたがたの椅子に座って、二人で海岸を見つめた。先ほどまで、遙か上空から見ていた海は蒼く、綺麗だった。
 ほぼ同じ視線で、同じはずの海を見る。色は同じようで全く違った。
 落ち着いて来ると、僅かな音が繰り返し聞こえる。波の音だ。これが。
 飛んでいるだけでは分からない。来なくては分からない。
 音。におい。

 陽光が最も高くなる頃、アルフレドは言った。
「ばあさん、飯」
 今度は貨幣ではなく、紙幣を数枚重ねて、その上に小石を何個か置いた。
「足りないよ」
「二人分な」
 紙幣をさらにもう数枚、アルフレドは懐から出した。子どもが流木で遊んでいた。

 出て来た昼食は、ほっかほかの白米にたった今あぶられた海苔で包まれた、お握りが二つずつだった。皿などない。計四個は全て老婆からじかに手渡された。
「……美味しそう」
 握りたてでなければ、今ここに来なければわからない、におい。シャルロッテは思わず呟いた。
「いただきます」
 ほっかほかの炊き立てを、アルフレドはむしゃむしゃと食べ始めた。

 食べ終われば、食器を下げるのも、その人員も必要ない。二人、ただ潮風にあたる。
 僅かに角度を落とした陽の光を浴び、単調に繰り返される波の音をただ聴いた。

「そろそろ行くか」
 アルフレドは古びた椅子から立ち上がった。シャルロッテもそうした。
「ばあさん、美味かったよ」
「泊まり賃」
「はいよ」
 アルフレドは紙幣でも、一番高価なものを十枚は重ねて古びた椅子で重しをして置いた。
「足りないよ」
「またな。じいさんも元気で」
 この浜に、人が三人いるとは一体、どれだけの者が知っていることだろう。

 再び顕れた煌めく飛行類に騎竜し、今度は一直線に城へと向かった。時間は、二十分とかからなかった。