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「わるいおうさまをやっつけようぜ!」
 ある日ある寒村で、ある少年がこう言った。
 少年は十歳前後で、周囲の同じ年頃の者の中でいつも中心にいる人物だった。皆そうしようと言った。そして心の中で、無理だと思った。

 煌々と輝く悪魔城が、こんな田舎から見えるわけがない。そんな時代。
 全員が足枷を嵌められ、鎖で繋がれていた。男も女も血だらけ傷だらけ。奴隷は全員、わるいおうさまこと、特権階級を怨嗟していた。
 この数百年、反乱しようと鎖を外した者が一体どれだけいただろう。結果は村ごと滅ぼされた。そして、ああまた“遊び”をした村があったようだぞ。またかよ。そういう噂が流れただけだった。
 皆、心を殺していた。そして歳を重ねれば、不条理に殺された。
 男奴隷は年頃になると、片っ端から女奴隷に種付けをさせられた。男性にしたところで好みはある、嫌がる相手に悪い、そう思っても関係なしに強要された。朝から夜まで重労働をさせられ、動けないほどの怪我や病気をすれば途端に殺された。
 だから少年の言葉は、ああこれで自分達は殺される、その方がいい。そんなふうにだけ周囲に受け取められた。

 少年は明るく陽気で鷹揚で、体格もよく、面倒見も良かった。周囲の、会話が不得意で、上手く輪に入れない者にもよく話しかけては独りぼっちにさせなかった。皆、そういうところもよく見ていた。
 少年が言葉通り鎖を外し、ついて来るか? と言って、同意した者達だけが村を抜け出した。夜間だった。
 翌朝起きた時、いるべき者達の鎖が外されていたのを見て、村民はいよいよこれまでか、それでも構わないと許容した。いや、諦めた。どうせ虐殺されるなら早い方がいい。それだけを思った。

 観念しても、変化はなかった。気付いた時、陽が昇るとともに武器をふるい、命令をするだけの中級奴隷が一人もいなくなっていた。その日村民は誰も殺されなかった。皆、あっけにとられた。傷が増えない日はこれが初めてだった。
 次の日も。また次の日も。
 あれからわずか数日を経ただけで、今まで聞いたことのない噂が入って来た。隣村でも、その隣でも殺戮が止んだという。
 月日が経つたび今までと全く違う話が聞こえて来る。

 鎖を外していいってさ。
 枷を外していいってさ。
 もう誰も殺されないってさ!

 空から飛行類が飛んで来て、足枷の痕が残る者達が乗っていて、彼らから一斉に朗報がもたらされる。
「中級奴隷はいなくなった」
「都会にしかいない上級奴隷もいなくなった」
「これから悪魔城を攻略する」
 法律を作ろう。特権階級だけが占有していたものだ。全て大陸の隅から隅まで同時に施策する。
「特権階級が溜め込んだ巨万の富で、みんなの住む家をつくろう」
 どうせなら、景観のいいように、バラバラにではなく観光出来るような町並みに。
「道路をつくろう。水道を通そう。港をつくろう。川を治水しよう」
「病院を建てよう。孤児院を建てよう。学校を建てよう。図書館を建てよう」
 温泉がわくならそこに温泉地を作って年寄りをいたわろう。酒蔵だって建てよう。
「名前を付けよう。名字もだ。生年月日も決めよう」
 自分のいいようにしよう。女性は多少サバを読んでもいい。
「魔法石っていうんだ、あったかくて灯って、便利だぞ」
 明かりが点く。暖房にもなる。手紙も瞬時に送れる。
 だから、さあ、
「わるいやつらをやっつけようぜ!」

 もう誰も、
 誰も、
 奴隷じゃない!

 悪魔城攻略戦は、まず敵を殺すのではなく、残すべき人・文化・物を確保することから始まった。そうしなければわるいおうさまによりこれらが先に廃棄惨殺される。巨万の富は秘匿され、海の藻屑となる。
 悪魔城に入城した時、既に少年は青年となり、いつの頃からか周囲に大王と呼ばれていた。
 彼は攻略戦を開始するにあたって、特権階級のうち貴族を滅ぼすことについては自らが組織した軍に全てを委ねた。その代わり、皇族については全てを己の手にかけた。“皇(こう)の血一滴でも撥ねたなら葉でも滅(めっ)した”とは有名な話である。

 攻略戦開始から二年、後に解放記念日と呼ばれたその日。
 悪魔城に残る特権階級はたったの七人となった。皇帝、皇后、愛妾の第一夫人から第五夫人。うち、第三夫人は女官上がりの平民の血を引く元上級奴隷だった。
「誰かある! その者を殺せ!」
 これが、皇帝の放った最後の命令となった。

 偉い人はいなくなった。

 この頃シィは、あんたも十五歳と登記をしたんだろう。いい加減、嫁に行きなと食堂のおかみさんに言われていた。
 その通り過ぎて言い返せない。元が内向的で、周囲の話題についていけず、輪に入るのも苦手だったシィ。しかし周囲の女の子達は次々と家庭を作っていく。
 だから最初は昼、なにも考えずぶらぶら外を歩いた。帰って来ただけで終わった。なけなしの金で化粧を、服を揃えた。嫌いな酒の漂う夜の店にも入った。声を掛けられた。ひと目で嫌な男だと分かった。それでも家庭を築かなければとついて行って、曲がり角を曲がったらその男はいなかった。からかわれただけだと後で気付いた。
 どの男性もシィに二度目に会ってくれない。振られまくるで一年が経過。十六歳となるとおかみさんに、あんた行き遅れだねと言われた。十七歳となると干物女と言われた。十八歳ともなれば、もうなにかを言われる価値もなくなった。

 そんなシィに二度以上話しかけた男性は、確かにいた。
 ただその人物はたいそう忙しく、シィの元に三分といなかった。
 二分を過ぎるといなくなる。久しぶりだな、から始まって、なんの変哲もない会話を一分少々して、慌ただしくいなくなるのだ。
 半年後会いに来たと思えば次は二年後、一年後だったりもした。解放記念日前後は四年来なかった。
 二年ぶりに見たのが、あの薔薇園でだった。