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 翌朝、シャルロッテは緩慢に起きた。
 朝が弱いので、魔法石で起こされない生活に慣れたらもう戻れないな、と思った。そして重い。腰になにか置いてある。やけにあったかい。
 まさかと思って後ろを見ると、天下の大王様がでっかい鼻提灯をつくってぐうぐう寝ていた。
「……アホ」
 背後からは朝陽が漏れている。ちょっと離れて提灯に指で触れた。アホな音がして破裂して、少々飛び散った。
「汚ったない」
「なんだよもう少し寝かせろよ……」
 アルフレドも低血圧なのだろうか。意外とぐずぐず言い出し、なかなか起きない。
「あーさでーすよー。起きた起きた。仕事仕事」
「おまえ厳しいなあ……」
 しかしアルフレドは割とすんなり通り起き出して、すぐに剣の柄を握ってベッドから出て行った。夜着だった。シャルロッテも付いて行った。
 風呂場へ二人で行く。
 最初に歯を磨く。おえるとアルフレドはタオルの端を持ってシャルロッテに渡した。シャルロッテはそれで口周りを拭いた。アルフレドはそのタオルのもう片方の端で口を拭いた。
 洗顔をして、片や髭を剃り、片や基礎化粧を施す。着替えると、二人掛けの椅子に向かった。
 テーブルにはたった今つくったばかりの朝食が二人分並んでいた。
「うーん今日も素敵なスープ! 美味しそう」
「いただきます」
 朝陽を浴びながら二人、朝食をとった。
「ところでおまえ、覚えているだろうなあ」
「なにを?」
 アルフレドはシャルロッテの、恒例のスープに対する蘊蓄をきちんと喋らせてから言った。
「飯の後ここに、大臣だ将軍だがいきなり来ることだよ」
 シャルロッテは目をしばたかせた。忘れていたということだ。
「補佐も来る。共通点はいきなり来ること、おまえを見ないこと、おまえに挨拶をしないということだ」
「わっ、わたくしはなにかご挨拶をせねばならないのでは……」
「普通に話せ。おまえは座って寛いでいればいい。欲を言えば気分で茶を俺の分まで淹れてくれれば嬉しいね」
「……それはやる。自分で言ったし」
 ありがとう、とアルフレドは言った。
「いいか。誰が入って来ても反応をするな。俺でもだ。面倒だし疲れるだけだ」
「で、でも挨拶は人として基本中の基本でありまして……」
「城外ではそうすればいいさ。おまえは城の主だ、城内では必要ない。いいか、忘れるなよ」
 朝食後、二人は歯磨きを。その間近侍が入室しテーブルを片付け、茶の準備をする。淹れる準備ではなく、複数杯淹れるためのさまざまな種類の茶道具を置いて行った。

 アルフレドは執務椅子に座り、シャルロッテは二人掛けの椅子に座る。近侍が退室後、それはいきなりやって来た。
 臣用の扉が容赦なく開かれ、複数のいかつい男性達が入室する。憐れシャルロッテはビビって怖がって震え上がり、さながら椅子からロケット噴射で空へ飛び立とうとせんばかりの惨めな反応をした。
 書類の山に囲まれて、シャルロッテを直接は見えない位置にいるアルフレド。内心で、ただ今ロケットが発射されましたと実況中継のまね事をした。
 その後も間断なく容赦なく入室して来る男達。体格がいい者、険しい表情の者、威圧感がある者。誰もがシャルロッテの人生には相容れぬ者達だった。誰もシャルロッテになど目もくれず、入室してすぐ大王の元へ大股早足で歩み寄り、いきなり用件を申し述べる。その度ロケットは発射された。

 惑星さえも離脱出来る、秒速10kmオーバーで行ったり来たりを繰り返したシャルロッテに、昼の時間が来たことなど分かろうはずがなかった。近侍が入室し、使われなかった茶の道具が仕舞われ、たった今つくりたてのご飯が並び、アルフレドが隣に座って初めて正気に返った。
「あ。あ。あれ」
 近侍がにこやかな笑顔を残し退室する。シャルロッテからはいつもの蘊蓄さえ聞かれなかった。
「お疲れさん。肩でも揉んでやろうか?」
「ここはどこ。わたしはだれ」
「ここは城。おまえはシャルロッテ。名字はまだ言うなよ、内緒だ」
 食後、寝てろとだけ言ってたのしい会議に向かったアルフレドを背に、シャルロッテは情けなく午睡した。

 一週間ほどこういう生活が続くと、シャルロッテのロケット発射速度は秒速から時速にまで落ち着いた。それに伴い昼寝も必要がなくなった。
「なあ、どこか行きたいところは見つかったか?」
 今日の昼飯ではスープの蘊蓄まで言っていた。慣れて来たとみたアルフレドは、シャルロッテに訊いた。午後に寝室にいないのなら、室内に一人だ。慣れてもらうためにあれしろこれしろと言わなかっただけで、そろそろなにかをしたいだろうし言いたいはずだ。
 テーブル下にはかんたん大陸旅行ガイドブックが置いてある。
「いっぱい観光名所があって、特にここ、というところは分からない。まだ」
 するとアルフレドは満足そうな笑みを浮かべた。シャルロッテは分からないと言ったのに。
「じゃあさ。単なる提案だが」
 食べおわる頃にアルフレドは言った。
「おまえに家庭教師をつける、なんてのはどうだ? 午後」
 冷たい風がそよとなびき、学のないシャルロッテの耳を通り抜けた。
 アルフレドはくつくつと笑ってシャルロッテの反応を楽しんだ。
「アホ。さては俺が、大王様の法律を無視するとはなんたる民だ、罰だ! と言うとでも思ったのかよ。違うぞ」
 シャルロッテは冷たく凍っていた。てっきりそうだと思ったからだ。

 解放記念日後生まれた子どもには、六歳から十五歳まで義務として教育を受けるよう法律が作られた。
 あの時点で十五歳以上の者は、学校に行くかどうかを自分で選択出来た。学費は特権階級が貯め込んだうなるほどの財宝から捻出され、この先も当分徴収されはしない。
 なのにシャルロッテは行かなかった。学ぶ努力をしなかったのだ。すればもっと給金のいい稼ぎ先に就職出来たかもしれないのに。
 最良の法律を施策した大王。努力がいやで拒否をした寒村の行き遅れ。
「なにを考えている? 俺がおまえを否定するとでも?」
 シャルロッテは、なにも言えなかった。
「学ぶに遅いということはない。今からでもいいじゃないか。誰かそれを悪いと言える? そんなやつらは皆やっつけた。
 聞いてくれ。俺があてにしている家庭教師役のその人は、七十歳近い女性なんだ。だから毎日必ず時間を区切り、厳しく言う人じゃない。むしろ週に何回か、向こうの都合に合わせて。時間もおおよそで、というご老人なんだよ。
 悪いようにはしない。もう少し俺を信用しろよ」
 シャルロッテは結局、なにも答えられなかった。

 午後、アルフレドが曰く、たのしい会議に出席のため王の間を出て行くと、シャルロッテは一人となった。
 近侍がしずしずと入室して来る。手には茶の道具。淹れられるのをただ目の前にした。こう出来るようになるまで数日かかった。それまではベッドで倒れるように寝ていた。
「……あの」
 シャルロッテは美味しいお茶に一口つけてから、近侍にたずねた。
「はい、なんでございましょう」
 近侍はにこやかに笑顔で応じる。
「わたし、ここにいていいんですか?」
「もちろんですとも」
「その根拠は?」
「大王様が呼ばれたからです」
「大王様の小間使いなら、もう少し学があって見た目のいい、十代の女性の方がいいと誰だって思うんじゃないかと」
「誰かなど存じません。我々がシィさんの護衛を大王様から命じられたのは一体いつからだとお思いですか?」
 この言い方。まるで、呼ばれたあの日より以前とでも言いたげな。
「いつからですか」
「大王様がそうと綽名される以前より、四捨五入すれば二十年前からです。
 あの村はどこよりも治安がよく、水と安全はタダの看板が出ていましたね? 当たり前過ぎてその看板はもうとっくに古くなって、それでも撤去はされずに現在まで存在しているはずです。なぜだかお分かりですか?」
「どうしてですか」
「あの、防犯意識もへったくれもない、簡易な鍵しかない長屋で押し入り強盗さえなかったのは、あまりにもおかしいと思われませんでしたか?」
「なぜですか」
「どうして大陸で一番忙しい至尊の方が、そう呼ぶなと命じ、そう呼ばない方に何度も何度も逢いに行ったのか、なぜだかお分かりになりませんか?」
「分かりません! なにも、なにも分からない!!」