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Mon,20 Dec 2010

13.海は庭。

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 昨日とは打って変わって暗い気分で朝起きた。電話してヌく気も起きず、台所へ行って朝食の支度を。朝練は禁止されている。せめて親孝行ってんで、一緒に朝飯を食った。
 食いおわっても時間がある。親父に言った。
「明後日、部活も何もねえ休暇になっているんだ。親孝行してえから店に立ちてえ。いいか」
 出来れば一人で。
 と、言いてえところだが、俺のナリは若干十五。俺が親父ならまだ早えっつってやる。だから、手伝いだけのつもりだった。
 だが親父の返答は俺の予測を超えていた。
「一人で立て」
「え」
 まさか。
 店のことに関しちゃ、俺の百年以上で知る限りこの親父が一番厳しい。だからこそ姉貴は家をおん出たっつーのに。
「何で。俺、まだ十五」
「いま淹れてみろ」
 ……あー……。来た、か……。

 この言葉。店を継ぐに相応しいかどうかとか。腕がどうのとか。そういう意味だと思ったのはお袋ひとり。俺と親父は、この“試験”が、全く違うものだと分かっている。
「今の気分は」
「ダージリン。二人前」
 ……そうかい。
 いつもの通り、淹れた。

 多分、今の俺は誰よりも暗い雰囲気を纏っていただろう。ある意味、この時期の成田や遼太郎よりも。
 とても前なんか見てらんねえで、電車に乗り込んだ。するってえと、五番駅前から乗っていた、昨日の一団がわらわらと寄って来た。
 自分達よりもさらに陰気な俺を見て、ミンナして励ましてくれた。あんがとよ。ほんでもな……。
 とても明るくはなれなかった。こんな気持ちの時、惚れたやつからとはいえ脳天気で無責任な電話が来りゃ怒るだろう……俺でもそうすら。
 茶を淹れたら味方を失った。
「おめえ、誰だ」
 それが飲みおえた開口一番の、親父の言葉だった。

 俺だ、チビ助、井上知治。そう言っても、もう信じちゃくれなかった。親父は頑固でアタマは堅えが、俺と違って決して引き摺りやしねえ。切り替えはスパっと一刀両断。だからもう、親父のアタマの中では、あの時から俺は別人になっちまっていた。向けられた背中に、おめえ誰だ、……チビ助を返せと……そう書かれちまって……。
 電車の中で。周りで、誰がどう言っても、俺には一切伝わらなかった。むしろますます落ち込んだ。
 俺はどうやっても、昔にゃ還れねえ。そう決心したあの瞬間、俺は人の親から大事な息子を奪い、大事な子供の命を奪ったんだ。
 何でこの刻に──。

 朝イチの試合は当然負けた。ありがてえ一団とも、哲也の勇姿を観ることも許されなかった。もう帰りたかった。ほんでも、もう帰る家はなかった。陣地にも行きたくなかった。
 ひとりで旧校舎前をブラついていたら部の先輩に声を掛けられ、どうした井上ミニサッカーの審判だぞ、と言われた。……そうか、負けたらこのお役目が廻ってくるんだった……。
 俺は、佐々木がダチの為にもと、明るく楽しくプレイしている様をただ眼前で眺めていた。審判ったって、フエを持って、開始と終了とゴールの時に吹きゃあいいだけだ。
 ただ突っ立って、ただ眺めた。

 この日、病院へ行っていいのは成田だけって流れになっていたようなのは助かった。誰とも話をしたくなかったが、佐々木の、懸命なシメの声を聞いた時、相談したくなった。
 ほんでも……もう駄目なんだ。
 海へ行って、バカやりたくなった。ひとの命を奪うなら、まず自分の命をだろ……。
 そう思っていたら、気が付くと、ダチ連中に先導誘導されて電車に乗っていた。昨日のように。電車を降りた四番駅から先は、近所住まいな大塚やゴンに促され、家へ向かっていた。
 家の呼び鈴はゴンが無言で押した。距離としては一番近え、無言仲間の親父の茶をこよなく嗜む昔気質の男。
 お袋が心配顔で玄関へ出迎えてくれた時、俺はもう泣いていた。
「じゃあ、お宅の息子さん、確かに送り届けましたから」
 大塚が爽やか素直に言うと、ゴンと一緒に俺の背を押し、玄関のドアを閉めてくれた。

 飯の支度だけはして、食わずに二階へ上がった。養って貰う資格なんかねえ。
 これが最期かなあと想って、掛けた。
「何泣いてんの」
 ぐずって声が出なかった。
「今日観たけど。随分散々だったじゃん。ただボーっと突っ立って。何しに来たの」
 鼻水をすすり上げる音だけが、向こうへ届いていただろう。
「明日。騎馬戦出るって言ってたけど。その分じゃ邪魔だぜ」
「ああ──邪魔だ」
 死んだ方がいいんだ。俺なんか。
 その方がいい。俺と一緒にいりゃあ、こいつをこんな風に、いやもっと悲しませるだけだ。
 今、いい道を行っている。ちゃんと誰かとケッコンするんだろ、もう生まれ変わりもせず辛くなく──
「今まで」
 鼻をすすって言った。
「──あんがとよ」
 ほんで切って、眠りたくて、そのまま部屋を出た。

 ここはE高前。校庭の先が砂浜という抜群のシチュエーション。
 どうしてここへ行かなかったんだろう。部なんて別にいいじゃねえか、どうせ一回戦負けっぱだったんだ。俺を慰めてくれた一団の半数はここのやつら。管内の全員にレベルが最下位と口汚く罵られても一切構わず気にもせず、全員が楽しく楽しく学校生活を送っている。佐々木のあの演説は本来、ここでは通じなかっただろう。もうミンナ、楽しくやれているんだ。
 どうしてそうしなかったんだろう……。
 三遍目の海。ぼーっと眺めて、上弦の月。
 ここで死んだら、もう生まれ変わりはしない。

「何してんの」
 夢かな。天国か。──いやいや俺が行ける筈はねえ。あの子とはまた違う地獄だろう。
「地獄で──泳いでいる」
「ココが地獄とは知らなかった」
「いや、哲也は知らなくていい」
 海の下。月がゆらゆら蠢いている。
 いい色だった。
「そんなに……だった?」
 え──?
 聴こえなかった、もう一度──
 ああ、こんなふうに、いつも言わせて──
「もう──言わなくていい、哲也」
 もう、あの世から声を届けなくていい。
「そんなに……だった?」
「もう──いい──忘れろ哲也──」
 俺なんか。
「何言って……何してんの……こんな夜に……死ぬ気?」
 そうだ。
「その方がいい──その方がいいんだ──もう還る処はねえ──」
 何で最初にバカやった時、海から上がったんだろう。あのまま死んじまえばよかったんだ。
「ここに還る──」
 ああここしか、無かったんだ、デラ別嬪、今なら分かるぜ、あんたも人の子なんだもんな──。

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