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 シャルロッテが、自分で言ったくせに大王様にお茶を淹れていないと気付いたのは、ロケット発射がロケットではなくなった頃。城に呼ばれてよりだいぶ経ってからのことだった。
 朝食をとり歯を磨いた後、アルフレドは執務机に、シャルロッテは二人掛けの椅子に行く。
 それからいかつい者達があの出入り口から入退室を繰り返すのを、ビビって怖がって震え上っていただけのシャルロッテ。やっと目の前の、お茶淹れセットに目が行った。
 そうだ。今日こそは、あの怖い人達が来たその時にお茶を淹れよう。
 やっとそういう心境に至り、本日の茶はどれにしようと考える。種類だけ悩めばよく、中身の吟味をする必要はない。みないい茶葉だ。あのビンクス夫人のように美しい所作では淹れられない。それでも。
 扉が開く。今朝もいきなりやって来た。余程偉い人達なのだろう、誰からも威厳を感じた。城という場所にいなければ、一生なんの縁もないに違いない。ビンクス夫人もそう。シャルロッテとは全く別の種類の者達。
 地に足をつけ、ふんばって、お茶のセットに手をつける。いかつい者達は立板に水のようになにかを喋っている。内容など聞くだけ無駄だというのは分かっていた。懸命に目の前の、手元にだけ集中をする。
 湯を注ぎ、茶葉を蒸す。よし。
 お盆さえこの間に相応しい、揃いの意匠だった。それに一人分を乗せ、持って行く。いかつい者達と大王の声が、近付くにつれて大きくなる。こぼさないよう、必死になって足を動かした。
 どうぞと言うことも忘れ、可能な限りそっと茶を置く。
 なにも言わず引き返し、二人掛けの椅子に座った時、両腋の下にいやな汗をかいていたことを自覚した。なんの力もない者にとって、いかつい者達の発する空気は相当の重圧だった。トイレに行くふりをして、下着を着替えようとシャルロッテは思った。
 手のひらにもじっとりとしたいやな汗をかいていた。アルフレドに気取られたくない、自分の分にと淹れた茶をゆっくり飲んでから、さりげなく行こうと決めた。

 お昼となったらしい。近侍がしずしずと昼食を運んで来る。アルフレドはそれを合図とするかのように席を立ち、シャルロッテの隣に座った。
 スープの蘊蓄を言わせた後。
「緊張しただろ?」
「うん」
「頑張ったなあ」
「まあ。ちょっと」
「うんって言っとけよ。午後は寝ていい」
「だって、ビンクス夫人と約束をしたもの」
「夫人は身体がそう強い方じゃないんだ。毎日は来ない。悪いが気分で行くと、もう先方から言われてある。
 今日は来ないさ。寝とけ」
「おまえ。文化人なら、特権階級でも生かしたって聞いた」
「ああ」
「三千人も生かして、直接話をしたって聞いた」
「そうでなければ全員自刃していた」
「特権階級って何万人もいたって聞いたよ。その中から、この人がってどう分かるの。見ればそうだって一目で分かるの?」
「俺が悪魔城に初めて入ったのは、攻略戦の七年前だ。念入りに、隅から隅まで徹底調査をした」
「なんでそんな偉い人が、わたしなんかを侍らせているの」
「偉い人はもうこの大陸に存在しない。侍らせるという言葉は大嫌いだ、遣うな」
「偉いことにかわりはない。わたしなんかがおまえの周りにいていいのかって訊いているの」
「いいから呼んだんだよ。二十年もかかった。おまえにとって、女性にとって華の時間だっただろうに独りにさせた。
 詫びて詫び切れるものではない。謝っても、それでは済まない。俺をどうとでもしてくれ、シャルロッテ」
 食べる手を止めた。
 十五歳の時、振られ続けた。水道は広大な大陸中の全てに整備された。どの地区にも病院が建てられた。孤児院が各所に建てられた。
 十六歳で行き遅れと言われた。大陸中の泥だらけの道全てが整備された。どの地区にも学校が建てられた。陸海空路が完成した。
 十七歳で干物女と言われた。立派な家々が軒を連ねた。どこの村も景観の良い町並みとすべく建てられた。
 十八歳でもうなにも言われなくなった。城が完成した。皆で大王様に恩返しをと、老いも若きも男も女も築城に参加をした。参加者は全員が戸籍法に則り署名をし、膨大な数となったその巻物は城内の保管庫に大切に仕舞われてある。
「おまえがそんなことを言う必要はなにもない」
「あるさ。悔いはたくさんあるが、謝りたい奴はもう皆死んでしまった。せめて生きている者に謝罪をしたい。許してくれとは言わない。シャルロッテ、俺を……」
「だから! もういいって言っているの!!」
 シャルロッテはがつがつと昼食を食べ尽くした。そうだ、食べ方も習おう。多分作法とやらがあるはずだ。
 食べながら言った。
「もうね。おまえわたしに謝ったらだめだから。したらここから走って逃げるから。おまえの一番いやがることをするから」
 するとアルフレドも食べるのを再開した。
「よし……その言葉に甘えるぞ。逃げられちゃかなわん」
「仮に逃げたらどうするの」
「飛行類を能力が枯渇するまで呼んで、大陸中を探し回ってやるよ」
「それは困る」

 食事の後、言われた通りシャルロッテは寝室で眠った。
 明日はどんなお茶を淹れて上げよう。時間があるならもっとちゃんとお風呂に入れて。少しでも眠ってくれればいい。一緒にご飯を食べて、それから……

 ビンクス夫人による教育が本格的なものとなった。
 学校に行くことを面倒くさがり、たったそれだけの理由で拒否したシャルロッテ。大王に言われた通り苦労をした。字は読めないほどへたくそ、茶の淹れ方は滅茶苦茶、歩き方はなっていない。所作以前の問題だった。
「私も特権階級の一人として、皆さんに謝らなくてはなりません。ですが大王様はこう仰いました。あなた方を生かした責任の全ては私にある、謝るなら私がこの頚をかき斬って詫び責任を取ると。
 ですが、せめてシィさんには謝りたい。私は奴隷の命をなんとも思わず、替えの効く代物だとしか考えていませんでした。
 どうか私の命を奪って。それしか意味のない存在です」
「アルフレドにも似たようなことを言われました。しません。刃物なんて見るのもいやです。ここに来る時、甲冑の兵士さんがいるでしょう。全員に、槍を背中に隠してもらうくらいですから」
「ですが」
「わたし、二言はいやです。学がないから、それだけはいやです。二度は言いません」
「……かしこまりました」

 シャルロッテは、まずは頭は使わず身体を動かすことから学ぶことにした。歩き方である。
 なにもモデルのように闊歩せよというわけではない。そこまでは言わない。ただし。
「私とあなたでは、歩き方が違う。そうお思いですね?」
「はい。その通りです。夫人はしゃんとしています。わたしはみっともない」
 シャルロッテはぐすりと泣いた。用意された大鏡を前に、これでも少しはましにと思ってしゃなりと歩いても、どたばた歩きにしか見えなかった。
「上達するコツはただ一つ、基本動作です。日頃の心がけ次第。意識をしてください。最初は疲れても、慣れればもう元には戻りません。
 適度に息抜きをしながら、ね」