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Mon,27 Dec 2010

15.このままずっと。

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 風呂敷包みを解いたら、案の定和服だった。
 俺はもう、目が肥えている。これがどんだけのシロモンか、誰がどうとか。全部分かる。
 電話をして、邪魔──メーワクにゃならねえように、短く言った。
「服、あんがと」
 ほんで切った。返答を聴く勇気もねえ。電源を切って携帯をベッドに放り投げ、手早く着替えた。褌を締めると気が引き締まる。毎度かっぱらわれた檜風呂。
 もう無理だろう──。
 一階へ戻った。

 連中に、どーだよく似合うだろって自慢してやった。落ち着いた色合いの九桁なシロモン、着こなしゃビシっと極まるんでえ。馬子にも衣装というありがてえ決まり文句の山を聞いて、上から順に茶を淹れた。
 飲んだやつらは、上から順に黙って行った。

 レディ・ファーストでイのイチに淹れた女史が、飲みおえると、穏やかな表情をして俺に話しかけて来た。なにせミンナ、無言だったから。
「お姉さんを……呼ぶつもり?」
「ええ。もー三十路なのに、やりてえことを弟に譲ってやすから。俺ももちっと早く将来決めてやりゃあよかったんスけど。気付いたらすぐに言おうと思って」
「そう……」
 全員に茶だの珈琲だのを行き渡らせたもんだから、暇なんで、女史にもう一杯いかがすか、っつった。

 ラスのあたりに俺の茶にありつけた前野先輩が、おそるおそると言った風体で、成田の大宣言を言った。
「いやあ……凄いねえ、ホントに……」
 なる程。俺がショックを受ける内容だから、犠牲の子羊に言わせたな。
 そりゃいいとして、俺は一体どういうリアクションを取ればいいかな。親父のツラと喧嘩はともかく、この情報は確実に、奴さんへ届くだろう。
 ……ビビっとくか。なんとなく、その方がいい。
「そうスね」
 どうでもいいんだけどなあ。
 短い言葉にイロイロ集約さして、ほんでチロっと下を向いた。ちっと一見穏やかで、その実ハラん中じゃあイロイロ渦巻いている、ってなフンイキこさえて、俺の分の珈琲を淹れた。
 挙げ句の果てには店の外に遠い視線をくれてやって、
「……親父と仲直りしようかな……」
 と、悲嘆タップリな口調で言ってやった。ああ、哀愁だぜ……。

 一団全員、昼前にカタをつける。女史は召集したのは自分だからとフトッパラに、お代を全て払った。よかった、ほっとしたぜ。大体こいつらは全員短気、早え話が細けえ勘定が出来ねえんで、んじゃなっつって踏み倒しそうなヤツらばっかなんだ。
 女史が去り際、一言丁寧に述べた。
「とても、美味しかったわ。ありがとう」
 他の野郎共は何も言わなかったが、俺にしちゃあこれで充分。お代も無事いただいた。またどうぞ、と言って全員を見送った。これからミンナ、てんでんバラバラにそれぞれの後祭へ向かう。
 残った俺はいつものとおりカウンターの中で、ひとりゆったりコップを磨いていた。
 マイセン、最上級。
 敵に立ち向かい、疲れた体を引き摺って。
 奥で、俺をずっと待っていてくれた。

 昼を過ぎても客がいねえ。マバラだ。またかよ。いつものことだ。
 ケータイの電源をしばらく入れる気はなかった。だから、店の電話から掛けた。
 075には誰も出ねえ。
「あーねーき」
 淹れれば分かる。きっと言うだろう、あんた誰と。それまで、甘えられる唯一の存在。失ったら、もう俺独り。
「……チビ助? 何お前、店から電話なんかして……」
 生きている──

 泣きながら、状況をかいつまんで説明した。こっちで、今年初めてやったお祭りの後で、一日部活がねえってんで、親父お袋を遊びに出して、俺が一人で店をやっている。
「お前、そんな様子で……歳いくつだっけ」
「じゅうご」
 十五の春、なんつって。
「たった十五で店なんかやるんじゃない。ちゃんとお父ちゃんに言ったのか」
 実態は百五十歳だぜ、姉貴。
「トーゼンだろ──今日なんて、もう客三十人以上は入ったぜ」
 こんな状況だけどよ。
「ホントに!?」
 そりゃ驚くわな。俺ごときの腕前でと、姉貴は思っている。
「お父ちゃんも客も耄碌したってか? それとも、今日はエイプリルフールか?」
「ぶぶー。ぜーーんぶ違うぜ姉貴。なぁ──」
 猫なで声。ヘヘ。
「なぁ、姉貴ぃ──家帰って来いよ──寂しいぜ」
 口は悪いがいい姉貴。もうすぐ失う、俺の大事な大事な家族。
「でねえとよぉ──この店、危ねえぜ」
「そのようだ」
 はは……。
「俺──やりたいこと、めっかった──ほんでもそれ、食い扶持、稼げねえんだ──親父に言ったら怒られた」
 何をするんだと、トーゼンの質問だったから、絵をやると言った。
「ああ、チビ助、絵上手いもんね」
 ああ──サイッコーの褒め言葉だ。
 今までの、十五年どころか百五十年のすべてが報われたような気がした。ガーガー泣いて、涙で店内が見えなくなった。
 海より熱い──
「姉貴、──、来いよ、──、もう、──、独りで、──つれえんだ」
 しゃくりあげて言った言葉を言いおえるには随分時間が掛かった。放心状態だった。姉貴が意を決してそうするよと言って、電話を切った後身支度をし始めたのは、分からなかった。
 俺は根本的にバカだから、女史が店の入り口に“本日貸し切り”なるカンバンを勝手に下げて帰っていたとはつゆ知らず、カウンター内でひたすら泣いた。

 ボケっとしていたらハラが減った。客が来たら音で分かる。奥へ引っ込んでメシをこさえた。一人前。
 これからずっとこうなんだ。ほんでももう、生まれ変わりはしねえ。独りは、もう死ぬまででいいんだ。
 哲也にめっさメーワク掛けちまった。こうなると分かっていたら。忘れて欲しかった。
 ……ケッコン予定っつってたな。
 大学からは京。俺は別なトコロへ行けばいい。こーなったら北海道にでも行くか? そうすりゃバイクで来ねえだろ。
 そう思って、メシから戻ると、カランコロンとドアが開いた。お客さん、だ。
 したらそいつは北海道へ行く、漢気たっぷりの坊主頭、相馬だった。

 相馬は、本日貸し切りのカンバンもそのままに店へ入って来たという。俺にゃ言わねえが。
 俺のツラを見て、驚いていたようだった。そらそうだわな、俺ってぴーぴー泣くような性分じゃねえ。泣いたのは、あれがハジメテだった。
「ハ。姉貴と電話したら、懐かしくてついつい童心に戻っちまった。あんまマジマジ見ねえでくれよな」
「随分美味かったんで、もう一度飲みに来ただけだ。お互い、こういう機会はあと二回くらいしかねえようだしな」
 相馬は、カウンター向こうの真ん中へ座った。
「そうかい。注文は?」
「えー。……実を言うと茶も珈琲も知識がねえ。今朝は周りに合わせただけでさ。紅茶って頼み方じゃ駄目なのか?」
 素直でいいぜ。
「俺にゃそれでいい。紅茶な」
 ダージリンを。いい茶を使っているぜ親父。
「そうか。なあ、恥を掻かねえ為には、フツーは何て注文すりゃいいんだ?」
「紅茶なら、ブレンドってのがメニューにあったらそれを注文すりゃいい。もし、ダージリンってあったらそっちを頼んでおけ。ちっと高めだが、大抵そこの店で一番いい茶だ。どーせ金を出すんだから、あとちっと出しときゃガッカリして帰らねえで済む」
「そうか。珈琲は?」
「これまたブレンド。もしくはブルーマウンテン」
「そうか」
 あとは茶に集中した。こんな質問をするからには、相馬は俺の手つきが慣れているものかどうかは分からねえ。これがフツーだと思うだろう。
 二人前淹れて、俺も飲んだ。
「まさか酒を飲んでのお帰りじゃねえだろうな」
 客は相も変わらずマバラだし、話し相手が欲しかったような気がするんで、二杯目のブルマンを淹れてやった。サービスだっつった。
「そのつもりだった」
「オイオイ」
 そういや時間は……四時か。赤ら顔で歩くんじゃねえぞ野球小僧。
「今朝ちっと話したが、今日の予定は坂哲の家で大折檻大会の予定だった。予定人物が現れなかったんでつまらねえから中座してここにいる」
「……は?」
 予定人物?
「って……俺か?」
 折檻ったら俺だ、荻原じゃねえ。
「だったら今朝拉致っているぜ」
 ああ。そういや。
「って……折檻大会とはちと穏やかじゃねえな。今朝やったけどよ……何だ、……集団リンチでもかますのか」
 様子が穏やかじゃねえってんで、ちっと声を顰めて言った。
「そのつもりだ」
 俺の腫れ上がったツラをはっきり直視して言った。……本気だ。
「……オイオイ」
 珈琲を淹れおえる。サーバーのそれをふたつに分けて、ひとつを相馬の前に。
 俺も座って飲んだ。
「随分、……穏やかじゃねえな。何腹立っているんだか知らねえが……止めとけ」
 一口飲んで話し掛け、あとは飲みおえるまで、お互い無言だった。

「うん。美味え」
 そうかなあ。
 頼み方からして珈琲も茶もあんま飲み慣れてねえようだし、大体コイツは俺の家来て飲んでる暇があったら練習に打ち込む、絵に描いたような野球小僧だ。ここへ来たのだって、ひょっとしたらこれで三度目程度なんじゃねえ?
「やっぱみんな呼ぶわ」
「え?」
 ミンナって何だ。まさか今朝のやつらか。
「坂哲の家で酒盛りしている連中な、ほとんど病院へ行ったやつらだ。主にA市の面々、女史もいるし、運んで貰う」
「オイオイ酒盛りってマジ飲んでんのか!?」
「あたぼーよ」
「あのなあ……」
 違うだろっつの。
「旅館だから飲みつぶしてそのまま雑魚寝が目的だったが体裁もアレだし宿代はもう搾り取られたし、いいだろ」
「よかねえ……」
 こいつもツッコミどころのあるやっちゃ……。
「って。ちと待て、俺このツラあんま見られたかねえぞ」
 呼ぶのはいいが。A市の面々って何だ。まさか相棒二人もか。
「そりゃ任しとけ」
「え」
 何で。どうして。どうやって。
「口は堅い。今日、欠席したやつの耳には入らんようにする」
「らしくねえぞ。奥歯に何か挟まったような言い方をするな」
 曰くありげな表情で、俺に視線をくれた相馬は、この質問にゃ返事をしねえで携帯を取り出し電話した。
「よう、中居。相馬だ、力を借りたい。ちっと便所あたりに行ってこっちへ掛けてくれ」
 ……なかい? 女将の仲居か?
 アホな思考をしていたら、なかいとやらから折り返し電話が掛かって来た、らしい。
「ツラを直してえやつがいる。他言無用で。便は、今女史に連絡する」
 相馬は次々電話を掛けた。
「A18。B-18-5-3-4、D1-121」
 ? ???
 俺は知らねえが、A18は緊急輸送で、BはB市、18は町名、ここは五丁目、三番四号。D1はD高一年、出席番号通算で百二十一番は中居あすみ。そいつを至急俺の店へ送り届けろとのお達しだった。
「えーえ、そうなんスよー。まあった井知の家に来ておりやしてー。客は誰もいねえし、いいんじゃないスか売り上げに協力しても」
「わーーーーるかったな!!」
 思わず電話口に向かって怒鳴った。
「聞こえたっしょ? どうスここはひとつイッパツ、二次会はこっちでっつーこって。ええ、ええ、そうすっと誰も補導されなさそうっしょ?」
 オイオイ。
 って。何か今、電話の向こうから聞き慣れた声が。
「声でけえぞ佐々木、逃げたんじゃねえって。俺ぁこれでも野球小僧だってば! 分かった来年も丁稚やりやすよ、ホレ来たらどうだ? 美味いぜ味、多分な、あんま飲み慣れてねえからよ!」
「テメーー相馬この野郎!! 金払え!!」
 つい拳が出ちまったが、こいつも応戦慣れているんで、どっちも一発も入らなかった。

「……ったく、ここはいつから暴力喫茶になったんだ?」
「ついさっきだ」
 こんでもひとまず、店内の装備は何も壊さねえで済んだ。お互い服についたホコリをほろう。ったく、ちっと接近戦をやらかしちまったぜ、哲也だけでいいっつの。
 ……もう無理か。
「ほんで。何が言いてえ、何がしてえ。曰くありげに行動すんな、らしくねえぞ」
「それは今のお前じゃないのか」
「何か知らねえが違わ。ちっと親とゴタついて……ホレ、あー、……ちっとセーシュンしているってそんだけだ」
 言わすんじゃねえよ。
「そうか、ならいい」
 おっと、このセリフで納得しやがった。っつうか、すんな。
「じゃあ言おう。二か月前、そっちの、お前のクラスで起きた事件のケリをつけるべく、容疑者成田、西川、および西園寺を警察へ突き出す前に集団暴行を加える予定だった。全員欠席したんで白けたぜ」
 ……そうかい。

 ここはB市。ほんで相手は相馬。成績がどうのツラがどうの、威厳も威風も命令も通じやしねえ。……これがまっとうな解釈なんだ。
 隣の人は、人を誤解させる魔法を、血水でもってよく掛ける。魔法の通じない人は、……まっとうなんだ。
「そう思ってミンナ出席したのか」
「いや。こういうハラで臨んだのは、今日のメンツじゃ俺、女史、前野先輩、渡辺・藤代のご両名。あとはまあ……坂哲くれえかな、聞いてねえけどよ」
「随分穏やかじゃねえな」
「そういう事件が起きたからだ。俺が、奥歯に物が挟まったような言い方しか出来ないのは、公表すると被害者・斉藤に害が行くからだ」
 ……
「そういう仕組みに、あの容疑者どもはした。それを壊そうとすると、独り斉藤が全てを引っ被るように仕向けている。だったら三人を全員、自慢のツラが変わるまで世話してやらねえとな」
 ……
「三人は全員頭がいい。ちょいとツラが不細工になったからって、世間じゃのうのうと生きて行けるだろう。その為になら、部も体面もクソくらえだ。その位の大事件だった。もっとも、向こうもそれを感じ取っているんだろう。婚約だ、部活で世話をしているだ中学時代の親友だ、事件とは無関係の言い訳をして逃げ回っている。解決は全て他人に任せ、あとは黙り、または逃げ腰。挙げ句の果てにはエエカッコしいだ。反吐が出てな」
「どう答えたらいいか分からねえ内容だ」
「そうか。井知、お前はそれでいいんだ。
 ところでホントに店継がねえのか? マジ分かんねえけどよ、いい味だぜコレ」
 相馬が、打って変わったような明るい態度で言うと、丁度その時携帯が震えたようだった。懐から取り出して、そのままの表情で電話に出る。
「こちら相馬。……、了解」
 すぐさま切って、
「井知、もうすぐ一団が来る。中居だけ別便はあやしまれるってんで同便だ。ちっと奥へ引っ込んでいてくれ、上手く言って中居をそっちへやる」
「待てっつの。なかいって……人か?」
「あ? 人に決まってんじゃんか。ああ、知らねえんだな、悪ぃ。D高一年、中居あすみ、女、生徒会副会長。化粧がベラボーに上手い、そうだ。何も喋らなくていいぜ、こっちで全部話をつけてある。中居も何も訊きゃしねえし、吹聴もしねえ」
 俺は相馬に追い立てられるまま、奥へ引っ込んだ。時刻はもう五時を回っていて、逢魔が刻だった。

 居間でチョコンと座っていると携帯が震えた。さっき、二階へ取りに行って電源を入れたばかりの携帯。
 タイトルオンリーのメールで、勝手口を開けろby相馬。だった。
 お達しの通り勝手口を開けると、見知らぬ同年代の女がスルっと入って来た。そいつは小声でこう言った。
「D高一年、中居あすみ。座って、目を瞑って」
 それだけだった。言われた通りにすると、あとは無言で“作業”していた。何やらツラに塗ったくられたとは分かったが、詳細は分からねえ。作業はおわった、と思えても、そいつは一言声をかけることもなかった。気配が離れて行ったと思ったら、勝手口が開け閉めされる音がした。それを合図に目を開ける。勝手口の鍵を掛けて、店へ立つ前に鏡を見たら、まるで全く何ともなかった。
 これならヨシ。中居なんたらと相馬に感謝。店へ向かった。

 ここは宴会場じゃねえっつっても連中はバカ騒ぎを止めなかった。オイオイここは喫茶店だ、酒と肴を持ち込むな! 誰だ本日貸し切りなんたらカンバン下げやがったの!!
 いいじゃねえかお前も参加しろと言われて、しょーがねえから参加した。哲也もいた。……ほんの少しだけ、チラっと見た。
 あとはカンペキ無視して、知っているやつとだけ話をした。明日はF組に大勢客が来るぞ、気をつけろと言う話になった。さすがだぜ佐々木、懐かしいよ。ついついオレンジペコをサービスした。するってえと、おうサッカー部気が利くな! だと。そうかいそうかい。……別人なんだなあ……。

 明日は会議を開かにゃならねえ。っつうか、その手のお役目を俺が引き受けていたことすら忘れていた。あんがとよ相馬。
 えーっと。開催は明日。夏休み明け。文化祭、進路相談の前後、あとはラスな。行事の度だ、忘れねえようにせにゃ。
 連中を閉店きっちりな時間に帰して、とんでもねえくれえ散乱した店内を根性で片付ける。お代は女史から一括で戴いたが、器物破損代は各々へ請求だ、絶対搾り取ったるぜ。
 それから夕飯の支度をした。だからもう、十一時近かったが、両親は未だ帰っちゃこなかった。
 三人前こさえて、俺独りだけ食っていると、携帯が震えた。
 番号は哲也。
「やっと出た」
 ……怒ってら。
「ずっと切ったままだったの。それとも無視」
 いつもの詰り文句だ。番号を教わってから呼ばれるまでの。
「……電池切れ」
 いつもの言い訳を、またした。
「具合は」
「いい」
 切りたかった。前とサッパリ同じ会話だった。
「どうしてあんなことしたの」
 ……同じだ。百五十年生きても、俺はなにも変わりゃしねえ。
「あれ、……やっぱ哲也だったのか。随分メーワク掛けて……」
 後から聞いたが、俺の意識の消えて行った後、哲也は意識のねえ野郎一人+濡れた服の重い体を海中から引き摺り上げて、家までの道中誰にも見咎められねえよう背中に背負って、シャワーを浴びさせ着替えさせて、二階の俺の部屋まで担ぎ通した。ほんで濡れた服も何もかも、何事もなかったかのように片付けたという。いっくら修練を積んだ野郎ったって、これがどんだけ大仕事だったか……
「そんなん訊いていない。どうしてあんなことしたの」
「別に……こっちの、……家庭の事情」
「嘘」
 声が涙で滲んでいた。
「嘘じゃねえ。ちっと親父に、おめえ誰だって、……コドモと認識して貰えなくて……その通りで、生き場所がなかったってそんだけ」
「今どこにいるの」
「家。四番駅近くの」
「もう、あんなことしないで」
 前も言われた。はっきり自覚したのに……。
「……哲也が言うんなら、しねえ」
「ケータイ。無視しないで。昨日から、ずっと掛けてた。電池切れなんて嘘。アドレス教えて。返事は必ずして」
「……分かった。哲也の言う通りにする」
 アドレスを教えた。バラバラの二十文字、メーワクメールが入らねえタイプのやつを口頭で。俺はしどろもどろ言ったのに、哲也は訊きかえさなかった。
「ケータイ。何使っているの」
 もう二度と行かねえあの地へ来るたび同じ携帯に換えた。腕時計をしねえ俺に合わせて時計をしなくなった。ビールの銘柄も変えた。俺の趣味を知りたがり、助手席に乗りたくてクルマの免許を取らなかった哲也。
「俺と同じのにして」
 型を言われた。今のところは最新式、3G、テレビ電話、指紋認証式。
「一番駅構内で買って。三番窓口のやつ、俺の知り合い、言っておくから、お金は掛かんない」
「……そう、する。服、あんがと──」
「泣かないで」
「分かるのか──誤摩化してたんだが──」
 ありゃあハッキリ言ってカンペキだった。当の俺すら分からねえ位で、だから俺も堂々と、ミンナの前に出られたし、哲也にもバレやしねえって……
「分かる。だから、泣かないで」
 ああ──あん刻のまんまだ──
 どんだけ──どんだけ大事な命を奪うと分かっていても、
 止まんねえ──

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