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Mon,27 Dec 2010

14.子供が欲しい。

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 気が付いたら朝だった。いつもの風景、つまり俺の部屋。
 ただ、ちっと部屋の明るさ的なカンジが違っていた。だから携帯を見た。
 ……水没してボツ、に……
「!」
 ガバっとベッドを跳ね起きて、してえこと、想い出したことは山のようにあって、震える手で携帯を見た。
 古い。
「……、あー……」
 夢じゃねえんだ……。

 起きて、自分の姿を確認したらどうみても十五そこそこのハナタレ小僧だった。自分で食い扶持を稼いでもねえ、美人なカミさんがいるワケでもねえ。
 ……するってえと……
 アレ? 時間は?
 携帯を見た。
「……しちじぃいい!!??」
 ヤっベ朝練に大遅刻だ!!
 急いで二階へ駆け降りた。

 ドカドカドカ階段を飛び下りて、居間を開けて開口一番、
「お袋、遅れた、朝飯はいい!!」
 弁当も受け取らず、焦りまくって家を出た。何やっているんだ俺の馬鹿野郎!!
 四番駅へ飛ぶように走って、そしたら目の前で電車に通過された。クッソーこういう時はそうなんだよなあ!
 次の電車は、と見たら。
「……三十分後ぉおおお!!???」
 ナニをチンタラ待たなくちゃならねえんだ!? もう走っかこうなったら。バスで行くか? いやいやバス事情が悪いんだ、電車より時間が掛かる。あーもうタクシーで行ったろか。
 ……タクシー?
 散々、記憶の混濁した俺の右肩をぽんと叩くやつがいた。切羽詰まっていたんで、気配がどうたらなんて分からなかった。百年以上修練してこれかい。
 振り向くと、いつものやつじゃなかった。そいつは俺も知っているB高生徒会議長。女史自慢のメンツの中でも現在ナンバー二の三年生。
「井上君でしたね。随分朝早くからご苦労ですが忘れていませんか。合同期間中は朝練昼練その他諸々部活動は一切停止です」
「へ」
 歳下へも几帳面な口調で、かえって冷静に思い出した。
「ごーどーきかんちゅう?」
 のワリにゃ雄武返しだった。やっぱ冷静じゃねえのかも。
「そう合同期間中。君の服装はどう見ても、さあこれから朝練かましたるぜ、ちっとチコクしちまったけどよ、ってな具合にしか思えない」
 ぴんぽーん、その通り。俺の服装は部のウェアだ。後ろから近付いたなら、A High scool……の文字がよく見えただろう。
「私は今から歳下にコキ使われに行くからこの時間ですが。君はあと一時間後にここにいても朝九時の開会式に出られますよ。着替えてお出で。じゃ」
 先輩に、下りの二番ホームから駅の外に蹴っ飛ばされておん出された。確かに周りにゃ学生はいなかった。カッコ、確かに着替えにゃならねえ。
 しょうがねえから元来た道を、とぼとぼ歩いた。

 なんかスッゲー戻りづれえが、しょうがねえから玄関へ入って開口一発、ちっと間違えた、今お祭り期間中だった、着替えてメシ食ってから学校行く。そう言って、いそいそと階段を上った。
 そういや哲也に電話していねえなってんで、携帯を取り出した。っつうか……ありゃりゃ、電話をベッドに忘れてら。
 リアクションはヤベえってんで、ケータイの履歴は発信を残さねえようにして、着信はこまめに消している。それすら忘れていた。消そうと思ったら。
「……アレ?」
 哲也から何遍も着信がある。しかも夜。ありゃー、掛けてくれたんだあ、こんな、……サイテーな俺に……。
 その礼はしようと思って、ほんでもひと一人倒れたんだからと思って、声を掛けるだけにした。
「えー、えー、哲也、おはよう。えー、……邪魔はしねえ」
 掛けていること自体が邪魔だと思い付いて、切った。
 間抜けなカッコをしていたんで、着替えていたら、近くで何かが震えている音がした。ああ、携帯。
 出たら哲也だった。
「? どうした? ああ、邪魔はしねえぞ」
「具合は?」
「え?」
「だから。具合」
「ぐあい?」
「カラダの具合」
 ああ。
「いや、別にいいんだ。ああ、ちっとカッコ悪いトコ見せちまったけどよ、あのその、……邪魔なようなら騎馬戦はホケツに回る」
「その。邪魔っていうの止めて」
「え」
「昨日から。それ聞いてばっかり。何も邪魔なんかされていない。だから止めて。もう言わないで」
 ……って。
「ほんでも、……ベンキョとか」
「それは俺の問題」
 ……なんか……話が持たねえ。何言っていいか分からねえ。
「今日。来る気」
「え? あ、ああ……」
 ほんでもなあ……今、間抜けな格好。
「あー……の、さ。実は今朝……」
「具合悪いの!?」
 え?
「やっぱり具合悪いんでしょう!? 何してんの!? 寝ててよ!!」
 突然、……でけえ声。
「部のウェアで駅へ行って……先輩に着替えて出直して来いって言われて、そういや哲也に掛けてねえなあと想って掛けたってそんだけ、具合なんかどこも悪くねえ……」
 ぼーっと言ったらまくしたてられた。
「嘘!! いい、寝てて! お願いッ!!」
 ……
「ホントに……具合悪くねえけど……哲也がそう言うんだったら、そうすら……」
「そうしてぇ!!」
 俺のは、ぼーっとした……まるで病人みてえな声で、哲也は金切り声だった……。
「分かった、じゃ……うん……」

 ひとまず、着替えることは着替えて、実にバツの悪い思いで一階へ降りる。居間への戸をそーっと開けた。実に男らしくねえ行動で、ああこりゃまた親父に……。
 もういいか。今の俺は、親父の欲するチビ助じゃねえんだ……。
 嘘を吐くのは嫌だが、居づれえし、喋るのも、あんま何だし、顔だけ出して、どっちの顔も見ねえで言った。
「メシはいい。行って来る」
 そそくさと家を出て、秘密部屋へ向かった。

 道中、誰にもすれ違わなかったら、ずっとここにいようと思った。誰かに見られたらアウトだし、そのまま学校へ直行せにゃならねえ。
 行き慣れた道を、誰にも見とがめられず、秘密部屋へ辿り着けた。……初デートの場所。
 網膜式でも指紋式でもねえそこへ、戸をがたがた言わせながら入った。あーああ、どうしようかなあ、休みのイイワケ。確かリーダー君にご報告せよ、だっけかお達し。具合悪いんで、っつってもいいが、そしたらこのあいだみてえに、店へ大量に来ちまうだろう。したら親に嘘吐いたってバレるしなあ。
 ……荻原ならいいか。イイワケしたろ。電話した。
「あー、えー。俺、井上」
「オス。どうした、具合でも悪いのか」
 おーおー懐かしい。って。随分話が早えな。
「えー、……実はそうなんだ。ほんでも、……ちっと俺、親に言えなくてさ、家は出たがホレ、あの部屋にいるって寸法。ミンナに言うと、このあいだみてえに、店に来るだろうし、そうすっと嘘バレっから……悪いけど、上手く言っといてくんねえか」
「分かった、お大事に」
 ほんでぷちっと電話終了。……無っ茶話が早え。
 ワケ分からねえが、ありがてえってんで、お言葉に甘えて今日はずっとここにいた。
 だから、成田の例の大宣言は聴かなかった。俺としちゃあ二度目だし、別にいいんだが、これを聞いたミンナは井上がいなくてよかったと思ったらしい。悪かったなこんニャロめ。思春期の野郎共は全員気を利かしてくれて、ヨケーに吹聴したりしなかったと。あんがとよ。
 ……ほんでも家には帰りづれえ……
 部のある時の、いつもの時間に家へ戻った。ただいまと言うだけ言ってすぐに踵を返し、家を出てコンビニへ寄ってメシを買う。ああ、あんちゃんじゃねえ。
 家にいたくなくて、秘密部屋で食った。日の変わる頃に部屋を出て、こっそりと家の二階へ戻る。暗闇の中携帯の履歴を消し、着信も残らねえようにした。

 朝。いつもの時間に起きて、約束通り朝飯の支度を。嘘吐きと言われてもいい、店になんか立てねえ。
 お袋が、ソロソロと背後から近寄って来る気配を感じた。
 機先を制して言った。
「悪い。今日、学校行く。夜遅い」
 後頼んだっつって家事も途中に家を出た。

 ホントに学校へ行こうと思ったら、途中でダチに会っちまった。ゴンだったから、おハヨっつってやり過ごそうと思ったら、なんと声を掛けられた。うわお。谷地ゴン造、一世一代の晴れ初台詞だ。聞いてやらにゃ。
「今日、マスターをやると聞いた」
 ……こういう声だったのか……もう忘れてたぜ……。
「飲みに行く」
 ほんでくるっと背を向けられた。カランコロンって……オイオイ下駄かよ、古いなあ……。

 ゴンくれえはいいかなと思っていたら、次は例の幼馴染み。
「井上、おはよう。具合はいいのか?」
 今悪くなった。
「今日、マスターやるんだってな。飲みに行く。ああ皆も心配していたぜ、大挙して来るぞ」
「え」
「楽しみだなあ」
 ほんでやつは爽やかに、朝靄のランニングを続行した。どう見ても素直ないい青少年、汗と歯がキラっと光ったようにさえ見えたっつーのはどういうことだい……。

 次は昨日マジ世話になった荻原だ。
「昨日はどうもな」
「いいってことよ。ところで今日マスターやるんだってな。皆さ、大騒ぎするって言ってたぞ。俺も行く、じゃあな!」
 こいつも部活野郎だ、朝のランニングたぁ結構なことだが……おーい、俺のハナシも聞け……。

 こりゃヤベえってんで、相馬に電話で相談した。佐々木ならと思うが、しょうがねえ。
「おう、井知。いいのか具合」
「ああ、いいんだそりゃ。……っつうか、何か随分心配掛けちまって……」
 どう相談を切り出したろ……。
「今日は朝っぱらから坂哲の家で飲む予定だったが変更だ。マスターやるんだろ、行くから安くしてくれ」
「あのなあ……」
 野球部だろ、朝から飲むってなんだ、安くってなんだ……。
 って。ちと待てオイ。
「マスターやるって誰から聞いたんだ。俺は誰にも」
「親父さんから」
「へ」
「昨日、ミンナで見舞いに行ったら息子は無事だ、明日茶を披露するからもっと大勢で来てくれって言ってたぞ」
「なにぃいいいいいい!!??」
 どっからそんな話が出た!? っつうか、荻原の野郎!!! 今度会ったらブっ殺す!!
「随分元気そうだな。この分じゃ暴れていいか。そうだ、坂哲の家へ行くメンツも誘おう、酒も頼むぜ」
「あーーーーのなあ!!!」
 ドタマ来て憤慨やる方なく電話をぶった切る。オイオイ俺の立場ってどうなるよ。お袋に今日は戻らねえっつっているんだぞ。嘘の上に嘘かい。
 っつうか……やっべえ、嘘が親父にバレてやがる……。
 ハラ立ったんで昨日世話にならなかったやつに電話した。
「荻原! 聞いたぞこの野郎!!」
「あっバレた?」
 こーーーーーのーーーーやーーーーーろーーーーーー!!
「じゃねえっつの!! 親父に嘘吐くと後がだなあ、知っているだろうがクソッタレ!!」
「そう言うなよ。っていうかさ、」
 すると野郎は突然声を顰めた。なんだこの野郎。
「……親父さんと喧嘩したな?」
 え。
「見りゃ分かるし、……状況もアレだぜ。昨日行ったら……あの親父さんがツラを腫らせていたじゃないか」
「え!?」
「……やっぱりな。話、拗れているだろ。いいかよく聞け。俺達は昨日夕方、集団で店に行った。したら、……焦燥し切った親父さんが、どう見ても殴られたツラもそのまんまに、落ち込んで店に立っていたぜ」
 ……
「お前は親父さんを殴るようなタチじゃない。しかも休んだ。……何かあるなって……ところで今どこにいる」
 随分鋭え……
「……四番駅、近く……」
「家に帰りづらいのか」
 何で分かる。こいつはこんな、……佐々木チックなキャラじゃねえ。
「そうだが……言いたかねえが、……随分鋭えじゃねえか」
「あっバレた?」
 すると野郎、突然明るい声を出して来やがった!
「この野郎!!! どこに居やがる、ブッ殺す!!」
「ちっと策士に相談したら、こうなったんだ」
「何言っているんだクソッタレ!! どこに居やがる、っつうかナニぺらぺら喋っているんだバッキャローーーーー!!」
「そう言うなって」
「じゃねえっつの!! 策士ぃ!? 誰だんなヤツぁ!! 重ねてぶった斬ったら!!」
「そう言うなってば、言い訳してやっただろ」
 ノンキな言い訳電話の向こうで、キャッキャとコドモの声がしていた。あの声は、こんな野郎にゃ似ても似つかねえ妹の育美ちゃん(小一)だ。家にいやがるなこの野郎。
「うるせえチャラだ!! 殴り込んだら!!」
 イロイロ溜まっていたんで、荻原の家を急襲した。
 ツラを腫らすとホレ何だ。ってなワケで主に蹴襲に終始した。っつったって俺は足のスポーツで空手小僧、荻原は殺す気かと逃げ回ったがそうだよ殺す気だバッキャロー。死ぬべきは俺だが、こーなったら道連れだ。よく分かるぜデラ別嬪よ、オヤビンと仲良くな。もし会ったらコケにされてもいい、仲取り持ったら。

「策士はわ・た・し。……文句があって?」
 と。
 ……女史に言われて……文句があるB市のやつって……誰かいるんすか……。
 荻原を気持ち良く折檻していたら、野郎、その前に助け舟のSOSを出していたらしい。よりにもよって森下女史に、だ。そこで女史はすかさずアレやコレやに連絡した。朝もハヨから荻原の家へ来れるったらB市のやつだけだし、俺をこれ以上おちょくらせるのは何だってんで、B市の俺のダチ連中だけに緊急召集。折檻中に大挙してやって来た例の一団は、もう気は済んだだろっつって俺とボロゾーキンの荻原を無理矢理連れて、俺の家へ集団で雪崩れ込んだって寸法だ。ほんで女史の開口一番がコレ。
「ありやせん……」
 俺はガックリ頭を垂れ、カウンターに両手をついて服従ポーズだ。クッソー荻原の野郎憶えとけ……。
 しょうがねえから店をやることにした。親父お袋にゃ言っといた。ってなワケで無理矢理やることになった、今日一日遊びにでも行ってくれ。
 ミンナの前でこう言った。両親は無言で出て行った。営業日に、こんなシチュエーションは初めてだった。
「……よくないわよ、井上君」
 背後からは女史の声。一団の代表だ。
「そうかも知れねえス」
「だったら追いかけていらっしゃい」
「姉貴を呼ぼうと思っているんス」
 B市のダチは、俺の家の事情をある程度知っている。
「注文は」
 振り向いて、茶を淹れる準備をした。
 ミンナに聞いたら一斉に言って来た。憶えてらんねえってんで、紙に書いて回せっつった。
「俺はやりてえことがあって、それは店を継ぐことじゃねえんスよ。今ここに立っているのは、今日みてえな日しか機会がねえってんで……あーもうバラバラだなあ、順序はテキトーだモンク言うなよ!」
 全く、こんだけ朝から集まられたんじゃあ、注文がバラバラだ。マバラよかいいけどよ、上から淹れたろ。
「親父とは喧嘩したワケじゃねえスよ。確かにツラは腫れていたが……俺は殴っちゃいねえ、そこのボロゾーキンはともかく」
「ひでえ……ひでえぞ井上……」
 ざーとらしくツラを痛そうにさするな、そこは蹴撃対象外だ。
 リーダー君と呼ばれるこいつは小学校が隣、中学は同じ。その頃から毎度それらしいお役目に就いていた。別に面倒見がいいとか姉御肌とかじゃねえ。かと言って、面倒を押し付けられる便利なやつ、ってんでもねえ。どっちかっつーとフツー系なのに、他にやるやついねえから俺が、ってんで、気付いたらいつもクラス委員だった、ってカンジ。
 こんなやつはほっといて、ホンモノの鋭え御仁に質問を続行した。
「女史はその辺、知っているんスか」
「いいえ……知らないわ」
「そうスか。……お袋のハズもねえし……したら誰かに、……夜道あたりで殴られたとか? だったら事件じゃねえか」
 ケーサツに届けたろ。
「井上君は……お父様に訊いてはいないの?」
「いいえ」
「だったら……当人に直接お訊きなさい。そうでしょう……?」
 当人直ってか。
「へい、そうしやす」
 もう一度大人しく頭を垂れたら、目の前にすっと風呂敷包みが渡された。
「素直のご褒美……詮索は無用よ」
「え」
 ……風呂敷包み?
「貸しも借りも、無し……」
「え!?」
 頭をガバっと上げて風呂敷包みをかっぱらい、女史にムキになって突っかかった。現在の女史としては、単なる口癖っつーか、成田あたりにゃバラさねえよなキメ台詞として言ったんだろうが俺にとっちゃそうじゃなかった。
「今なんて!?」
 俺の迫力に、女史は珍しく面食らって小声で答えた。
「……、……貸しも借りも無し……」
「そのセリフ、女史の口癖だ、……」
 女史とも知り合い……
「……どうしたの?」
 はっとして、厳めしいツラを解いた。ミンナも、どうしたどうしたと、また心配顔っつうか困惑顔になった。
「あー、いやいや、何でもねえ」
 ヤベえ。おかしなリアクションだった。っつうか、ミンナがここに集まっているという時点で、もうかなり狂って来ている。
「って。えー、えー、……女史、何スかこれ」
 誤摩化すためにかっぱらった風呂敷包みをヒラヒラさせた。
「着てお淹れなさい……?」
 俺の様子はこの通り、おかしいなんてもんじゃねえ。温厚な筈なのに、決して逆らえねえ女史に突然、まるで牙を剥いた。そんな俺のおかしい態度をサラっと流し、女史はいつもの口調で言った。
「それまで……皆へは水でも出しているわ? 前野! 従兄弟もよ、水をお出ししなさい!」
 ひえー、未来の亭主にメーレーすんなっつのー。
 ……とはおくびにも出しちゃいけねえ。慌てる前野先輩、涙が出る程懐かしい家族の様子をチラっと見ながら、二階へ上がった。

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